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42話「俺は、平凡な時点で罪人だった」


 俺は自信満々、まっすぐにヤイバンの王を見据えて笑った。


「処刑が私の本望であることを、誰も疑ったりしません。ご安心して、処刑してくださいませ」


 俺の処刑でカタがつくというのは、冷静に考えて破格の条件だった。


 デケン帝国と交戦状態になったため、俺の嫁ぎ先候補は消えてなくなった。


 つまり俺は、卸し先を失った商品である。そんなもんで良いなら喜んで差し上げよう。


「さぁ、調書を持ってきてくださいませ。まさかヤイバンの王ともあろう人が、条件を翻しはしませんね?」

「す、少し待つが良い。サリパの姫」

「待ちませんわ、こんな垂涎の条件を出されてしまっては」


 俺は血税を貪って、豪勢に暮らしてきた。


 その全てがこの時のためだったというなら、受け入れようじゃないか。


「……お前は」

「民衆のため、国のため。この命、捧げて後悔はありませんわ」


 ヤイバン王よ、先ほどの発言は脅しのつもりだったのだろう?


 だが公的な場で外交の使者を相手に、そんな安い取引を持ち掛けてはいけないぞ。


 さあ、鉄の処女(アイアンメイデン)でもファラリスの牛でも何でも持ってこい。


 そんな覚悟なしに乗り込んできたと思われていたのが腹立たしいぜ。


「さあ!」


 そう眼を輝かせる俺に、ヤイバン王は言葉を詰まらせていた。


 揚げ足取りのような問答だが、さてどうだ。この案、通るだろうか?


「……ぁー」


 思惑が外れ、ヤイバン王も困っていたのだろう。


 幕舎はそのまま一分ほど静まり返り、誰も言葉を発さなかった。


 さすがに駄目か。ヤイバン王が口を滑らせたとは言え、ちょっと虫が良すぎたか。


「発言の許可を」


 その静寂を破ったのは、少女の声。


 凛として、鈴のような美しい声だった。


「リシャリ王女に、質問をしても良いですか」

「……ふん。構わん」

「ありがとうございます、王」


 声の主を見れば、水色のローブを着た女の子だった。


 彼女は不思議そうな顔で、俺を凝視していた。


「じゃあ、聞いても良いかな」

「はい、何でもお答えしますわ。何でしょうか」


 彼女はヤイバンの姫か、あるいは諸侯の娘なのか。


 重鎮が集う幕舎にしては、不釣り合いに若かった。


「王女ってそう簡単に、命を捨てていいの?」

「簡単には捨てませんわよ。ここが、命の張り所というだけ」


 だが、問われたことには答えよう。


 裏もなく、包み隠さず、正直な気持ちで応じよう。


「どうして、躊躇いなく命を捨てられるの?」

「ああ、そのことですか」


 少女の顔には、疑問が浮かんでいる。心底、不思議がっている。


 きっと俺の決断が、理解できないのだろう。


「……不思議でしたの。どうして、私がちやほやされるんだろうって」


 私は少女の方へ向き直り、王女スマイル(プリンセスマイル)で語り掛けた。


 この選択に、悔いなどないことを示すために。


「私は平凡な人間ですわ。たくさんお金をかけられて育てられた、凡人」


 水色のローブの少女は、俺から目を離さない。


 食い入るように、睨むように、真っすぐと見つめ続ける。


「サリパには、貧しい民がたくさんいます。飢えて死ぬ子だっています」


 これは俺の矜持の話だ。俺はいつも、我慢ならなかった。


 何の才能もないのに贅沢に暮らし、チヤホヤされるのが気持ち悪かった。


 普通のことを誉められ、誰でもできることで称えられた。


 ────俺が、一国の姫だからというだけの理由で。


「明日の食事がない民がいるのに、王族は豪勢なパーティを楽しむ」


 サリパは弱小国だ。政治はマシになったとはいえ、貧困は残っている。


 石に齧りつくほど努力し、寝ずに働いてやっと、明日の食事が食える人もいる。


 一方で俺は、家庭教師の出した課題を終えるだけで、温かい食事と寝床が用意される。


「不平等ではないですか。おかしいではないですか」


 そんな不条理がまかり通る理由は、その方が民にとって利益になるから。


 王が権威を持ち、優雅にあれば、外交が優位に働く。


 俺がみすぼらしい服を着て、汚い食事を食べれば『サリパ』という国が軽んじられる。


 だから優雅で、贅沢で、豪勢であらねばならない。それが(ひめ)の役目。


「その代償として、王族はいざという時、民のために命を捧げるのです。それでやっと、おあいこ」


 そもそも俺は、平凡な時点で罪人(つみびと)だった。


 前世の知識を持って王族に生まれたのに、何もサリパに寄与できなかった。


 現代日本の技術の一片でもサリパで再現できれば、どれだけの人が救えただろう。


 俺に才覚があれば、飢え死にする人をどれだけ減らせただろう。


(リシャリ)は国のためだけにあるべき存在。(リシャリ)の意思は、サリパの国益に準ずる」


 前世の俺は愚かだった。努力せず、漫然と生き、何も得ずに死んでいった。


 ……そんな俺が、なぜ優遇されるのだ? 


「こんな私を育ててくれた恩返しの手段。それが死であるなら、喜んで受け入れますわ」

「それが、貴女の答え?」

「ええ」


 ならばせめて、平凡な王女としての役割は完遂しよう。


 命を差し出すべき時には、惜しまずに差し出そう。


 俺にはタケルのような武力も、ジュウギのような頭脳も、ベルカのような戦略もない。


 せめて王女として一人前でないと、道理が通らないじゃないか。


「ふぅん」


 答えを聞くと、少女は納得したような、微妙な表情を浮かべた。


 あまり、ピンと来ないらしい。


 まぁ、これは王族にしか分からない感覚だろうな。


「ご安心ください、ヤイバンの王。サリパは強いです」

「強い?」

「私の命を贄に結んだ条約。きっと、ヤイバンにとって大きな助けとなりますわ」


 交渉の際には命を張って、国の利益を追求する。


 それがサリパ王国第二王女、リシャリとしての意地。


 前世で自堕落に生きたせいで、何も知識を生かせなかった自分への戒め。


「では、調書をお持ちください。そしてご自由に処刑ください、ヤイバン王」

「……む、む」


 俺は『本気』だ。この宣言は、ブラフでも三味線でもない。


 だからこそ、有効だ。何せ、俺を殺してしまえば有利な条件は結べない。


 リシャリ姫(おれ)を殺したからには、『手打ち』にすべきだ。


 きっとヤイバン王も困っているだろう。政治的に、俺を殺す旨味などない。


 ただ気が済む、それだけなのだから。



「────ご注進! ご注進!」



 俺がそうヤイバン王を催促した、数秒ほど後のこと。


 突然、幕舎にヤイバンの兵士が大声を上げて駆け込んできた。


「ヤイバン王、デケン軍の侵攻が確認されました!!」

「やはり事実だったか!」


 やはり、ヤイバンもデケンの動きを掴んで、偵察を出していたようである。


 俺の見た通り、ヤイバン王は抜け目ない理性的な王だ。


「戦況はどうなっている! どこまで攻め込まれた!?」

「そ、それが……」


 俺はその戦報に耳を傾けた。ヤイバンの戦況は、サリパにも大きく左右する。


 同盟を結ぶのであれば、ヤイバンに勝ってもらわねば困るのだ。


「まだ攻め込まれていません。どうやら足止めされているようです」

「なに、足止め? 何に足止めされている?」

「サリパ領、ブユルデストを攻めあぐねているのだとか」

「はあ?」


 しかし報告によると、デケン軍はブユルデストで足止めを食らっているのだという。


 ベルカの奇策に翻弄され、三日も足止めを食らっているらしい。


「おほほ、さすがはベルカさんですわ!」

「……なるほど。サリパは強い、か」


 俺はベルカの戦果を聞いて、鼻高々に笑った。


 そうだよな、アイツは今まで三年間、一人の死者も出さずにブユルデストを守り続けた名将。


 軍略に関しては、間違いなくサリパで最強クラスだもんな。


「……条件を変えてくれ、サリパのリシャリ姫」

「と、おっしゃいますと」

「条件はドラズネストの返還だ。いったん、それだけで手を結んでやる」


 ヤイバン王はその報告を聞いて、交渉条件を変えた。


 ドラズネストの返還か。あそこはもともとヤイバン領だし、ぶっちゃけサリパの手に余っていた。


 ……うん、アリだ。というか、当然の要求だ。


「……構いませんわ! その条件、リシャリがお飲みします」

「ありがとうリシャリ姫。気風の良い啖呵であった」


 ヤイバンが治めてくれるなら、冬の食料問題も解決である。


 むしろ、サリパとしてもありがたいのではなかろうか。


「リシャリ姫。貴様を処刑すれば、和睦はならんかっただろうよ。遺書があろうとな」

「え、ですからそんなことは」

「サリパの連中も理解できようと、感情がどうにもなるまい。それこそ、先ほどの我のように」


 ヤイバン王は威厳たっぷりにそう言うと、ズカズカと俺の前へ歩いてきた。


 そして怖い目のまま、


「サリパではなく、貴様を信用してやる。信頼に応えろ」

「無論ですわ」

「ならば良い」


 そう言うと、俺の頭をガシガシ撫でた。




「皆の衆、サリパと争っている状況ではなくなった。この盟約に文句のあるやつはおらんな!」

「お、おお」


 ……こうして、ヤイバンとサリパの同盟は成立した。


 もともとヤイバン王が、サリパを利用する方向で考えてくれていたのが幸いした。


「誰ぞ、サリパの姫を届けてやれ。そのまま、サリパ軍の戦線を支えろ」

「援軍まで頂けると? 良いのですか」

「貴様らが負けたらマズいのはこちらも一緒だ」

「こちらに兵力を割いて、大丈夫でしょうか」

「舐めるな。ヤイバン軍は、貴様らの何倍の兵力だと思っとる」

「……ご厚意、感謝いたしますわ」


 俺は困惑していたが、援軍が貰えるに越したことはない。


 コクコクと、ありがたく受け入れることにした。


「では、王よ。ボクが行っても良いですか?」

「レヴィ、お前が?」

「……サリパに、会いたい男の子がいるんです」

「ほほう、レヴィグダードの娘に良縁か。よし、なら貴様が行ってこい」


 サリパへの援軍は、レヴィという女の子が率いてくれることになった。


 ……それって確か、タケルが仕留めきれなかったっていうヤベーやつじゃ。


「リシャリ王女、良かったねぇ。じゃあ、行こっか」

「え、ええ。……きゃぁ!?」


 タケル級の化け物レヴィは、クスクスと笑って。


 俺の全身を水で包みこみ、ひょいと持ち上げた。


「あ、あわわ? これは一体!?」

「リシャリ姫の分の馬はないから、ボクが運んであげるね。その方が揺れないと思うよ」

「あ~れ~!?」


 俺はレヴィの出した水にプカプカ浮いて、そのまま拉致された。


 ヤイバン王はそんな俺を、半笑いで見送った。




「リシャリ姫も、運がいいね。狙っていないんだろ、今の」


 ヤイバン軍の幕舎を出た後。


 水色の少女レヴィは、俺を運びながら意味深なことを言った。


「狙う、ですか?」

「うん、まぁ。ボクらの王には、あの啖呵が刺さっただろうね」


 ヤイバン王が同盟を受け入れてくれた理由は、俺の言動にあったという。


 それは、どうやら……。


「デケン帝国に殺された、ボクらの王子はさ。処刑される間際に、こう言ったらしいの」

「殺されたヤイバン王の、息子様が?」

「私は王族だ、捕らえられようと脅されようと、処刑されようと怖くない」


 先ほどの俺の啖呵が、死んでしまった息子と重なるような内容だったようで。


「育てられた恩として、国のためなら命を捧げるのが王族だ、と」


 ヤイバンにも、俺と同じような考えを持った王子がいたという話だった。



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― 新着の感想 ―
ハーメルンの方で読んでるから基本そんなに読みに来ないけどココだけは⭐︎付けに来た
かっこいい、、
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