24話「どうぞお楽しミください」
戦闘はそれからも、しばらく続いた。
「ヤイバン軍、再び侵攻を開始」
「おう、了解した。すぐに出よう」
しかしベルカの守るブユルデスト城塞は、難攻不落であった。
あの手この手で侵攻を防ぎ、殆ど被害も出さず追い返すことに成功していた。
「敵が奇策を警戒している時は、堅策で追い返す。敵が勢い任せに突っ込んできたなら、奇策を以って翻弄する」
彼はとにかく、相手の裏を掻くことに長けていた。
それも勘ではなく、相手の出方を見てから後だしジャンケンするのだ。
彼は定石外の『奇策』と定石通りの『堅策』の2パターンを用意していた。
奇策が刺さりそうなら奇策を、刺さらなさそうなら堅策を。その場で敵が最も嫌がる指揮をする。
そのやり口は単純ながら、非常に効果的であった。
ヤイバンの指揮官は、さぞやり辛かっただろう。
「このベルカの三十六計、破れるものなら破って見よ」
ベルカという男は、『戦術の百科事典』だった。
彼の両親は傭兵団の首領で、兵法を幼いうちからよく学んでいたという。
この世界には十の計略を纏めた兵法書「兵法十案」なるものが存在し、ベルカもこの本をよく学んだ。
しかし親から『ここに記された計略は、この本を読んだ相手には通じない』と聞かされた為、独自にアレンジを加えた。
やがてベルカが成人する頃には『二十の奇策』と『十六の堅策』、合わせて三十六もの計略を纏めていたという。
「ヤイバン軍、騎馬隊を動かして突撃してきました」
「よし、聖犬部隊に伝達。プランX『地獄の使者』を発動せよ」
「了解!」
ベルカはその策を実践するために、普段から部下に訓練を積ませてきた。
彼は策の成功率が、部隊の訓練度に依存すると良く知っていた。
「ヤイバン軍、餌に食いつきました! 聖犬部隊に突撃してきています」
「よしよし」
ベルカはそれぞれの部隊に『計略』を伝え、それに特化した訓練を課した。
例えば今の聖犬部隊は、さぞ『奇襲の時のように、こそこそ隠れて敵を伺う』動きをしている。
敵に聖犬部隊を発見させることで、囮にするという策だ。
人間の心理は不思議なもので、策を見破ったと思いこんだ時、警戒心はぐっと下がる。
『敵の奇襲に気付けた』という幸運に囚われ、飛びついてしまうのだ。
「弓兵、用意」
「さぁ、囲め」
案の定、こそこそ移動している聖犬部隊を見つけた敵は、喜び勇んで突撃してきたらしい。
ベルカはそこを弓兵で包囲して、矢嵐を降らせてしまった。
「……囮の部隊はどうなりますの」
「聖犬部隊には強固な弓盾を持たせている。味方の合図で身を隠すよう、訓練してある」
「はえー」
ベルカの奇策の一つ一つは、単なる嵌め手だ。
一度使えばそれっきり、初見殺しのものが多い。
そして訓練を積んでいないと失敗してしまいかねない、複雑な手順を必要とする。
奇策と言うのは、前準備が大変なのだ。
「ヤイバン騎馬隊、逃げ惑っています」
「射ろ射ろ、全滅させてしまえ」
だからこそ普通の軍は、嵌め手なんてあまり使わない。
そんな奇策を常日頃から訓練させて、次から次に繰り出すからこそ、ベルカは強いのだ。
奇策を見破られたとして、ベルカは堅実に弓兵や罠を使った通常の防御戦術の指揮も得意。
堅実な防御に、奇想天外な攻撃。
これらを自在に操ることで、ベルカはブユルデストを守り抜いてきたのだ。
「今日も見事な指揮でしたわ、ベルカ」
「これで敵の先行部隊は、ほぼ壊滅させたはずだ」
数日見ていて思ったが、この男、戦が上手すぎる。
ウチの軍のトップであるスピオ卿も、ここまで戦上手ではないはずだ。
というかむしろスピオ一族は脳筋思考で、マッスル is 筋肉な指揮官が多い。
あれ……? もしかしてコイツ、軍を動かしたら国内最強じゃないか?
「もしかしてベルカさんがいれば、援軍とか要らなかったんじゃ」
「期待に応えられず申し訳ないが、ヤイバンの本隊が到着したらキツイ。数の暴力で、捻り潰されるだろう」
「……あ、そうですの」
「それに対ヤイバンで使っていない奇策は、あと十個しか残っていない。いつまでも凌げるとは思えん」
まだ十個も策が残ってんのかい!
「新しい策も検討中だが、部隊に訓練させる時間はない。手持ちの策は、残りそれだけだ」
「なるほどー」
そしてベルカの特徴は、その場の思い付きで軍を動かさない事だった。
奇策を弄するなら、絶対に実行部隊に前もって訓練させるのだという。
どんな人間も、初めてやることは二度目に比べ、成功率は段違いに低いそうだ。
だから適切な訓練メニューを課すことこそ、勝利の秘訣なのだとか。
「だが、援軍が到着するまでの時間くらいは稼げるだろう。後は、正規兵にお任せする」
「お任せあれですわ」
「そもそも自らは、民間で立ち上がった義勇兵。兵がおらず、民だけで戦うことがおかしいのだ」
「……ぐぅの音も出ませんわ!」
それは本当にそう。ジスター伯め、許さん。
「……ベルカ。ヤイバンの本軍が侵攻速度を上げているようだ」
「む、本当か」
「明日には、ブユルデストまで侵攻してきそうです」
「もっとのんびり来ればいいものを。援軍に気付かれたな」
ここ数年、このブユルデストに一人の被害も出なかったのは本当にベルカのお陰のようだ。
コイツの言っていた戦果がホラや見栄ではないことは、ここ数日の指揮でよくわかった。
この男、ただの中二病ではない。
能力が高すぎたせいで自信を持ってしまい、中二病化した悲しきモンスターだ。
「それとサリパ王国軍から、リシャリ様宛に返書が」
「おお、何と書いてある!?」
「総指揮官はスピオ元帥の嫡男、ロウガ・スピオ様です。御命承りました、後はお任せ下さいと」
「おお! ロウガさんが指揮官ですか」
あの脳内マッスルさんが援軍か。いや、そりゃそうか。
ロウガさんは社交パーティに出席してたんだから、すぐ動けるわな。
「……やれやれ」
「何を笑っている、リシャリ」
「ロウガさんの手紙に『狂言誘拐の件は庇えませんので、よく慣れているはずのルゥルゥ様に謝り方を聞いておいてはどうか』と忠言がありました。確かに、姉上に相談しておきましょうかね」
「それは、忠臣だな」
手紙によると、ロウガさんの指揮する軍勢はそれなりの数だ。
ヤイバンの兵力には劣るが、防衛側の利を生かせば守り抜くことは出来るだろう。
「到着は二日後、と」
「ならば一日だけは、自らで耐えねばならんか」
「ですわね。策はありますの?」
「誰に向かって言っている」
ただし、流石にヤイバン本隊がブユルデストに侵攻する日には間に合わないらしい。
つまりあと一日、俺達はここで耐え忍ぶ必要がある。
「最後の一日だ。気合を入れるぞ」
こうなればもう、やるしかない。
俺達は決意も新たに、敵の侵攻を待ち構えた。
「ブユルデストの指揮官や、あるカ!! 話がシタイ!」
ヤイバンの本隊が到着したのは、翌日の正午のころであった。
先遣隊とは比較にならない大部隊が、ブユルデストから見える地平線を覆っていた。
「……敵の使者らしい人が、声を張り上げてますわ」
「降伏でも促すつもりだろう」
なるほど、ベルカの言う通り。これは小細工でどうこうなるレベルではない。
下手したら、百倍は兵力差があるんじゃないか……?
「呼ばれていますし、私が話を聞いてきましょうか」
「いや、自が出よう。リシャリ様に万が一があると、ブユルデストが亡ぶのだろう?」
「……では、任せますわ」
勝利を確信しているのか、ヤイバン軍はすぐに侵攻を始めようとせず。
ローブで身を包んだ女性が一人、交渉の為か近づいてきて声を張り上げた。
「自こそ、ブユルデストの警備隊長ベルカである! 侵略者よ、何の用だ!」
「貴殿らの不義理を弾圧しにキタ! すぐ武器を捨てて許しを請い、偉大なる龍神グルデバッハ様に忠誠を誓うなら恭順を許してヤル」
「侵略者に誓う忠誠などない!」
……向かい合う、使者とベルカ。
これは、おそらく単純な降伏勧告ではない。舌戦を仕掛けられているな。
「古の約定を放棄シ、神を貴ブ義務を怠り、下賤に身をやつした愚か者タチよ。汝らはどうして、神の愛を拒ム」
「何の約定かは知らんが、家族の命を差し出させる神を貴ぶ馬鹿はサリパにいない。無辜の民を侵略するその悪行、邪神と呼ぶにふさわしいではないか!」
舌戦とは、いわゆる戦前のレスバのことだ。
ここで指揮官が言い負かされると、部隊の士気が落ちてやな感じになる。
……こういうのなら得意分野だし、俺が出ても良かったな。
「だが貴様ラの愚かナ判断により、こうして我らが大遠征するに至っタ。貴様ラが愛を受け入れていれば、貴様の故郷は滅ぶことはなかっタのだ。これを愚かと言わず何という」
「おかしいな、いつブユルデストが滅んだのだ? 自の背には、まだ立派な街並みと勇猛な兵がそろって見えるが」
「我らの陣容を見て勝敗を悟れヌこと、これぞ愚か者の証ダろう」
「まだ持っていないモノを、そのうち手に入ると皮算用する者はサリパでは愚か者と扱われる。貴国ではどうだ?」
だが、ベルカは敵の使者に一歩も引くことなく、整然と言い返していた。
……意外とレスバ強いぞ、ベルカのやつ。
「哀れなるモノたちよ、愚かなる無知蒙昧ドモよ。つまり汝らハ、我が神と敵対する意思を示スか」
「貴様らの信仰しているのは神などではない。形なき愚かな悪習だ!」
ただちょっと気になるのは……。
近づいてきた使者女の衣装、なんか少し布面積が少ない気がするってコトかな。
ぶっちゃけ、踊り子のようだ。あれが向こうの外交官の正装なのか?
しかし、えっちな雰囲気というより神聖な印象を受ける。
「もうよい、わかっタ。愚かなる民族ヨ、供物の儀式を理解せぬ蒙昧」
「分かってくれたか、侵略者。礼代わりに、貴様らの大好きな『供物』を、大地に積み上げてやろう」
「……ああ、悲シイ。改めて名乗ろう、我はメウリーン。偉大なるグルデバッハ様を祀る巫女でアル」
そう不思議に思っていたら、向こうの使者は『巫女』だと名乗りだした。
ふむ、つまりは神官みたいな感じか。
「貴様らは神の敵ダ。これより、容赦はセン」
女はそう言うと、踵を返して帰っていった。
……ただ彼女の顔は憤怒というより、哀れんでいるように見えた。
「帰ってきたぞ」
「見事な反論でしたわ。さぞ、兵の士気も高まったでしょう」
「まったく、何がしたかったんだあの女。互いの主張が平行線なことなど、分かり切っていただろうに」
ベルカも微妙な顔で、ブユルデストまで引き返してきた。
まぁ今の論戦で味方の士気が落ちたりしてなさそうだし、気にしなくていいと思うが。
「……まぁいい、切り替えるぞ。水妖精部隊の準備は出来ているか」
「ああ、ベルカ。準備は万端だ」
「敵は目前に詰めてきた。プランZ『水蝶の舞い』、始動せよ」
ベルカは気を取り直して、部下に指示を飛ばし始めた。
俺も水妖精部隊の下に向かい、鼓舞して回ろう。
ベルカの戦略は本物だ。この男を信じれば、きっとブユルデストを守ってくれる。
────そう、思っていた。
「ジスター伯は、まだ聡明だっタ。公平に物事を理解していタ」
策には、劣勢を覆すだけの力がある。
計略には、勝敗を覆す威力がある。
「彼は龍神様を恐れ、敬イ、そして従った。だから我ラは慈悲を以って、ジスター領を保護していタ」
ベルカは天才だ。きっと百倍の軍勢を前にしても、ブユルデストを守り抜くことは出来ただろう。
ソレが人に出来ることならば、最高の効率と知恵を以って達成していたことだろう。
「我らが供物を好ムだと? 馬鹿ナことを言うナ! 我々は数百年、家族を送る時は涙して耐え忍んできタ!」
だけど、ベルカにも限界はある。
彼がいかに天才であろうと、人間であることには変わりがない。
どれだけ頑張っても『人間では成しえない』ことを、可能には出来ないのだ。
────大地を割る雄叫びが、戦場に響き渡る。
────それは暗く、低く、おどろおどろしい泥のような叫び。
「えっ」
「……え?」
俺達はてっきり、ヤイバン人の言う神など『宗教』でしかないと思っていた。
彼らには供物を捧げる文化があり、それを俺達にも強要しているのだと思っていた。
「おい、アレ」
「嘘だろ?」
……違うのだ。
ヤイバンの領土には、本当に神が居て。
ヤイバン人は本当に、人間の遺体を『神』に捧げていた。
「龍神様は、人の肉を好ム。だから毎年、我らハ同胞を龍神に捧げてきた」
「だけど我らノ身内だけを捧げルには、限界が来た。龍神様への供物を、我らヤイバンだけデ賄うなどおかしいじゃないか。そう思った我々はサリパ人に相談シ、供物を要求することとした」
「するとジスター伯は我らノ要求を受け入れ、聖戦と称してブユルデストを攻めることを許しタ。その彼の態度に感心し、我々も本格的ニ侵攻しないでおいたのだ」
その体躯は、重量は、人間の数百倍。
真っ黒に光るその巨体は、鉄をも弾く鱗に囲われていて。
「だが、ジスター伯トの約定を反故にするなら、話ハ別だ」
「これよりサリパ人狩りヲ、解禁する。今後の龍神様へノ供物は全て、愚かなサリパの民で賄おウ」
あり得ないほど大きく、雄々しい翼を広げ。
物語でしか聞いたことがないような『巨龍』が、のっそりと戦場に舞い降りた。
「────龍神様、龍神グルデバッハ様。メウリーンでござイます」
悪寒。恐怖。驚愕。嘔吐。
何もかもが規格外、あり得ない化け物を従えてやってきたヤイバン軍に、俺達は血の気が引いて。
「先ほどの発言の通り、愚かなサリパ人は約定ヲ放棄しました」
「Vuuuu」
一方で先ほどの巫女は、頬を真っ赤に染めて嬉しそうに。
恍惚の表情で、龍の前にひれ伏した。
「どうぞお楽しミください。あそこにいる人間は、全て貴方様へ捧ぐ供物でござイます」
その言葉を聞いた龍は、苛立たし気に飛び上がり。
巨龍の瞳がブユルデストの城塞を捉えた。




