49話「なかよしがふえて、うれしいですの!」
ラシリアを保護できたことは、セルッゾにとって大きな収穫だった。
それすなわち、サリパの王位継承権を手中に収めているようなものである
うまく使えば、サリパを乗っ取ることも出来ただろう。
「ラシリアが拐われていたことは、儲けものであった」
セルッゾの実家は、弱小貴族だった。
幼少期からデケンで、軽んじられて生きてきた。
「我が謀略は至って順調である」
だからセルッゾは、家を拡大することを生涯の目標に掲げた。
今まで自分を馬鹿にしてきた貴族を見返そうと、必死に功績を上げた。
時には誘拐された娘を見捨ててまで、『家の格』に拘った。
「次は、サリパ王に挨拶をしに行くか」
そんなセルッゾが、次に目を付けたのはサリパであった。
デケンには恭順の意を示して、独立を保つことを許された『属国』だ。
そのサリパを、支配下に置こうと考えた。
「ラシリアの生存を知ったら、サリパ王は何と言うだろうか」
ラシリアの存在を公表されたくなければ、言うことを聞けと交渉するか。
適当な罪をでっちあげ、サリパ王族を皆殺しにして、ラシリアに王を継がせるか。
いずれの手段でも、サリパを手に入れることはできただろう。
「だが、武力行使はスマートではない。利害を説くべきであろうな」
セルッゾはなるべく、皆殺しの選択肢は取りたくなかった。
勝てるだろうが、無駄な出費を嫌ったのだ。
戦わずして勝つことが至高である。
飴をちらつかせ毟り取ることこそ、スマートだ。
「さあ、サリパ王の返答やいかに────」
そんな野心を胸に抱いて、セルッゾはサリパ王宮へと足を運んだ。
サリパ国王はセルッゾの来訪を歓迎し、会談にも快く応じてくれた。
「おや、貴女は……」
「あら、はじめまして!」
サリパ国王も、大貴族となったセルッゾとは仲良くしたかったのだろう。
夕食ではパーティが開かれ、セルッゾは盛大に歓待された。
「きょうのゲストにごあいさつにうかがいましたわ!」
「これはどうも、予はセルッゾと申します」
セルッゾはそこで、『ラシリアとよく似た瞳を持つ』幼い王女と出会った。
彼女の態度や様相から、セルッゾは幼女の名前にすぐ気が付いた。
「わたしはリシャリ・サリパールともうしますの」
「おお、これはこれは。サリパの姫であらせられましたか」
────サリパ王国の『第三王女』リシャリである。
しかも彼女の周囲には、護衛がついていない。
セルッゾは内心で、しめたと唇を曲げて嗤った。
「リシャリ姫殿下、我が領から持ってきたお菓子がありましてな。国王と面会まで、私とお茶でもいかがですかな」
「え、ほんとうですの!? ぜひ、よろこんでですわ!」
セルッゾはサリパ王国に、仲良くしに来たのではない。
強請り、脅しに来たのである。
そんな『外敵』を前に姫を差し出すとは、何と愚かなことか。
数年前、ラシリアを攫われた時から何も成長していない。
「リシャリ姫とお話できるとは光栄ですな。これ、お前たち、部屋でスコーンの準備を」
「了解です、セルッゾ様」
セルッゾはリシャリを、セルッゾが宿泊する貴賓室へ誘い出した。
そして彼女を部屋の奥に座らせた後、貴賓室の周囲を厳重に守り固めてしまった。
「さあ、たっぷりお食べくださいリシャリ様」
「おいちーですわ!!!」
リシャリ姫は、誘拐されたことに気づかずお菓子を頬張っている。
これで、人質を確保できた。サリパ王が激昂した時に、保険となるだろう。
「国王がお呼びです、セルッゾ様」
「そうか、では向かうとしよう。リシャリ姫、どうぞ好きなだけお食べください」
「ありがとうございますわ!」
セルッゾは内心でほくそえみながら、堂々と会談の場に向かった。
「こ、こんなふざけた条件を飲めるはずがあるか!」
「国力差を考えれば、妥当ですとも」
セルッゾは会談の場で、厳しい『要求』を国王に突き付けた。
まるでサリパが、セルッゾ領の一部のような扱いの条件だった。
「関税に、独占売買権、植民地まで寄越せだと!」
「その代わり、我らがサリパを守護りましょう。悪い取引ではありますまい」
サリパ国王は、温厚な人物である。
これまでデケン帝国からの要求に、ずっと下手で出てきた。
「サリパは貴国の領地ではないぞ! どこまで馬鹿にすれば気が済むのだ!」
しかしこの時ばかりは、サリパ国王も激昂していた。
サリパ王は国民を守るため、独立は維持しておきたかった。
「こんな話は受けられない。考え直していただきたい」
「いやいや、受けていただきますとも」
だがサリパ国王を前に、セルッゾは涼しい顔であった。
ラシリアの存在は、サリパの致命的な弱味。
国王はいずれ、要求を飲まざるをえないのだ。
「話は変わりますが。この国には、ラシリアという姫がおられたそうですが」
「何の話だ。うちにラシリアなどという姫はおらぬ。交渉を煙に巻こうというのか」
「いえいえ。そうでしたか、もういなかったことになったのですな」
ニヤニヤと嫌味ったらしく、セルッゾは国王を煽る。
国王は忌々しい表情で、不審げに悪党貴族をにらむ。
「さすればもう一人、いなくなるかもしれませんなぁ」
「……は?」
「リシャリ姫でしたかな。随分と、かわいらしく愛想の良いお姫様で」
そんなセルッゾの言葉に、国王は色を失った。
セルッゾの言葉を、『交渉のためにリシャリを誘拐した』と受け取ったのだ。
といっても、本命の交渉条件はラシリアの身柄。
セルッゾはそのまま、ラシリアの話に繋げたかったのだが、
「お前、貴様! 何をしたか分かっているのか!」
「ああ国王、ご安心ください。リシャリ姫を交渉材料にする気はございませんので」
「ふざけるな、貴様ァ!!」
サリパ王の怒声があまりに激しく、セルッゾは思わず口をつぐんだ。
「リシャリに指一本でも触れてみろ! ケツキリムシの餌にしてやる!」
「……サリパ国王?」
「パウリック、この男を斬れ! リシャリを助けるのだ!」
国王の態度は、激昂という言葉では生ぬるかった。
ラシリアを誘拐されたトラウマが刺激され、我を忘れていた。
「お、落ち着いてください国王。セルッゾ殿に手を出せば、デケン皇帝が何というか……」
「やめた方が良いですぞ。予に何かあれば、リシャリ姫を処分するよう命じておりますゆえ」
セルッゾは、そんなサリパ国王の態度は意外だった。
彼はかつて、ラシリア王女を見捨てたはずだ。
怒りはしようが、最低限の交渉はできると思っていた。
「……殺すぞ、殺してやるぞセルッゾ!」
「ふむ。思ったより、堪忍袋の緒は短いようですな」
だというのに、社交デビュー前のリシャリ姫を誘拐しただけで。
サリパ王は我を忘れ激高し、セルッゾに襲い掛かろうとした。
この王は想像していたより、情に厚く激昂しやすいらしい。
「今日はここまで。明日、改めて冷静に話し合いをしましょう」
「逃げるのか、貴様────」
「一晩寝て、心を収めてください国王」
これでは交渉にならない。
感情を制御できない相手との話し合いは、平行線だ。
「お互いに納得のいく、良い契約を結びたいですなぁ」
セルッゾはそういって、国王の間を退室し。
悪人面を歪めて、ヌハハハと笑った。
「おはなしあいはおわったのですか、セルッゾさま」
「ああ、終わりましたぞリシャリ姫」
そんなわけで、交渉は翌日に持ち越しとなったのだが。
部屋に戻ると、メイドと遊んでいたリシャリが笑顔で近づいてきた。
「では、おはなしのつづきをしましょう! セルッゾさまのおはなしはおもしろいのですわ!」
「おお、おお。光栄でございますな」
彼女はまだ誘拐されたことに気が付いていない。
国王が無能なら、姫まで間抜けである。セルッゾは心の内で哂っていた。
「セルッゾさまのりょうちには、どんなムシがいますの?」
「ああ、我が領地には揚げ蜻蛉というおもしろい昆虫が……」
おとなしくしてくれるならそれに越したことはない。
セルッゾは適当にリシャリと話をして、寝かしつけようとした。
「スゴいムシですわ!! みてみたいですわ!!」
「ぬはは、リシャリ姫は虫が好きなのですな。実に珍しい」
「セルッゾさまはムシがすきですか?」
「子供のころは、好きだったこともありましたな」
しかしなかなか、話が途切れることはなかった。
そしてセルッゾも話を切ろうとせず、むしろ話を続けようと会話を振ってしまった。
────妙に、リシャリとの会話が弾んで楽しいからだ。
「やっぱり、ひめがムシすきなのはへんでしょうか」
「まぁ、なかなか珍しいのは確かでしょうな」
リシャリは、五歳の女児である。
だというのに会話のテンポ、相槌などが抜群に上手かった。
引き込まれるように話を続けてしまい、会話のやめ時を見失うのだ。
「セルッゾさまにごそくじょはいらっしゃいますか?」
「え? ……え、ええ。いましたが」
「ほんとうですか! ムシはすきですか、どんなひとですか!」
しかし、楽しい時間も終わりは訪れる。
リシャリの振った話題が、セルッゾの地雷を踏みぬいたのだ。
「……」
「セルッゾさま?」
セルッゾの顔色が変わったのを察したのだろう。
リシャリは眉を顰め、神妙な面持ちでセルッゾを見上げた。
「失礼。いえ最近、娘が天に旅立ちましてな」
「も、もうしわけありません! わたくし、そのようなつもりでは」
「わかっておりますとも」
娘が死んだことを聞くと、リシャリは顔を青くして頭を下げた。
五歳の幼女に気を使われるなど、情けない。
そう思ったセルッゾは、笑顔を作って気にしていないとアピールした。
「既に割り切ったことです。もう、何とも思っておりません」
「……そう、ですか」
────その時。
リシャリの瞳が、怪しく光った。
「セルッゾさま」
「なんでしょうか、リシャリ姫」
不思議な瞳だった。
なんでも見透かされるような錯覚を起こす、透き通って蒼く眩く光る瞳だった。
「だっこしてください」
「は?」
リシャリはそのまま、ツカツカと近づいてきて。
セルッゾの前で、毅然とした顔で両手を大きく広げた。
「わたしを、だっこしてください」
「いえ、それは、その。どういうことですかな」
「やってみればわかります」
意味が分からない。
五歳児とはいえ、一国の姫が中年男性にハグを求めるなど理解不能だ。
だが、彼女の目はまっすぐセルッゾを射抜いて動かない。
「こ、こうですかな」
「はい、ですわ」
周囲の私兵や、メイドの目を若干気にしつつも。
セルッゾは言われるがまま、リシャリを抱いて持ち上げた。
「────ぱぱ」
「っ!!」
あどけない口調で、呟かれたその単語に。
セルッゾは目を見開いて、思わず体が硬直した。
軽い体躯。暖かな体温。
子供特有の、柔らかな土のにおい。
「あ、あっ!」
「……」
その瞬間、フラッシュバックしてしまった。
セルッゾがかつて、大切に抱いていた娘の記憶を。
「あああっ!!」
自らの権力のため、見捨てて見殺しにしてしまった『愛娘』の幼き日を。
「ほら、わりきってなんかいませんの」
「……はぁっ! はぁ、はぁ」
冷や汗が止まらない。締め付けられるように胸が苦しい。
たった今、セルッゾは抉られたのだ。心の中でもっとも敏感で、繊細な場所を。
五歳の幼女に、ふさがっていない心の傷口を切り裂かれた。
「ど、どうして────」
どうしてこんな残酷なことをするんだ。
セルッゾは思わず、リシャリに声を荒げそうになった。
しかし、彼が見つめた先にあったのは、
「よかった」
ホっとしたような、リシャリの笑顔であった。
「そんなに簡単に、割り切られたら哀しいですもの」
「……っ」
リシャリは、亡くなったセルッゾの娘のことを思って。
割り切らないでくれていてよかったと、そう言ったのである。
「セルッゾさま。おやのことをきらう子なんていませんわ」
「リシャリ、殿下?」
「だからきっと。セルッゾさまのごそくじょも、あなたのことがだいすきだった」
そのことばに、セルッゾはなにもいえない。
ああ、そうだ。そんなことは言われずともわかっている。
あの娘は子供のころ、間違いなくセルッゾのことを大好きだった。
「そんなことはないのです、リシャリ姫」
「それはどうしてですか」
「それは。それは────」
しかし最期、愛娘はセルッゾのことを恨んで死んだ。
自らの権力のため見捨てられ、いたぶり殺された。
恨んでいないはずがない。
「予が領地のため、娘を見殺しにした、から」
酷いことをした、という自覚はある。
だが、それを選んだのはセルッゾ自身だ。
娘より、権力を選んだ。何故なら権力の方がずっと大事だったから。
「あやつは予を恨んでいる。当然だ、当たり前である!」
「せ、セルッゾさま?」
だが今、セルッゾの心はかき乱されていた。
切り捨てたはずの娘への情を、想起させられてしまったからだ。
彼は信念に従って、娘を見殺しにし、権力を手に入れた。
だけど心の底から、割り切って行動していたわけではない。
娘を殺された絶望から目を逸らし、割り切ったふりをして前に進んでいただけ。
「予が娘を見捨てたというのに、娘のことを想える道理がどこにある!」
「でも、りょうちのためなのですよね?」
「ああ、そうだ。予は娘より、領地を取った! それでいいだろう、もうこれで話は終わりだ!」
リシャリの言葉は劇毒だった。
亡くした娘の記憶をフラッシュバックさせながら、傷口に塩を塗り込んできた。
これ以上彼女と会話を続けたら、頭が変になりそうだ。
だからセルッゾは、強引に話を終わらせようとしたが、
「では、うらむはずがありませんわ。王族とは、貴族とは、領地のために死すべきですもの」
「は?」
リシャリ姫は、優しい口調でそう言葉をつづけた。
「わたしはみんなの税金で、ゆうがに暮らさせてもらっています」
「……」
「であれば、領地のため命をすてることは当然でしょう」
そう話す五歳児は、目が据わっている。
それは至極当然の、常識を説くような口ぶりだ。
物を盗ってはいけないとか、好き嫌いはよくないとか、そんな風な。
「だから、うらみはしませんわ。それが『貴族の矜持』ですもの」
「……」
「だけど、パパにわすれられるのはかなしいですの。ちがいまして?」
愛娘が、セルッゾを恨んでいない。
そんなことがありえるのだろうか。
「きかせてください、セルッゾさま。あなたのごそくじょについて」
「あ、あいつについて、か」
「わたしだったら、わすれてほしくありません。むしろ誇って、話してほしい」
だが、そうだとしたら。セルッゾとて、彼女との思い出を忘れたくない。
今までずっと、怨嗟を向けられていると思ってきたから、思い出さないようにしていただけ。
「セルッゾさまは、その娘のことがだいすきなのでしょう?」
「予は、予は……」
「だってさきほど、わたしをだっこしたとき、目を腫らしていたではないですか」
セルッゾはその言葉にハッとなり、目元をぬぐう。
いつのまにか、涙の粒が目じりに浮かび上がっていた。
「その涙を出させたのは、わたしではありません。セルッゾさまが、その方のことを想って流したもの」
「────」
自覚すれば止まらない。気づけばセルッゾは、『娘を殺されてから初めて』、声を上げて泣いた。
大人がみっともなく、五歳児に諭されて泣いたのである。
「ではセルッゾさま。どうかきかせてくださいな」
「オッ、オォ……」
「このリシャリがひとばん、おつきあいいたしますわ」
そのまま、セルッゾはリシャリに促されるがまま。
部下やメイドたちもいる部屋で、娘への思いを一晩中語り続けたのであった。
「────昨晩の交渉は、全て取り下げる。非礼も詫びましょう、失礼しました」
「はい?」
翌日。
セルッゾは、そう言い残してサリパを去った。
「セルッゾおじさま、バイバイですわ~!!」
「……リシャリ姫。どうかご機嫌麗しゅう」
「またおはなししてくださいまし!!」
夜通しリシャリの奪還計画を練っていたパウリックと国王は、目が点になり。
誘拐された張本人リシャリは、なぜかセルッゾに懐いていた。
「お、おいリシャリ。セルッゾに何かされなかったか?」
「何にもされてませんわよ? ずっとお話しただけですの。ふわぁ~ぁ」
「そ、そうか」
領地に帰っていくセルッゾを見送った後、リシャリは眠そうにあくびをした。
国王が心配そうに話しかけるが、
「そうそう。セルッゾおじさま、これからなかよくしてくださるそうですわ」
「……」
「なかよしがふえて、うれしいですの!」
当のリシャリはニコニコと笑うばかりであり。
サリパ国王とパウリックは、そんな幼女を怪訝な目で見るしか出来なかった。




