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44話「……分からない。何も、分からない」


「火事場泥棒ですって!?」


 最前線で、タケルとアガロンが相対していた時。


 遠く離れた港町アナトでは、ルゥルゥが部下からの報告を受けて絶叫していた。


「調べたら、国庫が空になっておりまして」

「見張りは何をやっていたのよ!」

「連絡がつきません。職務を放棄し、逃亡してしまったようです」

「この非常時に……っ」


 ルゥルゥはこの港町で、兵站管理を任されていた。


 この町で集めた物資を、速やかに前線に送る必要があった。


 またルゥルゥはちゃんと、ジケイの言葉の意図を察していた。


 デケン海軍が押し寄せてきた時は、水夫を雇って応戦せねばならない。


 一日でも長く、一秒でも時間を稼ぎ、サリパ軍本隊の救援を待たねばならなかった。


「これじゃあ物資を送れない! 兵も集められない!!」

「ルゥルゥ様、お気を確かに」

「これで私に何をしろっていうのよ!!」


 しかし港町アナトの国庫は、すっからかんだ。


 誰が持ち出したのか、犯人が何処に行ったのかも何も分からない。


 彼女はただでさえ絶望的なのに、火事場泥棒まで重なって癇癪を起していた。


「仕方ない、こうなったら私が商店を巡って援助をお願いするしか」

「ルゥルゥ様……」

「義勇兵も募らないと。アンタ、護衛としてついてきなさい」


 だが、盗まれたものは仕方がない。今、出来ることをやるしかない。


 金がないなら、王女としての魅力で資金を絞り出してやる。


 ルゥルゥは身だしなみを整え、市街地と港へ足を運んだ。


 利に聡い商人を説得してお金を貰い、泣きつき懇願してでも水夫たちに戦ってもらうのだ。




 ……しかし。


「何よ、アレ」

「ルゥルゥ様……」


 いざ海を目の当たりにし、ルゥルゥは逃げだした人たちの気持ちが分かった。


 見えるのだ。迫り来る絶望の船団が。


 デケン海軍は黒く蠢き、水平線の彼方を覆いつくしている。


 少なく数えても、優に百隻は超えていた。


「……」


 戦いにならない。ルゥルゥは、軍船の数を見て悟った。


 サリパの港に浮かんでいる船は、せいぜい十隻ほど。


 それも漁や交易のための、戦いに向かない漁船だ。


 この町の船がすべて出陣したとしても、勝負にならないだろう。


「商人たちは、あらかた逃げ出したみたいです」

「水夫すら、ほとんど残っていません」


 そう。こんな危険な場所に残る理由などない。


 自分の船を持っている商人は、逃げ出してしまっていた。


 港に残っているのは、僅かな水夫だけであった。


「うぅ、う……」

「お気を確かに、ルゥルゥ様」


 デケン帝国は、世界で一番の大国だ。


 ルゥルゥとて最初から、負け戦だと分かっていた。


「うあああぁん」

「ルゥルゥ様!」


 せめて出来ることをやろうと、気合を振り絞っていただけだ。


 しかし国庫から資金を盗まれ、民にも逃げられ、デケンとの戦力差を目の当たりにして、ついに彼女の心は折れた。


「こんなの、どうしろっていうのよ。私にできることなんて、もう」

「ま、まだ船はございます。よく見れば水夫の姿も」

「数隻だけでしょう。彼らに未曽有の大軍を追い返せというの?」


 たった数隻の船で、どれだけの抵抗が出来るだろう。


 そもそも、水夫たちは戦ってくれるだろうか。


 彼らだって、命は惜しいだろう。


「せめて、無抵抗に。もう私の首を差し出して、民を傷つけないよう慈悲を乞うしか」


 聡明な彼女だからこそ、諦めるのも早かった。


 託された港町の防衛など、不可能だと察してしまった。


 どれだけ手を尽くしても、一日すら稼ぐことはできないだろう。


「ルゥルゥ様、新たに報告が。なくなった資金の行方が、判明したそうです」

「……ふうん? 火事場泥棒は、捕まったのかしら」

「いえ、それが」


 半ば投げやりになりつつあった、ルゥルゥは……。


 ここでもう一つ、頭を痛ませる報告を聞くことになった。


「正規の手段で、出金されていたそうです」

「は? 正規の出金って、何に?」

「リシャリ様の承認した予算だと言って、研究グループが」

「は?」


 ────それは彼女の妹リシャリが、とんでもないミスをやらかしていたという報告だった。


 ルゥルゥは慌てて、その出庫手続きの書類を見た。


 見れば確かに、リシャリの署名で超高額の出金が指示されている。


 その研究責任者の名前は、ジュウギ・ウェット。


「へ、あれ、これ……」

「ここに、リシャリ様の署名が」

「……ほぎゃああああ!!」


 ルゥルゥの顔が、真っ青になった。


 それは先日の王女会で、他ならぬリシャリ本人が言っていたこと。


 ────ジュウギの書類が優秀だから、パコパコ承認をしていくだけですわ。


「あ、あ、あ、あのアホォ!! リシャリの大馬鹿ァ!!」

「おお?」


 その書類に記された研究予算は、蒸気機関の研究予算なんて比べ物にならない、超高額であった。


 おそらくリシャリが、書類も読まず適当にサインしてしまったのだ。


 つまり火事場泥棒なんて存在せず、ただ妹のミスで国庫が尽きていただけだったのだ。


「そこにいらっしゃるのは、まさか」

「……ジュウギ!?」

「お久しぶりですルゥルゥ様」


 妹のやらかしに絶叫していたルゥルゥに、声をかけてきた者がいた。


 それは、今まさに話の渦中にいた、白衣の痩せた男ジュウギだった。


「あんた、何でここに……。いや、それよりあの予算額なによ!?」

「私もまさか、即断で承認されると思っておらず……。将来的にどうかという話だったのですが」

「そうよね、普通は承認しないわあんなもん!」


 白衣の男は以前と比べ、顔色が良くなっているように見えた。


 外出の機会も増えたからだろう。引きこもり研究生活から比べたら、ずっと健康的だった。


「ま、まあいいわ! ジュウギ、アンタ金持ってるわよね!」

「へ? ええ、その、リシャリ様のお陰で」

「兵站構築の費用が足りないの! ウェット家から出資してくれないかしら」

「……おお、無論でございます。我が家の財産、存分にお使いください」

「助かるわ!」


 ジュウギ・ウェットは侯爵家で、財産には余裕があった。


 さらに研究費として、国から多額の援助を受けている。


 資金援助を求めてみたら、ジュウギは二つ返事で了承してくれた。


「良かった、これで兵站の方は何とかなるわ。問題は、あの海軍だけど……」

「いや、リシャリ様は慧眼ですな。この状況を、予想しておられたのでしょうか」

「はい? 何の話よ」

「承認していただいた研究は、こういう時のためのものでして」


 こんな危機的状況だというのに、ジュウギの顔には余裕が浮かんでいる。


 そして彼は、ニコニコと笑って港に残った数隻の船を指さした。


 ……つられてルゥルゥも、その指の先に目をやると。


「……何、これ?」

「蒸気船、というものです」


 遠目には分からなかったが、港町に泊まっているその『船』は。


 禍々しく黒光りする、巨大な金属で覆われた船だった。








「ジュウギの旦那、申し訳ねぇ! 五隻は無理だ、間に合わねぇ!」

「構わん、四隻を完成させてくれ」

「了解よぅ!」


 それは港の最奥、ジュウギ・ウェットが個人所有している区画。


 ルゥルゥの見上げた先に、見慣れない形状をした船が四隻も停泊していた。


「……これ、まさか軍船なの?」

「ええ。デケン海軍が襲来すると聞いて、ウェット侯爵家の力で土魔導士を雇い、急ピッチで仕上げさせました」


 ────そこには、数百名の人間が集まっていた。


 鉄加工の技師や冷却の水魔法使い、造船設計者に荷運び日雇い労働者、そして蒸気船の中を駆けまわる船乗り。


 それは、町中の技術者を集めたかのような賑わい。


「ウェット侯爵家が給与を保証したら、山のように人が集まりましてな」

「ありがたくお貴族様から賃金をふんだくるぞ!」

「おおっ!!」


 そう、水夫が港に少なかったのは、ただ逃げていたからではない。


 残った水夫の大半が、ジュウギに雇われていたからだった。


「いや、これは……。ないでしょ?」

「どうされましたか、ルゥルゥ様」


 ルゥルゥは、ジュウギの蒸気船を見て困惑した。


 この時代では、ありえない構造をしていたからだ。


 この船は、動くのか。そもそも浮くのか。


 その全てが、ルゥルゥの『常識』をぶち壊していた。


「ジュウギ。これ、鉄で覆われてない?」

「ええ、なかなか壮観でしょう」


 彼女がいかに聡明といえど、理解できなかったのは仕方ない。


 未来を知っていなければ、こんな船が成立するなどと思わない。


「この重量で、本当に動くの」

「もちろんです」


 この時代。まだ軍船といえば、帆走軍艦だった。船は、帆により制御されるものだ。


 なので、重量のある船は遅すぎて使えない。帆程度の推進力では、速度が出ないから動けない。


 ────動力として、蒸気機関を内蔵しない限り。


「あのバカみたいな砲台の数、なに?」

「最新鋭ですので」

「……側面に砲台をつけて、転覆しないの?」


 そしてこの時代の軍艦は、艦首と艦尾に主砲を備えるのが一般的だった。


 船は縦長の構造をしている。正面の衝撃には強いが、側面からの衝撃に弱い。


 だから軍船に砲台を設置するのは、前後方向だけというのが常識だった。


 舷側砲が主流になるのは、ずっと未来の話である。


 そして風を読み帆を操り、敵船の側面を撃つのが海戦の極意であった。


「ほ、本当に。本当に大丈夫なんでしょうね!?」

「ふっふっふ」


 ちなみにデケン海軍は、世界でトップクラスの技術を有していたとされる。


 複数の帆を自在に操り、他の国の軍船より『速くて小回りが利く』船を開発していた。


 海兵もベテランが多く、速く正確な航海が可能だった。


 デケンは海軍すら、世界最強なのである。


「……分からない。何も、分からない」

「まぁ、見ていてください」


 普通の船だと側面に砲を設置した場合、転覆する危険が高い。


 だが、もし船が『とんでもなく重い』船だったら問題ない。


「動きはどんなものだ」

「ヨーソロー! 問題なく動きます、ジュウギの旦那」


 ジュウギの蒸気船は船体を鉄で覆うことにより、強固な防御力と重量を得た。


 そのため全方向へ強力な砲撃が可能であり、海戦における常識を壊した。


 さらに蒸気機関の動力により、その重量でありながら帆船と変わらぬ推進力をも持ち合わせていた。


「準備完了! ジュウギの旦那、乗ってくだせぇ!」

「ようし。では行ってまいります、ルゥルゥ様」

「ちょ、ちょっと!! まだ説明が足りないわ────」


 蒸気機関の発明、産業革命により、人類の技術は大きく進歩した。


 実は、特にその恩恵を受けた分野として『艦船』が挙げられる。


「説明はあとでさせていただきます。半日ほど待っていてくだされ」

「半日、って」


 蒸気船の発明により、人類は『帆』以外の推進力を手に入れた。


 そのお陰で、超重量の『軍船』で自在に航海する権利を得た。


「夕方には、戻ってまいります」

「ちょっとぉ!?」


 もし、この場にいたのがルゥルゥではなくリシャリだったら。


 このジュウギの作った船を見て、ポツリとこう呟いたかもしれない。


 ……『黒船』だ、と。


「……指揮官は、ジュウギ様ってことで良いんですかい?」

「ああ。だがすまない、私に指揮の経験はない」

「こりゃあ頼りねぇ」


 困惑して叫ぶルゥルゥを港に残し、ジュウギの蒸気船は海を行く。


 ろくに戦闘経験のない水夫を、四隻の船に乗せて。


「指揮官って何をするんだ?」

「なんか一丁、気合いの入った号令でもしてはどうです」

「ふむ。海戦の時は、どんな掛け声をするのだろう」

「そうですねぇ。帆を上げろ! とか?」

「『者ども乗り込め』って聞いたことがありまっせ」

「うーん」


 海の男である水夫たちは、その蒸気船の異常性をなんとなく察していた。


 とんでもない船だと、内心でジュウギに舌を巻いていた。


「なんか違うな。帆は主動力ではないし、別に乗り込まないし」

「ですなあ」

「では、ここは私独自の掛け声でいかせてもらおう」


 世界最強のデケン海軍を相手に、たった四隻で立ち向かうジュウギ。


「さて、開戦だ。サリパの未来を守る戦いだ! 各員、気合いを入れろ!」


 そんな彼は拡声器を使い、海戦の号令を大声で発した。





「────砲雷撃戦、用意!」



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― 新着の感想 ―
雷撃戦も出来るので?
表面で無く、船体が金属だとしたら高出力な蒸気船になるな。 後は寿命と故障率の勝負だ
線路が必要な汽車よりも蒸気船のが実用的か…盲点だったよ! もしかして大砲も魚雷も蒸気だったりする?  まきが入っているとはいえ、実用化早すぎだろうw 戦後に蒸気提督とか、蒸気侯爵とか呼ばれるんだな!
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