19話「へぇ、揺らぎそうなんですか」
「お頭さーん。ベルカさーん」
「どうした、王女」
「そろそろ吐血しますわ~」
ブユルデストの警備隊長、ベルカに拉致されて三日ほど。
俺は無口少女ルリちゃんと同じ馬に乗り、のどかな草原を進んでいた。
「……あともう半刻くらいで村がある。もう少し頑張れんか」
「じゃあ頑張りますわ~」
馬に乗っている間は、俺は限界を知らせる時だけ発言を許可されていた。
ベルカ曰く、いきなり吐血されるのは困るらしい。
「護衛もなしで村を歩けるなんて初めてです。楽しみですわ」
「王女、お前は村に入れないからな」
「えっ」
「……人質を散策させるわけないだろう」
そろそろ休憩が欲しいと告げると村で休憩できることになったが、俺はお留守番らしい。
そんな、せっかくの機会なのに。
「ちょっとくらい村を見て回れませんか? 普段は護衛をつけないと出歩けませんの……」
「くどい。何を言おうが絶対に許可せん」
「人攫いを気にせず散策できる機会なんて、今後訪れるかどうか」
「もう攫われてるんだよお前は!」
王女スマイルでおねだりしても、ベルカお頭は首を縦に振らなかった。
ちっ、そう甘くはないか。
「お前は村の外で、自と一緒に待機だ。余計な行動は許さん」
「ちぇーですわ」
まぁ、もともと無理だろうとは思っていたし仕方ないか。
俺は遠目に広がる田畑を前に、小さくため息を吐いた。
「では王女は自が見張っている。買い出しは任せる」
「了解だ、お頭」
村の入り口に着くと、ベルカはグループを半分に分けた。
お頭やルリちゃんは俺の見張りとして残り、後のメンバーで買い出しにいくことになった。
「猿轡を出せ、縛っておく」
「え、私の口を塞ぐんですの!?」
「馬上は嘔吐するから見逃しているだけだ。貴様と会話するのは危険だからな」
俺は馬と同じように、木々と縄で繋がれた。
そして手足を縛られ、猿轡を噛まされそうになった。
「どうしていけませんの? 残るのはお頭とルリさんだけなのでしょ?」
「貴様は心を惑わす魔女だ。余計なリスクを背負う気はない」
お頭の俺に対する警戒が凄い。ここまで誰かに恐れられたのは、人生で初めてかもしれん。
ちょっといい気分な反面、お喋りできないのはつまらんなぁ。
「へぇ、揺らぎそうなんですか」
「あ?」
よし、ちょっと冒険してみるか。
俺はベルカの器を測ってやろうと、煽ることにした。
この男がどんな人間なのか、知っておいて損はない。
「私は腐っても王女ですわ。外には出せないような王家の内部情報も、ちょっとは持っていましてよ」
「何が言いたい」
「情報源のはずの私の口を、封じないと怖いのでしょう? あなた自身が懐柔されてしまうかもしれないと」
俺は必殺の王女スマイル(煽り用)で、ベルカお頭に笑いかけた。
これはレスバ用の顔で、無礼を働いてきたヤツを相手に煽り返す時に使う。
社交界はニコニコと下手に出ておけばいい訳ではない。王族を舐めるような相手には、毅然と言い返すべき時もある。
「では仕方ありませんわ、私の口を塞ぎなさい」
俺は眉を八の字に、ニヤーっとした笑みを浮かべた。
そして困惑しているベルカお頭に向かって、
「人質の言葉で揺らぐ程度の信念であれば、どうせ貴方の悲願は成りませんわ」
「……!」
盛大な煽りをかました。
「……王女リシャリが従順で御しやすい等と、誰が言ったのか」
「御しやすいですわよ? 少なくとも兄上たちや、ルゥルゥ姉様に比べたらずっと」
俺の煽りは、効果てきめんだった。
お頭はムッとしつつも、俺の口を塞がなかった。
「あんなことを言われたら、お前の口を塞げん。自の信用にかかわる」
「おやおや。揺らがない信念をお持ちでしたら、問題ないのではなくて?」
「……ああそうだな。殺すぞ」
「にいさん、落ち着いて」
更にベルカは苛つきながらも、俺に暴力を振るったりしなかった。
彼は煽りに弱いが、短気というほどではないらしい。
「それで。そこまで言ったからには情報を吐いてもらうぞ王女リシャリ」
「情報……ですか?」
「お前が持っているという王家の情報だ。知ってることを全部吐け」
「何を聞きたいのか質問してもらえませんと。自由でいいなら、私や姉上の趣味の話ばっかりになりますわよ?」
ぶっちゃけ俺は、国外に出せない極秘情報の類なんて殆ど持っていない。だから何を聞かれても問題ない。
しいて言うならジュウギの蒸気機関の件と、本当の長女であるラシリア王女誘拐の件くらいか。
「……ジスター伯について、王家ではどういう扱いになっている」
「戦上手な頼もしい貴族。彼に国境を任せておけば安心ですわ」
「はっ、一度たりとも勝ったことがないのにか?」
まぁ俺らはずっとジスター伯が追い返していたって聞いてたしな。
毎年そこそこ被害を出しつつも、大国の軍を追い返し続けたらそういう評価になる。
「ヤイバンと停戦したり、戦争を避けるような交渉はしているのか」
「あ~……、すみませんが知りませんわ。ただ、デケン帝国との同盟の都合上、停戦は難しいかと」
「では、ヤイバンへの侵攻予定は。帝国の軍を借りて、ヤイバンを滅ぼすことはできないのか」
「そっちは交渉しているはずですわ。ですがデケン帝国さんは気が乗らないようで、予定は立ってませんの」
「クソったれ」
ぶっちゃけヤイバンとの小競り合いには、国王も頭を痛めているのだが……。
サリパ単独での戦争は厳しく、同盟相手であるデケン帝国の力添えが必要だ。
しかしデケン帝国は東西南北に敵がいるらしく、ヤイバンだけに構っていられない様子。
「連中の宗教には付き合いきれん、何とかしろ」
「……と、仰られても」
「民を守るのは国の務めだろう」
「国王も、出来ることはやっているはずですわ」
「出来てないことが多すぎる」
ブユルデストの民からすれば、ヤイバンの侵攻は生死にかかわる問題だ。
家族の遺体を謎の神に捧げられるなど、身の毛もよだつ話だろう。
「私達だって……」
「ジスター伯の内通に気付き処罰し、ちゃんとブユルデストに防衛戦力を送っていたら、こうはなっていない」
「……むー」
「辺境の裏切者を戦上手と称え、兵も送らぬなど笑止千万。このままだと国が滅びていたんだぞ」
「ぐぅ」
ジスター伯が本当に裏切者ならば、確かに国の責任かもしれない。
でも辺境で起きていることを知るのって難しいんだよなぁ。
「ジスター伯の内通は、確実なのですわね?」
「ああ、ルリがその耳で聞いた」
「うん。ジスター伯のおやしきできいたよ」
「その時の話を聞いても良いですか?」
ルリちゃんがお屋敷で聞いた話の、信ぴょう性も確かめておくか。
……何かの勘違いだったりしたら目も当てられない。
「うん。ジスター伯がブユルデストの罠をこわしちゃったあと、わたしはメイド姿でおやしきに入りこんだの」
「ルリちゃん、潜入が上手いですわねぇ。王宮にしろ貴族の屋敷にしろ、簡単に忍び込めないはずですが」
「そこはルリの特技だな。おい、見せてやれ」
ベルカがそう言うと、ルリちゃんはコクンと頷いて。
そして、その場でスゥと小さく息を吐いた。
「王女。ルリをよく見ておけ」
「はぁ」
何だ? 何をしようというのだ。
俺は言われた通り、ジっとルリちゃんを見つめ続け……。
「じゃあ王女。次は俺の目を見ろ」
「……?」
今度はベルカの目を見ろと言われたので、そっちに視線を移す。
俺は何をやらされているんだろう。
「はい、じゃあルリはどこに行った?」
「えっ」
そうベルカに言われて、気がついた。
さっきまでそこにいたルリちゃんの姿が、どこにも見えなくなっていた。
「えっ、あれ?」
「本当にすごいだろう。これが彼女の特技だ」
俺はさっきまでずっと、ルリちゃんを注視していた。
声をかけられてほんの数秒、俺はベルカの目を見ただけだ。
え、透明化の魔法でも使った? そんな魔法ある?
「消えましたわ。姿を消せるのですか、あの娘」
「いや、ルリはそこにいる。……見えないのではなく、認識しにくくしたんだ」
そういうとベルカは、スっと馬の方を指さした。
「ほら、あそこ」
「……おお?」
ベルカに指さされた方向に目をやってみれば。
さも当然のようにルリちゃんは、馬の身体を布で拭いていた。
────視界には映っていたのに、俺にはそれがルリちゃんだと認識できなかった。
それは『登場人物』が『背景の一部』に切り替わってしまったような感覚。
「ルリは感情が希薄な女だ。……家族を殺されたトラウマによって、感情が鈍磨してしまった」
「……それは」
「今、ルリに一切の思考も感情もない。無機物のように、ただそこにあるだけ。だから目立たず、見失う」
一切の思考も感情もなく、行動が出来る少女ルリ。
だからまるで無機物のように、他人から知覚されずに済むという。
「……感情がないだけで、認識できなくなるものですの?」
「人間は無機物を、重要なものと認識しにくい。そして感情なく動くルリは、無機物に近く感じる。潜入においてはそれで十分さ」
「そういうものでしょうか」
いやー……その理屈だけでこの怪現象を説明されるとモヤモヤするぞ。
何か魔法使ってるんじゃないの? 俺に伏せてるだけで。
「というかこんな特技があるなら、潜入工作やり放題ですわね」
「そこまで万能ではないぞ? ちゃんと相手から見えているからな」
「そうですの?」
「妙な行動をすれば、ルリといえど大目立ちする。裸で街を歩くとか」
「そりゃそうですわ」
「だが『そこに居ることが不自然でない衣装』であれば、誰もルリに気付けない。社交パーティで令嬢の服を纏っている場合、完全に背景に溶け込むだろう」
要は、ものすごく影が薄くなれる能力ってだけか。
……そこまで万能な隠密スキルというわけではないのか。
「そんな訳で、ルリにはいつも潜入を任せている。彼女に忍び込めない場所は存在しない」
「まぁ、納得しましたわ」
「おい、もういいぞルリ。戻って来い」
「……はーい」
だとしてもこの能力、諜報員としてかなりの有用スキルなのでは。
つまり、昏倒した俺を王宮の外まで運んだのもルリちゃんでしょ?
賊が王女を運んでて気づかれないのってどういうことだよ。
「こうやってルリが、ジスター伯がヤイバンの役人と話しているのを聞いたって訳だ」
「ルリちゃんが騙されている、ないし買収されている可能性は」
「ない、アイツは自の命令通りにしか動かん」
彼女が超一流の諜報員であることは理解した。
だが、だからと言って彼女がベルカを裏切っていないとは限らない。
他の貴族の謀略に巻き込まれ、買収された可能性は……。
「言っただろう、アイツは感情が希薄だ。……親を殺されて以来、心を閉じてしまっている」
「それで?」
「それ以降、アイツは自分から行動をしなくなった。自の命令に従うだけだ」
ベルカは、ルリちゃんがどうしてこうなったかを語った。
『ルリ。お前、どうしてここにいる?』
『……ベルカ』
三年前、ベルカが親を失った戦いの三日後。
ベルカは幼馴染の少女ルリを、薄暗い小屋の中で見つけた。
頬もこけやせ細った少女は、誰もいなくなった家屋の中で隠れて生きていた。
『パパが、ここに隠れてろって』
『そうか、それで無事だったのか。だがどうして今まで出てこなかった』
『出てこいといわれなかったから』
家の中には、僅かに硬いパンや水が遺されていた。
しかし少女が、それに手を付けた気配はなかった。
『どうして、水も飯も食べなかった』
『……パパにたべろといわれなかった』
少女の顔に悲壮感はない。
ただ無感情に、実父から命じられた『隠れろ』という言葉だけに従っていた。
『今すぐに飯を食え。水もだ、ゆっくりと飲め』
『わかった』
ベルカとルリは家も近く、旧知の仲だった。
ルリは快活な少女で、小さい頃はよくごっこ遊びに付き合わされたものだ。
そんな間柄だったからか、ベルカの命令にルリはおとなしく従った。
『ありがとう。じゃあわたしは、また家でパパとママを待つ』
『……お前のご両親は、もういなくなった。もう戻ってこない』
ベルカの両親と同様、ルリの両親も戦いに出て、命を落としていた。
ルリがいつまで待とうと、親と再会することはできない。
そう伝えたが、ルリはきょとんとベルカを見上げるばかりだった。
『じゃあベルカ。わたしはどうしたらいい』
死ぬ。このまま放っておいたら、ルリは餓死するまで家に引きこもっているだろう。
だからベルカはルリに、そっと手を差し伸べた。
『……これからは自に従え』
『わかった』
そして、ベルカはルリを引き取って育てることにした。
……かつて快活だった少女の、笑顔が戻ることを祈って。
「と、いう話だ」
「なるほど」
そうか……。ルリちゃんも戦で両親を失っていたのか。
それで感情が希薄になったのね。
「そんな娘を危険な潜入役に?」
「ルリを危険に晒したくはないのだがな。……アイツの諜報能力が高すぎて、頼ってしまっている」
「ははぁ」
「それに今は、ブユルデスト存亡の危機だ。使えるものは全部使う」
まぁ、確かにあの能力があれば潜入役になるわなぁ。
王家の諜報員にもいないんじゃないか、あんな能力者。
「貴様ら王族がちゃんとしていたら、ルリの親は死んでいなかったかもしれん。……どう思う」
「……むむ」
そりゃあ……。そうだよな、異国の侵略から民を守れてないなら、国の責任だよなぁ。
領地を任せた貴族が敵と内通して、領民売ってたんだもんな。
ベルカたちが王族にトゲトゲしいのも仕方ないか。
「その言葉、謹んで肯定しますわ。その話が事実なら、まぎれもなく王家の責任でしょう」
「……ああ、そうだ」
「少なくともこのリシャリは、そう考えますわ」
王宮で暮らしていた俺は、外のことなんか何も分からなかった。
俺はただ王女として他国に嫁ぎ、外交の駒になることが使命と思っていたが……。
その前に、やるべきことがあるかもしれん。
「ただ一つ、聞いておきたいことが」
「何だ」
俺の返答を聞いたベルカは、何とも言えぬ微妙な顔をした。
そんな言葉が返ってくるとは思わなかった、というような顔だ。
もっと高慢な返答が返ってくるとでも思っていたのかもしれん。
「今の話を聞く感じ、ベルカさんとルリさんはご兄妹ではないのですわよね?」
「ああ」
「……ではなんで、兄さんって呼ばせてるんですの?」
ただ、どうしても気になったのでソコだけ聞いてみた。
ルリちゃんが自発的に行動しないのであれば、あの『兄さん』呼びはベルカの趣味ということになる。
年下の女の子にそう呼ばせているなら、ベルカはかなりきっしょい。
「そ、それは理由があるんだ。アイツを引き取ってからというもの、周りの人間がルリを自の妻扱いするというか」
「……はあ」
「自はルリに手を出すつもりはない。なので周囲から誤解されぬよう、兄と呼ぶよう命じただけだ」
ベルカはしどろもどろになって、ルリちゃんの件を弁明した。
その慌てた態度、逆に怪しく思えるぞ。
「……女の子にそう呼ばれるのが好きなのです?」
「違う! 断じて、そのような」
「でもいきなり、知人の女の子に『兄さん』呼ばわりさせるのは、ちょっと気色悪い……」
「や、やめろォ!」
いや、分からんことはないぞ。
そうだよね、誰だって年下の女の子に『兄さん』とか言われて慕われたいよね。
そうかそうか。つまりベルカは、そう言う性癖なんだね。
「にいさんは、きしょくないよ」
「え、はぁ」
「きしょくない」
「ふむ」
……俺がベルカを虐めていたら、当のルリちゃん本人が割って入った。
ほう、なるほど?
「ではそういう事にしておきますわ~」
「うん」
今、ルリちゃんは自分から口をはさんできたな。
彼女は全くの無感情という訳ではなく、ある程度は自分の意思でベルカに従っているのかね。
兄さん呼びも、彼女の意思なのだろうか。




