20話「ホギャアアアアアア!!(1週間ぶり2度目)」
「あ、また街が見えてきましたわ」
「あれが目的地だ、王女」
ベルカたちとの旅は、一週間に及んだ。
途中に二度ほど村に立ち寄って食料を買いこみ、俺はルリちゃんと共に馬に揺られ続けた。
「……何か、ものものしいですわね」
「そりゃ、年中戦っている城塞都市だからな」
サリパは小国のため、首都から国境まで七日で移動できてしまう。
裏を返すとヤイバンが侵攻してきたら、一週間で首都に到達できるという訳だ。
まぁ軍の移動は物資輸送も要るので、実際はもうちょい時間はかかるだろうけど。
「長旅ご苦労だったな、王女。後はもう、休んでいればいい」
「そうさせてもらいますわ。野宿ではあまりゆっくり休めませんでしたの」
ヤイバンとの国境『ブユルデスト』は2層のレンガ造りの城壁に囲まれた、堅牢な都市であった。
その外壁には数多の亀裂や石欠けが残っていて、激しい戦闘の跡を思わせた。
「ちなみに私の寝床はちゃんと用意してくれますの? 馬小屋で寝泊まりとかはイヤですわよ」
「人質の分際で何を言ってる」
「私の心証は大事ですわよ~? 戦後に庇ってあげられるかもしれませんわ」
「不要だ。どんな事情があろうと、王女誘拐した時点で処刑は免れん」
「ふーん、割り切ってますのね」
こいつら全員、死ぬ覚悟で誘拐してたんだな。
国王は話が分からん人でもないし、俺が口添えすれば助からんことはないと思うが。
「というか、もうしけいせんこくされてるっぽい」
「え」
「お前のドレスを手土産に声明を届けるとサリパ国王は激怒し、一族郎党根絶やしにしてやると怒鳴り散らしたそうだ」
「……あらまぁ」
うわーお、めっちゃ怒ってる。
国王がそんなに口を荒らげたところ、見たことないぞ。
「やつら、既にブユルデストに軍も向かわせているらしい。行動が迅速で何よりだ」
「……」
「それで、自らが生かしてもらえると思うか」
「無理かも、ですわ」
そうだよなぁ、王女誘拐って重罪だよなぁ。
なんなら下手に俺が庇ったら、余計に激高するまであるな。
変なことされて洗脳されたようにしかみえん。
「でも馬小屋で監禁は嫌ですわー」
「ボロ家だが、自の家に泊めてやる」
「おー、まぁ屋根があるならオッケーですわ」
命を懸ける覚悟を持ってやってるなら、俺から言うべきことはないか。
本当にヤイバンが攻めてきたなら、国を救う行動ではあるが……。
法に照らすとそりゃ死刑だろうし。
「じゃあ王女。ちょっとこっち向け」
「何ですの?」
ベルカの話が事実なら、何とか情状酌量してやれんかな。
そんなことを考えていたら、ベルカは不愛想に俺の前へ猿轡を出した。
「こっから先、お前に発言権はない」
「えっ」
「おーい、自だ。ベルカだ!」
「おお、帰ったかベルカ! 首尾はどうだ」
「上々だ」
再び猿轡をかまされた俺は、ムームーと抗議しながらブユルデストに入った。
結局俺はお喋りさせてもらえないらしい。
「お、なんか新しい女が増えてるな。……猿轡?」
「ああ、作戦上必要だから連れてきた。何かあれば自が責任を取る」
「ベルカの保証なら構わねーよ。じゃ、門を開けるぜ」
ブユルデストの城門に近づくと、衛兵の男が笑顔で話しかけてきた。
ベルカとは顔見知りのようで、親し気に話しかけている。
「それで、国王は援軍を出してくれるって話になったんだな」
「ああ、安心しろ。すぐに援軍を出してくれる」
「よかった、これで安心だ」
……見た感じ、ベルカはかなり慕われているようだ。
コイツのお陰で死者が出なくなったなら、そりゃ慕われるか。
「にしてもよぅ。ルリちゃんがいるんだ、変な奴隷買うのはよくねーぞベルカ!」
「そういうのじゃない。良いからさっさと、中に入れろ」
「へいへい、りょーかい」
ベルカは現状、俺を利用するために誘拐した『敵』だが……。
少なくとも、故郷の人を守りたいって気持ちに偽りはなさそうだ。
……どういう落としどころにしようかなぁ。
「にしてもえらい別嬪な奴隷ちゃんだな」
「むーむむー♪」
衛兵の人は俺を、ちょっと色のこもった目で見ていた。
気持ちいい視線ではないが、王族としてにこやかに手を振って挨拶を返しておく。
口は利けずともコミュニケーションは取れるのだ。
「……なんでこの奴隷ちゃん、陽気に手を振ってんだ?」
「天井知らずのバカなんだ、相手にしないでくれ」
ベルカは、そんな健気な俺を馬鹿呼ばわりした。
……やっぱ庇わないでおこうかな。
ベルカの家は、彼の宣言した通りに小さな汚い一軒家だった。
だがそれは王宮と比較しての話で、ベルカは決して貧乏ではない。
むしろ一軒家を持っているなら、ベルカはブユルデストでは富裕層に入るだろう。
……平民は集合住宅の貸し部屋に、家族でぎゅうぎゅう詰めになって暮らすのが普通なのだ。
「お前は国軍が到着するまで、自の家から一歩も出さん」
「むー?」
「はぁ。ルリ、ちょっとだけ猿轡を取ってやれ」
そして俺はこのベルカとルリちゃんの家に監禁されるようだ。
しかも一歩も外出は許されないという。
俺の人権はどうなっている。まるで誘拐された王女みたいな扱いじゃないか!
「騒いだらマジで殺すからな」
「ぷはぁ。……やっぱりお散歩は駄目ですの?」
「駄目じゃない理由があるか?」
まぁ、人質を自由に散策させる誘拐犯はおらんか。
これも討伐軍がブユルデストに到着するまでの辛抱である、耐えるしかないか。
元をただせば、迂闊に護衛から離れて誘拐された俺が悪い。
「そもそも王女がここにいるとなったら大騒ぎだ」
「やっぱり私を誘拐した件、ブユルデストの人は知りませんの?」
「ああ、自の判断で誘拐した。ブユルデストの民はお前の誘拐に関与していない」
「……でしょうねぇ」
衛兵の態度で察していたが、どうやらブユルデストの人はベルカが『首都に援軍を呼びに行った』としか聞いていなかったらしい。
王女を誘拐してきたとバレると、間違いなくパニックになるそうだ。
「自の身は、後で処刑するなり好きにしろ。今は命令に従ってもらうぞ」
「あーあ、ちょっとくらい街を歩きたかったですわ」
「お前はそろそろ、誘拐されたという自覚を持て」
ベルカはそう言うと、スっと怖い顔になって。
先ほど外してくれた猿轡を、再び手に取った。
「お前は自の家から一歩も出ることを許さん。メシだけは食わせてやるが、それ以外の自由はないと思え」
「私は王女リシャリです、誰か助けてーって叫んだらどうします?」
「即座に殺す。脅しではないぞ? 王女リシャリは『敵に殺された』ことにすればいい」
「うぐぅ」
ヤツはそう言うと、とても意地の悪い顔で、俺に猿轡を巻きつけた。
「生かしてやっているだけ有難く思え」
「むー! むー!」
「自が憎ければ、戦が終わった後に好きなだけ復讐しろ。今のお前は囚われの姫だと言うことを忘れるな」
「むむむむ!」
その後の俺の扱いは、そりゃあ酷いものだった。
下着を剥がれ、家の柱に括り付けられた。
そして『用を足すならここにしろ』と小さな瓶の上に座らされた。
王女どころか、女の子としてすら扱ってもらえてなくない?
「むむむー!!?!?」
「黙れ殺すぞ」
「ムッムッホァイ」
この野郎、仮にも一国の姫に何という扱いを……。
いや、攫われた身だし百歩譲って監禁されるのは理解する。
ただこんな感じで拘束されたら、俺が救出される時にこの恰好を兵士に見られるじゃねーか!
「むーむむ! むーむむ!」
「うるさいうるさい。国軍が来たら解放してやる、それまではおとなしくしてろ」
王女には威厳があるんだ、こんな扱いには断固として抗議する!
そんな意味でベルカを睨みつけたが、ヤツは半笑いで手を振うのみであった。
アイツ、俺を完全に舐めてるな。
「じゃあ、自はやることがあるから。ルリ、ソイツを見張ってろ」
「うん」
上等じゃねぇか。アイツがイキってられるのも国軍が助けに来るまでの話だ。
ベルカという男は、王家というものを軽視ししすぎている節がある。
さっきまで庇ってやろうかと思っていたが……。こうなれば話は別だ。
「ルリ、絶対にソイツを自由にするなよ」
「……うん」
この俺を怒らせたことを後悔させてやる。
監禁はしゃーないが、あられもない姿で拘束して体を動かす権利すら奪うとは非人道的すぎる。
ジュネーヴ条約はどうした! 健康に被害を及ぼすような拘束は禁じられてるんだぞ!
「では自は、街の皆と話してくる。夜には戻る」
「いってらっしゃい」
「ムー!!」
ルリちゃんにそう伝え、颯爽と家を出ていった賊ベルカを。
俺はがるるるる、と唸りながら見送った。
「ムームム! ムームム!」
「……そう、おこらないで。ごめんね、おうじょ」
ヤツが家を出た後も、俺の怒りは中々収まらなかった。
自由に出歩かせてくれるとまでは期待していなかったが、こんな動物のような扱いは我慢ならない。
「むーぅ」
「にいさん、失敗するわけにはいかないって、しんけいしつになってるの」
ムームーとベルカにキレ散らかしていたら、ルリちゃんが申し訳なさそうに身体を拭いてくれた。
……一応、見張り役を女の子にしたのはアイツなりの気遣いなのかね。
「それによけいなことをしたら、にいさんは本当にあなたを殺すとおもう。おとなしくしたほうがいい」
「ムァっ!?」
「わたしは、リシャリがそこまで悪いおうぞくにみえない。だけど、……。でも、殺さなきゃいけない、かも」
そうなんだよなぁ。ベルカのやつ、俺を殺すぞって脅している時の態度が脅しに見えないんだよな。
本気で『殺す』ことも視野に入れてる口ぶりだった。
いくら平民でも、王女殺しはマズすぎる罪だって分かんねぇもんなのかな。
「……ここだけのはなし、だけど。もともと、王女は殺すよていだったの」
「む!?」
「兄さんがかんがえなおして、生かすことになったけど」
ルリちゃんはそう言って、俺を悲しそうな目で見た。
……俺は死んでも構わないとは聞いてたけど、そもそも殺される予定だったの!?
いや、俺を殺して何か得ある? 無駄に罪がでかくなるだけじゃね?
「むーむ?」
「えっとね。もともと、国王さまへのお手紙を拒否されたあとなんだけど────」
俺は額に汗をかきながらルリちゃんに話を聞いてみると、そこにはベルカの驚愕の陰謀が隠されていた。
『国書郵送を拒否されやした、くそったれ』
『ジスター伯の割り印を使ってもダメか』
『代金が足りねぇと』
ベルカは隣の貴族に国書の郵送を依頼した後、すぐブユルデストに戻る予定だったらしい。
ヤイバンの侵攻は間近なので、あまり長い時間ブユルデストを離れたくなかった。
『お頭。中継貴族の郵送部隊になりすまして、王宮に国書を届けるのはどうですか』
『向こうの割印を入手できれば、実行可能だろうな……』
『だったら、わたしがぬすんでくるよ』
『いや。それで援軍を呼べたとしても、進軍中にその貴族と連絡を取られたら、郵送部隊が偽だったとバレる。妙手とは言い難い』
しかし、郵送を拒否されてしまったせいでそのプランは崩れた。
首都から援軍が来なければ、ブユルデストの陥落は確実。
故郷を救うためには、多少強引な手も使う必要があった。
『ベルカが王宮に乗り込んで、直談判するのは?』
『……即断即決で軍を動かしてくれるならアリだが』
『ジスター伯の屋敷にあった密書を持って行って報告すれば』
『ジスター伯は、国王から信用を得ているらしい。ある程度の状況証拠がないと、証拠の偽造を疑われるだろう』
『ヤイバンは来月にでも軍を動かしてくる。すぐに動いて貰えないと、救援が間に合わない』
ベルカはこれまで以上に大軍を相手にする準備を重ね、かつてない程に堅牢な防御陣地を敷いた。
だが食料や物資の関係から、ブユルデストが単独で戦うには限界があった。
ブユルデストを守るためには、首都からの援軍と物資が必須なのだ。
『速攻でほぼ確実に、軍を動かせてもらえる策はあるのか』
『……ないことはない、が』
そこでベルカが提案したのは、
『ジスター伯の命令で王女を誘拐、暗殺するという案がある』
『!』
王女の暗殺という、大胆で残酷な作戦だった。
『筋書きはこうだ。まず────』
ベルカの策は、言ってみればマッチポンプであった。
できるだけ殺しても影響がない王族を拉致し、暗殺。
そして王族の身に付けていた衣服を証拠に、『ジスター伯が裏切って、誘拐した王女を手土産にヤイバンについた』という内容の声明文を王宮に届ける。
激怒した王は、すぐに討伐軍を編成するだろう。この状況を放置すると王の威信にかかわるため、出陣せざるを得ない。
その後、討伐軍がブユルデストに到着する前にベルカたちが出頭し、こう言うのだ。
────ジスター伯が突然にヤイバンに寝返るとお触れを出したので、民衆一同は大混乱しております。
────さらにヤツの王女誘拐の蛮行を知り、いてもたってもいられませんでした。
────我ら一同、義により立ち上がり、ここにジスター伯を討ち取りました。
────さすれば激怒したヤイバン軍が、ブユルデストに迫ってきているのです。どうか救援を。
そう言ってジスター伯の首と、彼の不正の証拠を並べて提示するのである。
『誘拐された王女は既にヤイバンに送られて行方不明、とする。どうだ』
『それは、良いんじゃないか?』
それが、ベルカの出した最初の案だった。
ジスター伯に王女誘拐の罪を着せて軍を引っ張り、ベルカ達はその反対勢力として王に接近する。
……ただしこの方針で行く場合、『誘拐犯はベルカ達』だと知ってしまう王女は絶対に殺さなければならない。
『でもそれだと、罪もない王女を殺すことになるが』
『……自らは故郷を守るためにやれることをやった。それでなお足りないのは、国側の罪だと考えてもいいだろう』
『たしかに、王族の不手際が原因だ。罪がないわけではないか』
その方針に賛同した仲間たちが、俺を王宮から誘拐した。
ベルカたちは自らの故郷と見知らぬ王女を天秤にかけて、故郷を選んだのだ。
「と、いうはなし」
「むぇっ!?」
その話を聞いて、俺は顔が真っ青になった。
そんなことをされれば、こいつらが俺の誘拐の実行犯と証明するのは難しい。
少なくともジスター伯の内通の証拠が本物であれば、ベルカの証言を疑う理由がなくなる。
ほぼ完全犯罪になっていただろう。
「むむー!! むむー!」
「おこらないで。……わたしたちもひっしだった」
俺が死んでも仕方ない、みたいな話が途中で出ていたが……。
むしろ俺を殺すことが必須の作戦じゃないか。
「……でもリシャリを刺そうとしたら、にいさんが『ちょっと待とう』っていいだしたの」
「む?」
「にいさんは、かおをまっさおにして。なんどもなやみつつ、けっきょく────」
『にいさん、うまくさらえたよ』
『じゃあ、殺すか』
拉致された俺は、昏睡した状態でベルカの前に運び出された。
そしてその場でドレスを剥がれ、首を落とされる手はずだった。
『……』
だが。ベルカは剣を持ったまま、躊躇って動けなかった。
王女を殺さなければならないと、理性で分かっていたのに。
『お頭に殺せないなら、俺が代わりにやろうか』
『い、いや。違う、少し考え事をしていた』
誘拐された王女は、年端もいかぬ女の子だ。
それも、大事な妹分であるルリと同い年くらいの若い王女だった。
ベルカはそんな王女を手に掛けることに、酷く悩んだ。
『殺すならいつでも殺せるだろう。少しだけ、生かしておかないか』
『……いきなりどうした、ベルカ』
『ふと、嫌な予感がしたんだ。例えばこの王女が溺愛されていて、惨殺されたと聞いた国王が暴走し、ジスター領を攻め滅ぼしたりしないか、とか』
『たしかに、その危険もあるか』
十分ほど悩んだ後。ベルカはそう言って、俺を殺すのをやめたそうだ。
ベルカは『自らの為に他人の命を奪う行為』、ヤイバンの侵攻に常日頃から激怒していた。
故郷を救う作戦とはいえ、自らの行いをその蛮行と重ねてしまったのかもしれない。
『じゃあどうするんだよ』
『勘違いするな、今は殺さないだけだ。必要ならば殺せばいい』
『ふぅん?』
『コイツは無能で従順な王女らしいし、言いくるめれば騙せるかもしれん』
ベルカはその覚悟の甘さを、自覚はしていたが。
王女リシャリを殺さなくていい『理由』を探し出した。
『もし噂通り、父親に可愛がられていそうな従順で清楚な姫であったなら。王が暴走するリスクを考え、生かして説得する方向で行こう』
『そう上手く行きますかね』
『上手く行かなきゃ殺せばいい。殺すなんていつでもできるが、殺した奴は生き返らせられない』
『違いねぇ』
そしてベルカは王女を簀巻きにして、荷台に乗せて首都の外まで運び出すことにした。
王女と話をして、その内容次第で方針を決めることにした。
『王の反応を見るまでは、生かしておこう』
『まぁ確かにそっちの方が確実か』
『今すぐ焦って殺す必要はないもんな』
こうして王女リシャリは殺されず、ベルカ一行に拉致されることとなった。
しかしベルカには、ひとつだけ心配なことがあった。
だから仲間たちに、くれぐれも忠告した。
『コイツは殺すかもしれない女だ。情にほだされるなよ』
『わかってますよ』
王女と共に旅をする中で、情が移ってしまわないかと。
「と、いうりゆうであなたはいかされてるよ」
「ホギャアアアアアア!!!」
思った以上に俺の命、綱渡りじゃねーか!!?
ベルカの言う通り、マジで生かしてもらってるだけ有難い立場だった!!
「むーむむむ!!?」
「だ、だいじょうぶ。わたしも、あなたをころさないよう、にいさんに頼むから」
ルリちゃんはそう言って、心配げな顔で俺を撫でた。
いや、そんなこと言われても全然安心できないぞ。ベルカの一存で、今夜にでも殺される可能性がある。
ど、どっ……。どうすれば。
「……」
「だからね、リシャリはおとなしくしてくれてたほうが。きっとにいさんも、ほんとうは殺したくないはず────」
考えろ、考えろ。まだ俺は死にたくない。
ここで大騒ぎしても事態は好転しない。クールに、状況を整理しろ。
……待てよ?
「おっオロロロッロロロロ!!」
「わっ!? きょうふでリシャリが吐いた」
あまりの恐怖とストレスで、俺は思わず胃の内容物をぶちまけてしまった。
虹色の液体がリバースしたため、ルリちゃんは慌てて猿轡を取ってくれた。
これは好機。
「えほっえほっ」
「だ、だいじょうぶ? お水飲む?」
「え、ええ。ありがとうございますわ」
ルリちゃんが手渡してくれた水を飲み、一息ついた後。
俺は落ち着いた表情で、ニッコリ彼女に笑いかけた。
「ありがとうございます、ルリちゃん」
「う、うん。じゃあごめんだけど、また猿轡を────」
「それに水臭いじゃありませんの。ベルカさんがそこまでの覚悟でいらっしゃったとは、言ってくれればよかったですのに」
俺は余裕の笑みを崩さないまま。
困惑した顔をしているルリちゃんに、囁くように提案した。
「ルリちゃん。ベルカさんの計画には大きな穴がありますわ。そのままじゃ、大変なことになっていましたわよ?」
「え? ど、どういうこと」
「王族は暗殺対策として『忌敵の鏡』という魔道具を所持していましてね。私が殺された場合、死ぬ間際に私が強く恨んでいた人間の顔が鏡に浮かびますの」
「なっ!?」
「この状況ですと、まぁベルカさんでしょうね」
────もちろん、そんな便利な魔道具はないっ!!!
これは口から出まかせ、嘘八百のハッタリであるが……。
「私が殺されていたら、ベルカさんが犯人だとすぐにバレるでしょう。もし私の暗殺計画が、ブユルデスト全員が共謀していたと考えられたら、街ごと滅ぼされますわよ」
「う、うそ……」
「嘘だと思うなら、好きになさい」
こちとら生まれた時から、ずっと社交パーティで腹芸やってきた人間である。
平民の女の子如きに見破られるような嘘を吐いたりはしない。
「ふぅ、先にお伝えできてよかったですわ。このままだと、誰も幸せにならない結末を迎えたでしょう」
「え、えっと。じゃあどうすれば」
「御安心なさい。誘拐されたとはいえ私は、あなた方を悪くは思っていませんの。王族の不手際もあったようですし、責任も感じていますわ」
俺の嘘を信じたっぽいルリちゃんは、困った顔であわあわしている。
そんな彼女に、
「ベルカも私も助かる方法がある、と言えばどうしますか?」
「えっ?」
「大丈夫、あとは私にお任せください」
俺は優しく、誘い込むように語り掛けた。
「貴方達もブユルデストも、救って差し上げますわ」




