41話「肩の荷が下りたようですわ」
陣中を行く俺の首筋には、白銀のナイフが添えられて。
胸の前に三叉の鉄槍が二本、交差している。
「サリパ王国第二王女、リシャリが陣中を訪ねてきました」
「そうか」
ヤイバン軍司令部となっている幕舎には、数多のヤイバン兵が駐屯している。
中へ連れられた俺は、四方から血走った目で睨み付けられていた。
俺はそんな殺気渦巻く陣中を、社交ドレスを纏い闊歩した。
「ほう、これは麗しい姫であるな。噂の通りだ」
「お褒めに与り光栄ですわ」
ヤイバン軍の幕舎は、思ったより近代的だった。
最新式の火魔導具カンテラが、幕舎の中を照らし出している。
幕舎は鉄製の骨組で丁寧に組まれ、俺の個室くらいの広さがあった。
その中に、十名近いヤイバン軍の『重鎮』が椅子に座って俺を出迎えた。
「実に美しい。工芸品のような姫だ」
「ああ、これは想像以上」
幕舎の最奥にいる、派手な衣装を着た男が王なのだろう。
ヤイバンの王は髭モジャで太った男性で、灰色のローブを着て俺を見下ろした。
「これは、間違いなく……」
俺は王を見定めて、優雅な笑みを浮かべて一礼する。
……しかし俺は内心で、ビビり散らかしていた。
「────皮を剝いだら高く売れるだろうなァ」
何せこの場にいる全員、殺気がムンムンなのである。
戦争中の敵国の陣地だもんね、そりゃそうなるよ。
この人らの機嫌を取って、同盟組むの? マジで言ってる?
「美姫の血肉は、縁起がいい。鍋にして食ってやろう」
「頭蓋骨は盃に加工してやるかァ」
「……おほほほほ、御冗談が上手ですわ」
「冗談と思うか」
何スかこの連中。蛮族ですか。文化レベルがヤバいんだけど。
当たり前のように食人が選択肢に入ってるのおかしくない?
あれだよね、ビビらせるための脅しだよね。本気でそんなことしないよね。
いや、生贄求めて戦争仕掛けてくる蛮族だったわ。誰かタスケテ!!
「どう殺ス? 何して殺ス?」
「そうだなぁ、火あぶり……皮はぎ……ミンチ……」
「土に埋めて鳥の餌に……」
「いや、もっと苦痛が大きい殺し方で……」
さっきから殺意の高さがヤバい。
俺って可愛いじゃん。だからエロい目に遭わされる覚悟はしてたのよ。
ここまで純粋な殺意で迎えるのは違うじゃん。もっとこう、グヘヘ路線でええやん。
「で、こんな殺気立った陣中に、サリパの姫が訪ねてきた理由は何だ。まぁ、想像はつくが」
「そうですわね。用件は、ご想像の通りですわ」
だが話を切り出さないと仕方ない。何とか共闘しないと、デケンに対抗できないのだ。
俺は声が震えないよう気合を入れ、
「我らが争っている場合ではございません。デケン帝国の侵略に対抗するため、手を結びませんか」
「だーっははははは!! がはははは!!」
そう提案した瞬間、ヤイバンの重鎮たちは大爆笑を始めた。
俺の顔面に、オッサンの唾が大量に飛散した。
「そうか、そうだわな。これ以上、我がヤイバンの精鋭に攻められれば困るわな」
「ええ、ヤイバン軍は精強ですもの」
「なめるなっ!! メスブタっ!!」
「さんざんデケンに媚びへつらって、窮地になれば我らを頼る。都合の良い思考だなぁ!」
ヤイバン陣営は、サリパと手を結ぶ気がなさそうだった。
……うぅ、やっぱりそうなるか。何十年も争ってきた宿敵だもんな。
「さて、余興はこれでしまいじゃ。そのバカの首を落とし、ワシの槍の先に括り付けておけ」
「サリパと共闘するメリットが、分からないのですか」
「昔から我らはサリパとデケン双方と戦い、国を守ってきた。これまでと何も変わらぬ」
考えろ、このままじゃ話は纏まらない。
このヤイバン王は何を考え、何を望んでいる?
「今回のデケンの侵攻は『本気』ですわ。確実に我らとヤイバンを滅ぼすつもりです」
「ふん、我が精鋭は負けぬ。滅ぶのは、貴様らサリパだけだ」
「サリパにも地力はありますわ。共闘できれば、両国にとってどれだけ良いか」
ヤイバン王の目を、よく見てみる。うん、大丈夫。
ジャルファ王子のように、何も見通せない人じゃない。心の底が見抜ける相手だ。
「賢きヤイバン王であれば、気付いているのではなくて?」
「ふーん?」
このヤイバン王、最初はただの蛮族かと思ったが……。違う。
一見すると猛獣だが、ヤイバン陣営の中でよほど理性的だ。
「ワシが何に気付いているというのだ? 申してみよ」
「デケンの侵攻を食い止めるには、サリパ軍が必須であること。デケンがサリパを切り捨てたのは、まさに天運だということです」
ヤイバン陣営の幹部たちは、殺意と憎悪で俺を見下している。
しかしヤイバン王だけは、俺に『何かを期待している』眼をしていた。
そうだ。話を聞く気がないなら、俺を幕舎に呼ぶ必要なんてない。
この王は、俺に『この場のメンツに同盟を納得させること』を期待しているのだ。
「賢き王、ヤイバン王。神がこぼした幸運を、拾い損ねることなかれ」
「都合の良い舌だな。どうして我らが、貴様を信頼できよう?」
ヤイバン王にも立場がある。ヤイバン人には、感情がある。
あっさりとサリパと手を結べば、諸侯から不信は避けられない。
「この交渉が、デケンと共謀した策でないとどうして言い切れる?」
「共謀した策、というと」
「同盟の振りをして、退いたところを不意打ち。……下衆な貴様らのやりそうなことだ」
彼が今、サリパをボロクソにこき下ろしているのもそう言うことだ。
ヤイバン王が俺に期待しているのは、周囲を納得させるだけの『筋』を示すこと。
これまでヤイバンがサリパに対して感じてきた『鬱憤』を、晴らすような何かをすること。
「ふむ、本当にそんな策だとお考えですか?」
「ああ、十分にあり得るだろう。違うというなら証明して見せろ」
同盟した振りの、不意打ち。それがあり得ないことくらい、ヤイバン王も分かっている筈だ。
これは……、そうか。言語化して重鎮たちに伝えろってことか。
「サリパの国力では貴国を占領などできません。勝利するにはデケン帝国に動いてもらうほかない」
「ふむ」
「であればサリパが貴国の主力を引き付け、余計な策を弄さず足止めに徹すべき。ヤイバンとの戦線を放棄し、撤退している時点で策謀であることはありえませんわ」
「ふむ、ふむ」
サリパの国力を考えると、この交渉が策であるはずがないのだ。
そんな俺の返答を聞いたヤイバン王は、少しだけニヤりと笑った。
「まぁ、だろうな。弱小国サリパの切り捨て、いかにもデケンがやりそうなことだ。貴国が窮地にあるのは真実だろう」
「ありがとうございますわ」
「だが外交とは、約定とは、信頼の上で成り立つのだ。貴様らの窮地に真実味があろうと、信頼できなければ約定はならん」
「……はい」
「今までデケンに媚び、裏切られた瞬間に我らを頼る国など信用ならん」
ヤイバン王の口調や態度から察するに、おそらく向こうもデケンのサリパ侵攻を掴んでいたっぽいな。
あとはサリパという国そのものを信頼させてみろ、という話になっている。
「では、どのような態度であれば信用して頂けるので?」
「うーむ、そうだなァ」
……で、俺は何すればいいのかな。そこが全く分からん。
デケンの文化はよく学んできたが、ヤイバンの文化は知らない。
俺に出来る謝罪や筋の通し方って何? 土下座? 腹斬り?
「皆の衆はどう思う? この姫、信用なると思うか?」
「思わぬ!」
「殺すべきだ、殺して犬の餌にしてやれ!」
「過激な者が多いのう。まぁ、やはりヤイバンのしきたりに則ってもらうか」
知らんなら乗ればいい。ヤイバン王も、理性ではサリパと結んだ方がいいとは考えていそうだ。
恐らくヤイバン流の、責任の取り方を示してくれる流れだろう。
「ヤイバンのしきたり、ですか」
「ああ。ヤイバンでは不義理を犯した者の、罪を償う方法はただ一つ」
サリパの品位を貶められすぎる内容だと、困りはするが……。
俺の婚約とかで手を打ってもらえないかな。
そっち方面で話を纏めてくれるなら、即決だけど。
「すなわち、鉄の処女である」
「おおお!!」
「無数の鉄針が仕込まれた、処刑器具。その苦痛と命を以って、贖罪とする。貴様には、その覚悟はあるか?」
……。
あー、なるほどね?
「それは、その。処刑具と言うことは、私は死んでしまうのでしょうか」
「ああ、だが安心せよ。すぐには死なん」
「と、言うと」
「鉄の処女の針は、即死せぬよう設置されている。貴様は失血するまでの間、およそ半日ほど激痛と苦悶を受けて死んでいくのだ」
「……それは、勘弁して頂きたいですわね」
「何が勘弁だ!!」
それは……、ちょいと受け入れがたいなぁ。
というかこの世界にもあるのかよ、アイアンメイデン。
「知っているか、サリパの姫。我がデケンとの戦争で、息子を二人失っていることを」
「……聞き及んでおりますわ。デケン側から、『戦果』として」
「息子の首は城門に晒され、痣のない場所がなかったそうだ。辛かったろう、苦しかったろう」
「……」
「デケンの属国、サリパの姫よ。この屈辱を晴らさねば、俺は納得できぬ。貴様の処刑が『停戦条件』であれば、受け入れる覚悟はあるか」
その言葉に、裏はなかった。それは紛れもなく、ヤイバン王の本心からの叫びだった。
理性的な彼にもサリパへの憎悪はあるし、息子を殺された無念もあるらしい。
デケン帝国もひでーことしやがるな。戦争ってのは、本当に胸糞が悪いな。
「その、条件は……」
「何だ、申してみぃ!」
だが、まぁ。そういうことなら仕方がない。
俺も、腹を括るしかないようだ。
「素晴らしいと思います。喜んでお受けしますわ!」
「……ふむ」
俺は満面の笑みを作って、ヤイバン王にそう宣言した。
もともと無理筋な交渉だ、俺の命でカタがつくなら大歓迎。
「いや、ヤイバン王はやはり賢き王ですわ。理を解し民を導く、まさに名君であらせられます」
「……」
「では、処刑はいつにいたしましょう。ここでやりますか、それともヤイバンの街中で?」
「待て。さっきの弱気はどうした」
俺は王女スマイルを浮かべ、優雅に一礼をしてやると。
……ヤイバン王は、梯子を外されたような微妙な顔をしていた。
「処刑は勘弁してほしいのではなかったのか?」
「ええ。私が処刑されたとあらば、サリパの民が納得しません。同盟は不可能でしょう」
会話の流れから、ヤイバン王の考えに察しが付いた。
どうしていきなり、鉄の処女なんて凶悪な処刑道具を口にしたのか?
その処刑方法を、つまびらかに説明したのか?
「これでも姫ですからね。使者である私を処刑してしまえば、話が纏まりませんわ」
「そうだ、同盟どころではなくなるだろうな。だから……」
おそらくヤイバン王は、俺を脅したかったのだろう。
処刑をちらつかせて脅し、感情論で吊るし上げる予定だったのだろう。
俺が泣くまで怒鳴り続けるつもりだったのではなかろうか。
「ですが、私の処刑が無意味でなく『同盟の条件』であるなら、問題ありません」
自国の正義を振りかざし、散々にサリパの姫をやり込めれば、ヤイバンの重鎮たちの胸もすく。
部下の鬱憤晴らしとしては、完璧だろう。
最後にヤイバン王が『寛大な処置』として、有利な条件で同盟を結ぶ。
……まぁ、それはヤイバンにとって悪いプランではない。
「サリパの姫は命をもって、ヤイバンと同盟を結んだ。これなら民も納得しましょう」
「ここで貴様が処刑されれば、それが『同盟条件だった』などと誰が説明するのだ?」
「ああ、それは問題ありませんわ」
だが、サリパの国益を思うとそれには乗れない。
俺の命は助かるかもしれんが、不平等な条約を結ばされるからな。
「私が条件を受け入れたと、直筆の遺書を用意しましょう」
「遺書だと?」
「ええ。直筆の、似顔絵まで添えたご機嫌な遺書を」
それよりも、さっきヤイバン王がうっかり口にした『俺の処刑』を条件とする案。
彼からすればただの脅しだろうが、ぶっちゃけ破格の条件である。
「まさかヤイバン王ともあろう方が、条件を翻しはしませんわね?」
「……お前」
俺の態度の豹変に、ヤイバン王は間違いなく『飲まれて』いた。
それはそうだろう。少しでも社交の心得があるなら分かる筈だ。
だって俺は、
「ああ、よかった! 肩の荷が下りたようですわ!」
本心から喜んでいるのだから。
「……今のは例えだ。もし処刑すれば、遺書があろうとサリパが納得するとは」
「大丈夫です、納得してくれますわ」
俺を殺したりなんかしたら、サリパ王族が納得しないだろうって?
そんなワケがない。国王も姉上も兄上たちも分かってくれる。
だって……。
「私なら迷わずそうする、と。みんな知っていますので」
「────っ!?」
恍惚とした声が、俺から零れ。
その言葉を聞いて、王は、ヤイバンの重鎮たちは一歩後ずさった。




