47話「これで、革命は成し遂げられた!」
「……我がデケン軍が、敗走した?」
「はい、陛下」
タケルとジュウギの活躍で、この戦争の勝敗は決した。
海路と陸路の両方で負けたデケン軍は、帰ることしか出来なくなった。
「何故だ?」
「アガロン将軍は重傷を負い敗走、海軍も損耗率三割を超える大敗で、兵站を構築できず」
「どんなポカをやらかしたら、そんな結果になる!? ジャルファは何をしておった!!」
デケン皇帝の怒声が響く。
この戦力差ではまず起こりえぬ惨敗に、開いた口が塞がらない。
「ジャルファ王子は、国内に撤退しております」
「その体たらくで、おめおめ逃げ帰ってきたのか!?」
その報告を聞いたデケン皇帝は憤怒した。
ジャルファ王子を無能、凡愚、臆病者と口汚く罵った。
「何たる無能、何たる凡愚! いますぐ奴を、ここに呼び出せ!」
「御意」
「あんな奴に軍を任せたのが間違いだった!」
これにより事実上、デケン皇帝の世界統一の夢は潰えた。
ここまでの物量を用意して、何の戦果も得られなかったのだ。
再侵攻できるようになるまで、あと何年かかるか分からない。
高齢の皇帝が、再侵攻まで生きていられる可能性は低いだろう。
「ああ、ああ。老いが憎い、我が身の不調が憎い!!」
「こ、皇帝陛下……」
「我が自ら率いていれば! 百に一つも負けることはなかっただろう!!」
だからこそ、その憤怒は格別だった。
後継者候補として期待していたジャルファ王子に対し、口汚くののしった。
なおジャルファ王子も、この戦果で撤退など許されまいと悟っていた。
どうせ死ぬならいっそ、侵攻を続けるという選択肢もあった。
「サリパごときに負ける愚か者が、我の子として生まれるとは────」
だがジャルファ王子は、保身よりも国益を優先した。
彼は汚名を被っても、より多くの兵士を連れ帰ることを選んだ。
「辛抱ならん。儂の前で、ヤツの首を刎ねよ!!」
その結果────彼は処刑を宣告された。
歴史に「もしも」は存在しない。だが後世の人間はため息を漏らす。
もしデケン皇帝が、気まぐれでサリパに攻め込まなければ。
そんなもしもを、妄想せずにはいられない。
当時のデケン帝国は、覇権国家たりうる存在だった。
大陸の七割以上を占領し、他のどの国よりも発展している最強国家。
順当に行けば、問題なく世界を統一出来ていただろう。
何せ「サリパ王国」も、デケン帝国の一部だったのだ。
タケルもジュウギもベルカも、デケンの将として活躍する未来がありえたのだ。
────デケン皇帝が気まぐれを起こさなければ。
まもなく、血なまぐさい群雄割拠の時代が幕を開ける。
「デケンの蛮族が、遂に負けたのか!」
「まさか、デケン軍が……」
デケン帝国軍が、サリパの都市一つ落とせずに敗走した。
この敗報は、全世界へ衝撃を以て広まった。そして、皆が歓喜した。
デケン帝国は侵略国家として、周囲から忌み嫌われていたからだ。
「デケン軍が弱体化しているってことじゃないか!?」
「よし、今こそ立ち上がるぞ!」
皆が従っていたのは、デケン帝国が強いから逆らえなかっただけ。
弱小国に惨敗し軍が弱体化したとなれば、その根底が崩れてしまう。
「もうデケン帝国に従っていられるか! 俺達は独立するぞ!」
「今のデケン軍は脆弱だ! 今なら勝てる!」
弱小国でも、奮闘すればデケン軍の本気の侵攻をも退けられる。
そんな前例が出来てしまったことで、
「民衆よ、立ち上がれ! いまこそ、独立の時だ!」
デケン帝国に征服されていた植民地の民が、そこら中で蜂起した。
なんと大小合わせて五つの地域で、領主が独立を宣言したのである。
「デケン帝国を打倒せよ!!」
ヤイバンやアイギスランドなど、デケンに対する敵対国家はいまだ健在。
今まで属国だったサリパ王国も、デケンの敵に回った。
デケン帝国はたった一戦で、あらゆるものを失ってしまった。
……ここからゆっくり、時代の歯車が狂い始めていく。
「痛いですわ!! 痛いですわ姉上ェ!!」
そんな奇跡の勝利を成し遂げた、サリパ王国であったが。
「無言で頭をグリグリしないでくださいまし!! 出ますわ! 口からリシャリ汁的ななにかが出ますわ!」
「……ぐりぐりぐりぐりぐり」
「痛たたたたたたぁ!!」
俺やサリオ兄上、ジケイ兄上、ルゥルゥ姉上は、祝杯をあげるどころか、王宮にこもって頭を抱えていた。
「ルゥルゥよ、その辺にしてやったらどうだ。リシャリも悪気があった訳では」
「関係ないわよサリオ兄!! 国庫が空になったのを見た時、心臓止まったんだからね!」
「ごめんなさいですわぁ~!!」
デケン帝国軍を追い返したことで、サリパ国内は歓喜に沸いている。
まさに奇跡の偉業だと、民衆は祭りのように騒いで勝利を祝った。
……だが、
「リシャリの処遇は後で考えよう、姉さん。コイツの功罪が大きすぎて、何を言えばいいのか分からん」
「ミスではあるが、リシャリのお陰でお前も助かったではないか」
「そうだけどー! そうだけどー!!」
俺たちに、勝利を祝っている時間はなかった。
むしろやることが山積みで、寝る暇もない状況であった。
「ジュウギの発明で、港町アナトは守られたのだろう? むしろ褒めてやっても……」
「そのジュウギの研究がマズいんだ、サリオ兄さん。このままだと、経済が酷いことになる」
「……経済? あの軍艦の建設費用は、必要経費だったと考えねば」
「軍艦じゃなく、鉄道の方さ」
もちろん、戦後処理もさることながら……。
どうやらジュウギの発明によって起きる問題も多いらしく、
「ジュウギはリシャリの許可を得て、各所に鉄道を繋ぐ工事を始めたらしくてな」
「はあ。別に良いことではありませんの?」
「何も対策していないと、行商人や馬車の御者、護衛の冒険者や運送業者が一斉に職を失うことになるが、本当に問題ないか?」
「……ごめんなさいですわ」
鉄道の敷設が完了すると、多くの雇用が消えてしまうのだ。
それを防ぐには、炭鉱夫や鉄道職員などに転職する斡旋を行わねばならない。
しかしジュウギの仕事が早すぎて、このままだと支援が追い付かないのだという。
「まぁ、これはリシャリだけの責任じゃねぇ。ジュウギの異常性を認識してなかった俺の責任だ」
「ジケイ兄上……」
「アイツの研究は国家で厳重に管理すべきだった。ちょっとジュウギという男を舐めていた」
ジケイ兄上も、彼の研究がこんな早さで完成するとは考えていなかったらしい。
普通は『五年以内に成果が出る』と言えば、五年後に試作モデルが出来る程度。
そこからさらに十年かけて実用化と量産し、普及していくもの。
……一年経たず、鉄道を敷設し始めているのがおかしいのだ。
「ルゥルゥ姉さん。ジュウギの手綱は姉さんにお願いしても良いかな」
「えっ、私?」
「リシャリには任せていられないし、俺も忙しい。姉さんの頭脳なら問題ないだろ」
「……し、仕方がないわね! 私しかいないもんね、任されたわ!」
これからジュウギの研究は、ルゥルゥ姉上が管理することになった。
研究や学問の分野においては、姉上が四兄妹の中で随一だ。
悔しいがポカをやらかした俺より、ずっと適任だろう。
「じゃあ後でジュウギの家に挨拶に行かなきゃ」
「私もついて行きますわ~」
「なんでよ」
事情を説明するため俺もジュウギに会いに行こうとしたら、イヤな顔をされた。
何でさ。
「それより、まだ話し合うべきことがあるだろう」
「……そうだね、兄さん」
姉妹でじゃれていると、サリオ兄上は真面目な顔になった。
真剣な話になりそうなので、俺も佇まいを改める。
「国王が戻ってくるまで吾、サリオがサリパ王を代行する。異論はあるか」
サリオ兄上は、そんな宣言をした。
国王とパウリックは、未だサリパに戻ってきていない。
ならば誰かが、国王を代行せねばならないのだ。
「いや、異論はない。サリオ兄さんこそふさわしい」
「サリオ兄しかいないでしょ」
「賛成ですわ!」
兄妹から、異論は出なかった。
これを認めるということはすなわち、この場で『王位継承者』を確定するに近い。
もっと揉めるんじゃないかと危惧していたが……。
「では王の代行を承ろう。吾には足りないものが多い、力を貸してくれ」
「了解」
サリオとジケイ、二人の兄上の関係は思ったより良くなっていて。
この宣言に対する、ジケイの反応は穏やかだった。
「まず目下の問題として、今までデケンから輸入に頼っていた魔道具や鉱石などが不足してくると予想される」
「ヤイバンと交易を始めることで、賄えないかしら」
「交易路の開拓には時間がかかる、今まで通りデケンとも取引できればいいのだが」
「国家としてではなく、個人的な交易を続けてもらえないかデケン商人に打診してみよう」
デケンと交易がなくなることで、多くの物資が足りなくなることが予想された。
魔道具や鉱石、調味料、衣類、工芸品など様々なものを輸入に頼っていたからだ。
新たな同盟先であるヤイバンから仕入れられるだろうが、交易路を構築するには時間がかかる。
出来れば、今まで通りデケン帝国とも取引を続けたい。
「国王の返還交渉をすすめねばならんし、デケン侵攻へ備え軍備を拡張する必要もあるだろう」
「デケン側は、返還交渉に応じてくれるでしょうか」
「デケンは信用できないし、特殊部隊を送り込んで保護する方が良いかもしれん」
国王は、まだサリパには必要だ。彼を守るパウリックも大事な人材。
何としても、取り返さねばならない。
「ジケイよ、何から動くべきだと思う?」
「あー……。サリオ兄さんは、軍事関連を進めてくれ。関所の強化と、軍備の拡張」
「うむ。よかろう」
サリオはジケイに、当たり前のように相談した。
……この戦いが終わってから、かなり仲良くなった気がする。
「俺とルゥルゥ姉さんは、ヤイバンと交易路の構築に動こう。ヤイバン王には俺が話をつけるから、商人を任せて良いかな」
「分かったわ。ヤイバンの商人と交渉して回ればいいのね」
「お願い。二手に分かれて、手早く進めよう」
ジケイ兄上は、すでに政治について詳しい。
サリオ兄上は軍人向きだし、ルゥルゥ姉上は商人との交渉に向く。
四人全員で力を合わせれば、出来ないことなんてきっとない。
「ジケイ兄上、私は? 私は何をすれば」
「良い感じにデケン貴族を抱き込んで、交易に目をつぶってもらうよう頼んでくれるか」
「はいですわ! 伝手を辿って交渉してみますわ!」
俺も平凡ではあるが、顔と社交スキルだけは自信がある。
今まで培ってきた縁を辿って、デケン貴族と話をつけて見せよう。
「ちなみに、どのデケン貴族に交渉するつもりだ?」
「総当たりしますわ。懇意にしているデケン貴族が、近場に五家ほど……」
「近場のデケン貴族全員じゃねーか」
そりゃあ、近場の貴族こそ懇意にすべきだし。
サリパ領に隣接してるデケン貴族とは、だいたい仲良しだ。
「ま、お前はどうせ上手くやるんだろう。任せたぞ、リシャリ」
「お任せあれ! ですわ!」
俺はそう言って自信満々に、兄姉の前で啖呵を切った。
かくして俺は近隣のデケン貴族に、秘密裏に交渉へ向かうこととなった。
表立ってサリパを支援する必要はないが、交易だけは見逃してもらいたい。
そんな感じに話を纏める自信はあった。
「セルッゾ様に会いに行くのは久しぶりですわ。元気にしているかしら」
俺が真っ先に向かおうとしたのは、セルッゾ領だった。
セルッゾさんは、俺が懇意にしている悪人面のオジサンである。
国王が言うには闇討ち暗殺何でもござれの、マジの悪らしいが……。
近隣で一番大きいデケン貴族でもあるし、ここから交渉に行くのが最良だと考えた。
「……リシャリ様。大変なことが起きました」
「あら、どうかしましたの」
セルッゾさんは俺にやさしいし、何とかしてくれるだろう。
そんな期待を抱きながら、俺はセルッゾさんに宛てた手紙を書いていると。
「セルッゾ領で大規模な反乱が発生したようです」
「えっ!?」
外交官が顔を真っ青にして、俺の部屋に駆け込んできた。
「セルッゾおじさまは!?」
「セルッゾ伯爵は捕らえられ、反乱軍がデケンから独立を宣言しました」
なんと俺が向かおうとしていたセルッゾ領が独立したというのだ。
しかも、その独立を宣言したのが────
「傲慢なデケンに制裁を! 俺たちの手に自由を!」
「俺たちはデケンの奴隷じゃない!」
デケン帝国、セルッゾ領。
ここは元々、サリパと同じ独立した小国家だったそうだ。
しかし三十年ほど前にデケン帝国に占領され、王家は皆殺しにされたらしい。
それ以降は植民地『セルッゾ領』として、セルッゾ伯爵に統治されていた。
「悪党セルッゾの家を燃やせ!」
「俺たちの平和を取り戻せ!」
サリパは父上の交渉で属国として独立を保ったが、セルッゾ領は滅ぼされた。
そんな歴史的背景があるため、デケン軍が負けたのを受けセルッゾ領民は蜂起したのである。
そしてこれがまた、非常に間が悪かった。
「……国王。民衆が暴徒と化しております、どうか私の近くに」
「すまぬ、パウリック」
パウリックの護衛により、国王はサリパ付近……セルッゾ領まで逃げてきていたのだ。
ちょうど国王の一行がいるタイミングで、クーデターが勃発したのである。
「くそ、よりによってこんな時に反乱か」
「混乱に乗じてサリパに戻るチャンスでもありましょう」
「まあ、そうだな」
国王たちは巻き込まれないよう、慎重に旅を続ける必要が出てきた。
サリパ国内に戻れさえすれば、もう安全だ。
父上は身分を隠し、こそこそと旅を続けたという。
「みんな聞けぇええ!! 悪逆のデケン貴族、セルッゾ伯爵は私が捕らえた!」
「うおおおお!!」
しかし国王一行が、セルッゾ領の中心都市を通っていた時。
大通りの広場で、とんでもない光景を目にすることになった。
「国王、セルッゾ伯爵が捕らえられたそうです」
「そうか。闇討ち大好きなあの男も、民衆には勝てなかったか」
それはセルッゾ伯爵が捕らえられ、処刑されようとする瞬間である。
見ればムームーと猿轡を嵌められた太った男が、広場の檀上で縛られて晒されていた。
「……助けるのは、難しいですぞ」
「分かっている。手を出すなパウリック」
「御意」
セルッゾ伯爵と親交があった国王は顔をしかめたが、助け舟を出す判断はしなかった。
無事に国内に戻ることを優先した。
「今、この瞬間からセルッゾ領は独立を宣言する! もうデケン帝国に従わない!」
「良いぞ! 良いぞ!」
「新しい時代の幕開けだ!」
哀れ、セルッゾ伯爵は恐怖でガタガタと震えながら、反乱の首魁に剣を突き付けられている。
デケン貴族とはいえ、可哀そうな気持ちになるが……。
「────あ」
「これから、このセルッゾ領は独立国家となる! 新たな法、新たな王、そして新たな時代がやってくる!」
その『首魁』を見た、国王とパウリックにとって。
セルッゾというデケン貴族の末路など、最早どうでもよくなった。
「天に昇るは我が太陽! 闇夜を照らす、新たな治世の幕開けだ!」
「いいぞ! 女王万歳!」
国王は息をのみ、パウリックは目を見開く。
二人はセルッゾ伯爵に剣を突き付けている、金髪の女に目を奪われた。
「天誅!!」
やがて首魁は剣を一振り、悪逆貴族の頸を斬り。
鮮血を返り血に浴びて、民衆の喝さいを浴びた。
「これで、革命は成し遂げられた!」
「万歳、万歳、万歳!」
「美しき王、ラシリア女王、万歳!!」
やがて『ラシリア』と呼ばれた、新たな女王は。
広場の壇上で、血の滴った小剣を太陽に向けて掲げた。
「────あ、あ、あ」
「民衆よ、偉大な我が王名を三唱せよ!」
「ラシリア女王! ラシリア女王! ラシリア女王!」
パウリックの、声にならない慟哭が響く。
その女王は、十五年前にサリパ王宮から誘拐された────
「ここに神聖ラシリア王国の樹立を宣言する!!」
サリパ王国の真の第一王女、ラシリア・サリパールと同じ瞳をしていた。




