17話「次こそ命はありませんわよ」
「さて、馬の準備は出来てるな」
「ああ、お頭」
「むむっ!?」
翌朝。
賊たちは揃って馬に乗り、旅支度を始めた。
「どうした、顔が青いぜ王女様」
「首都から離れるのが怖いんだろ」
「むーむーむー! むむぅー!」
俺は口を塞がれたまま簀巻きにされ、馬の尻に括り付けられた。
こいつら、俺を輸送するつもりだな! ただの荷物のように!
「お姫様ァ、都の外に出るのは初めてかい?」
「むむむむむ!!! むむう!!? むー!!!」
「ごめんね。だいじなもくてきがあるの」
俺を吊った馬に、無口少女が乗りこむ。
ヤバい、このままじゃ本当に馬輸送されてしまう。
「各自、準備はいいな」
「おす」
「では、出発だ!」
「おお!」
お頭の号令で、俺が括りつけられた馬がヒヒンと鳴いた。
そしてゆっくり、だだっぴろい平原を歩き始めた。
「いざ、自の故郷ブユルデストへ!」
このままだと、俺は、俺は────
俺はとんでもないことになる!!
「オロロロッロロロー……」
「にいさん。王女が、吐いた」
「ふん、馬酔いか。王族とは貧弱な」
馬という生き物は、歩くと大きくお尻が揺れる。
お尻が揺れるということは、吊られた荷物も揺れるということだ。
「お頭、お姫様が猿轡で窒息しかけてるぞ」
「ちっ。分かった、取ってやれ。ただし会話はするなよ」
「うぅ、きたない」
そして長旅の場合、映画のように馬をパカラッパカラッと走らせたりはしない。
走らせると頻回に休憩が必要になるので、逆に移動効率が落ちるのだ。
だからコツコツ移動するのがベターとされている。
「へぶぅ! ぐふぅ! ぐぇえ!」
「にいさん。王女が、揺れるたびに悲鳴を上げてる」
「放っておけ」
だが、そんなゆっくり移動であっても俺にとって地獄であった。
馬が揺れるたびに、俺のボディが馬の尻に叩きつけられ続けるからだ。
……いわば移動中、ずっと継続ダメージを負うわけで。
「お父様、お母様。リシャリは幸せ者でした」
「にいさん、王女がなんかブツブツいってるー」
「黙らせろ。黙らないなら、殺すぞと脅せ」
「先立つ不孝をお許しください────」
そして賊たちが出発してから、五分後。
何十回も馬の尻に殴打されつづけた俺の身体は、とうとう限界を迎えた。
「ゲボゲボゲボォォォォォ!!!」
「えっ」
サリパ王国、第二王女リシャリ。
サリパの王女として不自由のない生活を送っていたが、賊に誘拐され行方不明に。
その翌日、馬のケツに殴打されて、その短い人生の幕を下ろす。
「に、にいさん。王女が、致死量の血をはいた」
「何でだ!!?」
今世は尻に縁の多い一生でした。
せっかく生まれ変わったのに、俺の人生終わってるな。
ああ。来世はもっと、マシな死に方をしたい、な……。
「ゲボゲボゲボゲボドシャー」
「マジで死ぬぞ! お頭、緊急治療を!」
「せっかく攫ったんだ、助けろ!」
「なんでだよぉ!!?」
「命に関わるので、輸送方法を考え直してほしいですわ」
賊の仲間に回復術師がいたおかげで、俺は一命をとりとめることが出来た。
ふぅ、死ぬかと思ったぜ。
「百歩譲って拉致されるのは受け入れますわ。まぁ、攫われたもんは仕方ないですし」
「受け入れるのか……」
俺達は平原のど真ん中に馬を止めて、馬についた血を洗い流している。
ちょっとした殺人現場みたいだ。
「ですが、もうちょっと考えてほしいものですわ。仮にも王女をあんな乱暴な手段で運ぶなど、おかしいのではなくて?」
「おかしいのはお前の虚弱さだよ」
「おどろきのよわさ」
何がおかしいだ。
普通の人でも、何十回と殴打され続けたら致命傷に決まっている。
俺の場合、馬の尻ですら十分な威力だったというだけだ。
「私は弱いですわ。吹けば飛ぶようなか弱い命」
「くそざこおうじょ」
「……連れ去られないための演技、とかじゃないよな」
「冗談だと思うならもう一度やってみなさいまし。くくく、次こそ命はありませんわよ」
「何でお前が脅す側なんだよ」
さて、ここまで言えば賊も理解しただろう。
この俺は丁重に扱わないと、本当にぽっくり逝ってしまうと。
「にいさん。どうする?」
「……おい王女、お前馬に乗ったことは?」
「ありませんわ!」
お頭さんは忌々しそうな顔で、俺を睨みつけた。
どういう理由かは分からんが、こいつらは俺を生かしたまま拉致したいはず。
これで、俺をここから動かす手段はない────
「どうする? 作戦の都合上、王女の生死は関係ないんだよな」
「……寝覚めが悪いから殺さないだけだからな」
「ファッ!?」
と、思ったら。
賊たちは『しょうがねぇなぁ』という感じで、俺を再び馬の尻に括り付けようとし始めた。
え、そういう感じなん?
「仕方ねぇ、死んだらその時だ。このまま運ぼうぜ」
「戦後のことを考えると生かしておきたいが、仕方ないか……」
「ちょ、ちょっと!!」
賊たちは真剣に、俺を死んでしまうものとして扱い始めている。
あれ? 俺の命、思ったより重要じゃないの!?
王女だよ? 人質とか身代金とか、俺の命の活用法は山ほどあるよ!
「こ、殺すのは早計ですわ、失った命は戻りませんのよ!」
「……はぁ。でもお前を動かせなきゃ、自らは捕まるし」
「ゆ、輸送方法を吟味しましょう! まだ死にたくないですわー!」
流れが変わったのを察した俺は、慌てて媚びた。
こいつらは多分、信念があるタイプのテロリストだ。
必要に迫られたら、割り切って殺してくる系の悪党だ。
「でも、馬以外の輸送手段なんてねーだろ」
「あと数年ほどすれば、画期的な輸送手段が完成するはずですわ!(国家機密)」
「今使えねぇなら意味はねぇよ」
「そ、そもそもどうして私を輸送する必要がありますの?」
このままでは殺される。
考えろ、俺。ここから生き残る活路を見いだせ。
「国に不満がおありなら、私が手を回しますわよ。リシャリ、嘘つかない」
「……自はただ、身を守りたいだけだ」
よし、ここは交渉だ。この賊のお頭さえ言いくるめれば、生きて帰れるかもしれん。
まずは、彼らが俺を誘拐した目的を聞いてみよう。
「我らの故郷ブユルデストは、存亡の危機にさらされている」
「……ブユルデスト、ですか」
命乞いしながら、彼らの話を聞きだそうとしたら。
お頭さんは冷たい目で、自らの出自を明かした。
ブユルデストは、敵国であるヤイバンとの国境にある都市だ。
紛争の最前線で、頻繁に小競り合いが起こっている。
「ジスター伯の治める都市ですわね。毎年ヤイバンと戦い続けている、城塞都市」
「……ああ。自は、そこの警備隊長をしているベルカという」
だがブユルデストを治めるジスター伯は、戦上手で有名な貴族だ。
毎年のように迫りくる敵を撃退し続け、一度も防衛に失敗していない。
彼に任せておけば国境は安全だと、国王も高く評価しているという。
「……なぜ警備隊長さんが、王族の誘拐を?」
「故郷を守るため。……王族誘拐の罪に問われて処刑されるのも、覚悟の上だ」
俺も昔、一度ジスター伯とはお話をしたことがあるが……。
ぱっと見た感じ、普通の太ったおじさんという感じだった。
彼のどこにそんな才気があるのかと不思議に思った。
「今年の冬、ヤイバンから大規模攻勢が行われる」
「……ほう? どこからの情報ですか、それは」
「ルリが忍び込み、ジスター伯の屋敷で聞いた情報だ」
だが、このベルカという男の話によると。
ジスター伯がヤイバンの攻撃を退け続けている理由は────
「ジスター伯はヤイバンと内通している」
「……おー」
事実であれば国が滅びかねない、とんでも厄ネタであった。




