33話「信じておりますわ。ジャルファ王子」
デケン帝国の王子、ジャルファの評判は王宮でも上々だった。
紳士的で、快活で、勇敢で、理性的。彼はそんな理想の王子の『仮面』を被り続けた。
「ルゥルゥ姫は聡明ですね。デケンに貴女がいれば、私はどれだけ楽だったか」
「そんな、買い被りですよ。でも、悪い気はしません」
ジャルファ王子の魅力は、ルゥルゥ姉上のお眼鏡にもかなったらしい。
社交界嫌いな姉上にしては珍しく、積極的に王子と歓談している。
ロウガ卿に比べても、その対応は明らかに好意的だった。
実際、王子はとても魅力溢れる人物だった。
メイドがうっかり水を零した時も、
「あっ、た、大変失礼いたしました」
「慌てないで、大丈夫ですよ。お怪我はありませんか」
と言って、ニコニコ笑って許してしまう。
……恥ずかしながら、サリパ貴族ならブチ切れていただろう。
「さすがはデケン帝国の王子」
「人としての出来が違ってらっしゃる」
王宮の執事やメイドも、そんなジャルファ王子に好感を抱いた。
見る者話す者に好感を抱かせる話術、底の見えない器。その性質はまさに皇帝。
「これで、百戦錬磨の指揮官というから素晴らしい」
「優しく勇敢で聡明、こんな人がこの世にいるとは」
……恐ろしいのは、ここまでの社交技術を持っている癖に、彼の本領は外交ではないということ。
ジャルファ王子はデケン帝国でも屈指の武闘派王子で、戦えば全戦全勝なのだとか。
噂によると『戦争の勝敗は戦う前に決まる』というのが彼の信条のようで。
絶対に勝てるような準備を整えて侵攻し、あらゆる敵に圧勝し続けてきたそうだ。
デケン帝国が大国であることを利用した、手堅い名将。それがジャルファ王子の評価だった。
ヤイバンへ侵攻する場合も、総大将はジャルファ王子の予定だそうだ。
彼は外交能力が高い、優秀な戦術家なのである。
「ジャルファ王子がデケン皇帝を継ぐなら安泰ですな」
「いえ、私などより優れた兄や弟がいますので」
だがそんな彼ですらデケン帝国では『後継ぎ候補の一人』にすぎない。
ジャルファ王子の兄弟には、もっと優秀な人がたくさんいるらしい。
「ただヤイバンを攻略できれば、父上も私を評価してくださるでしょう」
「おお、応援いたしますぞ」
とはいえ彼も、皇帝の座を狙っていないわけではないようで。
今回の戦いで戦果を上げ、序列を上げようとしているようだ。
「リシャリ姫、こんなところにおられましたか」
「これは、ジャルファ王子。ご機嫌麗しゅうですわ」
そんなジャルファ王子の晩餐会の振る舞いは、やはり達者だった。
空気も読むし、気が利くし、イヤ味ったらしい言葉は全くない。
サリパみたいな小国の晩餐会で、大国の王子がここまで謙虚に振舞えるのかと舌を巻いた。
「今日のドレスも、素敵ですね。まるで女神のようです」
「そんなに褒められると、照れてしまいますわ」
「照れた顔も素敵ですよ、リシャリ姫」
ただ相変わらず瞳の奥は濁っており、言葉の真意が読み取れない。
表面だけ見たら、好意的に接されているように見えるが……。
「夜空のどんな星々も、君の輝きには勝てません」
「まぁ……」
俺のことを誉めるたび、王子の瞳の濁りが濃くなるのだ。
心の底を探られまいという、王子の矜持を感じる。
セリフだけなら口説かれてるんだけど、感情がまったく感じられん。
……実際、俺は気に入ってもらえてるのかね。
「……そんなことを仰られると、勘違いしてしまいそうですわ。ジャルファ王子」
「おや、少し表現が刺激的すぎましたかね。私は本気なのですが」
照れたふりをして、ジっと王子の顔を見つめてみる。
見えるのは、人の良い王子の仮面のみ。
だけど彼のこの雰囲気は、どこか既視感があった。
甘く優しい態度と口調で、彼が覆い隠しているモノの正体は……。
「……なるほど」
「リシャリ姫?」
見えた、『野心』だ。ジャルファ王子は胸の内に、大きな野心を抱いている。
今の王子は、猫を被っている時のジケイ兄上と同じ雰囲気なのだ。
ジャルファ王子の本性は穏やかな王子ではなく、獰猛なオオカミっぽい。
「恥ずかしいですわ。つい、見とれてしまいました」
「いえ、お気になさらず。貴女と見つめあえるなど、至福の至りでした」
デケン皇帝は既に老齢、今はその後継ぎを選定している最中と聞く。
そしてジャルファ王子は、サリパの支持を集めるため、謙虚で誠実に振舞っている……というあたりか。
「それでは、今日はこれで。お時間を頂きありがとうございました、リシャリ姫」
「ええ、どうかまたお声かけください」
だとすれば、今は王子の振る舞いに乗っておこう。
サリパの支持を集めたいなら、悪いようにならない筈だ。
「それと、最後に。喜んでくださいリシャリ姫、どうやらサリパの望む形になりそうです」
「我々の望む形……ですか」
「どうか、私の働きにご期待くださいね」
別れ際、彼は意味深に笑ってそう告げた。
サリパの望む形になる……、か。その言葉の意味は、俺にもわかる。
「ええ、信じておりますわ。ジャルファ王子」
「ありがとう。貴女のその言葉で、勇気が溢れてくる」
デケン帝国が、本腰を入れヤイバン討伐に動いてくれる……ということかな。
「おいリシャリ、話がある」
「何でしょうか、父上」
その日の晩。
寝る支度を整えていた俺の部屋に、国王がホクホク顔で訪ねてきた。
「デケン帝国は、動いてくれるそうだ」
「おお」
どうやらジャルファ王子が、軍を動かすことを決めてくれたらしい。
おそらく数か月以内に、デケン軍がヤイバンへ侵攻を開始してくれるという。
「ジャルファ王子は、お前のことを誉めていたよ。よくやってくれたな」
「恐縮ですわ、国王」
「その兼ね合いで、俺はちょっと国を空けることになった」
「国を、ですか」
ただし戦後の領土割譲や、ドラズネストの領有権についてはまだ協議中らしい。
その辺は、改めてデケン皇帝と会談して決める方針となったそうだ。
「なるべく良い条件を引き出すためにも、俺自らデケンに乗り込んだ方がいい」
「なるほど」
「留守中の王務はサリオに、内政はジケイに任せる。リシャリ、お前には社交界の取り仕切りを任せたい」
「ふむ、社交界ですか」
「俺はしばらく帰れんだろう。その間、社交界を閉じるわけにはいかんからな」
デケン皇帝との会談は、長引きやすい。
皇帝のアポイントを取るのが、かなり大変らしいのだ。
その間の雑務は、こんな風に俺たちに振られるのである。
「お引き受けしますわ。このリシャリにお任せください」
「頼んだぞ」
特に社交界関連のお仕事は、俺に回ってきやすい。
ルゥルゥ姉上は、社交界をサボり倒しているからな。
「……ですが国王、一つ聞いても良いですか?」
「何だ?」
「デケンが動いてくれたと言うことは、その。前線は……」
「ああ、そのことか」
別に仕事を振られるのは構わない。王族として、なすべきことをするだけだ。
ただ心配なのは、前線にいるタケルたちのことだ。
「ああ、お前の予想通り。ヤイバン主力軍、レヴィグダードが前線に姿を見せた」
「やはりそうでしたか……」
俺の不安は当たっており、前線にヤイバン主力軍が姿を見せたらしい。
その精強さは、烏合の衆だったドラズネスト兵とは一線を画すという。
「……国王。レヴィグダードは相当な将だと聞いていますが、前線に被害は出ていませんか?」
「そうだな。お前には、教えておかないとな」
『敵の主力が見えた』という報告を聞いて、俺の心が少しざわついた。
タケルが簡単に負けるとは思わないが、パウリックが言う『弱点』を突かれてしまったら。
「タケル君が負傷し、入院しているそうだ」
「それはどういうことですかっ!」
国王は俺を、真剣な顔で見つめた後。
前線で起きた戦いの詳細を、おごそかに語った。
────白銀の騎士、レヴィグダード。
彼はサラリとした銀髪を束ねた、痩身長髪のおじさんである。
レヴィグダードの性質を端的に説明すると、彼は『防御特化』の騎士であった。
彼は兵士にしては珍しい、戦闘に不向きとされている『水属性』の魔法使いだ。
水属性は攻撃力が低いので、戦場では裏方に回されがちなのである。
しかしレヴィグダードは違った。彼は空中に、水を固定する技術を身に付けていたのだ。
水壁は意外に防御力が高く、投石程度であれば容易に受け止めてしまう。
どんな剛腕の兵士でも、彼の纏う水の防壁を突破できない。
どんな広範囲の爆撃も、彼に火傷一つ負わせられない。
そして柔らかいが故に、水の防御が壊れることはない。
魔力の続く限り無限に修復する『最強の鎧』となるのだ。
レヴィグダードはその防御力を生かし、戦車のように戦場を駆け回った。
これがヤイバン最強の男、レヴィグダードの戦い方であった。
しかし彼は二十年前、パウリックとの一騎打ちに敗れている。
パウリックは一騎打ちの最中に、その水鎧の修復に時間を要する事に気が付いた。
なので『騎士十字斬』で水鎧を十字に切り裂いた後、その中心を突くことでレヴィグダードに刃を届かせたのだ。
パウリックの突きで重傷を負ったレヴィグダードは、血を滴らせて逃げ出した。
しかしパウリックも消耗しており、追撃する余裕は残っていなかった。
戦の後には『次にレヴィグダードと戦ったら勝てるか分からない』と呟いたそうだ。
……この逸話からも、レヴィグダードが相当にやばい敵だというのは分かる。
「タケルは無事なのですか。傷はちゃんと治るのですか」
「落ち着け、ゆっくり話してやるから」
タケルの強さは、ある意味で初見殺し。
猛者が対策すれば勝てるというのであれば、レヴィグダードもタケルを殺せると言うこと。
「タケルは周囲の制止を聞かず、レヴィグダードに一騎打ちを挑んだらしい」
「……それで」
そして、俺の予想した通り。
タケルはレヴィグダードを見て、真っ先に勝負を挑んだようだ。




