2話「……限界ですわ」
「ほら、ここから先が訓練所ですよ」
「……あわわわ。やっぱり、もう、試験が始まってる」
「そりゃあ仕方ないでしょう」
訓練所に近づくと、魔法の炸裂音や怒声が響いてきた。
実戦形式の訓練が多いので、この辺りはとてもうるさいのである。
「タケルさんは堂々と遅刻して試験に臨むわけですけど、どうするつもりですか」
「土下座をしてでも、試験を受けさせてもらいたい、です」
「貴方に意地悪した試験官が、それを許すと思えませんが」
「僕は、自分の腕には自信があります。なので、きちんとした実力を示せば……」
「そう」
タケルの目には、真っ直ぐな火が灯っていた。
それは若者に有りがちな『無謀な勇気』か、実力に裏打ちされた『根拠ある自信』か。
「では、頑張ってくださいね」
「ありがとう、庭師さん!」
俺はタケルを案内した後、小さく優雅に一礼し。
小さく手を振って、別れたのだった。
「うおおおお! 走れェ!」
タケルが訓練所に入ったことを確認し。
俺は自分の屋敷まで、全力で疾走した。
俺が農夫服で闊歩することを許されているのは、王宮の中庭だけである。
理由は単純、姫様が汚く虫遊びしているなど王家の沽券に関わるからだ。
だから、出来ればタケルの口添えをしについて行きたかったが……。
「この姿を市民に見られたら、私の清楚なイメージがむちゃくちゃですわー!!」
第二王女ともあろう者が、騎士団受験生に農夫姿を見せるのはまずい。
泥まみれの王女が訓練所に乗り込むなど、国の恥さらしも良いところである。
かくして俺はドレスに着替え、出直す必要があったのだ。
「誰か、誰かいらっしゃいませんか?」
「おかえりなさいませ」
屋敷の中にはメイドさんがたくさんいる。
彼女らは全員、それなりの地位の貴族令嬢らしい。
序列の低い貴族令嬢は王宮に捧げられ、メイドになるのだそうだ。
「急ぎの用ですか、リシャリ様」
「着替えたいのです、手伝ってください!」
「御意」
俺は屋敷に戻ったあと、メイドさんにお願いしてドレスに着替えなおした。
王女の服装はかなりゴテゴテで、一人では着られないつくりになっているのだ。
コルセットとかティアラとか、付けるモノが異常に多い。
「……っ」
「何をそんなに焦っているのですか、リシャリ様」
今の試験官が平民嫌いとは聞いていたが、あんな意地悪をするとは知らなかった。
早く訓練所に戻らねば。
そして、タケルを俺専用の護衛にするよう職権乱用せねば。
あの男を手元から逃がすなど、国家的損失である。
多分、あのまま放っておいたらタケルは採用されない。
あの試験官だと能力のある者より、家柄が優先されそうだからだ。
「実はちょっと騎士団に興味が出てきたので、訓練所に向かおうかと」
「ええ!? 珍しい……」
騎士団の試験なんか見に行かなかったから、ここまで選民思想が強いとは知らなかった。
もしかしたら、今までも優秀な人材をゲットし損ねていた可能性があるのか?
だとしたら勿体なさ過ぎるぞサリパ王国。
「では行ってきます!」
「お気をつけて~」
俺はドレスに着替えた後、王女モードの化粧をしてカカカッと走り出した。
この国の王族として、そんな狼藉は見逃すわけにいかない。
だがタケルと別れて、もう三十分は経っている。
果たして、間に合うだろうか。
「ぜええー、ぜえー……」
「息が切れてるじゃないですか、そんなに焦らずに」
走っている途中で、息が切れて倒れ込みそうになる。
運動音痴の俺に、全力疾走は堪えた。
「い、急がないと」
だが、タケルを取り逃がすのはあまりにも惜しい。
ここで頑張れば、ヤベー護衛をゲットできるチャンスなのだ。
「待っていなさいタケル……」
俺は小鹿のようにカクカクと足を震わせながら。
王女モードを維持したまま、俺は訓練所を目指して走り続けた。
時は戻って、王女リシャリと平民タケルが別れた後。
タケルはスゥ、と息を吸って訓練所に足を踏み入れた。
「……」
リシャリに聞いていた通り、騎士団への入団試験はとっくに始まっていた。
魔法適性や体力の測定は終わってしまい、既に実戦試験に差し掛かっているようだ。
「どうか、僕に試験を受けさせてください」
「時間を厳守できないやつに、王宮騎士は務まらない」
タケルが意を決して、試験官に話しかけると。
試験官の貴族はニタニタと笑みを浮かべ、タケルを鼻で笑った。
「ですが貴方が、僕に間違った試験時間を……」
「私にィ、そんなコトを言った覚えは、ナァい」
タケルがどれだけ食い下がっても、試験官の貴族は気にも留めない。
シッシと、野良犬でも払うかのようにタケルに手を振った。
「さっさと帰れ、平民のくっさい匂いで鼻が曲がる」
「……僕はこの日の為に、いろんな、準備を」
「か、え、れ」
試験官はそう言ったきり、タケルのことを無視し始めた。
彼が何を訴えても、馬耳東風で知らんぷり。
「……ったく」
この試験官が、平民嫌いであることは有名だった。
なので事情を知っている者は、タケルに同情的な目を向けていた。
「大会で勝ち上がっただけで、思い違いしおって。馬鹿馬鹿しい」
しかしその試験官は王族に娘を嫁がせた、王の『外戚』である。
その権力に逆らえるだけの騎士団員は、その場には居なかった。
「……っ」
悔しさで唇を噛みながらも、タケルは黙って訓練所の入り口で頭を下げ続けた。
彼は今日の為に、家族や友人からたくさんの祝福を受けてここに来たのだ。
みんなタケルのために、大切なものを手放して、防具や武器を整えてくれていた。
だから、そう簡単に諦めるわけにはいかなかった。
「……怖いんですか、試験官さん」
「あ?」
頭を下げ続け、無視され続け。
らちが明かないと思ったタケルは、とうとう賭けに出た。
「僕はこの中の誰よりも、強い自信があります」
「……何を言い出すかと思えば」
「そんなに俺を試験したくないですか」
タケルはこのまま頭を下げ続けても、何も起きないと悟ったのだ。
「平民に負けるのが、怖いですか」
そして彼は声を震わせながら、試験官を挑発したのだ。
すべては、自分の実力を見てもらうために。
「それは、侮辱罪だなァ」
そのタケルの挑発に、試験官の貴族はようやく反応した。
少しだけ不快そうに、それでいてどこか楽しそうに。
「私が平民に負けるのが怖い、だァ? 平民が私に勝てる要素などどこにもない」
「だったら、僕と……」
「私は、王の親族なのだぞ? その時点で貴様は、何をやっても私に勝てんのだ」
試験官はそう言って、タケルの顔を思い切り殴りつけた。
タケルは抵抗せず、そのままブン殴られた。
「ほうら、貴様は私に手出しできない。私はお前を好きなだけ殴る事が出来る」
「権力を盾にしないと、喧嘩も出来ないのですか」
「権力も力だァ。貴様が喧嘩で筋力を使うように、私も喧嘩で権力を使うゥ」
タケルを殴り飛ばす瞬間、試験官は気持ちの悪い笑みを浮かべた。
それは加虐的で、快楽的で、恍惚とした笑みであった。
「やはり、権力を使わないと勝てないのですか」
「安っぽい挑発だァ、持てる力を使って何が悪いィ」
「……怖いんですね、平民が」
「そんな頭の悪い罵倒で、私を動かせると思ったかァ?」
試験官の男は、そんな生きの良い玩具に向かって嬉しそうに。
「現行犯だ。貴族に対する暴言である、それは平民の弁論権を大きく逸脱している」
そう、宣言をした。
実のところ。
試験官の男は、タケルから罵詈雑言が出てくるのを待ち望んでいたのだろう。
「今すぐその男を捕らえよ。審問は後日、私ィ自ら行ってやろう」
「……!」
「ああ、抵抗するなよォ?」
試験官はタケルに向かって、醜悪な笑みを浮かべ。
「お前の罪次第では、貴様の家族や親族にも罰が及ぶからなァ」
「なっ……」
そう言ってタケルを捕らえる命令を、王宮騎士団に下したのだった。
ああ、またこうなるのか。
騎士団員は、嘆息しながらタケルを包囲した。
実はこれは、この貴族が試験官になってからの毎年の恒例行事であった。
この男は選民意識が強く、優秀な平民を毛嫌いしていた。
だから武術大会で優勝するような平民を、いたぶりたくて仕方がないのだ。
なのでここ数年の武術大会優勝者は、みなこの男に投獄されていたのである。
その事実を、殆どの貴族は知らない。
いや、知ったとしても『平民を虐めるくらいならいいか』と興味を示さない。
自分には関係ない、王の外戚に余計な目を付けられたくない。
そういった考えで、この試験官の暴走は『黙認』され続けてきたのだ。
「さ、その無礼な平民を連行しろォ」
タケルは、実力を示せば何とかなると思っていた。
実際、彼の戦闘能力は群を抜いていた。
「……これが、騎士団のやり方か」
「ああ、うるさいうるさい」
だから、その実力さえ示せば騎士団に入れてもらえるものと信じていた。
しかし、それは飴より甘い夢物語。
「それが貴族のやり方かぁ!!」
「アホな平民ほどよく吠える」
そもそも『平民は下賤』という凝り固まった思想を持つものに。
どんな実力を示しても、無駄でしかなかったのだ。
タケルはほぞを噛んだ。
しかしどれだけ悔しがっても、彼に抵抗することはできない。
一歩間違えれば、家族に危害が及ぶ。
この試験官の男であれば、それくらいやる。
優しい母や、大事な友人を、危険に晒すことなどできない。
「くそったれ!!!」
何の力も持たない平民の絶叫が、その場に木霊した。
「おーっほっほっほ」
「ん?」
その、直後のことである。
「……限界ですわ」
「えっ」
「ゲボゲボゲボォォォォォ!!!」
第二王女リシャリが、吐血しながら訓練所に入ってきたのは。




