12話「あんたワザとやってるわよね」
「~であるからして。彼の研究は低魔力でも扱えることじゃなく、『熱を運動に変換すること』に価値があるの!」
「……ふーむ」
数日後。
俺とルゥルゥ姉上は、再び国王の下を訪れていた。
「実現性はあるのか?」
「確実に実現するわ。ミニマムモデルは、ほぼ完成してるわけだし」
「開発期間はどれほどだ」
「ちゃんと予算が下りれば、数年以内に完成するんじゃないかしら」
「費用対効果は」
「計算しきれない。試算でも、国家予算の十倍くらいになるわ」
ルゥルゥは父上の質問に、テキパキと答えていた。
どっかの誰かの「何か凄い発明がありましたわー!」というプレゼンとは大違いだ。
「だが、急に予算と言われても財源が……」
「魔導馬車と魔導工具の予算を削りましょ。蒸気機関が完成すれば不要よ」
「むむ」
「それにポケットマネーから出すって言ったでしょ? 父上の趣味の絵画、一つ二つ売り払っていいんじゃない」
「ば、ばばば馬鹿を言うな! あれはそのうち凄い価値になるんだぞ!」
「ケツの穴の小さい男ねぇ」
やはりルゥルゥに協力を仰いで正解だった。
彼女は頭がよく、弁舌もよく回る。
「その絵画の百枚分くらいの価値が、この研究にあるって言ってるのよ」
予算を下ろすべきだという「論拠」を、客観的かつ明確に示し。
断る理由がない、皆が納得するように研究予算を求めたのだ。
「むーむむ、まさかそこまでの研究だとは」
「父様も、もうちょっとリシャリを信じてあげなさい。この子、人を見る目は確かよ」
「む。そういや昔からそうだったな」
父はそう言って、チラリと俺の方を見た。
王女っぽく、優雅に礼を返しておいた。
「リシャリの懐く人間は、信用できる者ばかりだった。これも、ある種の才能なのかな」
「今回も大当たりね」
「よし分かった。国の技術者を集め、ジュウギに研究チームを編成させよう」
「良いと思うわ」
「表向きにジュウギは、健康被害が大きいから左遷した扱いにしておけ。他国に悟られるなよ」
「おっけー!」
ルゥルゥの弁舌を聞いて、父は重い腰を上げた。
どうやら説得は成功したらしい。
「いやはや、そんな金鉱が研究所に眠っていたとはな」
「部下に任せっきりじゃなく、たまには自分で視察に行きなさい? 父上」
「ああ、そうするよ」
ルゥルゥのお小言を聞いて、父はポリポリと頭を掻いた後。
「ただし、お前も自分で社交界に出るんだぞ」
「ゲッ」
そう言い返し、ニマっと笑った。
こうしてサリパ王国は、本格的に蒸気機関開発に着手したのであった。
「と、いうわけで。『私が』父様を説き伏せてやったわ!!」
「あ、ありがとうございます。ルゥルゥ様」
「流石は姉上ですわ」
無事に予算が下りたことを伝えると、ジュウギはポロポロと涙を流した。
俺も約束が守れて、ホっとしている。
「とりあえず十人ほど集めて、研究チームも組織するわ。ジュウギ、あんたがその主任よ」
「なんと、ありがたい……」
「ただし、アンタの研究はしばらく国家機密! 研究チーム以外には話さないこと!」
「了解しました」
「ひとまず三年以内に成果報告しなさい。その内容で、次の予算を決めるわ」
「御意に」
これでジュウギの扱いは「窓際研究員」から「国家機密の研究主任」ということになる。
まだ成果を公表できないものの、彼は夢が叶った状況だ。
「しっかり予算分は働きなさいよね。推挙した『私が』バカにならないよう」
「ええ、無論です。この機会、決して無駄にはいたしません」
「期待していますわ。大丈夫、何かあっても私が庇って差し上げますので」
「大丈夫です! リ、リシャリ様のご期待に応えます!」
しかも美形の王女二人に囲まれ、もてはやされている状況。
男としても、夢のような状況ではなかろうか。
「じゃあ、準備が出来たら出発よ! アンタの才能を、国に捧げなさい!」
「は、はい」
「ジュウギさん、健康にはくれぐれもお気をつけて。よくよく煙の対策をするのですよ」
「……リシャリ様」
ただし期待に応えようと、無茶しすぎて早死にされたら困る。
ジュウギは真面目そうだし、頑張りすぎて倒れるかもしれん。
石炭の粉塵は怖いしな。しっかり対策してもらおう。
「ジュウギさんの研究は世界を変えるでしょう。魔力ランクによる差別は、きっと減りますわ」
「……はい」
「だけどその変わった世界を、誰より満喫すべきなのはジュウギさん自身ですから」
今、ジュウギが病的に細いのは多分、粉塵の影響だ。
もう塵肺になっていても不思議ではない。
「私の手配で、回復術師は多めに同行して頂いています。これから国のためだけではなく、アナタ自身の為に頑張ってください」
「……」
「このリシャリ、助力は惜しみませんから」
俺はそう言って、ジュウギの手を握りしめた。
肺の病気は恐ろしいのだ。油断したらマジで一瞬で死ぬからな。
「今まで辛かった分、しっかり幸せを取り戻しましょう?」
人間は、そう簡単に死なないよう出来ているが……。
肺か心臓がやられた時は、だいたいすぐ死んでしまうのだ。
「は、はい……。私は、今まで、すごく、悔しい、日々を」
「ええ、本当によく頑張りましたわね。ついに、貴方の我慢が報われる日が来たのですわ」
「魔力がないというだけで、人格まで、否定されて……!」
「貴方は立派ですのよ。世界に否定されたとしても、私がそれを認めます」
「う、う、ぅ」
石炭の粉塵は彼一人だけじゃなく、環境にも関わるのだ。
黒煙が有害だって認識は、ちゃんと持っといてもらわないと困る。
無計画に工場建てまくったら、生態系ぶっ壊れるしな。
「そ、そうね! 健康には気を遣いなさいジュウギ!」
「は、はい。お二方のお言葉、肝に銘じます」
「約束ですわよー」
俺の忠告は、しっかり届いてくれたようで。
ジュウギは満面の泣き笑い顔で、頷いてくれた。
「ついに、あのジュウギが追放か」
「やっと、静かに研究が出来るぜ」
そして、ジュウギが旅立つ日。
同僚の研究員は、誰一人として見送りに来なかった。
「リシャリ様に説得を頼んでよかった」
「あの頑固者を言いくるめるとは、流石はリシャリ様だ」
彼の研究資材の一式は、王国兵により丁寧に運び出され。
編成された研究チームと共に、「炭鉱の町」へと送られることとなった。
「はっはは、あんなに何もない村に飛ばされるとはな」
「ジュウギなんか僻地のド田舎で、一生を過ごすといいさ」
「惜しい男だ。魔道具の研究さえしていれば、いずれ教授になれたものを」
まだこの世界の人間は、石炭の価値を知らない。
ジュウギの行く炭鉱の町はまだ、「燃える石」という珍しい資源があるだけの田舎だ。
「くれぐれも、あんな馬鹿にはなるなよ」
「ちゃんと、意味のある研究テーマを選ぼう」
だからジュウギの引っ越しは、誰の目からも左遷にしか見えなかった。
王女リシャリが困った研究者たちの願いを聞き届け、ジュウギを追放した。
それが、何も知らされていない研究者たちの認識なのだ。
「リシャリ様。貴女に出会えたこと、そして期待してもらえたことをジュウギは一生忘れません」
だが、炭鉱の町が田舎なのは今だけ。
まもなく急激に開発が進み、商業都市にまで発展するだろう。
「もう少しだけ、待っていてください。貴女の愛したサリパ王国を、貴女が認めてくれたこの技術で、よりいっそう豊かにしてみせます」
開発が上手くいけば、炭鉱の町はジュウギの……ウェット家の領地と認めるつもりだ。
この領地はきっと、サリパ王国で一番栄える都市となるだろう。
そうなれば彼は、ウェット家の跡継ぎに戻れるかもしれない。
天才が時代を動かしたその瞬間に、俺は立ち会ったのだ。
「リシャリ様。一つだけ私のワガママを受け入れてもらえませんか」
そんな稀代の天才ジュウギは、別れ際に俺の前に来て。
少しだけ、躊躇う素振りを見せたあと、
「よろしければ私に、御手を」
「……ええ」
顔を真っ赤にして、そう言った。
「我が忠誠を、優しく聡明な王女リシャリ様へ」
ジュウギは俺の手の甲に、口付けをして傅く。
それはこの世界で、「生涯を捧げる忠誠」を意味する儀式。
ジュウギの技術者としての、決意表明なのだろう。
「このリシャリ、貴方の忠誠に応えますわ」
「……ありがとうございます。このジュウギ、貴方に出会えたことを決して忘れません────」
この男ならきっと、すぐに蒸気機関車を発展させるだろう。
それどころか、もっと近代的な機構を開発してしまうかもしれない。
蒸気機関の主「ジュウギ」の名が世界に響き渡る日は、きっともうすぐだ。
「リシャリ、あんたワザとやってるわよね?」
「へ?」
俺がジュウギの忠誠を受け入れている間、無表情だった姉上は。
彼が見えなくなってから、俺の頬をギュッと引っ張った。




