31話「甲殻鳥王者ムシキ●グ」
「手慰み程度のものですが」
「……! とても美味しいですわ」
ジャルファ王子は実に紳士的な男だった。
俺を馬車の中に迎え入れた後は、自ら紅茶を淹れて振舞ってくれた。
「なるほど、それでリシャリ姫が前線にいらっしゃったのですか」
「少々、お転婆をしてしまいましたわ」
王子の馬車の中は、広々としたスペースが広がっていた。
俺は小さな大理石のテーブルを挟んで、王子と向かい合って座らされた。
「素晴らしい勇気です、民のためにそこまで」
「お恥ずかしい限りです」
ジャルファ王子には、俺が『狂言誘拐』されたという体で説明した。
俺がとんでもないお転婆姫っぽく見えるが、もうそう広めてしまったので仕方ない。
「それに、そのタケルという戦士は非常に勇猛ですね」
「ええ、タケルはすごいのですわ」
だがジャルファ王子は、俺の狂言誘拐にあまり興味を示さなかった。
むしろ、龍をほぼ単独討伐したタケルに興味津々の様子だった。
「たった二人で龍を狩った者なぞ、デケンにもいませんよ」
「そうなのですか?」
「私の知る限り、デケンの英雄アガロン将軍の五人討伐が最少人数ですね。ただし、彼は無傷で勝ったそうですが」
さすがデケンというべきか、世界は広いというべきか。龍を殺したやべーやつはデケンにもいるらしい。
アガロン将軍は対龍装備を纏い、パーティで攻撃・魔法・防御・回復・陽動と役割を分担して勝利したのだとか。
デケンでも龍は、万全に準備して戦うものという認識らしい。
「タケルが戦ったのは、どんな龍でしたか?」
「えっと、その。グアーって火を噴きまして、バーって羽ばたくのですわ!」
「あはは、面白い表現をしますね。リシャリ王女は」
俺は拙い語彙力で、何とかタケルの凄さを伝えようと身振り手振り頑張った。
その様を見て、ジャルファ王子はクスクス笑っていた。
「龍が負けた後、ヤイバン軍の様子はどうでしたか?」
「恐慌状態に陥って逃げてしまいました」
「敵将は? 名乗っていませんでしたか」
「えっと。メウリーン・ドラズネストという露出の多い巫女さんです。辺境の領主だそうで」
「ふむ、露出の多い巫女ですか。それは大切な情報ですね」
やはりジャルファ王子は、ヤイバンの陣容が気になるらしい。
なんかちょっと、興味の方向が怪しい気もするが。
「露出が大事な情報……ですか?」
「露出の多い巫女服を着ていたのであれば、メウリーン本人に間違いないでしょう。つまり、貴国が戦ったのは『正規軍ではない』ということ」
「どうしてそんなことが分かるのですか」
「正規軍なら、ちゃんと指揮官がいるはずです。地方領主が自ら指揮するなんてありえません」
あー、そっか。よく考えたら辺境の領主が指揮してるってのは変な話だ。
正規軍なら、ちゃんと指揮官がいるはずだもんな。
「戦わずして逃げ出したあたり、本職の兵士かも怪しいです」
「ということは、我々が撃ち破ったのは」
「ドラズネスト領主メウリーンに急遽集められた民兵でしょうね」
そっかぁ。あの一戦で、ヤイバンを弱体化させたつもりだったが……。
正規軍には、ダメージを与えられていないワケね。
「では我々の勝利に、大きな意味はなかったのでしょうか」
「いやいや、そんなことはないですよ」
そうだわな。ウチみたいな弱小国を征服するのに、主力部隊を引っ張って来ないわな。
俺は大金星を挙げたと思っていたのだが、実はそうでもないらしい。
「ヤイバンが、主力軍を貴国に向ける可能性があります」
「それは……困りますわね」
「いや。そうなってくれれば、我らの思うつぼ」
ヤイバンの主力軍がサリパに攻め入ってくる。
そんな話、聞くだけでげんなりしそうになるが……。
ジャルファ王子は意地の悪そうな顔で、笑いながら言葉を続けた。
「主力を貴国に向けたなら、我らデケンが一挙に侵攻しますので」
「お、おお……」
それって、サリパを囮にするってこと?
主力軍をうちが引き付けている間に、一気に侵略するって作戦だよね。
……勝ってくれるならいいんだけどさ。
「果たして我らで守り切れるでしょうか。ヤイバンの正規軍は強いのでしょう?」
「ええ。奴らの将レヴィグダードが厄介でして、戦えば万夫不当。我らデケン兵もなかなか苦労しているのです」
「そんな猛将がいるなんて、知りませんでしたわ。でしたら、なおさら……」
戦争に関しては、なるべくデケンに矢面に立ってもらいたいものだ。
サリパは弱いんだぞ。というかそもそも、お前らが始めた戦争だぞ。
ちゃんと守って!
「おや? レヴィグダードについては、貴国のほうが詳しいのでは?」
「あ、そうなのですか。すみません、不勉強で」
「……まぁ、姫であれば戦場について聞かされませんか」
だが、どうやら『レヴィグダード』はどっちかというとサリパの因縁の相手らしい。
国王は俺に、軍事関連はまったく教えてくれないんだよなぁ。
「レヴィグダードはヤイバン軍で最強の怪物。大陸最優の騎士と名高い、警戒すべき人物です」
「そ、そんなに強いのですか」
「そう。ヤツは何と、恐ろしいことに……」
レヴィグダードの話になると、ジャルファ王子は緊迫した顔になった。
俺もつられて、ゴクリと息を呑む。
ヤイバン最強の男『レヴィグダード』がどれほど強いのかといえば……。
「あのパウリック殿に、一太刀浴びせたのです!」
「……?」
聞けばレディグダートは、二十年ほど前にパウリックと一騎打ちしたらしい。
そこでパウリックに惨敗したものの、一太刀は浴びせたのだとか。
しかも一騎打ちのあと、あのパウリックが膝をついていたという。
「剛鉄の騎士パウリックに膝をつかせた男です、いくら警戒しても損はない」
「え、その、ごめんなさい。あれ?」
「なぜヤイバンなんぞにあれほどの男が生まれたのか……。デケンに生まれていれば大将軍だったろうに」
「……じゃあ、パウリックの方が強いのですか?」
「当然でしょう。パウリック殿は生ける伝説、我が国でも彼ほどの騎士はそういません」
そうなのか。パウリックって、デケン帝国ですら最強の騎士扱いなのか。
……正直ちょっと舐めてました。ごめんなさい。
「もし、仮にですよ。パウリックを一撃でノせるような男がいたら?」
「そんなの人間じゃありませんよ」
じゃあタケルって何なん。
「そのあと、ベルカという警備隊長が地獄の篝火でぐあーってしました」
「ぐあーってしたのですか」
「そしたら、ドラゴンがばばーんと……」
その後、俺は馬車に揺られながら。
丸一日使って、ブユルデスト防衛戦についての話をジャルファ王子に聞かせた。
「とまぁ、これが私の見てきた戦いの全てですわ」
「なるほど、参考になりました。感謝いたします」
俺なりに必死で、見たものを身振り手振りで表現してみた。
なぜかジャルファ王子は、終始クスクス笑っていた。
「他には、何を話しましょうか」
「そうですね。サリパの文化などについても聞かせてくれませんか」
「構いませんわ。そうですわね……」
戦争の話が終わった後は、文化や風俗の話になった。
デケンの王子が、サリパという辺境に興味を持ってくれる機会などめったにない。
好機と思って、俺は王子にサリパの魅力をたっぷり売り込んだ。
「ブユルデストで食べたレクチャリという果実が、これまた美味なのですわ!」
「ほほう、甘味には興味がありますね」
ジャルファ王子は、サリパの気候や風土などを好んで聞いた。
どうやらサリパという国に対する、情報収集も兼ねているようだ。
「最近、サリパ王国で新たな技術革新などはありましたか?」
「ええ、良ければ聞いてくださいまし!」
王子はサリパのプレゼンを聞きつつ、情報も抜いているわけだ。
話せることと話せないことを、よく吟味して会話しないとな。
「つまり堆肥の匂いを体温ほどで吹き付けてやることでケツキリムシ被害は……」
「……っくくく。何ですか、その馬鹿げた技術革新は!」
ケツキリムシ対策の話をしてみると、王子にバカ受けだった。
なかなか真意を見せない彼が、本心から笑っていそうだった。
「デケン帝国に、虫害や獣害などはありますか」
「そうですね。デケンには甲殻鳥という、硬い殻に覆われた鳥がいます」
「おお、何かカッコいいですわ」
「分かってくれますかリシャリ王女。そうなのです、格好いいのですよ!」
逆に俺からも、デケン帝国についていくつか質問してみた。
聞けばデケンには甲殻鳥なる害鳥がいるらしい。
市民からは嫌われているらしいが、ジャルファ王子はその鳥が好きなのだそうだ。
「その甲殻は黒く光り、人間を突き刺す立派な角が生えていて……」
「はえー」
「仲間同士であっても餌場を争う、生まれ持っての戦闘生物で」
絵で見せてもらったところ、どうやらそれは大きい甲虫だった。
夏になると、人間サイズの甲虫がブンブンと飛び回り、作物を食い散らかすそうだ。
そりゃあ市民から嫌われ、女性には理解してもらえないだろうが……。
「この黒光りするフォルムが、浪漫に溢れていませんか」
「同意しますわ! 硬さと軽さを両立した、素晴らしい体躯!」
「分かってくれますか、リシャリ王女。なかなか女性には理解してもらえないのですよ」
俺にはその気持ちが痛いほどわかる。デカい甲虫に浪漫を感じない男はいない。
その昔、ムシキ●グとかめっちゃ流行っていたしな。
「私は何とかこの鳥の魅力を、皆に伝えたいと思っているのですが……。今のところ、上手くいっておりません」
「ではこの甲殻鳥を二匹ほど捕らえ、戦い合わせてはどうでしょう」
「……そんなことをして、何になるのですか」
「見世物にするのですよ。その勝敗について賭けを行えば、盛り上がると思いますわ」
「おおお! それは確かに、盛り上がりそうですね」
虫相撲ならぬ甲殻鳥相撲である。
このサイズ感なら、さぞ迫力があって盛り上がる行事になるだろう。リアルムシキ●グだ。
「その案はかなり面白そうです、やってみましょうか。甲殻鳥の戦闘力はかなり高いので捕獲は困難ですが、戦わせたら受ける筈」
「そんなに強いのですか」
「ええ、雑兵なら相手にならないほど」
……なるほど。でかくて力の強いカブトムシだ、そりゃあ強いに決まってる。
生きて捕らえるのは難しいのか。
「実は私は、いつかデケン軍に甲殻鳥部隊を取りいれたいと思っていたのです。空飛ぶ硬い鎧に覆われた軍隊はさぞ強力でしょう」
「おお、そんな構想が……」
「彼らの習性を理解しておけば、飛行ルートを操ることができるのですよ。敵の陣地に突撃するよう誘導すれば、きっと大混乱です」
「凄い発想です! 私も、彼らが空を舞って戦うさまを見てみたいです!」
「お、おお……。まさかこれを、理解してくれる女性がいるとは」
そんなこんなで俺は、しばらくジャルファ王子と会話を続けてみたのだが。
ほんの少し、ジャルファ王子の性質の一端を掴むことが出来た。
「甲殻鳥の角に紐を括りつければ、その上に乗ったりなんかも出来るのでは?」
「た、たしかに! 乗るという発想はなかったです」
おそらくこの金髪王子の趣味嗜好は、男子小学生にかなり近い。
推測だが、ジャルファ王子は子供じみた遊びなどを禁じられていたのかもしれない。
その窮屈な教育の反動として、こういう趣味のまま大きくなったのだ。
「こんなに楽しい旅は初めてです。リシャリ王女とは話が合いますね」
「私もジャルファ様と話すのは楽しくて仕方ありませんわ」
「そうですか、それは上々」
ただし、彼が子供っぽいのは趣味嗜好まで。
時折、本心から笑っていそうなタイミングはあった。
しかし首都につくまで、とうとう一度も腹の底を見せたりはしなかった。
「ああ、これが戦時の外遊でなければ。心の底から、楽しめたのですがね」
「ジャルファ様……」
「いや、失敬。楽しい話に水を差してしまいました」
ジャルファ王子はすでに一国の王子として、完成された人格を身に付けている。
心の本当の奥底は、誰にも見せないよう徹底していた。
「では。よろしければまた、サリパにいらしてくださいまし」
「リシャリ王女」
「気兼ねなく、ただ遊びにいらしてくださいな。サリパは、素晴らしい国でございましてよ」
これが大国の王子、社交技術が天元突破している。
パーティーをサボって引きこもる、どっかの姉上に見せてやりたい。
「その時は、ぜひリシャリ王女に案内をお願いしていいですか」
「おまかせください」
俺の渾身の王女スマイルを向けると。
彼はクールな王子微笑みを、俺に返したのだった。
「いや、実に楽しい時間でした。リシャリ王女」
「こちらこそ、素晴らしい時間でしたわ」
……結局、俺は国境からサリパ城までの間に、王子の心を開くことはできなかった。
彼は俺に色目を使うことなく、王女として尊重し、紳士的に接し続けた。
悪い印象は持たれていないと思うが、取り入れたとは言い難い。
「ではこのジャルファ、疾くサリパ国王に会談を申し込ませていただきます。リシャリ王女、失礼いたします」
「はい。行ってらっしゃいませ」
ジャルファ王子はそう言って、颯爽と国王の間へ向かった。
俺のお役目はここまでだ。ただの王女なので、軍事的・政治的なお話には噛ませてもらえない。
後は晩餐会などで、適当に礼儀正しくしているだけである。
「……ふぅ」
「ご苦労だったな、リシャリ」
ジャルファ王子を見送った後、自室に戻ろうとしたら。
眉目秀麗な第二王子、ジケイ兄上がポンと俺の肩を叩いた。
「ジャルファ王子との会談はどうだった? リシャリのことだ、どうせうまくやったんだろ?」
ジケイは、機嫌よさそうに笑っていた。
……期待に応えられなかったようで、ちょっと申し訳ない。
「いえ、すみません兄上。ジャルファ様の心は掴めてないかと」
「ほう、というと?」
「道中は他人行儀を徹底されました。王子の性質の一割も見抜けておりません」
「当り前だ。たった数日で、人間の性質が分かるものか」
ジャルファ王子の社交スキルは、間違いなく一級品だった。
紳士的に振舞って無礼はなく、それでいて心を全く悟らせない。
俺も社交スキルに自信があったが、あそこまで見事に『躱された』のは初めてだった。
「単身で派遣を許された王子だぞ。最低限の閉心技術は身に付けてくるだろうさ」
「とはいえ、兄上のご期待には添えず……」
「いや、十分だ。ジャルファ王子、お前のこと気に入っていそうじゃないか」
「そんなものでしょうか」
ジャルファ王子と会話して、俺は自信を失いかけていた。
今まで出会った人間は、割とすぐ心を開いてくれていた。
こんなにも徹底して、最後まで『他人行儀』にされたのは初めてだ。
「私もジャルファ王子を見習い、社交技術を研鑽しますわ」
「別に見習わんでいい、あんなもん」
俺の社交スキルもまだまだだった。これからも精進を欠かさぬようにしよう。
そう、新たに決意したのだが。
「まぁ確かに、彼のポーカーフェイスは大したもんだと思うが」
「でしょう?」
「そっちに関しては、お前の方がヤバいんだよ」
そんなやる気に燃える俺を、ジケイは白けた目で見ていた。
「相手に警戒させちまうようじゃあ二流だ。スっと入り込んでくる方が恐ろしいさ」
兄上はそう言って、ポンポンと俺の頭を撫で。
そのまま颯爽と、国王の間に歩いて行った。




