36話「ちょっとはサリパを、好きになってくれましたか」
「では盟約通り、ヤイバンへ侵攻を開始しましょう。サリパ王」
「おお、ありがとうございます。ジャルファ王子」
ヤイバン主力軍がサリパに姿を見せた。
この報告により、デケン帝国は重い腰を上げる決断を下した。
「軍の規模や詳細は、本土で話しましょう」
「了解しましたぞ」
その決断に、国王や兄上たちも大喜び。
ジャルファ王子と固い握手を交わし、その決断に感謝した。
かくしてデケン帝国によるヤイバン併合作戦が、ついに実行に移されることになった。
「リシャリ姫、声を掛けても良いですか」
「ジャルファ王子!」
その日の晩。
ジャルファ王子は晩餐会で、俺に笑顔で話しかけてきた。
「ヤイバン侵攻の話は聞かれましたか」
「ええ。王子の決断に、感謝しておりますわ」
「私も貴女の力になれてうれしい。ただ、名残惜しいですがこれでお別れです。リシャリ姫」
交渉が終われば、後は帰国するだけ。
恐らく、俺がジャルファ王子と話す機会はもうないだろう。
「貴女との会話は楽しかった。……こんな情勢でなければ、もっと話したかった」
「光栄ですわ、ジャルファ王子」
ジャルファ王子は名残惜しそうな顔で、俺の手を握った。
少し残念な気分なのは、俺も同じだ。
俺もジャルファ王子との会話は楽しかった。
虫の話題にはかなり花が咲き、趣味も合う相手だと感じた。
それが例え仮面を被ったジャルファ王子だとしても。
「いつかまた、装甲鳥の話に付き合って頂けますか」
「ええ、大歓迎ですわ」
ジャルファ王子は最後まで、王子としての仮面を外すことはなかった。
属国とはいえ、他国の姫である俺に弱みを見せることはなかった。
「さよなら、リシャリ姫。麗しの、サリパの王女」
「またお会いしましょう、ジャルファ王子」
俺にとって初めて『腹を割って話せなかった男』ジャルファ王子。
彼は別れ際、恭しく俺の手の甲にキスをした。
……美形なだけあって、とても様になっていた。
「不肖ながら、某が護衛の任につかせていただきます」
「またパウリック殿に護衛して頂けるのですか。これは心強い」
国王とジャルファ王子はデケン帝国の馬車に乗り込み、朝一番に出発していった。
二人は同じ馬車に乗り、パウリックに護衛されデケンに向かうらしい。
馬車で中年のオッサンと二人きりは辛いかもしれないが、頑張ってくれ王子。
「……行ってしまいましたか」
「名残惜しそうね、リシャリ?」
二人の出発は、サリパ王族総出で見送りをした。
王子が去って少しだけ、残念な気分になる。
馬車と護衛騎士が見えなくなったころ、気付けば俺は小さくため息を吐いていた。
「もしかしてー、リシャリはああいうのがお好み?」
「まぁ、そうですかね? 確かにもう少し、ジャルファ王子と話してみたかったですわ」
結局俺に、ジャルファ王子の腹の内は読めなかった。
……だけど虫談議の時などは、心から笑っているように見えた。
恋愛感情はないが、友人が去ってしまったような寂しさを感じたのだろう。
「ルゥルゥ姉上的には、どうなのです?」
「悪くないわよ、有能そうな王子だったし。ちょっと胡散臭いけど」
ルゥルゥ姉上的にも、ジャルファ王子は全然アリらしい。
少なくとも頭は良さそうだし、美形で武闘派という点でもお眼鏡にかなったらしい。
「ま、私らとは身分的に釣り合わないけどね」
「そうですわね」
ただ、王子の婚約相手としては俺達は現実的ではない。
俺も姉上も、属国の姫。デケン的には、田舎の地方領主の娘でしかない。
側室はワンチャンあるかもしれないが、本妻扱いはあり得ないだろう。
「ま、これでまたいつも通りね」
「また社交界と稽古の日々が戻ってきますわ」
ジャルファ王子が旅立ったということは、日常が戻ってきたということ。
退屈な授業と、花嫁修業と社交パーティを繰り返す日々が戻ってくる。
「あーやだやだ。明日からまた忙しくなるわ」
「今日が最後のお休みですものね。姉上はどうお過ごししますの?」
「ジケイとお茶会するわ。あのサボり魔にしては珍しく働いたみたいだし、褒めてやろうかと思ってね」
「なるほど」
「アンタも来る?」
実はルゥルゥ姉上とジケイ兄上は、とても仲が良い。
天才同士で話が通じるのか、規則破り常習犯同士で気が合うのか。
あのジケイ兄上も、ルゥルゥの前では甘えた言動をすることがあるのだという。
「ちょっと遠慮しておきますわ~」
「あ、そ」
ルゥルゥとの時間は、ジケイ兄上にとってのガス抜きになっているのだろう。
妹が一緒にいると、存分にリラックスできまい。
俺はこう見えて、空気が読めるんだ。
「じゃ、気が向いたら顔を見せなさい。じゃーね」
「お疲れ様ですわ、姉上」
そして俺はジケイとお茶会に行くルゥルゥを見送った。
姉上がお茶会をしているとなると、俺は暇になるな。
「では私は、久々に庭遊びでも……」
「おーい、リシャリ様!」
なので、久しぶりに王宮の庭で遊ぼうか、と考えていた矢先……。
ぱたぱたと、困った顔のメイドさんが駆け足で近寄って来た。
「リシャリ様に、面会の要請がございまして」
「私に?」
「それが、二人組の平民なのです」
二人組の平民の面会要請があったという。
俺に平民の知り合いなど、多くない。
「名前を出せば分かるから、繋いでくれと」
「はぁ、どちら様ですか」
となると、その二人の正体は……。
「リシャリ殿下の、おなり!!」
「失礼しますわ」
俺はドレスを整えて、王宮の客間へと足を運んだ。
それは窓のあるお洒落な部屋で、白いクロスが掛けられたテーブルが設置されている。
俺がメイドに囲まれて、優雅に部屋に入ると、
「ひさしぶり、おうじょ」
「あらあら、お久しぶりですわ!」
周囲を王宮騎士に囲まれ、居心地が悪そうなベルカとルリちゃんが座っていた。
面会を求める二人組の平民とは、やはり彼らだった。
「どうも、ご機嫌麗しゅう。お二人ともお元気そうで何よりですわ」
「……お前、本当に王女様だったんだな」
「どういう意味ですの」
久々に会ったベルカは、相変わらず失礼だった。
ギロっと王宮騎士が怖い眼をしていたので、俺は気にしてないと手を振っておいた。
「お二人は、どうしてここに?」
「ブユルデストでの功績を評するからって、呼び出されたんだ。さっき、凄い額の報酬を貰った」
「にいさん、柄にもなく緊張してた」
話を聞くと、どうやら褒賞を渡すべく二人は首都に呼び出されたらしい。
俺の口添えもあったからか、ベルカはそれなりの褒賞を貰ったそうだ。
人を誘拐しておいて、まったく良い身分である。
「貰えるものは貰っておきなさい。ちゃんと、部下の皆と分けるんですよ」
「無論だ」
ただ彼らが、二年間もブユルデストを守り抜いた戦果は確か。
俺の誘拐という罪を差し引いても、報酬を貰うに値する行動ではあった。
「あと自の部下たちも正規兵として、雇ってもらえることになった」
「ほほう」
「装備も支給してもらえるらしい。これが正直、一番助かるな」
功績を認められたのは、ブユルデスト自警団の全員だった。
ぶっちゃけ彼らは精鋭である、寝かせておくのは勿体ないからな。
「あと次の領主が決まるまで、自が代行してブユルデストを治めることになった」
「おお、ベルカが領主になるのですね」
「……一時しのぎだ。すぐ、他の貴族を遣わせるとさ」
この国では、領地を持つという事は貴族になることを意味する。
王宮騎士になったタケルは『貴族と同等の権威』を与えられているだけで、貴族ではなかった。
龍殺しの功績で領地を与えられれば、初めて正式に貴族となる。
「正式な領主になれなくて残念ですか?」
「いや。正直、興味などないから助かった。自は戦うことしかできん」
「貴族になりたくないのですか?」
「故郷を守るためであれば、政治だってこなす覚悟はある。だが、自には向いていないだろう」
領地の経営は、ただ戦う能力が高いだけではうまくいかない。
ベルカ自身も、その辺の身のほどは良く知っているようで、
「恥ずかしながら、自は数字は苦手なのだ。予算経費だの、税収の計算だの、考えるだけで頭痛がする」
「気持ちはわかりますわ! すごーく面倒くせぇのですよ、あれ」
「お前は出来なきゃダメだろ、王族」
まぁ、それはそう。でも苦手なもんは苦手だ。
「そういうのは、得意なヤツに任せればいい。自が首を突っ込んでも、足を引っ張るだけだ」
「ではベルカさんは、貴族になるつもりはないと」
「勘弁してくれ。……地方自警団の長が、なんで領地を貰わねばならんのだ」
ベルカは本心から、そう言っているようだった。
……多分、そもそもが貴族嫌いの節があるのだろう。
「結局、今まで通り我々がブユルデストを守っていくだけだ」
「おきゅうりょうを貰えるようになったのは、うれしい」
「確かにな。装備に回す予算が増えたのが、今回の最大の報酬だ」
ベルカに地位と予算を与え、そのままブユルデストを守ってもらう。
その後、領地経営に関してはちゃんと後任の貴族を派遣する。
まぁ、妥当な処置ではないだろうか。
「あー……、じゃあどうしましょうか」
「何を悩んでいる、リシャリ」
「いえ、ちょっと。いや、もう伝えちゃいますか」
つまりベルカには、今後ブユルデストの防衛を一任するわけで。
軍事機密ではあるが、彼には前線の状況を伝えておくべきかもしれない。
「ヤイバン軍の主力部隊が、ドラズネストに来ているそうです」
「む、何だと。ヤイバン主力軍というと、まさかレヴィグダードが?」
「そのレヴィグダードですわ」
とりあえず、話せる範囲のことは伝えておこう。
敵軍の動きだけなら、教えても問題にならんはずだ。
「ただレヴィグダードは、タケルに敗れたそうですが」
「ま、そうだわな。おかしいよなアイツ」
「タケルはすごいですわ。デケン帝国にも『龍殺し』はいるそうですが……。向こうで最少討伐人数は五人だそうです」
「当り前だ。というかデケンの『龍殺し』の称号って確か……」
「え、何かあるのですか?」
「いや。……まぁそうだな、教えぬ方がよさそうか」
龍殺しの話になると、ベルカは少しだけ微妙な顔をした。
何だ? 何か、俺が勘違いしてることがあるのか?
「何にせよ、タケルに真っ向勝負で勝てる奴は、この世には存在しない。そこは断言してやる」
「真っ向勝負では、ねぇ」
そんなベルカの物言いに、少しだけ引っかかった俺は。
「真っ向勝負でない場合、ベルカさんなら勝てますか?」
「……タケルはあの性格で、言葉も通じるしな。手を選ばなければ勝てる」
「というと」
「アイツ、かなり騙されやすいタイプだろう」
卑怯、汚い、卑劣の権化であるベルカなら、タケルはなんとか出来ちゃうらしい。
そもそもルリちゃんの隠密能力が、タケルにぶっ刺さるだろうしな。
「ちなみにですけど。レヴィグダードの娘さんが、タケルに正面から喧嘩を売ったそうです」
「可哀想に。肉片も残るまい」
「ところがタケルの打撃に耐え、手傷すら負わせたそうで」
「……なんだと?」
ただ、ヤイバンにもタケルに準ずる力の持ち主がいる。
それを伝えると、何故かベルカはクスクス笑い始めた。
「ふふふ、そんな化け物がこの世に存在するわけないだろう! 馬鹿にするな王女」
「マジですけど」
「えっ」
じゃあタケルは何やねん。
「冗談なしの、本当ですわ。レヴィグダードの娘には注意なさい」
「こ、心得た。この世にはおそろしいやつがいるもんだ」
まぁ犠牲者ゼロで二年も防衛したお前も、そこそこ恐ろしい奴だけどな。
タケルのぶっ飛び具合で、何か霞んで見えるだけで。
「タケルやロウガさんがそう負けるとは思いませんが。万が一があった場合、ブユルデストの防衛をよろしくお願いします」
「ああ、任された。言われずとも」
そんな俺の頼みに、ベルカは力強く首肯した。
彼の故郷を守りたいという気持ちは、信用できる。
「あと聞いていいか、リシャリ王女」
「何でしょうか」
「デケン帝国の動向はどうなっている? 動いてもらえるよう、打診はしているのか」
あー、やっぱりそこを気にしてきたか。
教えてやりたいのはやまやまではあるが……。
「さぁ、そっちは良く知りませんわ~」
「……。まぁ、分かった」
ごめん。そこはさすがに国家機密なんで断言できないのよ。
ベルカを信用していないのではなく、コンプライアンスに関わるからだ。
「おーっほほほほほほ」
「まぁ、自は仕事をこなせばよい。そういうことだな」
「そういうことですわ」
俺の遠回しなリアクションで、ベルカも察してくれたっぽい。
もしデケンが動かないなら、俺はベルカにはっきり告げただろう。
聡い男は、微妙なアクションでも十分伝わるからやりやすい。
「今日はお二人の顔が見れて、ハッピーでしたわ。よければまた、顔を見せに来てくださいまし」
「ああ」
彼に伝えるべきことは、この辺で良いだろうか。
俺にできることは、あまり多くない。権力を使って情報を集め、適切な人物に伝えていくのみ。
そして戦いが始まったら、タケルやロウガ、ベルカたちの活躍を祈るだけ。
「ベルカさん。ちょっとはサリパを、好きになってくれましたか」
「……お前が守る国、という意味で。守っていたくはなった」
ベルカは去り際に、ちょっとだけ顔を赤くして。
「その、なんだ。色々あったが、リシャリ殿下には感謝している」
「ほう?」
ぽつりと、そう呟いた。
「ありがとう」
「どういたしまして、ですわ!!」
その後二人は正面から一礼し、部屋を去った。
……ベルカは、案外ツンデレ気質なのかもしれんな。




