表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/50

49話「なかよしがふえて、うれしいですの!」


 ラシリアを保護できたことは、セルッゾにとって大きな収穫だった。


 それすなわち、サリパの王位継承権を手中に収めているようなものである


 うまく使えば、サリパを乗っ取ることも出来ただろう。


「ラシリアが拐われていたことは、儲けものであった」


 セルッゾの実家は、弱小貴族だった。


 幼少期からデケンで、軽んじられて生きてきた。


「我が謀略は至って順調である」


 だからセルッゾは、家を拡大することを生涯の目標に掲げた。


 今まで自分を馬鹿にしてきた貴族を見返そうと、必死に功績を上げた。


 時には誘拐された娘を見捨ててまで、『家の格』に拘った。


「次は、サリパ王に挨拶をしに行くか」


 そんなセルッゾが、次に目を付けたのはサリパであった。


 デケンには恭順の意を示して、独立を保つことを許された『属国』だ。


 そのサリパを、支配下に置こうと考えた。


「ラシリアの生存を知ったら、サリパ王は何と言うだろうか」


 ラシリアの存在を公表されたくなければ、言うことを聞けと交渉するか。


 適当な罪をでっちあげ、サリパ王族を皆殺しにして、ラシリアに王を継がせるか。


 いずれの手段でも、サリパを手に入れることはできただろう。


「だが、武力行使はスマートではない。利害を説くべきであろうな」


 セルッゾはなるべく、皆殺しの選択肢は取りたくなかった。


 勝てるだろうが、無駄な出費を嫌ったのだ。


 戦わずして勝つことが至高である。


 飴をちらつかせ毟り取ることこそ、スマートだ。



「さあ、サリパ王の返答やいかに────」


 



 そんな野心を胸に抱いて、セルッゾはサリパ王宮へと足を運んだ。


 サリパ国王はセルッゾの来訪を歓迎し、会談にも快く応じてくれた。


「おや、貴女は……」

「あら、はじめまして!」


 サリパ国王も、大貴族となったセルッゾとは仲良くしたかったのだろう。


 夕食ではパーティが開かれ、セルッゾは盛大に歓待された。


「きょうのゲストにごあいさつにうかがいましたわ!」

「これはどうも、予はセルッゾと申します」


 セルッゾはそこで、『ラシリアとよく似た瞳を持つ』幼い王女と出会った。


 彼女の態度や様相から、セルッゾは幼女の名前にすぐ気が付いた。


「わたしはリシャリ・サリパールともうしますの」

「おお、これはこれは。サリパの姫であらせられましたか」 


 ────サリパ王国の『第三王女』リシャリである。


 しかも彼女の周囲には、護衛がついていない。


 セルッゾは内心で、しめたと唇を曲げて嗤った。


「リシャリ姫殿下、我が領から持ってきたお菓子がありましてな。国王と面会まで、私とお茶でもいかがですかな」

「え、ほんとうですの!? ぜひ、よろこんでですわ!」


 セルッゾはサリパ王国に、仲良くしに来たのではない。

強請り、脅しに来たのである。


 そんな『外敵』を前に姫を差し出すとは、何と愚かなことか。


 数年前、ラシリアを攫われた時から何も成長していない。


「リシャリ姫とお話できるとは光栄ですな。これ、お前たち、部屋でスコーンの準備を」

「了解です、セルッゾ様」


 セルッゾはリシャリを、セルッゾが宿泊する貴賓室へ誘い出した。


 そして彼女を部屋の奥に座らせた後、貴賓室の周囲を厳重に守り固めてしまった。


「さあ、たっぷりお食べくださいリシャリ様」

「おいちーですわ!!!」


 リシャリ姫は、誘拐されたことに気づかずお菓子を頬張っている。


 これで、人質を確保できた。サリパ王が激昂した時に、保険となるだろう。


「国王がお呼びです、セルッゾ様」

「そうか、では向かうとしよう。リシャリ姫、どうぞ好きなだけお食べください」

「ありがとうございますわ!」


 セルッゾは内心でほくそえみながら、堂々と会談の場に向かった。







「こ、こんなふざけた条件を飲めるはずがあるか!」

「国力差を考えれば、妥当ですとも」


 セルッゾは会談の場で、厳しい『要求』を国王に突き付けた。


 まるでサリパが、セルッゾ領の一部のような扱いの条件だった。


「関税に、独占売買権、植民地まで寄越せだと!」

「その代わり、我らがサリパを守護(まも)りましょう。悪い取引ではありますまい」


 サリパ国王は、温厚な人物である。


 これまでデケン帝国からの要求に、ずっと下手で出てきた。


「サリパは貴国の領地ではないぞ! どこまで馬鹿にすれば気が済むのだ!」


 しかしこの時ばかりは、サリパ国王も激昂していた。


 サリパ王は国民を守るため、独立は維持しておきたかった。


「こんな話は受けられない。考え直していただきたい」

「いやいや、受けていただきますとも」


 だがサリパ国王を前に、セルッゾは涼しい顔であった。


 ラシリアの存在は、サリパの致命的な弱味。


 国王はいずれ、要求を飲まざるをえないのだ。


「話は変わりますが。この国には、ラシリアという姫がおられたそうですが」

「何の話だ。うちにラシリアなどという姫はおらぬ。交渉を煙に巻こうというのか」

「いえいえ。そうでしたか、もういなかったことになったのですな」


 ニヤニヤと嫌味ったらしく、セルッゾは国王を煽る。


 国王は忌々しい表情で、不審げに悪党貴族をにらむ。


「さすればもう一人、いなくなるかもしれませんなぁ」

「……は?」

「リシャリ姫でしたかな。随分と、かわいらしく愛想の良いお姫様で」


 そんなセルッゾの言葉に、国王は色を失った。


 セルッゾの言葉を、『交渉のためにリシャリを誘拐した』と受け取ったのだ。


 といっても、本命の交渉条件はラシリアの身柄。


 セルッゾはそのまま、ラシリアの話に繋げたかったのだが、


「お前、貴様! 何をしたか分かっているのか!」

「ああ国王、ご安心ください。リシャリ姫を交渉材料にする気はございませんので」

「ふざけるな、貴様ァ!!」


 サリパ王の怒声があまりに激しく、セルッゾは思わず口をつぐんだ。


「リシャリに指一本でも触れてみろ! ケツキリムシの餌にしてやる!」

「……サリパ国王?」

「パウリック、この男を斬れ! リシャリを助けるのだ!」


 国王の態度は、激昂という言葉では生ぬるかった。


 ラシリアを誘拐されたトラウマが刺激され、我を忘れていた。


「お、落ち着いてください国王。セルッゾ殿に手を出せば、デケン皇帝が何というか……」

「やめた方が良いですぞ。予に何かあれば、リシャリ姫を処分するよう命じておりますゆえ」


 セルッゾは、そんなサリパ国王の態度は意外だった。


 彼はかつて、ラシリア王女を見捨てたはずだ。


 怒りはしようが、最低限の交渉はできると思っていた。


「……殺すぞ、殺してやるぞセルッゾ!」

「ふむ。思ったより、堪忍袋の緒は短いようですな」


 だというのに、社交デビュー前のリシャリ姫を誘拐しただけで。


 サリパ王は我を忘れ激高し、セルッゾに襲い掛かろうとした。


 この王は想像していたより、情に厚く激昂しやすいらしい。


「今日はここまで。明日、改めて冷静に話し合いをしましょう」

「逃げるのか、貴様────」

「一晩寝て、心を収めてください国王」


 これでは交渉にならない。


 感情を制御できない相手との話し合いは、平行線だ。


「お互いに納得のいく、良い契約を結びたいですなぁ」


 セルッゾはそういって、国王の間を退室し。


 悪人面を歪めて、ヌハハハと笑った。










「おはなしあいはおわったのですか、セルッゾさま」

「ああ、終わりましたぞリシャリ姫」


 そんなわけで、交渉は翌日に持ち越しとなったのだが。


 部屋に戻ると、メイドと遊んでいたリシャリが笑顔で近づいてきた。


「では、おはなしのつづきをしましょう! セルッゾさまのおはなしはおもしろいのですわ!」

「おお、おお。光栄でございますな」


 彼女はまだ誘拐されたことに気が付いていない。


 国王が無能なら、姫まで間抜けである。セルッゾは心の内で哂っていた。


「セルッゾさまのりょうちには、どんなムシがいますの?」

「ああ、我が領地には揚げ蜻蛉(フライドドラゴン)というおもしろい昆虫が……」


 おとなしくしてくれるならそれに越したことはない。


 セルッゾは適当にリシャリと話をして、寝かしつけようとした。


「スゴいムシですわ!! みてみたいですわ!!」

「ぬはは、リシャリ姫は虫が好きなのですな。実に珍しい」

「セルッゾさまはムシがすきですか?」

「子供のころは、好きだったこともありましたな」


 しかしなかなか、話が途切れることはなかった。


 そしてセルッゾも話を切ろうとせず、むしろ話を続けようと会話を振ってしまった。


 ────妙に、リシャリとの会話が弾んで楽しいからだ。


「やっぱり、ひめがムシすきなのはへんでしょうか」

「まぁ、なかなか珍しいのは確かでしょうな」


 リシャリは、五歳の女児である。


 だというのに会話のテンポ、相槌などが抜群に上手かった。


 引き込まれるように話を続けてしまい、会話のやめ時を見失うのだ。


「セルッゾさまにごそくじょはいらっしゃいますか?」

「え? ……え、ええ。いましたが」

「ほんとうですか! ムシはすきですか、どんなひとですか!」


 しかし、楽しい時間も終わりは訪れる。


 リシャリの振った話題が、セルッゾの地雷を踏みぬいたのだ。


「……」

「セルッゾさま?」


 セルッゾの顔色が変わったのを察したのだろう。


 リシャリは眉を顰め、神妙な面持ちでセルッゾを見上げた。


「失礼。いえ最近、娘が天に旅立ちましてな」

「も、もうしわけありません! わたくし、そのようなつもりでは」

「わかっておりますとも」


 娘が死んだことを聞くと、リシャリは顔を青くして頭を下げた。


 五歳の幼女に気を使われるなど、情けない。


 そう思ったセルッゾは、笑顔を作って気にしていないとアピールした。


「既に割り切ったことです。もう、何とも思っておりません」

「……そう、ですか」


 ────その時。


 リシャリの瞳が、怪しく光った。


「セルッゾさま」

「なんでしょうか、リシャリ姫」


 不思議な瞳だった。


 なんでも見透かされるような錯覚を起こす、透き通って蒼く眩く光る瞳だった。


「だっこしてください」

「は?」


 リシャリはそのまま、ツカツカと近づいてきて。


 セルッゾの前で、毅然とした顔で両手を大きく広げた。


「わたしを、だっこしてください」

「いえ、それは、その。どういうことですかな」

「やってみればわかります」


 意味が分からない。


 五歳児とはいえ、一国の姫が中年男性にハグを求めるなど理解不能だ。


 だが、彼女の目はまっすぐセルッゾを射抜いて動かない。


「こ、こうですかな」

「はい、ですわ」


 周囲の私兵や、メイドの目を若干気にしつつも。


 セルッゾは言われるがまま、リシャリを抱いて持ち上げた。





「────ぱぱ」

「っ!!」


 あどけない口調で、呟かれたその単語に。


 セルッゾは目を見開いて、思わず体が硬直した。



 軽い体躯。暖かな体温。


 子供特有の、柔らかな土のにおい。



「あ、あっ!」

「……」


 その瞬間、フラッシュバックしてしまった。


 セルッゾがかつて、大切に抱いていた娘の記憶を。


「あああっ!!」


 自らの権力のため、見捨てて見殺しにしてしまった『愛娘』の幼き日を。



「ほら、わりきってなんかいませんの」

「……はぁっ! はぁ、はぁ」


 冷や汗が止まらない。締め付けられるように胸が苦しい。


 たった今、セルッゾは抉られたのだ。心の中でもっとも敏感で、繊細な場所を。


 五歳の幼女に、ふさがっていない心の傷口を切り裂かれた。


「ど、どうして────」


 どうしてこんな残酷なことをするんだ。


 セルッゾは思わず、リシャリに声を荒げそうになった。


 しかし、彼が見つめた先にあったのは、


「よかった」


 ホっとしたような、リシャリの笑顔であった。


「そんなに簡単に、割り切られたら哀しいですもの」

「……っ」


 リシャリは、亡くなったセルッゾの娘のことを思って。


 割り切らないでくれていてよかったと、そう言ったのである。


「セルッゾさま。おやのことをきらう子なんていませんわ」

「リシャリ、殿下?」

「だからきっと。セルッゾさまのごそくじょも、あなたのことがだいすきだった」


 そのことばに、セルッゾはなにもいえない。


 ああ、そうだ。そんなことは言われずともわかっている。


 あの娘は子供のころ、間違いなくセルッゾのことを大好きだった。


「そんなことはないのです、リシャリ姫」

「それはどうしてですか」

「それは。それは────」


 しかし最期、愛娘はセルッゾのことを恨んで死んだ。


 自らの権力のため見捨てられ、いたぶり殺された。


 恨んでいないはずがない。


「予が領地のため、娘を見殺しにした、から」


 酷いことをした、という自覚はある。


 だが、それを選んだのはセルッゾ自身だ。


 娘より、権力を選んだ。何故なら権力の方がずっと大事だったから。


「あやつは予を恨んでいる。当然だ、当たり前である!」

「せ、セルッゾさま?」


 だが今、セルッゾの心はかき乱されていた。


 切り捨てたはずの娘への情を、想起させられてしまったからだ。


 彼は信念に従って、娘を見殺しにし、権力を手に入れた。


 だけど心の底から、割り切って行動していたわけではない。


 娘を殺された絶望から目を逸らし、割り切ったふりをして前に進んでいただけ。


「予が娘を見捨てたというのに、娘のことを想える道理がどこにある!」

「でも、りょうちのためなのですよね?」

「ああ、そうだ。予は娘より、領地を取った! それでいいだろう、もうこれで話は終わりだ!」


 リシャリの言葉は劇毒だった。


 亡くした娘の記憶をフラッシュバックさせながら、傷口に塩を塗り込んできた。


 これ以上彼女と会話を続けたら、頭が変になりそうだ。


 だからセルッゾは、強引に話を終わらせようとしたが、


「では、うらむはずがありませんわ。王族とは、貴族とは、領地のために死すべきですもの」

「は?」


 リシャリ姫は、優しい口調でそう言葉をつづけた。


「わたしはみんなの税金で、ゆうがに暮らさせてもらっています」

「……」

「であれば、領地のため命をすてることは当然でしょう」


 そう話す五歳児は、目が据わっている。


 それは至極当然の、常識を説くような口ぶりだ。


 物を盗ってはいけないとか、好き嫌いはよくないとか、そんな風な。


「だから、うらみはしませんわ。それが『貴族の矜持』ですもの」

「……」

「だけど、パパにわすれられるのはかなしいですの。ちがいまして?」


 愛娘が、セルッゾを恨んでいない。


 そんなことがありえるのだろうか。


「きかせてください、セルッゾさま。あなたのごそくじょについて」

「あ、あいつについて、か」

「わたしだったら、わすれてほしくありません。むしろ誇って、話してほしい」


 だが、そうだとしたら。セルッゾとて、彼女との思い出を忘れたくない。


 今までずっと、怨嗟を向けられていると思ってきたから、思い出さないようにしていただけ。


「セルッゾさまは、その娘のことがだいすきなのでしょう?」

「予は、予は……」

「だってさきほど、わたしをだっこしたとき、目を腫らしていたではないですか」


 セルッゾはその言葉にハッとなり、目元をぬぐう。


 いつのまにか、涙の粒が目じりに浮かび上がっていた。


「その涙を出させたのは、わたしではありません。セルッゾさまが、その方のことを想って流したもの」

「────」


 自覚すれば止まらない。気づけばセルッゾは、『娘を殺されてから初めて』、声を上げて泣いた。


 大人がみっともなく、五歳児に諭されて泣いたのである。


「ではセルッゾさま。どうかきかせてくださいな」

「オッ、オォ……」

「このリシャリがひとばん、おつきあいいたしますわ」


 そのまま、セルッゾはリシャリに促されるがまま。


 部下やメイドたちもいる部屋で、娘への思いを一晩中語り続けたのであった。








「────昨晩の交渉は、全て取り下げる。非礼も詫びましょう、失礼しました」

「はい?」


 翌日。


 セルッゾは、そう言い残してサリパを去った。


「セルッゾおじさま、バイバイですわ~!!」

「……リシャリ姫。どうかご機嫌麗しゅう」

「またおはなししてくださいまし!!」


 夜通しリシャリの奪還計画を練っていたパウリックと国王は、目が点になり。


 誘拐された張本人リシャリは、なぜかセルッゾに懐いていた。


「お、おいリシャリ。セルッゾに何かされなかったか?」

「何にもされてませんわよ? ずっとお話しただけですの。ふわぁ~ぁ」

「そ、そうか」


 領地に帰っていくセルッゾを見送った後、リシャリは眠そうにあくびをした。


 国王が心配そうに話しかけるが、


「そうそう。セルッゾおじさま、これからなかよくしてくださるそうですわ」

「……」

「なかよしがふえて、うれしいですの!」


 当のリシャリはニコニコと笑うばかりであり。


 サリパ国王とパウリックは、そんな幼女を怪訝な目で見るしか出来なかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
リシャリ凄いな カサブタ剥がして、痛い痛いですね、して治療するとは
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ