34話「無敵の戦士レヴィグダード」
────Oh wow レヴィグダード 鋼の戦士。
────Oh wow レヴィグダード 誇りの戦士。
戦場に、野太い男の大合唱が木霊する。
荘厳な軍楽隊に囲まれて、銀髪の老騎士が先頭を行く。
『で、出やがった。レヴィグダードだ』
『ま、まさか本当に現れるとはね……』
息を呑むサリパ軍の前に姿を見せた騎士は、ヤイバンで最強と名高い将レヴィグダードだった。
彼が白銀の戦旗をはためかせ、両手を掲げて行進する様はまさに圧巻であった。
レヴィグダードの一挙手一投足に、ヤイバン兵が狂喜乱舞する。
それは、戦場に怪物が現れたという印象を付けるには十分だった。
────Oh wow レヴィグダード 黒鉄の戦士。
────Oh wow レヴィグダード 閃光の戦士。
『う、うぅ。どんどん近づいてきやがる』
『どうしよう、お父様はおられないのに』
『何ですかあの曲』
サリパ兵は、その異様な光景を見て完全に怖気づいていた。
彼らはパウリックという『怪物』を知っているからこそ、レヴィグダードを恐れた。
その両雄の実力が拮抗していることを、何度も伝え聞いたから。
『あー、ロウガ将軍。僕、あの騎士と戦ってきてもいいですか』
『いけるか、タケル殿』
しかし、レヴィグダードを見ても顔色一つ変えない者もいた。
それはサリパに現れた新星、パウリックを打倒した戦士『タケル』だった。
『タケル。アンタの強さは分かってるけど。……油断しちゃだめよ』
『ですが、パウリック様ほどではないのでしょう?』
『そのお父様が、この世で最も危険視してるのがアイツなの』
正直なところ、タケルはレヴィグダードを侮っていた。
なにせレヴィグダードは一見すると、痩身の騎士なのだ。
目つきに覇気はなく、どこか頬もこけているように見える。
しかし、彼からあふれる魔力は……常軌を逸していた。
────Oh wow レヴィグダード 無敵の戦士。
────Oh wow レヴィグダード 破格の戦士。
『っ!! レヴィグダードが、剣鞘を掲げたわ!』
『ロウガ将軍。あれは、いったいどういう意図ですか』
『あれは……レヴィグダードが本気を出す時の儀式だ。やる気十分、ということだな』
レヴィグダードは周囲の合唱に応えるように、悠々と剣鞘を天に掲げた。
それを見たヤイバン兵たちは狂ったように雄たけびを上げ、鼻息荒く興奮している。
これはヤイバンの宗教において、死後の冥福を祈る祈祷だった。
すなわち、今から大量の敵を殺すため、前もって冥福を祈ってやろうという示威行為である。
────Oh wow レヴィグダード 伝統の戦士。
────Oh wow レヴィグダード 金色の戦士。
『な、なんて魔力量なの……ッ』
『肝が冷える。我が筋肉が、恐れおののいているッ』
レヴィグダードが掲げた鞘は、ただの儀式にとどまらない。
彼はヤイバン軍の士気を大いに高め、逆にサリパ兵の士気を大きく挫いた。
怪物が武威を示す、それだけで戦の情勢は傾く。
レヴィグダードは戦場における『自分の価値』を、よく理解していた。
『ま、まずいわ。しかも……今日のレヴィグダードの鎧が青銅色よ』
『青銅のレヴィグダードだと! なんてレアなんだ』
『……ロウガ将軍、それはどういう意図ですか』
『彼のお気に入りのカラーらしい。今日は機嫌がいい、つまり調子がいいということだ』
さらにその日、レヴィグダードは青銅色の鎧を着ていた。
彼は青銅色をよく好むそうだが、鎧に青銅を使うと強度が下がってしまう。
だからわざわざ鉄を青く染めているらしいが、色はすぐ剥がれるそうで、新品の時しか青銅色にならない。
青銅鎧のレヴィグダードが確認されたのは二年ぶりとのことで、非常に珍しいとの話だった。
────Oh wow レヴィグダード 究極の戦士。
────Oh wow レヴィグダード 銀色の戦士。
『それだけじゃない。よく見たらレヴィグダードのやつ、ツインテールにしてやがる』
『いつもはポニーテールなのに……もうおしまいよ』
『えっと、それはどういう?』
『彼は普段、長髪を一束に束ねている。……二つに束ねている姿を確認できたのは、パウリック様との一騎打ちの時だけだ』
『だからその意図は?』
彼は長髪を後ろに纏める性癖があった。
普段は一本に束ねポニーテールにしているが、今日はツインテールだった。
おそらく、最近髪を切っていなかったと思われる。
────Oh wow レヴィグダード 陽気な戦士。
────Oh wow レヴィグダード お洒落な戦士。
『気を付けろ、タケル殿。……今日のレヴィグダードは、十年に一度の申し分ない出来に見える』
『熟成に熟成を重ね、コクのあるレヴィグダードに仕上がったに違いないわ』
『あの曲、さっきから同じフレーズしかないんだけど』
そんなレヴィグダードの様相を見て、緊張を隠せないロウガとポーリィ。
しかしタケルはまだ、レヴィグダードの脅威にピンと来ていないらしい。
『じゃ、じゃあ行ってきますね?』
『死ぬんじゃないわよ。……必ず、生きて戻ってきて』
『あ、ハイ』
タケルは周囲の制止を振り切り、大地を蹴って飛び出して。
パウリックと並ぶ『強敵』レヴィグダードへ戦いを挑んだ。
その日は、小雨が降っていた。
雨の日、水魔法使いの能力は大幅に強化される。
レヴィグダードも気合十分に、水鎧をまとって戦場に君臨していた。
そんな彼に真っ先に戦いを挑んだのは、若き少年タケルだった。
『御免ッ!!』
タケルは、農民出身の兵士だ。
一騎打ちの作法や、名乗りを上げる文化などを何も知らなかった。
『勝負を挑む、レヴィグダード!!』
『む、何者────!?』
正しく一騎打ちを挑むのであれば、タケルはレヴィグダードの前に出て、名乗りを上げるべきだった。
そして一礼し、拳を構え、決闘を始めるのが本来であった。
『恨みはありませんが、ぶっ飛んでください!』
しかしタケルは、名乗りを上げたりしない。一礼したり、宣誓したりもない。
タケルは真っすぐ、レヴィグダードに向かって走っていく。
……そんな彼の様子を、レヴィグダードはチラリと目で追うだけだった。
『おや』
タケルが踏み締めた右足が、地ならしを起こした。
土煙を切り裂くように、振り放たれたタケルの左拳が、騎士のどてっ腹に吸い込まれていった。
『……えっ!?』
『一騎打ちを挑むに、名乗りも礼もなしか』
戦場中に凄まじい破裂音が響き、水しぶきで地面が抉れ。
タケルの拳が、レヴィグダードの水の鎧に吸い込まれて、うねりを上げる。
『無作法な兵士がいたものだな。小童』
『僕の、打撃が……』
しかし、水がうねったのは数秒ほど。
ぽよん、と可愛い音を立てて、レヴィグダードの鎧はすぐに再生した。
タケルの一撃は、レヴィグダードの水鎧に無力化されてしまったのだ。
『だが、このレヴィグダードに突っ込んできた勇気は称えよう』
『うーん、どうしよう』
『今日の最初の首級は、貴様にしてやる』
その光景に、両軍とも驚愕した。
ヤイバン軍は、レヴィグダードに一人で突っ込んできたタケルの無謀に対して。
そしてサリパ軍は、タケルの一撃をも吸収したレヴィグダードの水鎧に対してだ。
『もう少し、勢いを付ければ……?』
『無駄だ。物理攻撃である以上、どうあがいても我が水鎧は突破できない』
彼の水鎧は、物理攻撃にめっぽう強かった。
ありとあらゆる打撃、剣撃、爆発までなんでも無効にしてしまうからだ。
レヴィグダードに有効な攻撃があるとすれば、雷のような魔法だろう。
タケルのような打撃を主体とする戦士では、決して彼に勝てない。
『せめて、我が奥義を以て葬ろう。受けてみよ、爆裂重撃咆哮斬を……』
『取り敢えず、三割くらいならどうだろ』
そしてついに、白銀の騎士レヴィグダードが剣を抜いた。
それはヤイバンに伝わる宝剣。レヴィグダードの魂ともいえる水御剣『みかがみ』。
彼はタケルを前にニヤリと笑い、青銅色に染まった大きな騎士剣が、閃光と共に姿を現し────
『えいっ』
『ぶべらっ!!!』
直後、ズゴォンと豪音が鳴り響き。
レヴィグダードは水飛沫をまき散らし、音速でくるくると後方陣地へ吹き飛んだ。
『ほ?』
『……三割だと、強すぎたかな』
見ればタケルが拳を突き出して、ちょっと困惑した顔をしていた。
彼の殴打で、レヴィグダードは吹っ飛んでしまったらしい。
『あー。死んでないよね?』
『え、ちょっと、あれ?』
そう、タケルはちゃんと学習していたのだ。
あのパウリックすら、手加減したタケルの一撃で再起不能になった。
だからレヴィグダードに対し、最初は気を使って軽く殴ったのである。
『ぬうりゃあああああ!!』
『うわっ! びっくりした!』
その手加減の成果もあって。
タケルの攻撃、その二発目を受けたレヴィグダードは悠然と立ち上がった。
全身ボロボロで、息も絶え絶えになりながら。
『油断した。さ、流石の俺も死ぬかと思ったぞ……』
『あ、まだ戦えそうですか?』
『このレヴィグダード、もう驕りはせん。最初から全力を以て戦いに臨んでやる!』
立ち上がったレヴィグダードを見て、タケルは安堵の息を吐いた。
そんなタケルを睨みつけた白銀の騎士は、ごにょごにょと詠唱を始めた。
『レヴィグダード様がフォルムチェンジするぞ!! ちょっと待て、十秒くらい』
『あ、了解です。待ちます』
しばらく待っていると、レヴィグダードの水鎧がドンドン肥大化していった。
ブクブクと水を纏ったその様は、河豚にも似ている。
その防御力は、えらいことになっていそうだった。
『待たせたな……こいつがお望みのフルパワーだ!!』
『あ、ハイ』
だが、タケルの目に怯えはない。
むしろ、敵を『必要以上に傷つけないか』と気遣っているような態度だった。
『あの……、多分ソレも破れますけど。やります?』
『黙れ小童ァ!!!』
レヴィグダードは、良くも悪くも騎士であった。
タケルが苦手とする、卑怯な嵌め手や毒などを嫌う、正統派の戦士であった。
『やれるものならやってみろ! 食らえ、超爆裂重撃咆哮斬……』
『……あー。どうしよう』
だからこそ。
タケルはレヴィグダードを前に、欠片も負けるとは思っていなかったのである。
『はいはい、そこまで』
レヴィグダードは大渦を纏った剣を手に、タケルへ斬りかかろうとした。
しかしその剣が振り下ろされる前に、一人の少女の声が割って入った。
それは戦場には不釣り合いな、穏やかで静かな声だった。
『もうやめときなって、お父様』
『お、おい。どうしてお前が出てくる、レヴィ!』
タケルがその声の主を見ると。
年はタケルと同じくらいだろうか。
ブカブカの水色ローブを着て、楽し気に微笑む銀髪の少女が立っていた。
『言わなきゃ分かんない?』
『……っ!!』
『分かるよね』
ふよふよ、と少女の周りに水球が浮かんでいる。
少女の瞳は怪しく光り、好意を帯びてタケルを見つめている。
『ちょっと彼と、お話をしていい?』
その魔力の透明さは、美しさは、父レヴィグダードより澄んでいるようにみえた。




