16話「このような感じが良いでしょ?」
「ぐぇっへっへっへ。大成功ですなァお頭」
「……ああ、ここまで上手く行くとは思わなかった」
拝啓。お父様、お母様。
貴方達の大事な末娘、リシャリです。
「にいさま。ほめて」
「ああ、ルリ。よくやったぞ」
俺は今、男たちの前で肌を露わにされ、辱めを受けています。
こんな屈辱は、人生で初めてです。
「さぁ、て」
「それでは王女誘拐を祝して、乾杯ー!」
時刻は月が昇り切った深夜。
俺はドレスは奪われ、簀巻きにされて猿轡をはめられています。
賊どもは半裸姿の俺を肴に、見知らぬ平原で飲み会を始めてしまいました。
「うめぇー! 一仕事終えた後の肉は最高だぜ」
「あまり騒ぐなよ。警らに見つかったらコトだぞ」
俺は食事というものは、椅子に座ってナイフとフォークで優雅に食べるよう教わってきましたが。
賊どもは地面に座って串肉にかぶりつき、ゲップも屁も豪快にぶっぱなして、下品に笑ってメシを食べていました。
「これで、俺達の悲願が達成できる」
「……トントン拍子」
「まさか一発目で誘拐できるとはな。しばらくチャンスをうかがうつもりだったが」
うー、油断したぁ……。まさか王宮内にまで賊が侵入していたとは。
パウリックは何をやっとるんだ。俺に何かあったらどうするつもりだ。
まさか俺に恨みでもあったのか……? いや、恨みはありそうだな。
「それでお頭、これからどうします? まだ首都ですることはありますか」
「……いや、ない。明日の朝、すぐに出発だ」
「りょーかい」
他に仲間がいるかもしれんが、俺の見た範囲では賊は六名ほどだった。
男が五人に女が一人。……女は年端もいかぬ少女だ。
その中で『お頭』と呼ばれている長身の男が、中心人物らしい。
「予定は早く済むに越したことはない。馬の手配はできてるんだろうな」
「ぬかりなく」
……お頭は長い髪の男性で、目つきは鷹のように鋭かった。
黒づくめの服を着ており、いかにも闇社会で生きてきたって感じだ。
「……何を睨んでいる、王女」
「むぅっ!?」
「自は、視線には敏感なんだ。用がないなら、こっちを見るな」
やることがないので賊を観察していたら、お頭に話しかけられた。
他の賊が楽しそうにワインを呷る中、彼は警戒を怠っていないらしい。
「そりゃあ睨むでしょうよ、いきなり攫われたんだから」
「……ふん、王族が無能なのが原因だ。恨むなら愚かな王を恨め」
「たぶんこの娘は、何も知らないッスよ」
「何も知らぬまま、贅の限りを尽くしたことが罪なのだ」
「ま、そうっすね」
話を聞いた感じ、この人たちはだいぶ王家へ恨みが強そうだ。
国王のやつ、何かやらかしたんかなぁ?
知らんことが罪とかいわれても、どうしようもねぇよ。
「この王女の平和そうな顔よ。民の現状を知らず、さぞ呑気に生きてきたんだろう!」
「おい、殺すなよ。王女には生きててもらわねば困る、だろう?」
「……わかってるさ」
幸いにして、賊どもに俺を殺す気はないらしい。
王族や貴族は捕まっても、身代金で解放されることが多いと聞く。
おとなしくしていれば、生きて帰れるかもしれん。
「殺さなきゃいいんだよな」
「むむむ!?」
「……一国の王女様とはいえ、服を剥いたら普通の女だ」
そう思って安堵していたら、髭面の男がニヤニヤしながら俺に近寄ってきた。
ぞーっと、背筋が寒くなった。
「噂通りの、美人なお姫様だな」
「むーむー!」
「せっかくの機会だし、ちょっと楽しむくらいはいいよなお頭?」
「むぅぅぅー!!」
なんてこった! なんてこった!
人質なんて生きてさえいればいいんだから……、好き放題される!?
助けてタケル! 今すぐ来てくれ! ヤバいって、俺の外交的価値がなくなるって!
「……我らの目的は、女を攫って蹂躙することだったか?」
「だ、ダメか?」
「忘れるな。自は、悪党になるつもりはない」
「ちっ、お堅いねぇ」
やべー状況にパニックになりかけたが、お頭は怖い目でゲス男を睨みつけ止めてくれた。
どうやら、貞操の危機ではなさそうだ。
「でも、ちょっと胸を触るくらいは……」
「くどい。お前はそういうことがしたくて、自の同志になったのか?」
「……いや。すまねぇ」
話を聞いた感じ、こいつらは身代金目当ての賊というより、信念もって行動してるテロリストっぽいな。
どういう理由で攫われたのか聞いてみようか。内容次第では力になってやれるし、俺も無事に帰れるかもしれん。
「むーむむ、むむむーむー?」
「何言ってるか分かんねぇよ」
「むむむーむ、むーむむ」
「あー、お頭どうします?」
「ちょっと喋らせてやれ。どうせ叫んでも、誰も来ない」
俺は何とか交渉できないかと、モゴモゴ猿轡のまま話しかけてみた。
逃げたり、大声で叫んで助けを呼ぶ気はない。
俺の体力では、賊から逃げ切るのは不可能だろうし。
「ぷはぁ。ふぅ、やっと話せますわ」
「初めまして王女様。無礼を働いて申し訳ありませんね」
先ほどのゲス男が、ニヤニヤしながら俺の猿轡を取ってくれた。
その眼にはまだ色欲と、わずかな嘲笑が浮かんでいる。
「いや、構いませんわ。誘拐されたのは、私がちょっとお間抜けだっただけですので」
「お? 思ったより冷静だな」
ここで大騒ぎしても、何も事態は好転しない。
それより、『会話を許してもらえた』ということを最大限活用しよう。
「助けてー、って泣き叫ばねぇの?」
「私が騒いでも助けが来ないから、猿轡を取ったのでしょう?」
「へぇ、肝が据わってるな。流石はお姫様ってワケ?」
「それよりもお願いがありますの」
賊に攫われてしまったもんは仕方ない。
俺にできるのは、助けを待つことのみ。
とりあえず、差し当たって……。
「そのお肉……私も食べてみたいですわ!」
「え」
腹が減ったし、交渉前に腹ごしらえするか。
その庶民的で安っぽい串肉、俺も食べてみたいと思ってたし。
「うおおお、硬ってェ! ですわ」
「そりゃ、適当に焼いただけだしな」
縛られた俺に、賊さんは串肉を差し出してくれた。
ガブりと頬張ってみると、なかなか焦げ臭くて固い肉であった。
「でも、このソースは旨いですわね。ピリっとして」
「サルヴィソースっつってな。金のネェ貧民でも作れる、安いソースだ」
「美味しいですわ。硬い肉の食感ともよく合ってます」
しかし、その硬く焦げた肉がなかなか旨い。
チリソースに似た辛酸っぱいタレが、臭い噛み応えとよくマッチしていた。
「もう一口、くださいな」
「あー……。お前、人質の癖に厚かましいなぁ」
「厚かましいのは、王女を誘拐したあなた方でしょう?」
「違ぇねぇや」
ふーむ、庶民飯というのもなかなか悪くない。
王宮で出てくる肉はトロトロに煮込まれていて旨いが、こっちの方がワイルドで良いかもしれん。
「早く食えよ、持ち続けるのもダルいんだよ」
「面倒くさいなら、手だけほどいてくれません? 足縛られてるんですし、逃げられませんって」
「どうします、お頭」
「あー……。まぁ良いだろう、食事中だけな」
王女スマイルでおねだりしてみたら、手の縄は解いてもらえた。
ふぅ、これで普通に飯が食えるぜ。
「じゃあお隣失礼しますわ」
「……何故、ここに座る」
「何となくですわ」
俺は縛られた足のまま、女の子座りでお頭さんの隣に腰を下ろした。
マジかお前、という顔でお頭はこっちを見ているが気にしない。
俺は腹が減っているのだ。
「むしゃむしゃむしゃむしゃ」
「……」
それと、お頭の隣に座ったのは計算ずくだ。
この男はさっき、俺がヤられそうになった時に助け舟を出してくれた。
コイツの近くにいる方が、安全のはずだ。
「グェーップ。腹が満ちたりましたわ!」
「おいおい、ゲップしたぞ、このお姫様」
「あ、喉が渇きましたわ。飲み物も欲しいですわね」
「自由かこいつ」
さらにお頭さんの隣に座っているのは、このグループ唯一の女子だ。
俺と同い年くらいの「無口そうな女の子」が、困惑した顔で俺を見ている。
斥候なのか、黒ずくめで身軽な衣装を着ていた。
「初めまして、お嬢さん。私はリシャリと申しますわ!」
「え、ああ、どうも」
「お名前を聞いてもいいですか」
「ル、ルリです」
「よろしくお願いしますわー!」
俺は無口少女とあいさつを交わし、ニコニコと笑いかけてみた。
堅物お頭と無口少女に挟まれることで、俺は安全に飲み食いが出来る。
なんという冷静で的確な判断力なんだ!
「ルリさん、飲み物をいただけませんか」
「……。じゃあワイン、飲む?」
「頂きますわ~」
無口少女におねだりすると、持っていたワインを飲ませてくれた。
少女の持っていたワインは、かなり臭みと渋みが強かった。
ワインは王宮の方が流石に旨いか。
「ふぅ~……。ありがとうございますわ」
「このワインはしぶいから、お肉といっしょにどうぞ」
「おお、なるほど。サルヴィソースの辛さで誤魔化すのですわね」
ちなみにこの国ではワインを飲むのに年齢制限はない。
この世界のワインはアルコール度数が低く、おそらく1%くらいである。
「グビグビですわ~!! 旨い、もう一杯!」
「……いいのみっぷり」
そしてアルコールが含まれた液体は、雑菌が繁殖しにくいので水質が良い。
ワインは昔からお酒というより、「安全な飲料水」という立ち位置だった。
そんな歴史もあって、水の魔道具が普及した今でもワインは愛飲されている。
「あ、そうだ。せっかくなので乾杯しましょうよ、乾杯」
そしてワインを酌み交わし、友誼を深めるのは交流の基本だ。
俺は先ほど乱暴してきそうになったゲス男に、ニヤりと笑ってグラスを差し出した。
その男は、ギョっとした顔で俺を見つめた。
「これは、祝いの席なのでしょう?」
「お前を攫うことに成功した祝いだよ!」
「つまり私が主賓と言っても差し支えないですわ」
「差し支えるわ!」
適当に楽しく会話しながら、俺は男とグラスを触れ合わせた。
……これも、俺の安全を守るために必要なこと。
見知らぬ他人に暴力は振るえても、知り合いを殴るのは抵抗ができる。
「王女と乾杯する機会など、めったにありませんわよ~?」
「ま、まぁ……。なんだこのお姫様は」
「さきほどご自身で言ってらっしゃったじゃないですか。王女だって一枚剝けばただの人間ですのよ」
男と乾杯した後、俺は気持ちよくワインを呷って、
「貴方たちと同じように嬉しければ笑いますし、哀しければ泣きますわ」
「……」
そうニコっと笑いかけると、賊は決まりが悪そうに顔を背けた。
いいぞ、もっと罪悪感を感じるんだ。
「私を誘拐した実行犯って誰ですの? 女の子の声がしたし、やっぱりルリちゃん?」
「……ん、わたし」
「見事な手際でしたわ! すごいですわルリ、どうやったんですの」
「え、えぇ……?」
そのまま俺は、誘拐実行犯ルリをよしよしと褒めてやる。いや、俺が褒めるのはおかしいんだけど……。
賊とはいえ、人間だ。話が通じるならば、仲良くなれる。
悪党であろうと、ひとかけらの良心が残っていることもあるだろう。
「え、と。その、きぞくのふりをして、潜入した。ドレスをきて、何食わぬかおで、ほかのきぞくグループの最後尾にひっついた」
「あー……、社交界の招待状って家単位ですものね。そっか、それでルリちゃんが潜入役でしたか……、小さいのによく頑張りましたわ!」
俺には何の才能もないが、これまで王女として社交界で生き抜いてきた。
これまで培ってきた社交スキルで、この窮地を乗り切って見せるぜ!
「……なぁ、王女様」
「何ですか、お頭さん」
「ずいぶんと明け透けな性格だが……。そんなんで、よく今まで噂にならなかったな」
うぇーい! と、賊たち相手に乾杯して回っていたら。
お頭さんが怪訝そうな顔で俺を見つめ、話しかけてきた。
「人前でゲップとか、王女様として許されるのか?」
「許されませんわ! さすがに社交パーティでは我慢しますわよ!」
「……ほう、じゃあ今は?」
ちょうどよかった。お頭さんとも友好を深めたかったのだ。
この男に気に入られたら、俺の誘拐ライフは万全なものとなる。
「あなた達にはこのような感じが良いでしょ?」
そう言って、俺はにこやかにお頭さんにグラスを差し出した。
どうだ、必殺の王女スマイル。
「な、なんか王女様って思ったより話が分かるんだな」
「もっと高圧的な連中を想像してた」
「おもしろい、ひと」
すでにグラスを交わした人からは、良い感じの印象を受けている。
どや、これが俺の身に着けてきた社交スキルじゃい!
「お頭さん、見ればけっこうな美丈夫ですわね。御髪も艶があってきれいですわ」
「……」
「どうです、ちょっとお話でも────」
男心も女心もわかるのが、俺の最大の武器。
さて、このお頭とやらの真意を聞き出してやるぜ!
「今すぐソイツの口を塞げッ!!」
「!!?」
俺が笑ってグラスを差し出した直後、お頭は怖い顔で俺を拘束した。
ファッ!!?
「二度とコイツの猿轡を解くな! 腕も縛りなおせ」
「むーむー!」
「ど、どうしたんだお頭。いきなり血相変えて」
お頭はそのまま俺をぐるぐる巻きにして、再び身動きを取れなくした。
ナンデ!? ドウシテ!? アイエーーー!!?
「気づけ! この女は王族だぞ、何をほだされている!」
「え、あ、いや」
「たった今、我らはコイツの術中にはまりかけていたのだ!」
お頭は憤怒の表情で、俺をキっと睨みつけていた。
……術中? って何?
「普通、攫った相手に好意的に接するはずがないだろう。こいつは我らの心の内側にスっと入り込んで、操ろうとしたのだ」
「……へ? い、いや、そんなまさか」
「まさかこの女に、気を許したヤツはいるまいな。……こいつの猿轡を解く前に、王族をどれだけ憎んでいたか思い出せ」
……。い、いや、俺はただ丁重に扱ってほしかっただけで。
別に操ろうとかそういうつもりは……。
「ルリ、侵入手段を教えてやる必要なんてないだろ。うっかり口を滑らすな」
「あ、う。だまされかけてた、はんせい」
お頭の一声で、賊たちの俺を見る目が恐怖に変わっていった。
ち、ちゃうねん。
「……何が従順でおしとやかな無能王女だ。とんだ狸じゃないか」
「ま、マジか。この女、怖ぇ……」
「今後は許可なくこの女にかかわるのは禁止する。……危険すぎる」
『賊と仲良くなろう大作戦』を実行した結果、俺はお頭さんに危険視されてしまったようで。
俺は顔に『触るな危険』という紙が貼られ、再びムームーとうなる事しかできなくなった。
……くそう。もうちょっとあのお肉食べたかったなぁ。




