27話「文句は言うまいね?」
「うおおおおおおお!!」
「VUEXIIIII!!」
龍の鋭い爪擊で地面が抉れ、根ごと引っこ抜かれた巨木がくるくると宙を舞う。
タケルはその樹を掴み跳躍し、火を吐こうとする龍の口元へ投げ込んだ。
「VAA!!」
投擲された樹は龍の口蓋に突き刺さり、勢いで龍は天を仰いだ。
漏れた火炎は空へ放たれ、両軍を真っ赤に照らしあげた。
「……ぜぇー、……ぜぇー、……ぜぇ」
半日に及ぶ戦闘で、龍の全身はズタボロだった。
右翼はへし折れ血を流し、ところどころ鱗が剥げていた。
顔はところどころ凹み、牙も折れ、右目には樹が突き刺さっている。
「まだ倒れないのか……」
戦いを有利に進めているのは、どうみてもタケルであった。
しかし、疲弊が大きそうなのもまた、タケルであった。
……彼は、龍のタフさを舐めていた。
まさかここまで、頑丈な生き物だとは。
「……」
チラリ、とタケルが背後に目をやった。
遥か後方、ブユルデストの城壁の上で、麗しき王女リシャリが心配そうにタケルを見て祈っていた。
「頑張らないと、ね」
龍との戦いは、何もかもがタケルにとって初体験だった。
彼は今まで一度も、戦いで息を切らしたことなどない。
体力が尽きるまで殴り合いをするなど、考えられなかった。
「痛いなぁ、くそ」
彼の右拳は皮が剥けて、血がダラダラと滴っていた。
鉄より硬い龍の皮膚を殴り続けたせいで、傷だらけになったのだ。
左腕は明後日の方向へ折れ、痛みを我慢してダラりとぶら下げていた。
さきほど龍の爪撃を捌くのに失敗し、叩き折られてしまったのだ。
「情けないなぁ。強さしか取り柄がない僕が、この体たらく」
ご先祖様が龍を倒したとは聞いていた。
だからタケルも、龍くらい倒せると考えていた。
しかし厳密に言うと、彼の曽祖父『愚かな道化』は、龍に勝利したわけではない。
全身傷だらけとなり、息も絶え絶えという状況に追い込んだだけだ。
結局トドメを刺しきれず、龍の死んだふりに騙されてしまった。
その結果、初代スピオ卿に手柄を横取りされてしまい、無念の死を遂げたのだ。
……それは勝利というより、痛み分けという方が正しかった。
「身体って、こんなに重くなるんだな」
手負いの龍は再び尻尾を振るい、石礫を降らせてきた。
石礫は、危険だ。たとえ小石であろうと、タケルの臓器を抉れば致命傷になる。
だから、とっさに距離を取った。
「……?」
タケルは下がって石の雨を避け、様子をうかがうと。
奇妙なことに龍はタケルから視線を外し、ブユルデストの城壁の方を凝視していた。
「よそ見している暇があるのか、邪龍!」
これは好機、とタケルは猛然と龍に突進した。
よそ見した理由は知らないが、今なら確実に一撃を与えられる。
「VOOO」
しかしその龍は、接近してきたタケルには目もくれず。
「VAX!!!」
タケルの一撃を食らうことも覚悟のうえで。
龍はすぐさま『ブユルデストの城壁に向かって』石礫を叩きつけたのだ。
「……あっ」
タケルは急遽、方向を転換して城壁へ駆けた。
長い年月を生きた龍、その思考能力は人間に近い。
「げっ、こっちを狙ってきましたわッ!?」
「リシャリ様ァ!! 城壁の裏に!」
「え、ええ」
龍はタケルが、ブユルデストの方を気にしていて。
中でもひと際美しい王女の方を、よく見ていることに気が付いたのだ。
「────リシャリ様がッ!!」
降り注ぐ無数の石は、王女リシャリの身をも捉えていた。
彼女はとても体の弱い女性だ。
直撃すればもちろん、城壁ごしの振動でもショック死してしまうかもしれない。
「うおおおおおおお!」
タケルは滑り込むように、土煙を上げながらリシャリの前へと到達し。
思い切り地面を蹴り上げて、魔力で固め盾を作った。
「お、おお。タケル、ありがとうございますわ!」
すんでのところで、石礫が城壁に降り注ぐことは阻止された。
タケルが咄嗟に出した盾が、リシャリを守ったのだ。
「……あっ」
「だ、大丈夫です、リシャリ様」
しかし、その代償としてタケルは足を射貫かれ、膝をついていた。
彼はリシャリの盾を作るので手いっぱいで身を守れず、石礫が直撃していたのだ。
「治療班、急いでタケルを────」
「リシャリ様、隠れていてください、二撃目が来ます!」
それを、好機ととらえたのだろう。
龍は間髪入れず、巨大な爆炎を口元に蓄えた。
「ウオオオオッ!!」
龍も必死だった。本気で、タケルを潰そうとしていた。
土の盾も、城壁も、熱で溶かしてしまえと言わんばかりの爆炎だった。
「リシャリ様に、手を出させるものかァ!!」
タケルは足から血飛沫を振り撒いて、火炎の中を全力疾走した。
そして火傷で体躯の前半分を真っ赤にしながらも、背後のリシャリを庇い、龍の顔面を蹴り飛ばした。
「た、タケルっ!」
「あああああああああああ!!」
今の龍炎で、ブユルデストの城壁は溶岩のように溶けていた。
馬鹿魔力を纏っているタケルですら、大火傷を負う熱量だ。
普通の人ならかすっただけで、蒸発してしまうだろう。
今リシャリが無事なのは、浴びるべき火炎をタケルが代わりに受けたからに他ならない。
「治療を受けてください! その体では無茶ですわ!」
「こんな、傷、くらいィィィ!!」
「タケル!!」
だが、タケルは退かなかった。
次に王女を狙われたら、ひとたまりもない。
龍がリシャリを狙い始めた以上、タケルは短期決戦を挑まざるを得なくなったのだ。
「がああああああああ!!」
タケルは半狂乱になって、龍に近づいて殴打した。
龍のどてっ腹に肘打ちを仕掛けたあと、尻尾をへし折ろうと掴んだ。
それは回避や防御などは一切考慮していない、背水の突撃だった。
「|VAAAAAOOOOO!!」
「リシャリ様に手を出すなああああああ!!」
……きっと、龍は。
それを狙っていたのだろう。
「タケルっ!」
タケルの決死の攻撃は、十分な成果を上げた。
彼の渾身の連打により、龍の尻尾は歪んで折れ。
翼は捥がれ、爪はひび割れ、龍は苦しそうに呻いていた。
「VUHHHHH」
「く、そぉ」
だが、タケルの傷はそれ以上だった。
なにせ爆炎の中を突っ走り、石礫を躱さず殴りあったのだ。
全身に傷がない部分はない。
火傷で皮膚はただれ、足は青黒く変色し、体躯はボロ雑巾のようだ。
「すみ、ません。リシャ────」
タケルは、限界だった。
それはかつての、道化の悲劇の再現のように。
彼はドサリ、と力を失って倒れ伏した。
「VAAAAA」
龍は勝ち誇った顔で、そんなタケルを見下ろしている。
どちらも満身創痍、ギリギリの勝負であったが────
もはや一歩も動けぬタケルと、重傷ながら今なお立っている龍。
勝敗は明らかだった。
「ろ、ロウガさん! すぐタケルを救援に!」
「お待ちくださいリシャリ様、いくら我がマッスル精鋭でもそれは」
「タケルが! 彼が殺されてしまいますわ!」
このままでは、タケルが死んでしまう。
俺がタケルに、龍退治をお願いしたばっかりに。
「ベルカ、何とか出来ませんか。タケルを逃がす時間を稼ぐだけでも、どうか」
「……距離が遠すぎるな。気を引くだけなら、何とか────」
「大丈夫です、ご安心くださいリシャリ様」
俺は顔を真っ青に慌てていたが、ロウガ将軍は存外に冷静だった。
この状況で、タケルが負けたらサリパ軍も全滅しうるのに、どうして……。
「私はこの遠征にあたり、王宮騎士団に助力を願いました。それでタケル殿についてきて貰ったのですが」
「え、ええ、タケルなら来るでしょう。ですが、それが何なのです」
「もともと私が同行を依頼したのは、彼ではありません。我が軍は見ての通り男所帯でして」
「それが?」
「リシャリ王女、貴女は誘拐されていたのですぞ?」
そう言うとロウガ将軍は、少しばかり悪戯っぽく笑って、タケルの方を指さした。
「リシャリ様がどのような状態なのか、最悪も想定せねばなりますまい」
「……はぁ」
「なので護衛もこなせ、回復魔法が使える女性騎士を、お借りしたかったのです」
直後、大きな爆発音が戦場に鳴り響く。
つられてタケルの方を見ると、真っ白な煙幕が炊かれていて。
「Vaっ!?」
困惑した龍が、その煙幕を一息に吹き飛ばすと。
いつの間にか、タケルの体はどこぞに消え去っていた。
「あー、もう! 本当にバカ!」
獲物を見失い、混乱している龍。
その僅か数十メートル先の岩影で、一人の少女騎士がタケルに怒鳴り散らしていた。
「任せとけっていうから潜んでたら、死にかけてるんじゃないのよアンタ!」
「め、面目ない」
「うっさい! あの人に良い所を見せたいんでしょ!? もっと気張りなさい!」
少女の放つ温かな光で、勇者の身体が癒えていく。
真っ赤だった体幹の火傷が消え、ズタボロの切り傷は繋がり、綺麗な皮膚が再生されていく。
「で? 腕は動きそう?」
「うん、もうばっちり」
「あっそ」
少女騎士ポーリィは、飛び出したタケルの後を追って走っていて。
龍との戦いが始まってからは、タケルの指示でずっと陰に隠れていたのだ。
「ったく。あとはしっかりやんなさいよ」
「ありがと、ポーリィ」
「私はまた隠れとくから。何回でも治したげるわ、気張りなさい!」
ポーリィは少女と呼べる年齢でありながら、既に国内で最高峰の『回復魔法使い』だ。
彼女は幼いころから、騎士団長パウリックに英才教育を施されていた努力するサラブレッド。
その才気は有名で、タケルがいなければ『次世代最強』と謳われていた。
「……君は、本当に頼りになる。最高のパートナーだよ」
「んなっ!?」
────そんな彼女の治療で、癒えぬ傷はない。
タケルの瞳に、闘志が戻った。
「VA?」
「じゃ、続きと行こうか」
タケルを見失って、困惑していた龍は。
再び目の前に現れた彼の姿を見て、大きく動揺した。
「タイマンじゃなくなってごめんね。でも、先に他の人を巻き込んだのは君の方だ」
「VA、VAAA……」
タケルの服はズタボロのままだ、だがその身体に傷一つない。
高揚した体躯に活力が満ちて、眼は爛々と輝いている。
そして彼の周囲には、チリチリとおぞましいほど魔力が吹き上がっていた。
「文句は言うまいね?」
『傷が回復した』という程度の騒ぎではない。
傲りも油断も消え、ポーリィの発破を受けたタケルは、むしろ強くなっていた。
龍にとって、死ぬ思いで瀕死に追い詰めたラスボスが体力全快し、強化されて戻ってきたのだ。
……ボス第二形態である。
「vaaaaaa……」
龍は、敗北を悟ったのだろう。
ポッキリと心が折れたような情けない声を上げ、ずるすると後退した。
「vao、vao、vao」
「……悪いけど、主命なんだ。君を逃がすわけにはいかない」
やがて龍は、タケルに背を向けて。
折れた足と尻尾を引きずりながら、トカゲのようにクネクネと逃げ出し始めてしまった。
「龍というからには、君も人を食うのだろう?」
「va、vaa」
「弱肉強食なんだ。だったら、僕らが君を狩るのも自然の理」
醜く足掻き、逃げようとする龍に向かってタケルは跳躍した。
そして、手刀を振り抜いた。
「ごめんね」
────風切り音が、戦場に木霊し。
蠢く龍がビクンと、炸裂音と共に大きく跳ねた。
「おお、ぉ。グルデバッハ様」
「あぁ、そんな」
兵士たちのどよめく声の中、鮮烈な紅血が龍の首から噴き出して。
龍の首が、ドサリと地面にずれ落ちる。
「……邪龍、討ち取ったり!」
タケルはその龍の首を、小さな体躯で鷲掴みにして。
ヤイバン軍にもよく見えるよう、その龍頭を高く掲げた。




