46話「……たーまやー」
デケン帝国の指揮官、ジャルファ王子は焦っていた。
「ジャルファ王子。悪い報せが届きました」
「……今よりも、悪くなるのですか」
サリパとヤイバンへの二方面作戦は、皇帝になるための『試験』だった。
デケン皇帝を継ぐに値するかを、見定めるための戦い。
だというのに、ジャルファ王子の戦果は散々だった。
「圧倒的な戦力差を用意したのに、いまだに城塞都市ひとつ落とせない」
「王子……」
「ヤイバンへの侵攻計画は、既に三日も遅れています。……ここからさらに悪くなるというのですか」
デケンは未だ、城塞都市ブユルデストを落とすことが出来ていない。
すでに数千の兵士を失い、今なお包囲のために兵力を割かされている。
そんな訳で不機嫌なジャルファ王子だったが、
「────え。デケン海軍が港町の占領に、失敗した?」
「サリパ軍に手も足も出ず、上陸すらできないまま撤退したそうです」
デケン海軍が港町アナトで壊走したという報告を受け、思わず立ち上がった。
計算が狂ったどころの騒ぎではない。
戦況が一変する、衝撃的な報告だった。
「海軍がないサリパに、負けるはずがありますか!」
「それが、その。サリパは、四隻ほど軍船を所有していたそうで」
「四隻くらい蹴散らしてくださいよ! 二百隻は動員したでしょう!?」
流石のジャルファ王子も、血相を変えて怒鳴ってしまった。
四隻と二百隻の戦いで、どうしてデケン軍が蹴散らされるのか。
「デケン海軍は被害が甚大で、立て直すのに時間がかかると」
「意図が読めませんね。怨恨か、はたまた買収されたか……?」
ジャルファ王子は、デケン海軍が正面から負けたとは考えられなかった。
まず他の王子による、妨害工作を疑った。
「これは悪質なボイコットです。まさか作戦に迷惑をかけてくるとは」
「王子……」
「いえ、これも私の求心力不足ですね。海軍の協力を得られないとなると、兵站をどうすべきか」
物資を輸送するのに、やはり海路は効率がいい。
ジャルファ王子は、港町アナトを兵站の中継拠点とするつもりだった。
しかし海軍が撤退すれば、輸送計画が崩れてしまう。
「当面は陸路から輸送を行うしかないかと」
「……さらに時間がかかってしまうじゃないですか」
ジャルファ王子は歯噛みをした。
大軍を動かすということは、お金もかかるということ。
予定より遅れれば、それだけ皇帝の心象も悪くなる。
「ジャルファ王子、いっそ予定通り侵攻してはどうでしょう」
「兵站を構築せず進めというのですか」
「アガロン将軍は優秀です。きっと、すぐに港町を占領してくれますよ」
「……む」
だが兵站が確立されていなくとも、ジャルファ王子は侵攻を続けることは出来た。
出陣の際、余裕をもって食料物資を運んできているからだ。
仮に海路が確保されずとも、一か月は戦えるだろう。
その一か月の間にアガロンが陸路から港町を占領できれば、海上輸送が可能になる。
「アガロン将軍が買収されるなど考えにくいでしょう。デケンの英雄を信じて、進んではどうでしょう」
「なるほど、一理ありますね」
そんな部下の提案を受けて、一瞬だけジャルファ王子は考える素振りを見せた。
実際、アガロン将軍が期待通りの働きを見せれば、予定通りに侵攻が可能だろう。
「ただ私は、無暗に突っ込むような人間が皇帝の器とは思えない」
「……はい」
「私に求められているのは、ギャンブルに勝つことではなく冷静であること」
しかし王子は、強引な攻め手に出なかった。
負ける可能性が上がる、無謀な賭けを避けたのである。
「進まず、待機を。あと、海軍に抗議文を作成して貰えますか」
「御意」
周囲から見れば、臆病にも見える進軍停止だった。
これを聞き、ジャルファ王子は腰抜けだとあざ笑う将校もいたという。
────しかしこの冷静な判断が、後にデケン帝国を滅亡から救うことになる。
話は戻って、デケン軍とサリパ軍の最前線。
七英雄の一人『アガロン』と、サリパの新星『タケル』は、互いに名乗りを上げて向かい合っていた。
「俺を龍だと思って、かかってこい」
『龍殺し』アガロンは龍の鱗で作られた、漆黒の鎧を身に纏った巨漢の戦士だ。
そんな彼の前にして、軽装のタケルは静かに拳を構えている。
「……ふぅー」
タケルの集中は、極限まで高まっていた。
両の瞳はアガロンを見据え、身体中の魔力を集中し、指先まで緊張が張り巡っている。
そんな若き武者を、アガロンは余裕たっぷりに待ち受けていた。
「いいねぇ。俺にゃあ分かるよ、戦士タケル」
「……」
「お前さん、強ぇだろ。龍を倒したのも、ほぼお前一人でやったんじゃねぇの?」
余裕こそあるが、アガロンの瞳に油断はない。
タケルという戦士を、強敵と認識してなお『余裕』なのだ。
「わかるよ、俺も本当は一人で戦いたかった。……危ねぇっつって、周囲が許してくれなかった」
「……」
「だからちょびっと、お前が羨ましいんだ」
タケルは一言も、言葉を発さない。
一方でアガロンは軽口をたたくように、ヘラヘラと語り続けた。
「龍を狩るのは、楽しかったか。タケル」
「……」
────アガロンは、待っているのだ。
タケルという戦士が、最高の一撃を繰り出す準備を整えるのを。
適当な口上を垂れ、場の熱気を保ちながら、タケルを待ってやった。
「……では、行きます」
「お、準備は済んだかい」
一分ほどの静寂の後。
タケルは一歩足を退き、肘を畳んで拳を握った。
それを見てアガロンも、ようやく槍先に手背をかけた。
戦場に、緊張が走る。いつ仕掛けるか、お互いに機を伺い続けている。
アガロンの部下も、ポーリィたちサリパ軍も、固唾を飲んで見守るだけ。
「あの、なんか話が変じゃない?」
その静寂を破って、ぼそりと呟いたのは。
困惑した表情で一騎打ちを見つめる、ヤイバン軍の助っ人『レヴィ』だった。
「この空気……何? タケルが倒したのって、龍じゃないよね?」
「龍じゃないって何?」
ポーリィはそんなレヴィの呟きに、ムっとした顔で反応した。
「私はその場にいたけど、どう見ても龍だったわ」
「君は、ポーリィさんだっけ? なら聞いてみなよ、デケン軍に」
一騎打ちの最中は、両軍とも手を出さないのが礼儀。
タケルとアガロンの睨み合う中、レヴィの言葉は静かに響いた。
「何を聞けばいいのよ」
「タケルが倒した奴は、どんな化け物だったか説明してごらん」
「はあ」
それを聞いた両軍に、困惑が広がる。
タケルは龍殺しではないとは、どういうことか。
「本当に龍だったわよ? 身体は鱗に覆われ、大きな翼で宙を舞い、口から灼熱の炎を吐く」
「うん」
「大きさは人間の数百倍で、着地の度に大地が揺れて。吐いた焔は、一息に何百人も焼き殺し……」
レヴィが何を言いたいのか、ポーリィにはよくわからない。
彼女は促されるまま、タケルが倒した龍について説明を続けた。
そしたら。
「馬鹿を言うな! 大ウソつきめ!」
「誇張が過ぎるぞ、サリパ人!」
「嘘は上手くつかんと恥ずかしいぜ!」
「へ?」
デケン軍の兵士は大笑いして、ポーリィに悪態をつき始めた。
どうしてデケン兵が笑っているのかわからず、少女騎士はポカンと口を開くのみ。
「ほ、本当なのよ? 私たちが戦ったのは────」
「そんなのがこの世にいるわけないだろ!」
「そんなのおとぎ話の怪物……『龍神』じゃねぇか!」
サリパ人にとって、龍とは大きく強く硬い怪物のことだ。
だから、タケルが倒したのは『龍』で間違っていないはずなのだが────
「デケンに住む龍の大きさは、数メートルだよ」
「えっ」
実はサリパ王国では、龍に対する認識はちょっとズレていた。
なぜならサリパには、古代から巨龍が住みついていたから。
タケルの祖父とスピオ卿に討伐されるまで、サリパには龍が巨龍しかいなかった。
だからサリパで龍といえば『巨龍』を指すのだが……。
「特別に強い龍が数百年ほど成長を続けると、巨龍となる」
「……」
「人間から畏怖と敬意を持たれ、やがて信仰対象になり、『神』の名を冠する」
しかしデケンなど海外には、龍はたくさん存在する。
デケン帝国において龍とは、『山の奥にいる強力なモンスターの1種』に過ぎないのだ。
確かにデケン龍も強力だし、並大抵の実力では討伐など出来ないが……。
パウリックでも十分に、単独討伐が可能な敵だったりする。
「じゃあ最後に。ボクらはタケルが倒したのを、何て呼んでた?」
その龍の中で、頂点とされる存在。
数百年を生き、信仰対象にまで昇華した存在。
「……龍神?」
「そういうこと」
それが、龍神である。
「「勝負」」
そんな呟きが響いた直後、二人の体躯が風のように消えた。
アガロンは雄たけびを上げて跳び、タケル目掛けて一直線に降下を始めた。
「我が槍撃、受けてみろォ!!!」
それは、まるで赤く尖った隕石だ。
『龍殺し』アガロン将軍の槍には、炎のような紅い魔力が渦巻いて。
槍先が赤く輝き、うねり、空間を割いてタケルへと切り込んだ。
「……はぁっ!!」
その槍先を、受け止めるように。
真正面から、打ち返すように。
タケルは全身全霊の拳を、迫りくる紅槍めがけて振りぬいた。
「……へ?」
────タケルの拳は、情けなく空を切った。
彼の渾身の一撃はあっさり躱され、アガロンの姿が消失する。
「ど、どこに消えた!?」
タケルは勢いあまって、尻もちをついた。
慌てて起き上がって、周囲を見渡したが人影はない。
「く、どこだ?」
「何が起きたの? アガロンが、消え……」
「……たーまやー」
キョロキョロと、タケルは周りを探し続けた。
しかし、どこにもアガロンの姿はない。
彼の顔に、焦燥が浮かぶ。いつ、不意打ちをされるかわからない。
「アガロン様……?」
「アガロン様が、姿を消した?」
しかし焦っているのは、サリパ方だけではない。
アガロンが忽然と消えて、デケン軍も困惑していた。
今までアガロン将軍は、『隠れる』という卑怯な手を使ったことがなかった。
数秒ほど、場に困惑が広がって……
「うわっ!?」
「地震だ!」
まもなくドスン、と地響きが鳴り。
戦いの遥か後方、ここから数十キロメートルは離れているであろう場所に土煙が上がった。
「……あっ」
デケン軍の兵士は、すわ地震かと慌てたが。
タケルやポーリィは、何かを察して顔を青くした。
「……」
恐る恐る、タケルは突き出した自分の右拳を見つめ。
血がついているのを見て、冷や汗を噴き出す。
アガロン将軍は、タケルの拳を躱したのではなく……。
「デケン軍の皆さん!! あの土煙の方向へ、回復術師を送ってください!! 早く!」
「な、何を言い出す。貴様、アガロン様との一騎打ちの最中だぞ」
「ごめんなさい!! 本当ごめんなさい、アガロンさん、多分吹っとばしちゃいました!!」
タケルの拳に反応できず、勢いよく飛んで行ってしまったのだ。
アガロン将軍が龍と同じ防御力ならば、本気で振りぬいても問題がないと思い込んでしまった。
「ど、どど、どうしよう! 死んだよね、戦争中だし良いんだよね?」
「貴族や敵将は、なるべく生け捕りにするのがマナーだけど」
「これは、仕方ないんじゃないかしら?」
ポーリィは青い顔で、レヴィはニタニタと笑い、タケルに返事をする。
アガロン将軍は、決して弱い将軍ではない。
パウリックと打ち合える程度の実力は、兼ね備えていた。
相手が悪かっただけである。
「ぽ、ポーリィ……。君なら治してあげられないかな」
「無理よ、タケル。そもそも原形をとどめているかどうか」
「大丈夫、痛みを感じる暇もなかったはずさ」
────なお。
死人扱いされているが、アガロンは『龍鎧』のお陰で一命をとりとめてはいる。
「どういうことだ……。タケルとかいうお前、アガロン様に何をした!?」
「落とし穴でも掘ってたんじゃないか!?」
「な、殴っただけですよ!」
「いつ殴ったんだ、貴様はその場から動いていないじゃないか!」
タケルの拳を、デケン兵は誰も目で追えなかった。
なのでアガロン将軍が消えたのは落とし穴に嵌ったからだと、激昂した。
「恥知らず! 人でなし! 卑怯者!」
「正々堂々と一騎打ちを受けたアガロン様になんという無礼!」
「子供のようなハッタリを並べて恥ずかしくないのか!」
「龍神なんているわけないだろう!!」
デケン軍兵士は色めき立って、一斉に剣を抜き始めた。
今にも襲い掛かろうという雰囲気だ。
「突撃だ、攻撃だ!」
「皆殺しだァ!」
不幸にも一騎打ちは、卑怯な落とし穴に汚されたと認識されていた。
タケルという卑怯者を血祭りにしなければ、気が済まない。
「もはや容赦ならん。この龍殺しの五人の第三位、装甲盾のメリュリンがあの小僧を血祭りにあげてやる!」
デケンの先頭で、黒銀の盾を持った騎士が吠えた。
メリュリンはアガロンを慕う、忠義の騎士である。
「この私の防御力はデケンで一番。ありとあらゆる攻撃を受け止める最強の盾使い!」
「……」
「さあ、受けてみよ!」
彼女が先頭に立ち、いよいよ突撃の号令が下った。
こうしてとうとう、両軍が入り乱れての乱戦、殺し合いが始まる────
「ちょっと待ってください」
始まる、はずだったが。
タケルはその突撃を制止するように前に出て、右拳を掲げた。
「貴様、まだ何かするつもりか!」
「殺せ、こいつから殺せ!」
デケン軍の注目が、タケル一人に集まった。
兵士が目の色を変え、彼めがけて走り出そうとした瞬間。
「そいっ」
タケルがグっと、拳を握りこみ。
爆音とともに地面を殴打し、大地をえぐった。
「は?」
その直後、凄まじい衝撃がデケン軍に向けて放たれる。
雷鳴のような地鳴り、噴水のように吹き上がる土煙、波紋状に激しく揺れる大地。
衝撃で立っていられず、『装甲盾のメリュリン』はガシャンと音を立てて転んだ。
「えっと、これが僕の拳の威力です」
尻もちをついたまま、メリュリンは見た。
彼が殴った場所を中心にいくつも亀裂が走り、地面は円形にえぐり取られている。
────およそ数十メートルの深さまで。
「……えっ」
「コレを受け止められるなら、相手になります」
この時、タケルは本気を出していなかった。
小突くように、地面を軽くノックしただけ。
「僕と戦う気なら、この穴を乗り越えてきてください」
「……」
「この穴を跨いだなら、容赦はしません。本気でいきます」
繰り返すがタケルにとって、これは軽い殴打である。
なるべくゆっくり、『見せつけるように』地面を殴った。
だからこそ────
「………えっ」
装甲盾のメリュリン、と名乗った敵将には。
タケルは地面を殴っただけという事実が、『目で追えた』。
「へっ、そんなハッタリにビビるかよ! どうせ爆弾を仕掛けていただけだろうが!」
「ま、待てっ! ちょっと、ま────」
タケルの警告を無視し、鉄鎧を纏った兵士が突っ込む。
そして、クレーターに足を跨いだ次の瞬間。
「いいんですね」
「えっ」
タケルは既に、兵士の真横に肉薄していて。
拳を振りかぶっている、最中であった。
「さよなら」
「ちょ、待────」
一秒後。
カキーンと金属音が響き、兵士は空へと打ち上げられた。
「他に、かかってくる人はいますか」
「……」
アガロンの部下、龍殺しの五人はデケンの精鋭だ。
その実力が本物だからこそ、理解った。
「……ひ、ぃ」
タケルの言葉に嘘はない。
龍神を殺したというのは、ブラフでも与太話でもない。
というか、コイツなら普通に殺せる。
「ば、化け物だぁあああ!!!!」
「逃げろ! 全力で逃げろ! あんなのに勝てるわけがない!」
「全滅する前に、逃げろぉおおお!!」
目の前に立っているのは、人知を超えた理外の怪物だ。
そう認識したメリュリンは、情けない声を上げて逃げだした。
「う、うわあああああ!!」
「退け、退けぇえええ!!」
実力があるからこそ、タケルの脅威を認識してしまったのだ。
あんな化け物を相手にするなど、冗談じゃない。
一秒でも早くあの化け物から遠くに逃げなければ。
指揮官が逃げだしたことで、デケン軍は総崩れとなった。
「……ポーリィ、ロウガさんからの命令は?」
「追撃はいらないって、旗信号が」
「ん、分かった」
そんな逃げるデケン軍に対し、サリパ軍は追撃を選択しなかった。
その理由は、
「おいおい、逃がすのかい?」
「そんな暇はないの。港町へすぐ援軍に向かわないといけないわ」
まだ港町アナトにおける、ジュウギの戦果が届いていないからだ。
第一王女ルゥルゥの救援が、最優先とされたのである。
「ルゥルゥ様に何かあったら、リシャリ様が悲しむ」
「そうね、すぐ戻らないと」
「つまんないの」
────この数時間後。
第二王子ジケイは、タケルとジュウギの戦果を同時に報告されることになる。




