30話「怖くて結婚したくないんだけど」
────ジャルファ王子に気に入られて来い。
ジケイ兄上は俺に、はっきりとそういった。
それは、ただ機嫌を取れというだけの話ではない。
あわよくば『女性として』取入れということだ。
「確かに婚約者として、王子以上のお相手なんて存在しないけども」
ルゥルゥ姉上と違って、俺はまだ正式な婚約者が決まっていない。
なので万が一、ジャルファ王子から申し込まれたら即決だろう。
「初対面の相手を誑かすのは、さすがに厳しいですわ……」
自惚れではなく、俺の面は良い(というかサリパ王族は顔が良い)。
だがジャルファ王子は、戦争の話をしに来ているのだ。
下手にモーションをかけると、機嫌を損ねる可能性もある。
兄上の言い方だと『絶対に誘惑しろ』って話ではなく、できればという感じだった。
誘惑するにしろ、ジャルファ王子がどんな性格か見極めないといけない。
「リシャリ様。お加減はどうですか。休憩いたしますか」
「まだ大丈夫ですわ!」
ジケイ王子から命令を受けて、およそ一週間後。
俺は騎士団長パウリックと、デケン帝国との国境へ足を運んでいた。
本来の俺の護衛であるタケルは、ヤイバンとの前線に駐屯してもらっている。
なので、今日はパウリックが代役として俺を守ってくれるのだ。
「パウリックはジャルファ王子はどんな人か、知っておられますか」
「悪い噂は聞きませんな。公明正大で、頭が切れる王子だと聞いております」
「ふむ」
話を聞く限り、女を食い散らかすタイプのドラ息子ではなさそうだ。
半端な色仕掛けは、逆効果になりかねないかもな。
「婚約者などはおられるのですか」
「……申し込みは数知れず、でしょうな。ただ、まだ未定の様子」
「まだ決まっていないのですか」
「デケン帝国の跡取り候補であるが故、縁談は慎重に進めているそうです」
「ふむ」
ヤイバン侵攻の視察に選ばれるくらいだから、ジャルファ王子はそれなりの帝位継承序列にいるのだろう。
だから縁談は慎重に、ということか。
「リシャリ様は、ずいぶんジャルファ王子に興味があるのですね」
「兄上に隙あらば狙うよう、命じられておりますの」
「ああ……」
王子の機嫌を損ねないのが、絶対条件。
あわよくば気に入られて、婚約を申し込んでもらう。
……考えるだけで気が滅入りそうになるミッションだ。正直なところ、憂鬱だった。
「恋にかまけるのであれば諫言するつもりでしたが、不要でしたな」
「私がそんな姫に見えて?」
「いえ。……恥ずかしながら、まだリシャリ様のことをよく知りませんで」
パウリックはそう言うと、決まりが悪そうにそっぽを向いた。
確かにルゥルゥ姉上は恋にかまけるタイプだしな。
忠臣として、釘を刺しておきたかったのかもしれない。
「そういえばパウリックとゆっくり話をするの、初めてですわね」
「ええ、そうですな」
「どうして今まで、ほとんど話したことがなかったのでしょう」
「私も男ですので、王女殿下の居住区には踏み入れませんからな」
それに、実はパウリックとの旅もけっこう気まずかった。
タケルの件で、彼に恥を掻かせたことは記憶に新しい。
パウリックは表向きこそ、俺を王女として立ててくれているが……。
内心で、どんな風に思っているのかは考えたくない。
「……パウリック。その、正直に言ってほしいのですが」
「何でございましょうか」
「私のことを、恨んでいます?」
「ほ? それは一体、どのような」
ネタと感謝のつもりで名付けた糞臭散布機の件も、周囲からめっちゃ怒られた。
ルゥルゥ姉上からは『姫の皮を被った悪魔』とまでこき下ろされた。
やり過ぎたかなと、俺も反省している。
「その。最近、元気がないように見えましたので」
「……ああ、そのことでしたか。リシャリ殿下にはお見通しですな、お恥ずかしい」
名誉を重んじる貴族が、王女からじきじきに悪評をばらまかれたのだ。
そりゃあ元気がなくなって当然。名誉挽回の機会を作ってやらねばと思ってはいた。
「私が、貴殿に恥を掻かせたからでしょう?」
「まさか、そんな。……そんなことで悩むほど、このパウリックは若くありませぬ」
騎士団長パウリックはそう答え、憮然と自らの貴族髭をさすった。
……口はそう言ってるが、内心では果たしてどうなのか。
「白状しますと、私の無力が辛かったのですよ」
俺がしばらくジっとパウリックを見つめると。
パウリックはポツリと、そう呟いた。
「リシャリ様は、誘拐されたラシリア王女の話を覚えていらっしゃいますか」
「ええ、まぁ」
「リシャリ様は、ラシリア王女によく似ているのです。王宮の庭で、土いじりをして遊ぶ様など瓜二つでした」
「ラシリア姉上も、土で遊んでいたのですか」
「ええ。天真爛漫で、わんぱくな王女でいらっしゃった。私に泥団子をぶつけてきたこともありましたな」
パウリックはそう言って、はにかむように苦笑した。
そして何かを思い出したのか、つぅと一筋の涙が壮年の男の頬を伝った。
「どうしても重なってしまうのです。リシャリ様は、ラシリア様と同じ瞳をしてらっしゃいますので」
「パウリック……」
「貴女が王宮の庭で遊ぶ姿が、まさにラシリア王女の生き写しで。自分の無力を、思い知らされるようなのです」
鋼鉄の騎士は、涙を見せまいとそっぽを向く。
そして、罪を打ち明けるように、
「告白いたしましょう。このパウリック、恥ずかしながらリシャリ様を避けておりました」
そう、涙声で話してくれた。
ラシリアは人懐っこい性格で、よくパウリックに一緒に遊んでとせがんだらしい。
彼もそんな王女の世話をすることが嫌ではなかった。むしろ楽しい時間だとすら感じていた。
「あまりにも似ているリシャリ様を……見るのが辛かった」
そんな可愛がっていたラシリア王女が、欲望に塗れた貴族に誘拐され二度と帰ってこなかった。
当時のパウリックの後悔と慟哭は、いかほどだっただろう。
以降、彼は異常なほど平民を嫌い、排斥する性格になったという。
「私は悲劇を繰り返さぬため、強くあろうと決意しました。鍛錬を怠らず、努力を重ねたつもりでした」
「パウリック……」
「ですが私なぞ、井の中の蛙。……何せ自分の娘ほどの歳の平民に、叩きのめされたのですから」
パウリックは王宮騎士として修練を重ね、様々な改革を行った。
さらに次の世代のことを考え、愛娘ポーリィを徹底的にしごき上げた。
パウリックは自身の無力を嫌悪し、努力を重ね、人生をサリパ王国に捧げたのだ。
「国のため駆け抜けた我が人生。そこに後悔はございません。ですが私にも、ささやかで傲慢な夢があったのです」
「夢、ですか」
「それはポーリィが立派になった日、王から賜った国宝剣『ギルデバルド』を、騎士団長の地位と共に譲ることでした」
やがてパウリックは、サリパ王国最強の騎士としてその名を周辺へ轟かせるに至った。
無力な騎士だったパウリックは、ついに王の守護者として君臨したのだ。
そんな彼の自信と名誉は、
『審判さん、どうですか』
『……タケルの勝利です』
田舎から来た規格外の少年タケルに、宝剣ギルデバルドと共に砕かれた。
「とまぁ、それが私が落ち込んでいた理由です。結局のところ、私は強いつもりでいた無力な愚か者だった」
「パウリック……」
「タケルはきっと、優秀な護衛となるでしょう。彼は性根もまっ直ぐで、信じるに足る人間でした。彼がサリパに尽くすのであれば、私が頑張る必要などなかった」
「……」
「ほら、取るに足らぬ話でしょう? 無力さを見せつけられた傲慢な親爺が、凹んでいただけです」
パウリックはそう言って、情けなさそうに笑った。
その顔は決して、嘘をついているように見えなかった。
「だからご安心くだされ。私は決してリシャリ様に対し恨みなど……ないわけでは……いやないですぞ」
「ちょっと言い淀みましたね」
「……申し上げてよいなら、あの器具の名前だけでもなんとかなりませぬか」
そこは本当に、申し訳ない。
「ふむ。確かに宝剣ギルデバルドを砕かれたのは残念ではありますが」
「私の未熟の致すところ。申し訳ありません」
「ですがパウリックの頑張りは、無駄などではありませんわ」
パウリックの老後の夢は、ポーリィを立派に育てて跡取りにすることだったのか。
まぁ確かに、ポーリィさんは期待の若手株。これからどんどん、成長していくだろう。
だが、彼女は既に……。
「パウリック。今回の『龍殺し』は二名だと聞いていますか」
「……ほ?」
「あの場にいたならほとんどの者が、口をそろえてそう言うはずですわ」
今回の龍退治は、タケルがほぼ一人で成し遂げたと広まっているが。
『彼女』の活躍なくしてあり得なかった奇跡だと、数多くの人が目撃していた。
「タケル一人では、龍に勝てませんでした。そんな彼を助け、龍討伐に至らしめたのは、王宮騎士ポーリィの助力があってこそ」
「……我が娘が?」
「まだ本人には伝えていませんが……ポーリィさんも龍殺しの称号を得ることになるでしょう」
パウリックの愛娘、ポーリィである。
本来、龍退治は集団で挑むモノだ。そして成功したら、その全員に『龍殺し』の称号が与えられる。
ならば回復役として参加したポーリィさんも、『龍殺し』とすべきだろう。
「な、なんと。我が娘が、龍殺しに?」
「褒賞としてポーリィさんには、宝剣を与えることになりそうですわ」
龍の討伐なんて、サリパ王国では百年ぶりの快挙だ。
そして龍の死骸から採集された鱗や牙は、強力な武器の素材となる。
……国王はそのうち一振りを、ポーリィに下賜するつもりらしい。
「パウリック。ポーリィさんは自らの戦果で、宝剣を手にするのです」
「オォォォ、オオォ」
「彼女を立派に育てたのは、どこの誰ですか」
その話を聞いたパウリックは、涙しながら破顔した。
彼が手塩にかけて育てたポーリィが戦果を上げ、国に認められたのだ。
「さすがはパウリックの愛娘ですわ。よくぞ、彼女を育ててくれました」
「あ……ありがたき、お言葉……」
「貴方の忠誠により、サリパは救われたのです。誇ってくださいな」
それは、パウリックが今まで国のため尽力した成果といえる。
タケル一人では国は救えなかった。
ポーリィさんがいたからこそ、ひいてはパウリックの尽力があったからこその勝利だ。
「これからも、その力を貸してください。私も、その忠義に応えて見せますから」
「……御意に。御意に」
俺はパウリックに、そう謝意を告げた。彼は黙って、感涙に咽ぶのみであった。
もしかしたら国王は、コレを狙ってパウリックを護衛につけたのかもしれない。
こうしてパウリックと和解し、改めて臣下の絆を深めた後。
「デケン帝国からの、使節団が見えましたぞ!」
「おおー、すぐに向かいますわ」
五日ほど経って、ジャルファ王子の使節団がサリパ王国にやってきた。
俺は慌てて宿を飛び出し、外壁の彼方で歩く漆黒の集団を見つけた。
「出迎えに行きましょう。パウリック、供を」
「御意」
俺も王女だが、デケン帝国からすれば『地方領主の娘』くらいの立場。
王子の機嫌を損ねるわけにはいかない。俺は自ら外まで出向いて、礼を以て王子を出迎た。
「ジャルファ王子の降臨である!!」
やがて数百名の護衛と共に、黒曜石で彩られた豪華絢爛な馬車が門へ近づいてきた。
車を引く馬の毛並みはよく、筋骨ともによく育っている。
俺やパウリックはみな頭を伏せ、ジャルファ王子の言葉を待った。
「サリパ王国の皆様、出迎え、どうもありがとうございます」
やがて馬車が門の外で止まる。
そして金糸を振りまく衣装を纏った、若い男が馬車から姿を見せた。
「おお、そこにおわす美しいお方はもしかして」
俺はこっそり、上目遣いに男の姿を確認した。
そこには物腰柔らかで、甘いマスクの好青年が笑みを浮かべて立っていた。
「どうかこのジャルファに、名前を聞かせてもらえませんか」
「サリパ王国が第二王女、リシャリと申しますわ」
「やはり、そうでしたか。噂にたがわぬ美貌、息を吞む美しさ」
やはり、その好青年こそジャルファ王子だった。
短く整った金髪を揺らし、余裕たっぷりにほほ笑むその様子は、まさに王子様。
「お会いできて光栄ですわ。ジャルファ王子」
「こちらこそ。貴女と出会えた幸運、神に感謝を捧げましょう」
彼と握手に応じると、王子は花が咲いたように笑った。
顔立ちの整った、性格の良さそうな男性だった。
「リシャリ王女殿下。良ければ私の馬車に乗って話をしませんか」
「勿体ないお誘いですわ。喜んで」
彼は俺と挨拶を交わすと、すぐ馬車の中へと誘った。
一応、王子をもてなす宴席を予定していたのだが……。
「出来れば、早く先へ進みたいのです。急かすようで申し訳ありませんが」
「いえ。むしろご配慮に感謝いたしますわ」
戦争の話だし、のんびり宴会している暇はない。
とっとと城まで案内しろってことだな。
「では城までの先導のお役目を、我が忠義の騎士パウリックに頂けませんか」
「おお! そこの勇者はサリパ王国の騎士パウリック様でしたか。これは心強い、お任せいたします」
チラ、と俺はパウリックに目をやった。
彼はコクリと頷き、そのまま騎士団を引き連れ、集団の先頭に立った。
「このような美姫に出迎えていただけるとは、このジャルファ光栄の至りです」
「過分なお言葉ですわ」
「本来ならサリパ料理に舌鼓をうち、会談したいところですが。事態は急を要しますので、このままサリパ城まで突き進みましょう」
王子はそう言ってにこやかに、前進の号令を出した。
キビキビと周囲に命令を出す、理性的な王子という感じだ。
「リシャリ王女、馬車に誘った無礼をお許しください。いろいろと話が聞きたかったのです」
「はい、何でもお聞きくださいまし」
「ありがとう。聞くところによると貴女は、ヤイバン龍退治の瞬間に居合わせたそうだけど」
快活で、優しく、気さくで、ハキハキと話す好青年。
ジャルファ王子の第一印象は、ざっとそんなところであった。
だが彼の近くに座り、面と向かって話をして。俺は正直、ビビり散らかしていた。
「新たな英雄譚に、このジャルファは興味津々でしてね。ぜひ、詳細を聞かせていただけないか」
「ええ、わかりました」
────ジャルファ王子の瞳の奥が、淀んでくすんで何も見えなかったのだ。
俺が今まで社交界で培ってきた『その人物を見通す』感覚が、一切通じなかった。
「どこからお話いたしましょう」
「最初からでお願いします」
おそらく、これは仮面だ。ジャルファ王子は、人の良い快活な王子を演じている。
心の奥底を、綺麗に覆い隠し、見せない。自我を消して、話をしているのだ。
ここまで腹の内が探れない人に、会ったことがない。国王より腹芸うまいぞ、この王子。
「では、私が自ら攫われた時の話でも致しましょうか」
「おお? それは一体、どういうことですか」
俺も表面上は、嬉々として話に応じているが……。
予想外の強敵の登場に、冷や汗が止まらなかった。
何を言ってどう反応しても、全て王子のペルソナに吸収されのれんに腕押し。
「実は────」
コレの機嫌とって、取り入らないといけないの? 俺が?
仮に取り入れたとしても、怖くて結婚したくないんだけど。




