18話「あ、アレは嘘ですわ」
「さすがにヤイバンという国は知ってるよな?」
「ええ。サリパの敵対国ですわね」
ヤイバンはサリパ王国の西に位置する、大きな国だ。
ただ彼らの文化水準は高くなく、未だ魔道具も十分に普及していないらしい。
……まぁサリパ王国も、デケン帝国から技術供与がなければ、同じくらいだったっぽいが。
「では、ヤイバンの狂った文化は知っているか」
「供物文化があると聞いたことがありますわ」
「ああ。ヤツらは死後は神に捧げられることを名誉と信じている」
そして特筆すべきは、彼らの宗教観だ。
彼らは遺体をすぐ埋葬せず、祭りのときまで取っておいて、合同葬儀を行っていると聞く。
どうやら死んだ人間は、神へ捧げるべきという文化らしい。
それだけなら特に問題はないのだが……。
「奴らは『供物が足りないと災いが起きる』と思っていて、祭りの時期になると攻めてくるんだ」
「……ですってね」
「奴等、死体を増やすためだけにブユルデストを襲ってるんだぞ。『聖戦』なんて呼び名で」
「狂ってますわねぇ」
ヤイバン人は供物が少ないと、神罰を恐れて戦いを仕掛けてくるのだ。
敵味方の死体を集め、神に捧げるために。
「ジスター伯の軍も応戦したが、ヤイバンの圧倒的な兵力に成す術がなかった。惨敗し続け、今や兵力の殆どを失った」
「……その話は聞いていませんわね。ジスター伯は連戦連勝、負け知らずとしか」
「恥ずかしくて、本土に報告できなかったんだろう。貴族にとって、名誉は重要なのだろう?」
いくらなんでも、負け戦を報告せず隠すだろうか?
……いや、サリパの貴族ならその可能性もあり得るか。
「なら、軍を失ったブユルデストはどうやってヤイバンと戦い続けたんですか?」
「ブユルデストの市民で話し合い、自らを守るために警備隊を組織した」
「なるほど、要は自警団ですわね」
ジスター伯の兵がいなくなった後、ブユルデスト市民は自ら軍を組織したらしい。
彼らにとってヤイバンの侵攻は死活問題だ、まぁそういう流れになるだろう。
「つまり正規兵が壊滅し、市民だけで抵抗を続けていると」
「ああ、そうだ」
「そんな状況なら、ジスター領がヤイバンに併合されていないとおかしいのでは?」
「だから、さっきの話だ。内通してるんだよ」
「そこを詳しく聞きたいですわ」
ヤイバンが毎年のようにブユルデストへ攻めてくるということは、俺たちも聞いていた。
ジスター伯が勇敢に戦い、追い返したと報告を受けている。
しかし実態はブユルデストの正規軍が壊滅し、僅かな市民兵のみが抵抗している状況だ。
なんで併合されていないんだ?
「今やジスター伯は、ブユルデストを守っていない。ジスター伯は、戦いを傍観している」
「そんなバカなことがありますか、なおさら併合されていないとおかしいじゃないですの」
領主にとって領民は財産だ、民を守らければ税収が減るだけだ。
戦いを傍観するなど、財産が奪われているのに指をくわえて見ているのと同じ。
もしジスター伯がヤイバンと内通しているなら、併合してもらって領民を守ろうとするはず。
「ヤイバン人が『遺体さえ持ち帰れば満足する』と知ったジスター伯が、交渉を行ったんだ」
「それは、どのような?」
「ブユルデストの防衛を放棄し、戦いでできた遺体の持ち帰りは見逃す。有事には寝返り、ともにサリパに牙を剥く。その代わりブユルデスト以外の都市……ジスターの住む街には来ないでくれという内容だ」
「あぁ」
……うわ。
つまりジスター伯は見栄のため敗戦を隠し、敵国と共謀して領民を見殺しにしてやがったのか。
これが事実なら、一瞬で滅ぼされるぞサリパ王国。
「そんな事情を知らなかったブユルデストの民は、ヤイバンと戦い続けた。自の両親は傭兵で、指揮官として警備隊を率いていた。三年前、ヤイバン人に殺されたがな」
「……」
「行ってらっしゃいと手を振ったのが親との最期の別れだった。遺体は持ち去られ、死に顔すら見れなかった」
ブユルデストは警備隊を組織したあとも、何度も侵攻にあい、多くの命が奪われた。
ヤイバン人が供物を求めて、ブユルデスト民を殺して回ったのだ。
「親を殺されてからは自が、警備隊長を引き継いだ。そして、民を率いて戦った」
「そのことを、国に報告はしなかったんですの」
「ジスター伯にはずっと援軍を要請し続けた。だが、『他の地区の防御もあるので難しい』と却下された」
「ブユルデスト以外の都市で、戦闘があった報告は受けてませんわ」
ベルカ達も、ちゃんと領主であるジスター伯に応援を要請し続けていたらしい。
……そのジスター伯が裏切っていたので、俺たち王族に伝わらなかったのだ。
「仕方がないから自らは、民だけで戦い続けた。だがブユルデストの人口は減っており、民兵の補充も難しくなってきた」
「そうでしょうね」
「だから自の代からは戦い方を変え、被害を減らそうと『飛び道具や罠』を軸にした防衛戦術に切り替えた」
信じたくない話だが、この男の語り口に嘘をついている様子はない。
それでベルカは、国や王族に恨みを持っているのか。
「これが功を奏し、一昨年からブユルデストの死者はゼロになった。完勝だ」
「いや凄いですわね!?」
ちょっと待て。
死者ゼロ!? サリパの数倍規模の敵に攻められて、死者ゼロってどういうこと!?
「ヤイバン人なぞ、所詮は未開の土人。軍略を以て臨めば、恐るるに足らん」
「え、いや、それは凄いですわね。……死者ゼロ!?」
「にいさん、がんばった」
「ど、努力で何とかなる戦果ですかソレ」
年に数回ほど攻めてくるヤイバン人の大軍を、毎回無傷で追い返してるってこと?
……盛ってる気配とか嘘ついてる気配がないな。本気で言ってるのコレ?
「じゃ、じゃあもうヤイバンの襲撃など怖くないのでは」
「そうだとよかったんだがな」
しれっと説明してるけど、コイツ滅茶苦茶ヤバい指揮官じゃないか。
市民だけで正規軍に完勝って、ちょっと何言ってるのか分からんぞ。
「今年は襲撃の前に、ジスター伯がブユルデストにやってきて、『櫓は景観が悪い』『落とし穴は旅人を危険に晒す』などと言い、戦の準備をめちゃくちゃにしおったのだ。しかも『縁起が悪いから飛び道具を使うな』と、弓を破棄するよう命じてきた」
「え、えぇ……」
「言っただろう、ジスター伯はヤイバンと密約を交わしていたと」
お頭はそう言うと、苦々しい顔で俺を睨みつけた。
いや、意味が分からんぞジスター伯。どうして、そんな……。
領民を守れるなら、守った方が良いじゃないか。
「ブユルデストが『聖戦』を受け入れるなら、ヤイバンはそれ以上侵略をしない。そして本格的に開戦となれば、ジスター伯はヤイバンに寝返る。それが、ヤイバンとジスター伯の交わした密約だと話しただろう」
「……ああ」
「流石に行動が意味不明だったので、ルリをジスター伯の屋敷に忍び込ませたのだ。そして『戦い方が姑息だ、正々堂々戦え』と、ヤイバンの役人に苦情を言われた場面に出くわした」
「……」
「ヤイバンの役人は、『正々堂々戦わないなら実力行使に出るぞ』とジスター伯を脅していたそうだ。……ヤイバンは自らとの戦いを、スポーツ感覚で楽しんでいたのだ」
それが事実であれば、ジスター伯の所業はまごうことなく外患誘致である。
一族郎党処刑されても文句言えない大罪だ。
ち、ちょっと俺の手に余る案件になってきたな。
「だが、そんな事情は知らん。自はジスター伯の『飛び道具を使わず戦え』という命令を無視し、今年も罠で嵌め殺してやった」
「……それで?」
「そしたら、ジスター伯が激怒してブユルデストに乗り込んできたよ。二年間負け続けたことに激怒して、密約を放棄され本格的に侵攻されることとなったと」
「え、えぇ」
待て待て待て待て。ヤイバンが本格的に侵攻してくるって、そういう背景で!?
「ジスター伯は『貴様らのせいでヤイバンが攻めてくる、ほどほどに負けてやるのが世渡りのコツだ』などと妄言を吐き、怒鳴り散らした。そして『ヤイバンの怒りを治めるため、警備隊の全員の首を差し出せ』と市民に迫った。『命が欲しくば警備隊を生贄に捧げろ』とな」
「そ、それで?」
「ヤツのいう『ほどほどに負ける』とは、家族を殺され死体すら戻ってこないことを意味する。馬鹿にするのも大概にしろとブユルデスト市民が激怒し、ジスター伯を嬲り殺した。だから今、ブユルデストに領主は不在だ」
「……それ、は」
ジスター伯は自ら戦うことをせず、民の犠牲を払ってでも安定を求めたのだろう。
だが、実際に犠牲になる立場の人にそれを説いて納得してもらえるはずがない。
そりゃ殺されるわ。
「そのあと自はジスター伯の屋敷に向かい、領主代行を名乗って国に報告しようとした」
「……」
「首都から応援を呼び、決戦に臨もうとしたのだ。……だが、そこでも国の妨害にあった」
「は?」
ジスター伯を殺したあと、ベルカはすぐ国に連絡を取ろうとしたらしい。
ブユルデストを救うために、事の詳細をしたためた密書を国王に送ろうとしたそうだ。
だが、
「国王に書を送るために、民間の郵送は使えないだろう? 貴族による郵送が必要だ」
「あー、国家文書はそうですわね」
偽書対策として国王宛に送られる郵便物は、貴族が郵送を行い内容を保証する仕組みになっている。
民間の郵送機関だと中身をすり替えられる危険があるので、こういう仕組みになっているのだが……。
「一つ領土をまたぐたびに、中継の貴族から多額の謝礼を求められた。今はないと説明したら、郵送を拒否された」
「えっ」
「ブユルデストは貧しい都市だ、金品などない。……この仕組みでどうやって国に報告しろというのだ」
……そんなことになってんのかよ。
お、思った以上に終わってるなこの国。
「正攻法で金を集め、郵送するとしたら数か月はかかるだろう。とてもヤイバンの襲撃に間に合わん」
「……」
「とまぁ、それがお前を誘拐した理由だ。理解できたか?」
「ん?」
そこまで言い、お頭はフンと鼻を鳴らした。
え、待って結局分からない。論理が飛躍してない?
その状況で、何で俺を誘拐したの?
「ま、まさか。この私を供物として差し出し、講和を!?」
「違うわ、たわけ。援軍を引っ張ってくるためだ」
頭上に?を浮かべる俺を、お頭はジトっとした目で見つめた。
「何で私を誘拐したら、援軍が来るんですの?」
「貴様のドレスと共に『ジスター伯の命令で王女を誘拐した』という声明が、間もなく王宮に届く。きっと、向こうは大慌てだろう」
「ファッ!?」
「そうなれば国王は、大急ぎで『ジスター伯の討伐軍を編成し、向かわせる』んじゃないか?」
お頭はそう言うと、ニヤっと笑った。
「援軍要請を断るなら、引っ張ってくるまでだ。あとは軍が到着した後、事情を説明しヤイバンと戦ってもらう」
「……うわ」
そうか、俺を誘拐したのは何かを要求するのが目的じゃないのか。
俺を誘拐し、声明を出して討伐軍を向けさせるのが目的か。
「誘拐対象にお前を選んだのも理由がある。サリパ王国に弱体化されると困るからだ」
「どういう意味です?」
「王子のご兄弟は国の跡取り候補だ、攫うのはまずい。第一王女のルゥルゥは聡明で優秀、国家の宝だと名高い。だが妹のリシャリは、平凡で従順と聞いた。だから、お前が一番影響が少ないだろうと攫った」
「……」
「安心しろ、王国軍が到着すればすぐに解放してやる。その代わり、国王軍の指揮官に自の話を聞いてもらうがな」
……そして俺が攫われた理由は、俺が一番『要らない子』だから。
なるほどな! ぶっ殺すぞ。
「……はぁ。それが事実かどうか、王族としてブユルデストで確かめねばならないことは分かりましたわ」
「ふん、貴様がどう考えようとついてきてもらうぞ」
「いいですわよ、拒否権はありませんもの。私に馬をお貸しなさい」
この賊の話がすべて真実とは限らない。
だが、少なくともこの男は嘘を言っていなさそうに思えた。
ブユルデストを視察してもいいと思えるほど、真実味もあった。
「馬に乗れないんじゃないのか?」
「あ、アレは嘘ですわ。王族のたしなみで、乗馬術の授業も受けてますの」
本当は隠しておきたかったが、馬に乗れることをバラした。
ウマのケツに殺されて、死体として輸送されるよりはマシだ。
「乗馬は馬とのコミュニケーション。私、結構得意なんですよ?」
「……ちっ、本当に狸だな、お前」
まぁ馬に乗れるとは言え、長時間移動すると吐血するけど。
尾てい骨がヤバいくらい痛くなるから。
「ハイヨー! ではブユルデストに出発ですわ! 私に続け!」
「人質が先陣を切るな!」
彼らの話が真実なら、いずれ俺は解放される。
それまではせいぜい、彼らに従順に従ってやろう。




