23話「怖いですわ」
その一日後、夕刻。
「ベルカ。ついに、ヤイバンの軍勢がブユルデストに到達した」
「ああ、自にも見えた」
とうとうブユルデストに、敵国ヤイバンの軍勢が迫ってきた。
夕焼けで赤らむ平原に、青色の旗を掲げた軍勢が展開されていた。
「もうそろそろ日が沈む。篝火を準備しろ」
「了解」
遠目にも、その兵力の凄まじさはよくわかった。
大地には虫が湧いたように、旗を持った軍勢が蠢いていた。
「……凄まじい数ですわね」
「兵力差は、軽く十倍はあるだろうな」
「大丈夫なのです?」
「大丈夫じゃないからリシャリ王女を攫ったんだ」
「そうでしたわね」
今までベルカは、地形と城壁を生かして無傷で勝利してきた。
だが彼の戦略をもってしても、十倍の兵力差はひっくり返せないらしい。
「これからは、さすがに死者がゼロとはいかんだろう」
「……そうですか」
「ものすごい数の犠牲が出る。リシャリ王女、そんな兵士たちに何と声をかける」
「そうですわね」
残念ながら俺は、戦闘に参加することはできない。
俺の体力では戦いに参加できないし、軍の指揮もやったことがない。
ここに居るだけの、お飾りの存在だ。
「『私の身は皆と共にある』と伝えましょうか」
「皆と共にある、とは」
「私は、戦に貢献することはできません。ですが、命を懸けることならできましょう」
だが、王族には王族の使い方がある。
それは戦において重要な『士気』を保つ役割だ。
「戦いのために王女が命を懸け、後方に控えている。そんな戦いが他にありましょうか」
「……」
「この戦いはブユルデストだけのものではない。サリパという国を懸けた決戦であると布告しましょう」
ただ陣頭に立って作戦指揮をするだけが、旗頭ではない。
『戦意の高揚』も、大切な仕事である。
「王族を利用する戦いとは、そういうこと。『戦いの意味』を、昇華するのです」
「……」
「この決戦は私が生き残れば、後世に語り継ぎますわ。故に、兵士たちの懸けた命の価値も上がる」
そして王族は、そこにいるだけで大きく士気を高揚できる舞台装置。
権威を持ち、民に愛され、慕われるからこその王族だ。
「この戦いを『決戦』と銘打ち、その一番槍はブユルデスト兵であると言うつもりです」
「悪くない演説だ。それで頼む」
「ええ」
この戦いにおいて俺に出来ることは多くない。
ならばせめて、出来る事は全てやっていこうと思う。
と、いう感じに俺が兵士たちを鼓舞し。
さぁ決戦だ、来るならどっからでも来いと待ち構えていたのだが。
「敵が進軍を止めましたわね。本格的な侵攻は明日、ということでしょうか」
「いや、夜襲を仕掛けてくるだろう」
「そうなのですか」
ヤイバン軍は暗くなる前に進軍を止め、野営の準備を始めていた。
今日は戦わないのかと思ったが、ベルカ曰く夜襲を仕掛けてくるらしい。
「ヤイバン兵は、今まで弓矢にさんざん苦しんだからな。最近は弓を嫌って、夜襲を選ぶようになった」
「なるほど」
どうやらヤイバン兵は、これまでベルカに散々に弄ばれたせいで警戒しているらしい。
視界が悪く弓を使えない深夜に、奇襲してくることが多いようだ。
「夜襲には落とし穴や毒煙など、罠が有効なのだが……。それは前にやったから、足元を警戒して進んでくるだろう」
「じゃあどうするんですの」
「まだ、とっておきの策を残している。ほら、やつらの布陣を見ろ」
現在ヤイバン軍は、西と北の二方向に陣を展開していた。
おそらくこのまま後続と合流し、包囲してくると予想される。
「予想通り、おあつらえ向きの布陣で攻めてきた。初日は楽に勝てるだろう」
「……何をするんです?」
「相手が大軍であれば大軍であるほど効果を発揮する搦手、『地獄の篝火』だ」
「はあ」
「詳細は実行部隊にしか伝えられん、すまんな。ちょっと見ていろ」
ベルカはそう言うと、ニヤっと笑った。
この世界の夜は暗い。
とくに都市の外に街灯なんてものはなく、夜はとにかく視界が悪いのだ。
そんな深夜に、夜襲を仕掛ける場合……。
城壁に灯された『篝火』を、進軍の目印に進軍してくる。
深夜に城壁で焚かれた火は、とても目立つのだ。
だったら篝火なんて焚かなければいいと思うかもしれないが、防衛側に立ってみるとそうもいかない。
何故なら視界が悪いと、『攻撃側があまりに有利』だからだ。
敵の接近に気づきにくくなるし、逃げられやすくもなる。
篝火はデメリットもあるが、防御側が視界を確保できるメリットは大きいのだ。
だから普通は、篝火を用意する……だが。
「砂を被せ! 篝火を消せ!」
「了解」
ベルカも最初こそ、篝火を灯していた。
しかし敵が動いたのを確認し、陣中の篝火を全て消してしまった。
真っ暗闇での、戦闘を望んだのである。
『向こうの火が消えた?』
『どういうことだ』
このベルカの行動に、ヤイバン軍は警戒を強めた。
篝火を消されることは大きな問題ではない。
大まかな方向は分かっているので、道に迷うことはないだろう。
『火が消えたなら、暗闇に乗じて進入しちゃいましょう』
『いや、侮るな。あの敵は小賢しい、何か企んでいるのかもしれん』
しかしヤイバン側の指揮官は、安易に進軍しなかった。
今までのベルカの行動から、奇策を仕掛けてくると読んだのである。
『暗闇に乗じて、敵が奇襲してくるんじゃないか』
『確かに、周囲の偵察を密にしろ』
ヤイバンの指揮官は丁寧に周囲を調べながら、ブユルデストへと進軍していた。
奇襲を受けても対応できるよう、警戒態勢を維持しながら。
『遠くで戦闘音が聞こえています』
『やはり、敵は奇襲を狙っている。警戒を怠るな』
進軍を続けると、離れた場所で怒声と剣戟音が数分ほど鳴り響いた。
それを聞いた指揮官は、警戒心を最大限に強めると……。
『ほ、報告です、味方の兵士が』
『何があった』
やがて大怪我をした一人のヤイバン兵が、息も絶え絶えに転がり込んできた。
『西のリース将軍の兵士だそうで、急いで伝えねばならないことがあると』
『何だ、申してみろ』
『実は……』
そのヤイバン兵が言うには、彼が従軍してきた部隊が同じ『ヤイバン兵』に襲われたのだという。
油断していたリース将軍の部隊は、大混乱に陥ったそうだ。
おそらく、そのヤイバン軍の兵士の声がなまっていたことから、
『敵は、ヤイバン兵の装備を使って偽装し、奇襲を仕掛けてきたようです』
『何と卑劣な!! 戦いを何だと思っている!!』
サリパ軍はヤイバンの兵士に偽装して、奇襲を仕掛けてきたのだろうという話だった。
『よくぞ知らせてくれた。彼を治療してやれ』
『はい』
正々堂々と戦わず、汚く卑怯な手を辞さないサリパ軍。
その悪辣さに、ヤイバン指揮官は激怒した。
『俺にそんな卑劣な手は通じないぞ』
ヤイバンの指揮官は、その兵士の言葉を信じ。
殺意をむき出しに、暗闇を進んでいった。
そして数キロメートルほど進むと、
『おや、どうしてここに』
『おお、友軍ですかな』
進路上いるはずのないヤイバンの部隊と遭遇したのであった。
この夜、ヤイバンは北と西からの二方面攻撃を計画していた。
その進行方向は直角に交わるはずで、ブユルデストの城塞まで友軍とは接触しないはずである。
『ここは貴軍の進路ではないのでは?』
『いえいえ、そちらが間違えているのでは?』
しかもヤイバンの指揮官には、その友軍の所作に違和感があった。
表面上は友好的に接してきているが、明らかに殺意を隠している雰囲気である。
『今だ、かかれ!』
その声は、どこから聞こえてきたのか。
突然に響いたサリパ訛りの号令で、両軍が剣を抜き放った。
『やはり貴様らは!』
『おのれ、ぶっ殺してやる!』
そのサリパ訛りの号令に反応し、殺し合いが始まった。
深夜、薄暗い平原のど真ん中で断末魔の声が木霊した。
『サリパ軍の奇襲だ! サリパ軍は俺たちと同じ服を着ているぞ!』
『騙されるな、殺せ! 殺せ!』
ヤイバン兵は必死に戦い続けた。
誰が味方で誰が敵かもわからぬまま、その戦闘は一時間以上に及んだという。
彼らは目についた人間が敵だと思い込み、倒れるまで剣を振るい続けた。
『……あれ? リース将軍?』
『おや?』
そしてヤイバン軍の互いの指揮官が、ようやく邂逅し。
『ちょ、ちょっと待て』
『しまった、これは』
両軍は今までずっと、同士討ちをしていたことをようやく悟ったのであった。
「……なんでヤイバンの方々は、あんな変な場所に進軍したのですか?」
「ああ。消す前の篝火を、ブユルデストからずらして焚いたのだ」
夜明け間際。
俺は敵に備えて起きていたのに、ヤイバン兵は一人もやってこなかった。
「篝火の位置をずらして焚けば、敵は進軍方向を誤認する。その後、篝火を消したことで敵はブユルデストを完全に見失った」
「は、はあ」
「そこで『サリパ兵がヤイバン兵に変装して奇襲している』と偽報を放ち、同士討ちを仕掛けてみた。……気持ちよいくらい引っかかってくれて、笑いが止まらん」
ベルカは機嫌よさそうに、そう言って笑った。
『獄犬部隊』は工作専門の特殊部隊だそうで、演技派の兵士が所属しているそうだ。
彼らが迫真の演技でヤイバン軍に偽報を仕掛け、同士討ちを誘導したらしい。
「今までも同士討ちを仕掛ける機会はあったし、成功するだろうとは思っていたが」
「今までは使わなかったのですか?」
「同士討ちが最も効力を発揮するのは、敵が大軍の時だ。だから本腰を入れて攻めてくるまで、大事にとっておいたのだ」
「……」
「正々堂々戦えなどと妄言を抜かす敵に、遅れはとらん」
そう言うとベルカは、ガハハと笑った。
ただ策を弄するだけでなく、使うタイミングまで考えているのかコイツ。
「では自らは出撃する。……リシャリ王女、兵士たちに声掛けを頼む」
「え、ええ。今から出撃ですか?」
「ああ、今しかない」
そう言って、城壁の外を見据えて立ち上がった。
「獄犬部隊はまだ、ヤイバン軍に潜んでいる。彼らにもう一仕事やってもらう」
「えっ」
「今度はちゃんと本当に、『ヤイバン兵の装備で偽装して』奇襲を仕掛けてやるのだ。獄犬部隊には潜伏したまま『攻撃するな、また同士討ちが起こっている』と騒いでもらう」
「……」
「さすれば我々だけ、好き放題に敵を殺せるというもの。……敵は弱り目にこそ叩く、これが戦の常道だ」
ベルカはそう言うと、颯爽と軍を率いて出陣し、夜の闇に消えていった。
そして獄犬部隊から貰った位置情報を頼りに奇襲を行い、敵陣で暴れまわったらしい。
俺からは、ブユルデスト付近の平原に火が放たれたのが見えただけだが。
「はーっはっはは! 大勝である!!」
「ベルカお頭の凱旋だ!」
「いいぞー!!」
その後ベルカは鎧を血まみれにして、敵陣から武具を奪い、悠々とブユルデストに戻ってきた。
……そして朝日が照り付けた大地には、目を覆いたくなるほどのヤイバン人の遺体が転がっていた。
「敵は逃げて行った。これで、数日は稼げるぞ」
「いい気味だ」
ヤイバン兵は結局、一晩中ベルカたちに『同士討ち』させられ続けたそうだ。
そのせいで指揮系統もぐちゃぐちゃになり、軍としての体をなさなくなってしまったらしい。
やがてヤイバン兵は陣地を放棄し、後方へと逃げて行ってしまった。
「次の敵はいつ到着する?」
「三日後らしい」
「おお、じゃあ一休みできるな」
数日後にやってくる『後詰』こそが本隊で、今日蹴散らしたのはただの先行部隊らしいが……。
それでも自軍の数倍はある敵を蹴散らし、追い返してしまったのだ。
「にいさん、すごいでしょ」
「怖いですわ」
初戦は紛うことなき、サリパ方の完勝であった。




