11話「ああ、そう」
「おや……リシャリ様。何かございましたか」
「大事な用がありますの、ジュウギ。今、礼服はお持ちでして?」
「屋敷に戻れば、ございますが」
俺はルゥルゥと話したあと、再び研究所に向かった。
そしてジュウギに、礼服に着替えるようお願いした。
「ルゥルゥ姉上に蒸気機関のことを話したら、興味を持ってくれまして」
「お、おお!」
「私よりジュウギさんの方が、正確に説明が出来ますわ。お願いしてもよろしくて?」
ジュウギも最初は訝しんでいたが、話を聞くと喜色満面になった。
彼は『蒸気機関』を世に知らしめるのに、命を賭けている男だ。
突然とは言え、第一王女にプレゼンする機会は望むところなのだろう。
「お任せください。このジュウギ、全力を以て説明いたします」
「任せましたわよ」
「ただ王宮内に来てもらうので、その姿では……」
「おっしゃる通りです、着替えてまいります」
ジュウギはやる気マンマンで、鼻息を荒くしていた。
その意気だ、頑張ってくれ。
「であれば、小型の蒸気機関モデルを持って行くべきですね。燃料も……」
「いえ、王宮内で石炭を焼くのはちょっと。私が吐血してしまいますわ」
「確かに」
ジュウギはウキウキした顔で、どの実験器具を持っていこうか悩んでいた。
自分の発明が評価されようとしていることが、うれしくてたまらないのだろう。
「タケルの火魔法で代用してもらいましょう」
「……むぅ、了解です」
一方でルゥルゥ姉上は、知的クールイケメンと合コンしたいだけ。
……大丈夫だろうか、と一瞬不安になった。
「うん。良いですわね、とっても格好良いですわジュウギ様」
「へ? あ、ありがとうございます」
ジュウギは初見、痩せて神経質そうな男にしか見えなかったが。
ちゃんとした服に着替えてメイクすれば、それなりのイケメンに見えた。
身体が細く少し不健康そうなところも含めて、少女漫画に出てきそうな感じだ。
「ジュウギさん、準備は出来ていますか」
「ええ。このジュウギにお任せください」
彼はカバンにいくつかの鉄塊を入れ、不敵な笑みを浮かべている。
プレゼンの準備は万端、といった様子だ。
「期待していますわ。ではいざ、ルゥルゥ姉上の元へ!」
……あとは姉上が、ジュウギを気に入るかどうかだけ。
いや、いける。少女漫画の男はだいたい、不自然なほど痩せ型だった。
ガリガリのジュウギなら、間違いなく姉上の期待に応えられる────
「貴方が、ジュウギさんねぇ」
「どうも、お初にお目にかかります」
「はぁ」
となるほど、現実は甘くはなかった。
「ジュウギ・ウェットです。サリパ大学研究室、准教授として働いております」
「……ふーん?」
俺は自信満々、姉上にジュウギを紹介したのだが。
────彼を見た姉上の反応は、いまいちだった。
「本日は貴重な機会を頂き、感謝いたします」
「ん、まぁ」
ルゥルゥは『え、これがイケメン?』みたいな顔で、俺をじっと見つめていた。
だ、駄目だったか? こういう病的に細い体型って、受けるんじゃなかったのか?
「じゃあ、聞いてあげるから。アンタの作った『蒸気機関』とやら、説明してよ」
「承りました」
いや、そういやルゥルゥ姉上って細身が好きとは言っていたが……。
細いように見えるが筋肉はある、ナヨナヨしていないタイプがいいって言ってたっけ。
しまった! 姉上の性癖は『細マッチョ』だったか!
「まずこちらに用意したのは、試作型にあたる小型のモデルで……」
「ふぅーん……」
ああ、駄目だ。あのルゥルゥの顔は、興味を失った時の顔だ。
俺が鼻息荒くしてケツキリムシの話をしている時の顔だ。
妹の口添えもあるから話だけは聞いてあげるね、という義務感の顔だ!
「ここに燃料を入れ、加熱をすることで蒸気が熱されて膨張し……」
「……」
「護衛君、少し熱してもらえるか」
「は、はい」
そんなにがっかりした顔をしないでくれ、姉上。
そもそも、俺は『姉上より賢いかもしれないクールな年上』としか説明していないんだ。
知的クールイケメンと脳内変換したのは姉上なんだ。
「はい、この様に空気は熱せられると膨張しエネルギーを生み出すのです」
「……それで?」
というかルゥルゥ姉上は、理想が高すぎるのだ。
細身の男は数いれど、細マッチョなんてそうそういない。
ましてや細マッチョの知的クールイケメンなんて、ファンタジー生物の類だ。
妄想と現実を一緒にするな、そんなんだと一生結婚出来ないぞ。
「つまり熱により空気が膨張する性質を利用し、物体を動かすのです」
「……」
「ここで熱し、ここで冷却することでピストンを上下運動させる事が出来て……」
「…………」
蒸気機関の説明を聞く姉上は、無表情で人形のようだ。
ジュウギはそんな姉上に目もくれず、淡々と説明を続けた。
「高圧気流を発生させ、ここのシリンダーを利用することで……」
「………………」
「発生した蒸気を、交互に冷却していくことが可能で……」
姉上から表情が消えてなお、話はどんどんと難しくなっていった。
俺なんかは考えるのをやめて、ちょうちょを数え始めている。
「最後に、タービンと名付けた円形運動を生み出すシステムと連結します」
「……………………」
「これにより、エネルギーの有効利用を可能とし……」
コイツあれだ。ジュウギはプレゼン下手だわ。
自分が理解できてるから、相手も理解できるという前提で話を続けていくタイプだ。
シレっと説明しただけの専門用語が多いし、それらすべてを理解してないと次の話につながらない。
こんな説明してたら、そりゃ誰にも理解してもらえないよ!
「ストップ。ちょっと話を止めなさい」
「え? ですがまだ、解説の途中ですが……」
あまりの意味不明さに、ルゥルゥがとうとう話を区切った。
もうだめだ。おしまいだ。
この魔法世界で、蒸気機関なんて理解してもらえるはずがなかったのだ……。
「そのタービンとやらの仕組みを説明しなさい」
「ああ、それは風車やネジの応用でして。ノズルとプレートを組み合わせることで……」
「それを動かすには、かなり馬力が必要でしょ」
「その馬力を実現しているのが、蒸気機関なのです」
俺がそう思って、絶望して頭を抱えていたら。
天才は天才で、額から汗を流しながら頭を抱えていた。
「この小型モデルですら、人間一人を持ち上げる馬力が出せます。護衛君、ちょっと魔力を借りていいかな」
「いやちょっと待ちなさい、ナニコレ。私は何を説明されているの?」
「ほら、この通り。私の体が持ち上がるほどの馬力です」
地面に置かれた蒸気機関により、ジュウギの体が十センチほど浮き上がった。
その様子を、姉上は目をぐるぐるにして絶句していた。
「ご不明な点がありましたら、説明いたしますが」
「不明な点しかないわよ! ここの歯車の組み合わせはどういう意図……、なるほど。上下運動を回転運動に変換してるのね!」
「ご名答です」
「この発展がタービンと。うんうん、何じゃこりゃあぁ!!」
どうやら、ジュウギの説明を理解できなかった俺とは異なり。
ルゥルゥ姉上は、彼の説明についていけたらしい。
……やっぱ姉上はすげーなぁ。
「何百年後の技術よこれ! 私が勉強してきたことなんて児戯じゃない! 魔法いらなくなるわよこんなの!」
「おお! お判りいただけましたか!」
「何でこの研究に予算がおりてないの!? このタービン機構ひとつとっても、世紀の発明よ! ば~~~かじゃないの!!」
蒸気機関の内容を理解した姉上は、客間で絶叫した。
イケメンを見に来たはずが、想定外の劇物を出されて混乱しているらしい。
「しかもこれあれでしょ。燃料がなくても、火魔法で代用できる系でしょ!?」
「……できなくはないですが。魔道具に頼るのはちょっと」
「魔道具で併用できるよう作れ!! そしたらもっと早く評価されたわこのおバカ!!」
ルゥルゥが魔道具も併用できることを指摘すると、ジュウギは拗ねた顔になった。
そういや確かに石炭使わなくても、火魔法でも応用利くなコレ。
「それじゃあ意味がないのです。魔法に頼らなくていい点が、蒸気機関の最大の売りで」
「魔道具とかどうでも良くなるくらい世紀の発明でしょバ~~~~カァ!!」
ルゥルゥは怒りのあまり? ジュウギの胸ぐらを掴み上げ。
わなわな数秒震えた後、やがて大きなため息を吐いた。
「……リシャリ、あんたがこの研究のヤバさに気づいたのね? お手柄だわ」
「ありがとうございますわ!」
「私の方から、パパは説き伏せといたげる。もう、何なのよコレ」
姉上はそのまま、客間のソファにドッシリと腰を下ろした後。
顔に手を当てて、疲れた顔で目を閉じて呟いた。
「ジュウギ・ウェット。貴方、もしかしたら王族になるかもね」
「……はい?」
「この功績が正しく認知されたら、私かリシャリのどっちか娶れるわよ。侯爵家の長男となれば、地位に問題はないわ」
「はいぃ!?」
ルゥルゥ姉上は顔を隠したまま、ジュウギにそう告げた。
確かに王女の結婚相手を国内に見繕うなら、侯爵家の長男がふさわしいだろう。
国内の有力貴族と、縁戚関係を結ぶメリットは大きい。
「め、滅相もない。私は、その低魔力でして。跡継ぎの立場も追われています」
「……」
「そんな私が、王女と結婚などありえるはずが」
いきなり俺か姉上と結婚するかもと告げられ、ジュウギは大慌てだった。
この男にもそういう感情はあったのか、顔が赤くなっているように見える。
「馬鹿ねぇ。アンタの発明が世に広まれば、低魔力だとかどうでもよくなるじゃない」
「──!!」
「これからアンタが、世界を変えるのよ」
そんなジュウギをからかうように。
ルゥルゥ姉上は、目を背けたままニヒヒと笑った。
「それともなに? 私たちじゃ不満ってワケ?」
「そんな、滅相もない!」
あ、これは気に入った時の姉上だ。
ルゥルゥ姉上は、素直に相手を誉めることは少ない。
その代わり、気に入った人間はよくからかうのだ。
「うーん。よくよく見れば、悪い顔立ちじゃないかもね」
「か、からかわないでください。私はそんな、大それたことは」
だからルゥルゥがこんなにも楽し気に、ジュウギをからかっているのは。
姉上がジュウギを、気に入った証拠に他ならない。
「ま、どうしてもっていうなら私が────」
「私がリシャリ様となど、とても釣り合いません!」
「……」
そして、からかわれてテンパったジュウギは。
……顔を真っ赤にしたまま、俺の名を出してそっぽを向いてしまった。
「……ああ、そう」
「痛っ」
その日。
俺は生まれて初めて、姉上に足を踏まれた。




