45話「そうか、海の中に爆弾が!」
デケン海軍の指揮官は海賊上がりの、幾たびの嵐を乗り越えた海の男だった。
彼は軍に捕らえられた後、航海の腕を買われてスカウトされた。
「サリパの港から、四隻ほど軍船が出港したようです」
「ほう、敵に海戦戦力があったのか」
その指揮官は潮風を読むことにかけては、天才的な嗅覚を持っていた。
波の速さ、向き、気温、天気、さまざまな要因から海の機嫌を把握できた。
彼の船は海上を、変幻自在に移動したという。
「ちょうど良い、演習代わりだ。沈めてやれ」
「あいあいさー!」
そんな彼は今回のサリパ侵攻にあたって、およそ二百隻の軍船の指揮を任された。
物資をケチって微妙な戦力を派遣するくらいなら、大軍で踏み潰した方が被害が少ない。
そう考えたジャルファ王子により、過剰とも思える戦力が投入されたのだ。
「サリパの船は、ちゃんと軍船なんだよな? 漁船や商船じゃないのか?」
「ちゃんと軍船のようです。弱小国なりに、こざかしく研究していたのでしょう」
デケン海軍の最新鋭の軍船、およそ百二十艦。
地上戦をするための歩兵を収容した兵士輸送船、およそ五十艦。
食料や武器をふんだんにつめこんだ貨物船、三十艦。
合わせて二百近い、大艦隊であった。
「おい、何だあれは」
「……何なのでしょうね?」
そんな大艦隊を迎え撃つサリパ軍は、たったの四隻の新造艦。
報告を聞いた指揮官は、鼻で笑った。
「サリパ艦は、一列に並んで直進しているようです」
「やっぱり、素人じゃないか」
ジュウギは四隻の軍船を一列に並べ、デケン軍を横切るように進路を取った。
そんなサリパの陣形を見て、デケン海軍の海兵たちはゲラゲラ笑った。
のちに単縦陣と呼ばれる陣形なのだが、この時代の兵士にはまだ理解できなかった。
なにせ艦首、艦尾に主砲を備えている時代なのだから。
「このまま進んだら、俺たちにどてっ腹を晒すぞ」
「自ら死地に向かっていくたぁ、サリパ人は勇敢だな」
ジュウギの軍船は側面────舷側に砲を設置していた。
つまりこれは、砲を敵に向けるという基本陣形である。
それがわからぬデケン軍は、嘲笑を禁じえなかった。
「あと一時間ほどで、交戦距離に入ります」
「ようし、開戦準備! ひよこ共に海戦の何たるかを教えてやれ!」
ゆっくり、両艦隊は近づいていく。
デケン海軍は艦首を向けて、サリパ軍船は横腹を見せて。
そのサリパ船の動きを、『素人の愚かしさ』と思い込んだ。
「さあ、砲弾を準備しろ。小型船で切り込む準備も────」
デケン海軍が、違和感に気付いたのは数分後だ。
いよいよ海戦も間近となり、開戦準備を命じた直後である。
「なんだ!?」
「着弾! 着ゥ弾!!」
まだ、砲撃が届かない距離だというのに。
サリパ船の『側面』が火を噴き、轟音と共にデケン海軍の軍船が一つ沈没したのだ。
「……え?」
「何かに砲撃されたみたいです」
デケン軍の最大射程を大きく超えた、超遠距離砲撃。
その埒外の砲撃を、デケン海軍は当初サリパの攻撃とは考えなかった。
「誤射か!? 裏切りか!?」
「今、砲撃した艦を特定しろ!」
デケン海軍指揮官は、『味方の誤射』か『裏切り』と思い込んでしまった。
当時の一般的な、艦砲の射程距離は二千メートルほど。
ただこの二千メートルというのは最大射程であり、ギリギリ届くというだけである。
狙いが定まるとされる有効射程は、腕が良い砲手で三百メートルほど。
百メートル以内に目標を捉えて、砲撃を行うことも多かった。
「……着弾の方向的に、サリパ軍の砲撃と思われます」
「馬鹿を言うな、まだ射程の外だろう!」
「サリパ軍は狙いを定めず、適当に撃ったのでは」
しかしこの時、両艦隊の距離は優に三千メートルは離れていた。
つまり、艦砲の最大射程を超えてデケン海軍を沈めたことになる。
この位置関係で撃ち合うなど、常識外れも良い所だった。
「なんでこの距離で、砲弾が届いた!?」
「破れかぶれで、火薬の量でも増やしたのでしょう。そんな使い方をすれば、すぐに砲が壊れますが」
「……こざかしい真似を」
今の砲撃がサリパ軍の攻撃だと気づいた後も、それを素人のまぐれ当たりだと考えた。
おそらく先ほどの砲撃は適当、狙いなど定めていないはずだ。
サリパ艦ががむしゃらに撃ち、運悪くデケン海軍に当たっただけ。
「サリパ如きに沈められるとは。ジャルファ王子に怒られるじゃないか」
「敵、再び砲撃の準備をしているようです」
「構わん、突っ込め。……そして、確実に仕留めてやれ」
もはや、サリパ軍は勝つために戦っていない。
少しでもデケンに嫌がらせをしようと、なりふり構わない手を使ってきている。
窮鼠猫を噛むという。デケン海軍指揮官は、イヤな顔をした。
「まぐれは、二度も続かんよ」
……そんな彼の呟きが、終わるかどうか。
二回目の砲撃が、サリパ海軍から放たれた。
「は?」
────次は三隻のデケン軍船が、爆音と共に大きく揺れた。
「ま、また着弾!」
「くそ、負傷者の収容を急げ!」
デケン海軍の最新鋭軍船が、浸水して沈んでいく。
海兵たちは慌てて、脱出用の小舟に乗り込み始めた。
「まさか連中、狙って撃っているのか?」
「そんなはずがない、こんな距離だぞ!?」
「でも、四発中三発も命中するなんておかしいですよ!」
指揮官も、部下も、大いに困惑した。
こんな長距離から、精密砲撃が出来るはずがないのだ。
「……いや、良く見ろ」
指揮官は望遠鏡でサリパ軍艦を見て、ようやく異常に気が付いた。
先ほどから砲撃音が、妙に重なって聴こえていること。
サリパ軍艦が、ずっと側面を向け続けていること。
「あのサリパ軍艦……。舷側に砲を取り付けていないか」
「どういうことだ、なんでそれで転覆しない!?」
「しかも……いっぱい砲台がついてるぞ!?」
軍艦の主砲は、艦首と艦尾に二門。それが、この世界の軍船の常識だ。
さらに砲弾は、職人の腕によって真球だったり楕円球だったりと『不揃い』なことが多い。
なので砲撃は、狙いが大きくぶれるものなのだが……。
「て、敵が三発目の準備をしています」
「反撃だ、狙わなくていいからとりあえず撃て!」
「はいぃ!」
ジュウギが用意したのは、ライフル砲と呼ばれるものであった。
ライフル砲は従来の球形砲弾ではなく、細長い銃弾のような形をしていた。
さらに砲身に線条が刻まれるため、弾は回転して直進する仕組みとなっている。
ジュウギはタービン機構から着想を得て、回転しながら細長い砲弾を飛ばす方が強力だと気づいたのだ。
「敵の砲台が多すぎる! なんだあの船は!?」
「あんなの僕のデータにないぞ!」
さらにジュウギの艦は、片側八門もの砲を備えていた。
これでは、三十二隻の大艦隊を相手にしているのと同じである。
「まだこっちの砲撃が届かないのか!」
「遠すぎて、とても狙いが定まりません!」
「……くそ、何だあの新型艦は」
デケン海軍の指揮官はこの時、ようやく『敵の脅威』を認識した。
艦砲の性能に、埋めがたい差があると理解した。
「敵は良い砲を持っているらしい。だが乗り込めば問題ない! 小型艇を出し、砲弾を掻い潜って乗り込め!」
「了解」
「サリパ船に乗り込め、鹵獲して奪ってやろう!」
指揮官は砲撃戦の不利を悟ると、小型艇による接近を試みた。
デケン海軍は、百戦錬磨。近づくことさえできれば、負けるはずがない。
「恐れるな! 海に落ちても拾ってやる!」
「乗り込んで、ぶっ殺せ!!」
犠牲は出るだろうが、物量で押せばサリパ船に乗り込めるはずだ。
そんな判断のもと、デケン海兵は命令を受け、果敢にサリパ軍艦へと向かった。
「……あれ?」
しかしそんな、勇敢な兵士たちの行く手を阻むように。
先頭を進む小型艇の船底が、ドカンと弾け飛んだ。
「何が起きた!?」
「おい、海の中に何かあるぞ」
よく見れば、海面から魚影のような何かが迫ってきていた。
海面を縫うようにスっと接近してきたそれは、
「爆発! また爆発した!」
「くそ、転覆! 衝撃にあおられた、くそったれ!」
「そうか、海の中に爆弾が!」
小型艇に接触した瞬間、水飛沫を上げて爆発した。
ジュウギは蒸気軍船の弱点に気が付いていた。それは、航行速度である。
重い蒸気船の速度は、快速の小型艇に劣る。白兵戦を仕掛けられたら、なすすべもない。
なので、小型艇の足止めをする兵器を搭載しておく必要があった。
「そこら中に爆弾が仕掛けられてるぞ」
「これじゃ近づけん!」
そこでジュウギが開発したのは、魚雷と機雷の中間のような兵器だった。
すなわち雷魔道具を動力として、魚雷のように水中を進む爆弾である。
彼は開戦と同時に、この水中爆弾を散布したのだ。
「止まるな、進め! 狙われてるぞ!」
「進んだら爆発するんだよくそったれ!」
「俺の船が沈んだ! 乗せてくれ、頼む!」
途中までは魚雷のように、敵艦をめがけて水中を前進し。
魔力が切れると停止して、水面を漂う浮遊機雷となる。
それは艦砲で小型艇を狙うより、効率的に船を沈めていった。
「なんだ、これは」
サリパ艦から注ぐ、砲撃の雨はやまない。
突撃したデケン軍船は、水雷に触れてことごとく沈められていく。
「被害が、三十隻を超えました!」
「もう、沈没船の兵士を収容できません!」
「なんなんだ、これは」
デケン海軍は、世界でも最高水準と恐れられていた。
帆船の扱いに長け、高い操縦技術で海を縦横無尽に動きまわった。
冷静な位置取りで、次々と敵艦を沈めていった。
「何なんだ、この戦いはァ!!」
そんな、デケンの自慢の精鋭たちが。
たった四隻のサリパ軍艦に、手も足も出ず壊滅させられていくのだ。
「なぁ。俺たちは、どれだけの兵力を以てサリパに攻め込んだ?」
「……およそ、十万です」
一隻当たりの収容人数は、平均して五百人。
このデケン海軍の兵力は、十万人に達した。
「兵士たちの、年季はどんなもんだ」
「生まれてから数十年、ずっと海の上で暮らしてます」
そしてデケン海軍の兵士は、ほとんどが海賊や漁師あがりだった。
海上での戦いはお手の物、世界でも類を見ない練度である。
「それを率いる指揮官の俺はどうだ」
「……海戦無敗の、デケン最高の提督です」
そのデケン軍の指揮官は、世界最高と名高い提督だった。
これまで三十を超える海戦を経験し、一度も負け戦がない名将だった。
「じゃあどうしてこんなことになっている!!」
デケンは、海軍の最精鋭を以てサリパに侵攻したはずだった。
だというのに。
「旗色が悪いなァ」
蒸気機関は、海兵戦術を大きく塗り替えたといわれている。
今までではありえなかった質量の船を、操ることができたからだ。
機動力こそ帆船に劣るものの、その装甲、火力、射程は大きな有利を生んだ。
射程外から攻撃できるという、絶大な優位性をもたらすのだ。
「ジュウギ様、今度は三発命中しました」
「うーむ、当たらんものだな」
「波のせいで、狙いがそれるようで」
ジュウギの設計した蒸気船は、大型艦砲を八門ずつ搭載していた。
その砲はすべて、デケン軍のソレとは数世代の技術格差があっただろう。
「はぁ、まだまだ研究が必要か。ルゥルゥ様に大口をたたいて、この体たらくとは情けない」
「十分な戦果と思いますよ、ジュウギの旦那」
この戦果はジュウギとしても、想定を大きく下回るものだった。
地上だとライフル砲の命中率は、5割を超えていたのだ。
波の影響があるとはいえ、もう少し命中率は高いと思っていた。
「次弾、撃て!」
「……二隻命中しやした。デケン海軍は大慌てですぞ」
「二隻かぁ」
三十二門の艦砲による砲撃で、命中したのはたった二隻。命中率は6%強である。
素人集団とはいえここまで当たらないものかと、ジュウギはひどく落胆した。
ただし、これは彼が海戦をよく知らないだけで。
距離を考えると、当時として破格の命中率である。
「仕方ない、砲撃回数で賄うぞ。どんどん撃ち続けろ」
「砲弾がなくなるのでは?」
「地上で量産するよう、頼んでる。すぐ、小舟で届けてくれるだろう」
サリパ艦の砲撃のクールタイムは、再装填や冷却などを含めて数分で済んだ。
排熱を軽視せず、海水冷却を取り入れたジュウギの設計が光っている。
そのせいで超遠距離砲撃が、数分おきに飛んでくるのだ。
デケンもたまったものではない。
「うまいこと調整して当てられんか?」
「俺らも本職の海兵じゃねーですからね。ただの船乗りに期待しすぎんでくださいよ」
「それもそうだな」
サリパに、海軍戦力はない。
ジュウギの軍船に乗っているのは、ただ雇われた水夫だ。
その練度は、素人同然。
「あっちのA船で、レバーが壊れたそうです」
「分かった、修理に行く。A船って土魔術師は乗っていたっけか?」
「乗ってないです。B船から呼んどきます」
人数も、まったく足りていなかった。
雇われて乗ってくれた水夫や魔術師は、四隻合わせても百名しかない。
各艦それぞれ二十五人という、かなりギリギリの人数で航行している。
「あ、デケン海軍が撤退を始めました」
「……圧勝ですなぁ。さすがジュウギの旦那だ」
「おう、だが手を緩めるな。二度とサリパに来ないよう、丁重にお見送りしてやれ」
だというのに。
戦いの勝敗は、サリパの圧勝に終わった。
「ヨーソロー!! サリパの底力を見せちゃれぇ!!」
「がっはっはは!! 勝ち戦ってのは最高だぜ!」
戦争の勝敗とは、果たして何で決まるだろうか。
「デケン軍も悔しいだろ。あんなに大所帯でやってきて、逃げ帰るしかねぇなんてな」
「戦争なんざ、いくら頭数を集めても関係ないさ」
戦いは数だ。
相手より圧倒的な兵力を集めれば、確実に勝てるのだろうか。
「デケン海軍って、相当な精鋭だろ? よくこんな、あっさり勝てたよな」
「ふん、いくら訓練を積もうが関係ない」
戦いは兵士の質だ。
相手より圧倒的な訓練を積むことで、勝利に近づくのだろうか。
「見ろよあの指揮船、海賊旗を掲げてるぜ。デケンの英雄の船じゃねぇか?」
「指揮官の腕も関係あるまい」
それとも、戦いは指揮官か。
優秀で無敗の指揮官が軍を率いれば、勝利することができるのだろうか。
「どんな力自慢も、銃を前にすれば首を垂れる。戦争の勝敗を分けるのは、技術なのだ」
ジュウギはそう言って大きく伸びをすると。
船に酔ったらしく、青い顔で海に吐しゃ物をまき散らした。




