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4話「安心するような、ふかふかの土の匂い……」


 決着がついた後の訓練所は、騒然としていた。


治療班(メディック)! 治療班ー(メディーック)!」

「……生きてますの、アレ?」

「回復術、急いで!!」


 何せサリパ最強の男、騎士団長パウリック・ドン・グリーディ……。


 武術大会を十連覇したこともあるチートおじさんが、


「ゴホ、ゲフッ」

「うわああ! 団長の全身がボキボキのガタガタだ!?」


 平民であるタケル君に手も足も出ず、文字通り『瞬殺』されてしまったからだ。


「タケルさん? 今のはいったい、何を」

「えっと。死なない程度に加減して、普通に殴っただけです……」

「あれ手加減してましたの!?」


 そんな重症な騎士団長を、タケル君は「やり過ぎちゃった……」と青い顔で見つめていた。


 そのあまりに非現実的な光景に、観戦していた騎士団員は絶句していた。


「う、嘘よ! こんなのあり得ないわ!」

「トリックだ! 何かトリックを仕掛けていたんだ」

「地面に爆弾でも埋めていたに違いない、この卑怯者!」


 やがて、堰を切ったように騎士団員はタケルを非難し始めた。


 なんらかのズルをしたに違いないと、激怒しているようだ。


「ぼ、僕はズルなんてしていません!」

「じゃあ今のは何なんだ!」

「正々堂々と勝負しろ!」


 その団員たちの声に、タケルはすがるような目で俺を見ている。


「落ち着け、皆の者! リシャリ様の御前(ごぜん)だぞ」


 その直後。騎士団長の治療を行っていた回復術師(じいさま)は俺を見て声を張り上げた。


 その爺様に釣られるように、騎士団員たちの視線が俺に集まってくる。


「……リシャリ様ぁ」

「ど、どうすれば」


 つまりその場の全員の視線を、俺が独り占めしていることになる。


 ふぅ、可愛くて申し訳ない。




 ────いや、分かっている。


 俺に場を纏めろってことだよね。


 だって俺が主催したもんね、この御前試合。


「傾聴、ですわ!」

「「っ!」」

 

 俺は足りない頭脳をフル回転して、どう場を収めるか考えた。


 今、場を収めるには二つの道筋が存在するだろう。


 つまりタケルを『騎士団に入れる』か、『入れない』かだ。


「勝負はつきました。この試合、タケルの勝利です」

「……」

「実にお見事な腕前でしたわ」


 ぶっちゃけこの状況、タケルを王宮騎士にしないほうが良い可能性がある。


 何故ならこの空気だと、タケルは騎士団に受かってもかなり居心地が悪いからだ。


 俺の見ていないところで嫌がらせを受け、イジメ倒されることになりかねない。


「約束通り、騎士団長パウリックさんには罪を償って頂くこととしましょう」

「……」


 それに冷静に考えて、騎士団長かつ国王(パパ)の外戚ってかなりの権力者だ。


 そんな騎士団長に恥をかかせてまで、タケルを騎士団に迎えると軋轢がやばい。


 今回のパウリックの暴走を指摘すれば、タケルを騎士団に入れることは可能だろうが……。


 そのあとは、俺もタケルも針の(むしろ)になる。


「……リシャリ様」


 それに騎士団が敵に回れば、俺の王宮での安全が危ぶまれる。


 できれば、騎士団から恨まれる事態は避けたい。


 しかし、騎士団と貴族以外の人が王宮に入ることはできない。


 なのでタケルを騎士団に入れないということは、彼を失うことを意味する。


「その男は、危険です。実力であろうとペテンであろうと、パウリック様を一杯食わせた事実は変わりません」

「……危険すぎます。すぐさま国から追放するのがよろしいかと」


 案の定というか、騎士団員たちは俺にタケルを追放しろと訴えてきた。


 騎士団長にここまで恥をかかせたのだ、当然だ。


「アレがトリックじゃないなら、化け物の類。むしろここで狩るべきでは」

「どうせ平民、卑しい身分だ。騎士になっても、悪の限りを尽くすに違いない」


 騎士団が俺を守ってくれなければ、か弱い俺はどんな目に遭うか分からない。


 ……そしてタケルが、俺の為に命を懸けて守ってくれる保証もない。


「あの得体のしれない強さ……。リシャリ様は、恐ろしくないのですか!!」


 タケルはその場に立ち尽くしたまま、目を閉じてじっと耐えている。


 騎士団から飛んでくる罵倒の数々を、唇を噛みしめて聞いている。


 どうする、どうすべきだ。


 王女の強権(ワガママ)でタケルを騎士団に入れるべきか?


 それとも、騎士団を尊重してタケルを追い出すべきか?




 ……いや、考えるまでもないな。




「……ですわ」

「え?」


 もし、タケルが悪いやつであり。


 俺を掻っ攫おうとか、国宝を盗み出そうとか、そういうことを企んでいるなら……。


 おそらく騎士団が全員でかかっても、勝ち目はないだろう。


 だから、あの実力を示した時点でタケルは信用に足る男なのだ。



「怖いに決まってるだろ! ですわぁ!!!」

「!!?」



 騎士団員がタケルを見て、恐怖を覚えるのは仕方がない。


 ヤベー奴を見たら、やべーと思うのが正常だ。


 生物である限り、圧倒的武力を前にしたらビビるものだ。



「やべーやつとは思っていましたが、やべーのレベルがやべーですわ!」

「リシャリ様!?」

「騎士団長の黄金でできた鎧が、粉々(こっなごな)ですわ! あめーじんぐ!」

「リシャリ様、落ち着いてください!」


 繰り返すが、俺は凡人である。


 正直なところ、さっきのタケルの一撃を見て、軽くチビりそうになった。


「攻撃が速すぎて、見えなかったですわよ! ばびゅーんって!!」

「は、はぁ」

「何で硬化してる訓練所の壁が、ぶっ壊れてるんですの!? 大砲撃っても壊れないって、大工が自慢してましたのに」


 なので『タケル』という存在を、拒む選択もありえた。


 俺の心の安寧のため、化け物を国から追放するのだ。


「というかそんなに強いなら、ちゃんと抵抗しやがれですわー!!」

「だ、だって。家族を人質に取られちゃったから」

「貴方の腕なら、余裕で守り抜けましたでしょ!!」


 俺が、そんな『選択肢』を考えてしまったのは事実だ。


 だから、隠さずにしっかりと口に出した。


「ご、ごめん、なさい」

「……何を謝っているのですか!」

「その、僕。騎士団とか、そういうのよくわからなくて」


 大声で叫ぶ俺を見て、タケルは傷ついた顔をしていた。


 そして、


「ただ、騎士団になれば強い人がいっぱいいるから」

「……」

「僕が怖がられることもないだろう、って。母が言っていたので……」


 タケルの顔にもまた、強い恐怖が浮かんでいた。


 それは『強いものを恐れる』恐怖ではなく。


 『誰かに拒絶される』ことに怯えた顔だった。





「あー、もう! ですわ!」


 初めて会った時にタケルは、凛々しい青年であると感じた。


 体格も良く、均整のとれた体つきで、バランスがいい。


 だがその顔には、まだ幼さが残っていた。


 こいつはアホみたいに強いだけで、精神性はまだお子様だ。


「……私をよく見てくださいまし、タケル」

「あ、あの?」


 そう言って俺はタケルの顔を覗き込む。


 じーっと、吐息のかかる距離で顔を見つめること数秒。


 何かのスイッチが入ったのか、突然タケルの顔は真っ赤にゆで上がった。


「あのっそのっ、リシャリ様!?」

「今、私の目に恐怖はありますか?」

「へ?」

「確かに最初はビビりましたが、もう怖くなんかありませんわ!」


 タケルが何か勘違いしてそうだったので、正しておく。


 俺が顔を近づけたのは、瞳の奥を見せる為だ。


「タケル。貴方は騎士を志してこの場にいらしたのですね?」

「え、あ。はい……」

「そして私を護るにふさわしい、実力も示しました」


 数秒ほど怒鳴り散らし、俺は落ち着いた。


 タケルが嫌がらせを受けるというなら、俺が全力で守ればいい。


「改めて聞きましょう。貴方は、その身を私に捧げる覚悟はありますか」

「……は、はい! もちろんです」

「ならば、騎士の誓いを立てましょう」


 俺はこの男に賭ける。


 騎士団を敵に回そうと、コイツが味方でいるなら何とかなる。


 タケルが俺を守るというなら、俺もコイツを守るまで。




「では、宣誓を────」

「い、いけませんリシャリ様!」




 そんな俺とタケルに、待ったをかける声があった。


 それは剣も鎧も砕かれて、ボロボロになった騎士団長『パウリック』であった。


「……パウリック様。もう回復なさったので」

「その男を騎士になど、認めません。このパウリック、断じて、断じて反対いたします」

「……」


 騎士団長パウリックは、まだ傷も癒えきっていなかった。


 だというのに意識を取り戻した直後、息も絶え絶えに俺の前に来た。


 タケルを追い出そうというためだけに。


「お考え直しください。このパウリックが平民に後れを取った件は、伏してお詫びいたします」 

「パウリック?」

「我ら騎士団、より一層に精進してお仕えしますので、どうか正しい判断を」


 そこまで、平民が嫌いなのか。


 騎士団長パウリックは、こうもはっきりタケルとの実力差を示されたというのに。


 俺は正直、そんな意固地なパウリックに呆れそうになった。


「平民なんぞを、王宮騎士団に入れてはなりませぬ……!!」


 ……しかし、パウリックの目を見てふと気が付いた。


 それは差別的で、侮蔑的な目であると同時に。


 何か真っすぐな、信念を持つ瞳であった。


「……パウリック。貴方はどうして、そこまで?」

「……では、お話しします。我が人生の汚点、取り返しのつかない失敗を」


 パウリックが平伏しながら、説得を始めるのと同時に。


 他の騎士団も、一同にパウリックに並んで平伏し始めた。


「平民は貴族と違い、『家名』を重視しません。それゆえ容易く裏切るのです」


 それはまるで、ワガママな王女を諫めるかのようで。


 俺は思わず、ゴクリと息をのんだ。


「リシャリ様。貴女の姉、ラシリア殿下について聞いたことはありますか?」

「ラシリア? 私の姉は、第一王女のルゥルゥ姉様だけですわ」

「……実はもう一人、姉がいらっしゃるのです。それはリシャリ様が、生まれる前の話です」


 そして、パウリックは罪を告白するかのように。


 聞いたことのない『姉』ラシリア王女について話を始めた。






 ラシリアはサリパ国王にとって、最初に生まれた子供だった。


 太陽のように明るい髪の、活発な女の子だったそうだ。


 天真爛漫で見目麗しく、皆に親しまれた王女だったという。



 しかし、当時のサリパ王国は貧乏な国だった。


 デケン帝国など二つの強国に挟まれ、土下座外交を行ってきたからだ。


 なので、当時の『王宮騎士団』は半分が平民で構成されていたという。


『へぇ、あの小国のお姫さまってそんなに可愛いんだ』


 そして当時のサリパ王国は、舐められていた。


 デケン帝国の貴族が『見目麗しいラシリア王女』の噂を聞き、攫ってしまおうと考えるくらいには。


 そして、ラシリア王女の拉致は非常に簡単に行われた。


 ……資金にモノを言わせ、『平民だった王宮騎士団員を買収』し、王宮から王女を攫ったのだ。



「一人娘ラシリア様を攫われ、ショックのあまり奥方様は病魔に臥せってお亡くなりになりました。あの無念の顔が、今も忘れられません」

「……」

「サリパの沽券に関わるので、ラシリア様の存在はなかったことにされていました。リシャリ様は第二王女であられますが、本当は……」


 そこまでいうと、パウリックは悔しそうに顔を伏せた。


 パウリックは当時の王宮騎士団に勤めており、ラシリア王女を守れなかったことを泣いて悔いたそうだ。


 そして二度と悲劇を繰り返さぬよう、即座に平民の騎士団員を解雇した。


 その後、王宮騎士団を貴族のみで編成するようにしたのだという。


「私はもう。サリパ王や奥方様の、悲しむ顔を見たくないのでございます」


 その後、少なくとも騎士団員が裏切ることはなくなった。


 貴族は『家名』を重視するので、利益に目がくらんで裏切ったりしない。


 ……つまり『信頼できる護衛』という意味で、貴族だけの騎士団には大きな意味があったのだ。



「平民と貴族では、罪を犯す確率がまったく違います。平民は、貴族の十倍も罪を犯すそうです」

「……」

「リシャリ様、どうかお考え直しください。騎士団はただ強ければいいわけではない」


 騎士団長パウリックは、そう訴えた。


 その言葉に、俺を騙そうとする声色はない。


「貴族の誇りを持ち、身元が保証され、善良であることは重要な資質なのです。なので平民を雇うなど、もってのほか」

「です、が」

「このパウリック、平民に不覚を取った件は伏して謝罪いたします。なのでどうか、どうかお考え直しを!」


 騎士団長パウリックは、懺悔するよう平伏した。


 その言葉からは確かに、俺に対するまっすぐな忠誠を感じた。


 ……こいつの選民意識の裏には、そんな事情があったのか。


「なるほど」


 ……後で聞いた話だが、王宮騎士団長パウリックは人一倍に仕事熱心な男らしい。


 平民が嫌いな一方、王家への忠誠心は誰よりも厚いそうだ。


 王の『武術大会に優勝した平民の受験を許せ』という命令も、『騎士団に入ろうと目論む身の程知らずに釘をさせ』と認識していただけ。


 パウリックの忠誠に、曇りは全くないのである。



 彼はそもそもタケルを、訓練所に来させるつもりはなかった。


 タケルに王宮内が集合場所と教え、王宮内に侵入した罪で投獄する予定だった。


 タケルは王宮の入り口で、そのまま捕まる手はずだったのだ。


 しかしタケルは遅れないよう、集合場所まで全力疾走したらしい。


 彼のダッシュが速すぎて見張りに咎められず、俺の遊ぶ中庭まで侵入できてしまったのだ。



「……パウリック、貴方は平民であるタケルを騎士団に入れるべきではないと、そういうのですね」

「はい。そんなことを許せば、悲劇が繰り返されます」


 騎士団長パウリック、その思想に問題は大きいが、優秀であるのは間違いない。


 その仕事ぶりを評価し、サリパ国王は自ら彼の娘を側室に娶ったほどだ。


「ですが、却下ですわ」


 最初に見た時は、偏見が強い平民嫌いのクソオヤジだと思ったが……。


 どうやら評価すべき部分もそれなりにあるらしい。


「リシャリ様!」

「私はタケルを、我が騎士にしようと思います」


 今のパウリックが、ただ自尊心(プライド)面子(メンツ)のために話しているわけじゃないのは分かる。


 この男は心から心配して、俺に『平民を雇うな』と諫言(かんげん)しているのだ。


 しかもその意見には間違いもあるが、まったく理がないわけではない。


「パウリック。貴方には王家への忠誠のあまり、足りないものがあります」

「な、何を仰るのですか」

「確かに身分は、人を構成する大事な要素かもしれません。ですが、人は身分だけで決まらないのです」


 こいつが今まで、平民の受験生にしてきた仕打ちは許されるものではない。


 だから父上に報告し、騎士団長を懲戒してやろうとも思ったが。


「……貴殿は、タケルという人間を見ましたか?」


 彼の忠誠心が、本物であるならば。


 俺はその忠誠に、誠意を込めて応えよう。


 そして罪を償う機会を与えてやるべきだ。


「貴族であろうと、罪を犯すものがいる。それは先ほど、貴方自身が仰ったことです」

「……」

「貴族だ平民だ、などと身分だけで人を見てはいけません。ちゃんと『人そのもの』を見なさい」


 それが王女としての、忠義に対する礼儀だから。


「その人間が罪を犯すような人なのかなんて、じっくりと観察しなければ分かりません」

「……はい」

「身分だけで人を判別するならば。悪い貴族が私を狙った時に、貴方は私を守れますか?」

「……!」


 貴族と平民なら、そりゃ平民の方が盗みを犯す確率が多いだろう。


 だがそれはあくまで可能性の話。平民にだって、盗みを犯さず生きている人はたくさんいる。


 確かに身分は、判断材料の一助になるかもしれない。


 だけど、それ以上に『その人はどういう人物か』の方が重要だ。


「私は短い時間ですがタケルを見て、話しもしました。そして信用しても良い男である、と感じました」

「リシャリ様」

「だから、そうですね。タケルさんが私を殺す気なら、お好きにどうぞ」


 俺が放った、その言葉に。


 その場にいた全員が、顔を凍り付かせた。


「いきなり、何を!?」

「そうなったなら、私はタケルを見誤っていた。あるいは、タケルを御する器ではなかったというだけです」


 王女様が自ら『殺しても良いよ』宣言はちょっと過激だったかなーと思いつつ。


 それだけ、俺はタケルを信用していることをアピールしたかった。


「タケルに見合った給与を出せば、お金で裏切らないでしょう。恨みや憎悪で裏切ったなら、私の求心力が足りなかっただけのこと」

「リシャリ様……」

「我が国は小国です。パウリック様も良い御年、いつまで健在でいてくださるかも、分かりません」


 そう。我らが故郷サリパ王国は、吹けば飛ぶ小国だ。


 そんな我が国がこの先も生き残っていくために、優秀な人材は必要不可欠だ。


「だから平民であろうと優秀な者を見極め、取りたてていくべきなのです」

「……」

「それに私を裏切り、盗み、攫うような可能性がある平民だとしても」


 我が国に平民だからといって、優秀な人間を放置しておく余裕はない。


 ましてやタケルほど規格外な戦士なら、なおさらである。


「王家はただ『尽くされる』だけではいけない。尽くされるに足る度量を示さねばなりません」

「……!」

「だから私がタケルに裏切らせないよう、振舞えばいいだけの話ですわ」


 王家はただそれだけで偉いのではない。


 王家に相応しい振る舞いをするからこそ、王家なのだ。



「さて、先ほどの続きをいたしましょうか。タケル」

「リシャリ様……」

「宣誓を。貴方が私に忠誠を誓う限り、私は貴方に信頼を捧げましょう」


 俺はそう言い、改めてニコニコと微笑みながらタケルの前に手を差し出した。


 それは王族から、騎士の誓いを求める所作である。


「……では僕は、その信頼に応えます」

「ええ」

「そしてリシャリ様は間違ってはいないと、証明して見せます」


 タケルはそんな俺の前に、静かにかしずいて。


 俺の手の甲へ、顔を近づける。


「僕はリシャリ様に、忠誠を捧げます」

「……はい」

「騎士として、生涯お守りすることを誓います」


 そして、少し戸惑いながらも。


 優しく、俺の手の甲にキスをしてくれた。



「人を見るべき、か」


 そんな俺達を見て、パウリックはぼんやりとそう呟いた。


「私の考えは、古かったのか……?」

「いや、でも平民は油断ならないじゃないか」


 周囲の騎士団は、俺たちを見てザワザワとしているが。


 それは先ほどまでの、ただ攻撃的な空気だけでなくなっていた。


「みんな、リシャリ様の命令を思いだせ」


 タケルという人間がどんな人なのかという、『疑念』に変わりつつあった。


「我らはタケルの『人』を見ねばならん」

「……」

「その上で信用ならんと判断したら、改めて追い出してやればいいのだ」



 ────それでいい。何も無条件で、人を信じる必要はない。


 色眼鏡をかけず、まっすぐに人を見てくれればそれでいい。


 これで、タケルの騎士団入りは正式に認めてもらえるはずだ。


「ありがとうございます、リシャリ様」


 ……タケルには、これから数多くの試練が待っているだろう。


 だけど、きっとその試練を乗り越えてくれると信じている。


「……リシャリ様は、不思議な香りがしますね」


 我が騎士タケルは、俺の手を持ったまま、頬を染めてそう言った。


 心なしか、その目は潤んでいる。


「安心するような、ふかふかの土の匂い……」


 タケルは照れるように、もじもじとそう呟いた。


 俺の目には少なくとも、彼が嘘をつくようには見えなかった。




 それと、同時に。


(そういや、ケツキリムシを触った後に手を洗ったっけ?)


 キスを許したら手の甲から変な匂いがすると言われ、俺は額に汗を浮かべていた。



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― 新着の感想 ―
その話、清廉潔白な騎士団長が言ってたら説得力あるけど… コイツが言ってもなんにも響きませんわ
テンプレ的な貴族かと思ったら騎士団長なりに差別の理由があったのか
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