28話「異世界に生まれ変わったというのに、俺は凡人であった」
……そしてタケルと龍の、激闘の後の話。
「というのが、今回のことのあらましですわ」
俺は王宮の最奥、国王の間に呼び出されていた。
そして国王を含めた王族一同に囲まれ、今回の顛末を説明していた。
「生身で龍を狩ったタケルを見て、ヤイバン軍は戦意を喪失し、敗走しました。サリパ王国の勝利ですわ」
「うむ」
「さらにジスター領に隣接する、ヤイバン領『ドラズネスト』の領主を捕らえました。降伏の意思を示しているようで、国王が承認して頂ければ、すぐ併合できますわ」
「うーむ」
タケルが龍を仕留めた後は、大混乱だった。
龍の首を掲げた彼は、『どうする?』みたいな顔でヤイバンの軍勢を睨んだのだ。
そしてタケルが悠然と拳を構えると、ヤイバン軍はパニックを起こし、我先にと逃げ出してしまった。
『……私は、今まで、何のために我慢ヲ。サリパにこんな勇者がいると知っていれば、私ハ』
一方で龍の巫女『メウリーン・ドラズネスト』は放心状態のまま、サリパ軍に無抵抗で捕らえられた。
彼女は捕まると半べそをかきながら、『私が領主だ、好きにしろ』と投降したそうだ。
────あの偉そうな巫女さんが、領主様だったらしい。
「メウリーン様より国王へ手紙を預かっています。ドラズネストは恭順するから領民に手を出さないで欲しいという、嘆願のようですわ」
「お、おお」
「国境には再度の侵攻に備え、タケルとロウガ様に駐屯して頂きました。略奪などはしないよう言いつけていますわ」
「……はー。何とまぁ、国家の危機だったではないか」
俺の報告を聞いた国王は、頭を抱えた。
今回の一件は、放置してたらマジで国が滅んでいたからな。
気づかぬうちに未曽有の危機を切り抜けていたと報告されれば、そんな顔にもなろう。
「ドラズネスト地方とは、どのくらいの大きさか」
「サリパ王国と同じくらいですわ」
「……国王が知らんうちに、国土が倍になっとる……」
ただしドラズネストは、ヤイバンでも人口が少ない領土らしい。
ドラズネスト民は毎年のように、龍に人身御供を捧げていたのだ。
そりゃ人口も減るし、人も寄り付かないだろう。
「人口が多くないならばこそ、ウチの人員で治めやすいかもしれぬな。併合の件、ヤイバンの反応は?」
「納得していないようで、メウリーン様には召喚状が届いているようです。ですが『龍神様が敗れた瞬間に逃げ出す国に、未来はない』と、見限っている様子」
領主メウリーンは、ヤイバンから離反する気マンマンのようだった。
以前よりヤイバンで彼女の扱いは悪く、収入が乏しいため平民のような暮らしをしていたらしい。
しかし彼女はちゃんと領民を愛し、少しでも良くしようと努力していた。
だからジスター領へ交渉し、供物となる民を少しでも減らそうとしたのだ。
そんな人なので、ドラズネスト民はメウリーンを慕っていたという。
『この人攫いの魔女め!』
『何が龍の巫女だ、おぞましい!』
しかし、メウリーンは自領以外の民からは毛嫌いされていた。
彼女は人口を増やすべく、他領から子供を買い取っていたからだ。
貧民は泣く泣く、我が子を売り飛ばしていたという。
その恨みの矛先がメウリーンに向き、罵詈雑言を浴びせていたのだとか。
……よく心折れなかったな、あの巫女さん。
「そんな訳でドラズネストの民は、ヤイバンへの忠誠心が高くないようですの。国に見捨てられていた土地ですもの」
「なるほどな」
「今は、龍退治を成したタケルが信仰対象になりつつあるそうですわ。彼にドラズネスト領の一部を与え、貴族にしていいかもしれません」
「仕官したばかりの平民を、貴族に? ちょっと性急じゃない?」
「いや、功績を考えたら彼は貴族にせねばならん。ロウガ・スピオの推薦があるなら、文句を言うやつはいまい」
今回の戦で、龍を倒したタケルの功績はあまりに大きかった。
貴族の地位は功績によって保証される。士官して間もないとはいえ、龍殺しは貴族になるには十分な戦果だ。
ただしタケルを重用することで、四代前の手柄を奪われるスピオ一族と軋轢が生まれそうだが……。
そのスピオ家嫡男がタケルを褒めちぎり、取り立てるようにと進言している状況だ。
タケルを貴族にするための障害は、ぶっちゃけない。
「それともう一人。ブユルデストの守将ベルカも、その功績を評するべきかと。タケルが到着するまでの1週間、極少勢でヤイバン軍の侵攻を退けた手柄は大きいですわ」
「……あー、リシャリを誘拐したという男か。実際どうなんだ、ソイツは」
「用兵指揮に関しては、サリパでもトップクラスですわ。将来的に、大将軍を任せられる器でしょう」
「また大きく出たなぁ」
ついでにベルカのことも、しっかり売り込んでおく。タケルの活躍に隠れているが、陰のMVPはアイツだ。
俺を誘拐したとはいえ、目論見通りに国軍をブユルデストに呼び寄せ、しかも援軍到着までブユルデストを守り切った。
ちょっとムカつく奴であるが、有能だったことには変わりない。
「タケルが到着するまで龍の相手をしていたブユルデスト警備兵ともども、活躍に見合った報酬を用意すべきですわ」
「わかった。戦功を認めよう」
そしてブユルデスト市民の勇敢さも忘れてはいけない。
龍を相手に逃げずに戦った、その勇気を称えねばならないだろう。
俺には彼らの活躍を報告し、広める義務がある。
「とまぁ、そういう事情でしたので。私の狂言誘拐、お目こぼしいただきたいのですわ♪」
「お前なぁ」
「あの時は時間もなくて、アレが最善と思いましたの」
俺は約束通り、ベルカを庇って狂言誘拐で押し通した。
結果論ではあるが、俺が総大将の戦いでサリパ滅亡の危機を救い、領土まで倍に増やしたのだ。
狂言誘拐を企てた罪くらいは、なんとか恩赦してもらえないかな。
「リシャリよ。本当に、お前の意思でベルカについて行ったのだな」
「はいですわ!」
ベルカがブユルデストを守り抜いた以上、俺も約束を違えない。
たとえお尻を百叩きにされようと、口を割るつもりはない。
それが、誠意である。
「あー、リシャリ?」
「何でしょう、ルゥルゥ姉様」
「その狂言誘拐、どうせ嘘なんでしょ」
「えっ」
そんな自信満々な俺の返答に、ルゥルゥ姉上は呆れた顔で返した。
「いやですわ姉上。どうしてそんなことを?」
「少なくともこの場にいる全員、そう思ってるけど」
よく見れば国王や兄上たちも、同じような顔で俺を見つめている。
えっ、バレてんの? 顔には出してないはずだけど……。
「嘘じゃないです、わよ?」
「リシャリの性格的に、自分でついて行ったと考える方が難しいわ。アンタ、王族の体裁とかメチャクチャ気にするじゃない」
「え、ええ」
「いつもみたいに誘拐されたけど、実行犯を懐柔したって考えた方が自然よ。そんな感じでしょ?」
ルゥルゥ姉上は『あほらしい』とでも言いたげな表情だった。
兄二人の表情も、そんな感じである。
……俺の嘘が、見透かされてる。これが王族の洞察力か……っ!
「え、えーっと。いや、別にその」
「リシャリよ。お前が小さな頃、デケンの貴族に攫われた時があったな」
「え、そんな事件ありましたっけ?」
「あったんだよ! 真っ黒な噂だらけの貴族に、お前が社交パーティ会場から連れ去られたんだよ!」
何それ怖い。全く記憶にない。
俺が知らない間に誘拐されてたとか、そんなことある?
「記憶にないのですが……。誘拐されちゃったなら私、ここにいなくないですか」
「その貴族が、翌朝に詫びを入れてお前を届けに来たからだ! お前に心酔しきった顔で!」
「……あー。もしかして、セルッゾさんのことですの?」
「あいつやばい噂でいっぱいの危険人物だからな!? 闇討ち暗殺何でもござれの、腹真っ黒の極悪貴族! 何でか知らんが、お前に対してだけ誠実だけども!」
え、セルッゾさんってそんな人なの?
確か『愛娘を亡くして寂しい』って嘆いていたから、一晩ほど話を聞いてやった人だよな。
その後は、会うたびにケーキをくれる怖い顔のオジサンとしか思ってなかった。
「リシャリはどの家に投げつけても、懐柔して味方につける外交爆弾だ。だからこそ、どこに嫁がせようか日々迷っておるのだが」
「そんなことは……、いえ、まぁ。懐柔はしましたけど」
「で? 誘拐犯を庇うからには、ベルカは信用できる男なのだろうな?」
国王はちょっと怒り気味で、そう質問を続けた。
どうやら俺の嘘はバレバレで、さっさと腹を割って話せということか。
「……彼のしたことは強引でしたが、ブユルデストを救いたい一心でしでかしたこと。その責任は巡り巡って、王族の不手際ですわ」
「それで?」
「さらに彼は私に暴行しようとした者を止めたりと、悪逆に身を落としませんでした。追い詰められていただけで、根っからの極悪人ではありませんわ」
俺はそう言って、国王を真っすぐ見上げ。
「彼はきっと、この国の役に立ちます。だから生かしておいてください」
「わかったわかった、初めからそう言え。回りくどい」
俺の嘆願を受けて、国王は小さくため息を吐いた。
「大変だったわね、リシャリ」
王族会議が終わった後。
俺はルゥルゥ姉上の私室で、仲よく駄弁っていた。
「まさかアンタが、国を救ってくるとはね」
「……私は誘拐され、ギャーギャー喚いていただけですわ」
「アンタが騒いだから、周りが動いたんでしょ」
俺の狂言誘拐には、お咎めなしということになった。
対外的には国家の危機を救うため、自らを危険に晒してまで民を守った『美談』として広める方針になった。
利用できるものは最大限利用する、それが父の方針だった。
「もしかしたら、アンタが一番王様に向いてるかもね」
「御冗談を。私にはサリオ兄さまのような勇猛さも、ジケイ兄さまのような有能さも、ルゥルゥ姉様のような聡明さもありませんわ」
「愛嬌があるじゃない。王様ってのは自分で仕事せず、信頼できる部下に任せられればいいの」
「うちの国王、ほとんど自分で仕事してますけど」
「ウチの貴族に信頼できる人が、まだ少ないからね」
まだ国内には、汚職に手を染めている貴族は多い。
ジスター伯がヤイバンと密約に至ったのも、サリパを信用しきれなかったからだろう。
彼は許されざることをしたが、そんな決断をさせてしまったのは、王を信じられなかったからだ。
龍についても解決してもらえるという信頼があったなら、今回のような事件は起きなかったはず。
「リシャリ、どうすればその問題を解決できるか分かる?」
「信頼できる、有能な貴族を増やすことですわ」
「そうね、その通り」
ただこれでも数十年前に比べたら、サリパ王国の内情は改善されているらしい。
もともとサリパは地方領の自治性が強く、各貴族が好き放題やっても咎められないでいた。
地方領主の利権が強いせいで、王族の命令すら軽んじられることもあった。
そこに国王は改革のメスを入れ、戸籍を整理し予算帳簿を提出させたことで、汚職や悪逆が暴かれやすくなったのだ。
その成果として、パウリックみたいに信頼できる貴族が増えてきたらしい。
「信頼できる貴族を作って、問題を解決してもらうのが王様の仕事。そう言う意味で、今回のアンタの行動は満点ね。活躍した人たちってみんな、アンタが信頼した騎士なんでしょ?」
「ええ、まあ」
確かに姉上の理屈で行くと、今回俺は何もしていないが、王族の務めを果たしたことになるのか。
……王様って、人材がそろってたら楽な仕事なんだな。
「あ、私の騎士だけではありません。ロウガ様も追撃戦で活躍しましたわ、彼は姉上の騎士では?」
「うげっ。……そっちに話が飛ぶ?」
「彼、なかなかに快男児ではありませんか。私は好感を抱きましたけど」
「そうなんだけどー、そうなんだけどー!」
国は、人が集まって形作られる。
そして王の仕事は、適切に人を見出して、纏め上げること。
「ルゥルゥ姉上、ちゃんと向き合ってくださいまし。好みの問題で彼を遠ざけるのは勿体ないですわ」
「ううううぅぅぅ。でもでも、一発芸と言って服を脱いで、胸の筋肉をピクピクさせ始める男はキツいのよ~」
「まぁ、それはそう」
────せっかく異世界に生まれ変わったというのに、俺は凡人であった。
魔法も平凡、勉学は普通、頭の回転も姉上に負け、体力に至っては幼児以下。
この世界に俺より優れた人間はごまんといるし、俺じゃあいくら努力しても天才には追い付けまい。
「姉上、大切なのは信頼できる人かどうかですわ」
「うー、うー」
「さきほど姉上自身が、そう仰ったではないですか」
だけど王族であるならば、俺自身が優秀である必要はない。
平凡であっても、優秀で信頼できる人を集めれば、良政を敷けるだろう。
「はぁ、本当にアンタには敵わないわね」
「おほほほほほほ」
俺は弱小国とはいえ、王女に転生してしまった。
ならばこの世界で、サリパという国に住む民のために出来ることをやっていこう。
「────本当、アンタが羨ましいわ」
そして皆に、サリパに住んでいて良かったと思ってもらえるよう、努力していきたい。




