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21話「くるしゅうないですわ!」


「リシャリ。にいさまは、この先の家でかいぎしてる」

「ありがとうございますわ」


 俺はルリちゃんを説得し、縄を解いてもらった。


 そして彼女の服を借りて、ベルカたちがいるという『兵舎』へと向かった。


「……おお、なかなか立派ですわ」


 ブユルデストの兵舎はなかなか荘厳な建物だった。


 四角い外壁にはいくつも弓矢が立てかけてあり、市街戦になった際には『最終防衛ライン』として機能するつくりになっている。


 その外門には見張りの兵士も立っていたが、ルリちゃんのおかげで入ることが出来た。



「ベルカ、言われた通りに穴を掘っておいたぜ。篝火の台数も増やしておいた」

「よくやった」


 建物の中に入ると、その最奥に会議室はあった。


 部屋からベルカたちの話し声が漏れており、決戦に向けたブリーフィングをしているようだ。


「思った以上にヤイバンの動きが早いな。それじゃ援軍の到着は、間に合わんだろう」

「おいおい、大丈夫なのか」

「時間稼ぎだけなら可能だ。自らが粘っている間に援軍が到着してくれれば問題はない」


 ベルカは重苦しい口調で、兵士たちにそう説明していた。


 どうやら思った以上に、ヤイバンの侵攻が早いらしい。


「例の策の準備は出来ているな?」

「抜かりない」

「なら大丈夫だ」


 俺は扉の前で、フゥと一息ついた。


 これから、この会議に乗り込んで大立ち回りをせねばならないのだ。


「初日はプランA『地獄の篝火(ヘルファイア)』で敵を翻弄する」

「ふむふむ」

獄犬部隊(ハウンディ)が実行部隊の予定だが、しっかり訓練は積んであるよな」

「ああ、言われた通り」


 小窓から部屋を覗くと、彼らはブユルデストの周辺地図を前に話し込んでいた。


 ……コードネームが飛び交っていて話の内容が分からん。


 ヘルファイアってなんなんだろう。


「あ、そうだベルカ。例の新設部隊(ネオクラフト)の訓練が終わったそうだぞ。もう実戦に投入出来る」

「おお、部隊数が増えるのはありがたい。……使いものになるんだろうな?」

「隊長に神聖騎士(クリアナイト)のヤっさんを据えてる」

「それはいい、ヤっさんなら信頼できる」


 随分と横文字が多い会議だな。


 造語っぽいワードが飛び交っていて、ちょっと何を言ってるのか分からない。


「その部隊の名は……そうだな。新米ということで芽吹き(リグロウス)だ」

「りょーかいです」


 こっそり話を聞いていたら、また部隊に変な名前が付けられていた。


 もしかして格好いいとか思ってやってるのだろうか。


 ベルカめ、さては中二病だな?


「ねぇルリちゃん。ベルカさんの、話している作戦名についてですが」

「どうしたの」

「何であんな変な名前なのかなって」

「盗聴されてもいいようにしてるらしいよ」

「あー」


 そっか、盗聴対策で単語を分かりにくくしてるのか。


 そもそもコードネームって、そういう目的だもんな。


「ちなみに名前を決めたの、ベルカさんです?」

「うん。たぶん」


 少し中二病っぽい気もするが、そこはベルカの趣味なのかね。


 いや、でも軍隊ってそう言うもんか? 格好いい方がテンション上がるし。


 『砂漠の虎』とか『ケルベロス作戦』とか、そっち系の軍事用語って多いもんな。


「にいさんは、そういうとこに結構こだわる」

「へー、ですわ」


 ……よし、気にしないでおくとしよう。


 これから大立ち回りをしなければならんのだ。余計なことを考えている暇はない。


「わたしの決めセリフつくったのもにいさんだよ」

「決め台詞?」


 いったん中二病のことは忘れ、会議でどう立ち回ろうか考えていたら。


 ルリちゃんは、無表情のままポーズを決め、



「────我は、陰に生きる蜘蛛」

「ブッフォォ!!!」


 真顔でそう口走ったので、俺はたまらず噴き出した。



「なにわらってるの」

「言ってた……、そういえば私を攫う時に言ってましたねソレ」


 忘れてた。その台詞、ルリちゃん言ってたわ。


 しまった、完全に油断してた。やっぱり中二病じゃねーか。


 おのれ、ツボに入って笑いが止まらん。


「おい! だれか外に居るのか」

「女の声がするぞ」


 俺の笑い声が、会議室にも響いてしまったらしい。


 中にいた人がドアを開け、俺と目が合って驚いた顔をした。


「何者だ!! ……っと、ルリちゃん?」

「おいーっす。げんきか、みなのしゅう」


 作戦を整理する前に、扉をあけ放たれてしまった。


 いやまぁ、乱入するつもりだったからいいんだけど……。


 よし、もうこうなったらアドリブで立ち回ってやる。


 何とかなれー!!


「……おい。何故貴様がここにいる! どういうことだルリ!」

「あ、にいさん」

「ブフッ……!」


 俺を見たベルカは、憤怒の表情で立ち上がった。


 焦りと動揺が瞳の奥に浮かんでいる。畳みかけるなら今だが……。


 だが、ヤツの顔を見た瞬間、ルリちゃんの台詞がフラッシュバックしてしまった。


 ────我は、陰に生きる蜘蛛。


「あ、あーっはっはっはっは!」

「な、なんだこの女!?」


 真顔のルリちゃんが、面白すぎて駄目だった。


 笑ってはいけないと思えば思うほど、笑いが収まりそうもない。


「あはっはっは。……ふぅ」

「な、なに? 何なのこれ」


 俺は高笑いしたあと、ゆっくり口元を手で隠して呼吸を整えた。


 このままじゃヤベー女と思われてしまう、はやく立ち直らないと。


「……ルリ、どういうことだ」

「これは、その」


 会議場の面々は、俺を困惑して凝視していた。


 いきなり部屋の外で女が高笑いしたのだ、そりゃそうなるだろう。


「初めまして、ブユルデストの皆様! 私はサリパ王国第二王女、リシャリ・サリパールと申しますわ!」

「えっ」

「どうも、ご機嫌麗しゅう!」

「は?」


 笑いが収まったあと、俺は悠々と名乗りを上げて。


 唖然と棒立ちしているベルカの前へと進み、


「そこにいるベルカさんの要請を受け、お忍びでブユルデストの視察に伺いましたわ!!」

「「はああああ!?」」


 にっこり笑って、そう高らかに宣言した。




「────!」

「な、な、な」

「え? ほ、本物の王女様?」


 ベルカの額に、汗がにじんでいた。


 どうして俺が自由に歩いているのか、どうしてそんな事を言いだしたのか。


 まったく理解できていないという顔だ。


「先ほどは笑ってしまい、申し訳ありませんわ。この町の士気の高さ、その頼もしさに嬉しくなってしまいましたの」

「き、きさま、ぐぐ。何を、言いだし────」

「いいんですのよベルカさん! 貴方の気持ちも分かりますが、気遣いは無用ですわ!」


 ベルカが何か口を挟もうとした瞬間。


 俺は声をさらに張り上げて、ベルカの台詞を遮った。


「みな、聞くな。この女は狂人で────」

「もういいと言っているのです! 控えなさいベルカ!」


 再び凄まじい声量で発言を遮って、ベルカを睨みつけた。


 するとベルカは、パクパクと口を開いたまま喋れなくなった。


 こういう論戦では声量がものをいうのだ。


「ベルカさんは私の身分を隠すよう進言しましたが、それは不義理というものでしょう」

「何を言って……」


 ここで俺が会議に乱入してくるのは、ヤツとしても予想外の筈。


 ……ここで畳みかけ、会話の主導権を一気に握る。


「私も『貴方の誘いに乗って』王女としてブユルデストを視察に来たのです。私とブユルデストの民は一蓮托生」

「あ、なんだ? 自の、誘い────」

「貴方の忠誠は認めますが、要らぬ気づかいというものですわ」


 俺はベルカに、優しい笑顔を張り付けたまま。


 慈愛に満ちた顔で、そう労わった。


「……。……っ!」

「そうそう、分かってくれましたかベルカさん」


 俺が何を言いだしたのか。そして何をしようとしているのか。


 ベルカは頭の回転の速い男だ。会話の中でも、きっとすぐ理解してくれるはず。


「ど、どういうことだベルカさん。こ、この人が王女様ってのは本当なのか」

「た、確かに。ボロキレみたいな服を着ているが、立ち居振る舞いが高貴すぎる」

「リシャリ王女と言えば金糸のごとき髪が美しい絶世の美少女と聞くが、この方はまさに……」

「ええ、わたしこそリシャリですわ」


 俺はニヤニヤと笑みを浮かべ、ベルカと相対した。


 そして、俺はルリちゃんに小さく合図を送り、


「う、うん。このひとが、リシャリおうじょ。わたしたちが、つれてきた」

「うおおおお!! ほ、本当にそうなのか」

「なんで王女様がここに!?」

「え、えっと」

「ブユルデストの事件を聞いて、いてもたってもいられなかったのですわ」


 ルリちゃんは打ち合わせ通り、俺が本物だと証明してくれた。


 さて、これでベルカは詰みである。


「ほ、ほ、本当に王女リシャリ様なのでしょうか。では、これはいったい」

「ブユルデストの民を救うためですわ」

「儂らを救う……?」

「平民の直訴だけで、すぐ軍は動かせませんの。その訴えが本物かどうか、調べるのに時間がかかるのです。ですが事態は一刻を争うのでしょう?」

「え、ええ。もう、数日以内に敵は来るみたいで」

「それを聞いた私は、ベルカに『狂言誘拐』を依頼したのですよ」


 そう、これが俺とブユルデストを同時に救うための秘策。


 この誘拐騒動の発端は、俺だったということにするのだ。


「そしたらお父様が、私を取り戻すために軍を動かしてくれましたわ。それが、私がここにいる理由ですの」

「な、なんちゅうことを。そんじゃあ、国王様はさぞお怒りじゃあないですか」

「ご安心を。この王女リシャリの名に懸けて、このブユルデストの民に迷惑はかけないと誓いますわ」


 そもそもベルカにとって、俺を生かすことはリスクしかない。


 たとえ俺が『ジスター伯が黒幕でした』と口裏を合わせると言っても、俺が裏切る可能性を捨てきれまい。


 解放された後で『実は誘拐犯はベルカたちでした』と、俺が発言をひっくり返せばブユルデストはおしまいだ。


 だからきっとベルカは、最後に俺を殺す決断をしたと思う。


「王家の誇りにかけて! このリシャリはブユルデストを救うためだけに、ここにいるのですわ!」

「お、おおおおお!!」


 だが多くの民衆の前で、『俺の狂言誘拐だった』と宣言してしまえば話は別だ。


 民衆の前で宣言したことを、コロコロ撤回するのは王族の信用にかかわる行為。


 ついでに、俺の外交的価値も助かるってもんだ。


 あれこれと理由を付け脱走して、遊びまわる令嬢は少なくない。


 一度脱走を企画した程度なら、社交界でもわりかし許される。


 ちなみにお転婆令嬢の代表格は、うちのルゥルゥ(あねうえ)だ。


 妹が同じことをやったとて、「血筋だねぇ」で済むはず。


「ベルカさんは素晴らしいですわね。ブユルデストを救うため、ここまでできる人間はいませんわ」

「あ、ああ。ベルカは俺達の希望なんだぁ」

「男気も素晴らしい。私を誘拐した罪も一人で背負い、処刑される覚悟だったんですよ」

「な、なんてことを! ベルカが処刑なんざありえん」

「無論ですわ! 私がそんなことをさせるものですか」


 俺が演説をしている間、ベルカはずっと無言だった。


 正確には頬をビクビクしながら、怒りをこらえていた。


 ふふーん。そろそろ王手(チェックメイト)といきますか。


「ベルカさんは私の大切な────騎士ですものね」


 そういって、俺は王女スマイル(プリンセスマイル)(煽り用)を浮かべ。


 優雅にベルカに向けて、手の甲を差し出した。





 ルリちゃんが俺を『王女』だと宣言してしまった時点で、ベルカの退路は断たれていた。


 仮に「これはルリの悪戯なんだ」と誤魔化せたとしても、俺を殺せなくなる。


 後で王女リシャリ失踪の情報が出回れば、絶対にベルカが疑われるからだ。


 『本物の王女はベルカに攫われていたかもしれない』という噂が少しでも立った時点で、もうヤツの策は崩壊した。


「……く、く」

「ふふふ」


 ならば、この俺の提示した『甘い糸』にぶら下がるしかない。


 この一件が『狂言誘拐』だったことにすれば、その罪はかなり軽くなる。


 ヤイバンからの侵攻を防げたら、褒美すら与えられるかもしれない。


 俺は国王(ちちうえ)にしばき回されるだろうが。


「ベルカさん。差し出したこの手の意味、お分かりですわね?」

「……」


 だがその代わり、俺の手の甲を受け入れた瞬間。


 俺とベルカに、明確な『主従関係』が誕生する。


光栄(くぉうえい)です、リシャリ殿下ァ……。このベルカ、あな、貴女に忠誠をォ」

「どうも。これからも変わらぬ忠誠を望みますわ」


 俺の手の甲を見たベルカは、額に青筋を浮かべながら跪いて。


 ワナワナと震えながら、笑顔を張り付けて手の甲にキスをした。


「すごい……平民が王女様に手を許されたぞ」

「流石はベルカ……」

「リシャリ様は聖女じゃ、このブユルデストをただ一人見捨てなかった!」

「リシャリ様、万歳!」


 そうだ。お前は俺に忠誠を誓うしかない。


 この状況になった以上、それが一番の最適解である。


「安心なさい、ブユルデストの民たちよ。この王女リシャリが来たからには、この都市の安全は保障しますわ」

「うおおおお!」

「サリパ王国万歳! リシャリ様万歳!」

「おーっほっほっほ!」


 俺はその場の全員から喝さいを受け、高らかに笑った。


 ……この場で空気が死んでいるのは、彼らの首領であるベルカただ一人だった。


「今夜は宴じゃ! リシャリ様をもてなさねば」

「兵舎で一番良い部屋を掃除しろ、リシャリ様に明け渡すんじゃ」

「くるしゅうないですわ! この私をもてなす暇があれば、作戦を詰めてヤイバンの侵攻に備えなさい!」

「おお、おぉ……。なんと素晴らしい……」


 そのまま俺は、兵舎の指揮官用のお部屋に案内されることとなり。


 豪勢な食事や、清潔な衣類と湯浴みを提供され、やっと王女の扱いを得ることが出来たのだった。


「……クソ狸」

「何か言いまして?」


 俺に最敬礼を取りながら、ベルカは悔し気にそう呟いた。


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