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10話「鏡写しの四王族」


「タケルはルゥルゥ姉上に、会ったことはありますか」

「いえ。ルゥルゥ様のお部屋には、女性騎士しか立ち入れない決まりですので」

「あー。そういや、そうでしたわね」


 サリパ王には、俺を含めて四人の子供がいる。


 男が二人、女が二人。男女交互に生を受けた。


「女性の騎士は多くないので、警備が薄くなると進言したのですが」

「姉上は納得しないでしょ?」

「はい、しかもその警備の隙をついて、脱走しようとするそうです。パウリック騎士団長も困っておりました」

「姉上は私と違って、活発ですからねぇ」


 そんな四人の子供の末っ子が、俺こと『第二王女リシャリ』だ。


 幸いにして俺は、姉や兄の誰とも仲が悪くなかった。


 長兄や姉上にはむしろ、めっちゃ可愛がられている自覚がある。


 そのためか、兄弟喧嘩などが起こったら俺が仲裁させられることも多かった。


「ルゥルゥ様はどんな人なのですか」

「そうですわね。一言でいうなら……」


 そんな俺を可愛がってくれる、ちょっとワガママなお姫様ルゥルゥは。


「……天才、ですわ」

「天才?」


 俺とは違って、様々な才能に溢れた才女だった。


「リシャリ様よりも、ですか」

「私なんて比べ物になりませんわ。タケルは、聞いたことはないですか」


 第一王女ルゥルゥ。


 彼女は幼いころから学問、体力、魔法などのあらゆる分野で俺を圧倒する才能を示していた。


 そんなルゥルゥこそ、俺に『凡人』だという認識を刻みこんだ張本人なのだ。


「鏡写しの四王族、なんて噂を」







 鏡写しの四王族。


 誰が言い出したのか、それは俺たち四兄妹を隠喩した言葉だった。



 例えば俺とルゥルゥの姉妹は、『天才』の姉と『秀才』の妹なんて言われている。


 姉ルゥルゥは才能に溢れ、気が強く男勝りな性格で、見た目も美しい『天才』であった。


 一を聞いて十を知る聡明さと、騎士団に引けを取らない魔法の腕を持つ。


 女にしておくのがもったいないまさに『神童』であると、皆に称えられている。


 一方で俺リシャリは能力こそ平凡だが、従順で素直な性格で、可愛らしい『秀才』である(迫真)。


 勤勉な努力家であり、誰に対しても優しくおしとやかな、理想の『王女様』と言われている(白目)。


 まだ社交界では、蟻の巣とか騎士団長の尻を観察とかしているのはバレていないのだ。


 そのせいで、縁談の申し込みは姉より多いらしい。


「そう言えば、騎士団の人が言っていたような。リシャリ様が一番、話が分かる優しい人だって」

「姉上や兄上たちが厳しすぎるだけですわ」


 因みに俺の兄二人も、正反対の人間だ。


 俺達姉妹とは鏡合わせに長兄のサリオが『秀才』で、次兄のジケイは『天才』と言われている。


 長男のサリオは真面目で融通が利かない性格で、規律に厳しい。


 質実剛健な性格で、勉学にもよく励み、剣術の腕もトップクラス。


 冗談は通じないが、実直清廉で不正を嫌い、騎士道を重んじる義の武人タイプである。


 王とはかくあるべしという人間なので、部下からの信頼は厚いようだ。



 一方で弟ジケイは自堕落的だが、何をやらせても兄より要領よくこなす。


 冗談好きで女遊びが激しいが、殆ど努力していないのに剣も学問も兄を上回るという。


 色々な才能があるが、中でも政治手腕に卓越しており、既に大事な仕事をいくつも任されているらしい。


 内政官から評判がよく、彼の『派閥』は最大勢力となっている。


 清濁併せ飲んだ政治ができるという意味で、弟ジケイを後継者に推す人も多い。


「兄様たちは優秀ですから、凡才の気持ちが分からないのですわ」

「リシャリ様も、十分な才覚をお持ちでは」

「あの人たちと比べたら、凡俗もいいとこですのよ」


 長兄サリオと次兄ジケイの兄弟仲は、はっきりいって険悪だ。


 王宮での部屋を東西の端同士に分けるほど、関係が冷え切っている。


 今では公式の場ですら、めったに口を利かない。


 父は『兄サリオこそ後継者』と断言しているが……。


 部下の間では、二人のどちらに王位を継がせるべきか議論が絶えないという。


「さて、ここがルゥルゥ姉上の部屋ですわ」

「……僕が入ってもよろしいのでしょうか?」

「私からお願いしますわ。せっかくですし、一緒にお茶会でもしましょう」

「僕がですか!?」


 だが、そんな地獄の兄弟関係である兄二人とは対照的に。


 俺とルゥルゥの関係は、決して悪くないどころか……。


「私が頼んだら嫌がりませんわよ」

「お、王女殿下のお二人とお茶会なんて、僕如きが」

「そんな大したものではございませんよ」


 同世代の友人がいない俺達にとって、姉妹は数少ない『対等に話が出来る相手』だ。


 だから俺とルゥルゥは、家族であり親友であるという関係であった。


「失礼します、姉上。リシャリですわ」

「んー?」


 ドアの外から声をかけると、数秒ほど間が空いて。


 やがてドタドタ慌ただしい音と共に、ルゥルゥの部屋の扉が開き。


「リシャリ、こんな時間にどうしたの? さ、入って入って!」

「お邪魔しますわー」

「退屈してたのよ、ちょうどよかった!」


 出迎えてくれたのは、笑顔のルゥルゥ姉様。


 冷え切った兄様の関係とは『鏡写し』に、


「護衛のタケル君も入って良いです?」

「えー? まぁ、モノに触ったりしないなら良いわよ」

「お、お邪魔しますっ!」


 俺たち姉妹は仲睦まじく、生まれてこの方喧嘩したことすらない。


 









「これがリシャリのお気に入り? うーん、まぁ、可愛い感じね」

「タケルは可愛いだけではなく、とても強いですわ」

「聞いた聞いた。パウリックさんを一撃でしょ? 本当かよって思ったわ」


 ルゥルゥ姉上はニコニコと上機嫌に、俺とタケルに紅茶を振舞ってくれた。


 俺と姉上の関係は、こんな感じに気安いのだ。


「強いのね。一度、戦っているところを見てみたいわ」

「こ、光栄です」


 タケルはガチガチに緊張した顔で受け取り、震えながら飲み干してしまった。


 姉上はそんなタケルを見て、クスクス面白がっている。


「タケル君は彼女とかいるの?」

「い、いえ、そんな人は」

「ふーん。じゃあ、好きな人は?」

「そ、そんな、恐れ多いことは」

「おやおや? 恐れ多い人が相手なんだ?」

「いえ、決してそんな」


 姉上の様子を見るに、純朴なタケルは気に入られたらしい。


 からかうつもりのようだ。


「姉上、そろそろその辺で……」

「タケル君タケル君、私とリシャリだったらどっちが好み?」

「なぁっ!?」

 

 王宮に、娯楽は少ない。


 学問に魔法にダンスに社交と、一日の大半が『お仕事』関係だ。


 なのでルゥルゥ姉上にとって、騎士をからかうことは貴重な娯楽なのである。


「僕は、そのっ! リシャリ様の、護衛でして!」

「あーあー、振られちゃったわ。そんなに好きなんだ?」

「それは、もう、その。違うんです、僕はそんな思い上がったことは」

「ぷっくくくく、あははははは!!」

「もう良いでしょう姉上……」


 タケルが顔を真っ赤にして目を回し始めたので、助け船を出しておく。


 タケルは女慣れしてないな。これじゃ姉上の良いカモだ。


「タケル君、本当に初心ねぇ……ぷぷっ」

「からかわないであげてくださいまし。姉上、意地悪なんだから」

「だ、け、ど。たかが平民が、王女二人のお茶会に参加できるなんてとんでもない幸運なんだから。光栄に思いなさいよ?」

「は、ははは、はい」

「あっはっは! 緊張し過ぎよ、もう!」


 娯楽のない王宮の中、気を張らずに楽しめる唯一の手段が『姉妹のお茶会』だった。


 これは『社交界の練習』という建前があるので、いくらやっても怒られないのである。


「リシャリ、あんたタケル君を誘って虫採りとかしてないでしょうね」

「していませんわよ。最近は虫を採らずに、ずっと尻を観察していましたの」

「相変わらず変な子ねぇ」


 一方で、王女二人と相席させられて極度の緊張状態のタケルは。


 俺たち姉妹の会話に、カクカクと相槌をうつ機械になっていた。


「そうそう、姉上。私ってばこのあいだ、ケツキリムシを捕まえる凄い魔道具を作りましたの」

「聞いたわよ。パウリックさんから。後で謝っておきなさいよ」

「惨い罰のお詫びとして、あの魔道具の名前をパウリックにしたのですけど……」

「くれぐれも謝っておきなさいよ」


 だがタケル、このお茶会でそんなに緊張する必要はない。


 何せ、一国の王女が二人そろって何を話しているかというと……。


「お姉さまこそ、また社交界をボイコットしたと聞きましたわ。お相手が激怒していたそうですけど」

「んー、今の婚約者が好みじゃないのよねぇ。もっとクールで知的な大人が良いわ」

「好みで結婚相手を決められる立場ですか」

「どうせ選べるなら選びたいじゃない」


 俺は『虫』の話しかしないし、ルゥルゥは『男』の話しかしようとしない。


 ウフフフフって感じの優雅なお茶会ではなく、グデーっと机に突っ伏してクッキーを貪る感じのお茶会だ。


 ぶっちゃけ終わってると思う。


「聞いてよリシャリ。婚約者(ソイツ)からの手紙、誤字だらけだったのよ」

「お相手は騎士様でしょう? 苦手なりに、自ら筆を取ったのは褒められるべきと思いますわ」

「私の名前がリューリューになってるのよ。仮にも婚約者の名前を間違う?」


 俺たち姉妹のお茶会は『王女会(プリンセスパーティ)』などと呼ばれ、どんな高貴な話をしているのかと話題になっている。


 だがその実態は、婚約者への愚痴と謎虫の生態が飛び交うカオスな空間でしかない。


 その証拠にタケル君の態度が、だんだんと緊張から呆れにシフトしていっている。


「しかもこないだ! 私への挨拶が『おはようございマッスル』だったのよ、ふざけてんの!?」

「あー。何か兵士の間で流行ってるみたいですね、その挨拶」

「そんな相手とくっつかなきゃいけないの、絶対にイヤ! 助けてリシャリ!」

「ユーモラスな感じを演出したかったのでは」

「ドン引きよ!!」


 たしかにそんな挨拶してくる婚約者はイヤだな。


「一生独身でいたーい。親の金で贅沢三昧して暮らしたーい」

「その気持ちは分かりますわ」

「コルセットつけたくなーい。最近、腹のお肉がついて苦しいのよー」

「……」


 こんなダメ王女二人を見て、タケルは幻想が崩れた顔をしていた。


 もっと清楚なお姫様を期待していたのだろうか。


 夢を壊してごめんね。王女っても、こんなもんなのよ。


「因みにですが、姉上。今日、私はお父様のご命令でここに来ていまして」

「……あー。いい、何も言わなくていいわ」


 宴もたけなわ、俺は折を見て本題を切り出した。


 今日はここに駄弁りに来たのではない。社交界に出るよう説得しに来たのだ。


「さすがにそろそろ、社交界に出ては? 三連続ボイコットはまずいかと」

「もう、そんなの言われなくてもわかってるってば。……でもやる気が出ないのよー!」


 流石に姉上も、サボりすぎだった自覚はあるようで。


 俺からの忠告に、唇を尖らせながらも頷きはした。


「相手がカッコいい人だったら、喜んでいくわよ。バカの相手をするのは疲れるの」

「姉上より賢い貴族なんて、そうそういませんわよ」

「夢くらい見させてよー!」


 確かに聞いた感じ、今の姉上の婚約者候補はかなり相性が悪そうではある。


 おはようございマッスルと挨拶してくる男とは、俺もあまり結婚したくない。


「私にも理想の王子様がいるのよ。こう、細身でシュッとしてて、目は切れ長で」

「まーた始まりましたわ」

「口調は冷たいけど私にだけ優しくて、頭が切れてちょっとだけ意地悪で……そんな美形に強引に迫られたいの」

「姉上、妄想もほどほどになさいませー」

「だって! 現実の男って、本ッ当にしょうもないんだもん。そりゃ妄想に逃げるわよ」


 姉上はひいき目なしに天才だと思う。


 分厚い本を十分ほどで読み、中身を全て暗唱できるほどだ。


 純粋な『学問』に関しては、四兄妹でも随一だと思う。


 だからこそプライドが高く、ワガママに育ったのだ。


「まぁ、確かに。姉上より頭が良くて、クールな大人なんて……」

「少なくとも近くにはいないわよねぇ」

「一応、お父様は切れ者ですが」

「あんな臭くてデリカシーない男はお断りよ」


 それだけ頭がいいせいで、姉上の理想である『自分より賢い男』なんて滅多にいない。


 だから姉上は、こうも結婚に絶望しているのだろう。


 だが俺たちは王女、結婚することがそのお役目。


 そんな子供みたいな理想の恋愛は諦めて、ちゃんと今の相手と向き合って……。


「……あ」

「どしたの、リシャリ」


 そこまで言って、ふっと。


 そういや最近、えげつないレベルの『天才』に出会ったことを思いだした。


「姉さまより賢いかもしれない男、そういやいましたわ」

「え、マジ?」

「しかも、クール系の大人」

「本当に!?!!?」


 そうだ、ルゥルゥ姉上だ。この人がいた。


 ルゥルゥ姉様が天才であることは、父上もよく知っている。


 彼女から蒸気機関の価値をプレゼンすれば、ちゃんと予算を貰えるかもしれない。


「どんな人?」

「やばいくらい有用な新技術を開発してる人ですわ。研究一筋って感じの」

「いいじゃない。その人の名前は?」

「確か、ジュウギと仰ったような」

「ジュウギ? 知らないわね、平民かしら」

「いえ、確かそれなりの名家だったはず」


 ルゥルゥ姉様は、『ジュウギ』という男に興味を持ったようだった。


 この二人をめぐり合わせれば、噛み合うかもしれない。


「タケル、タケル。ジュウギさんって何家か知ってます?」

「え? えっと、確かウェット家のご長男と仰っていたような」

「ウェット家!!? それって侯爵家の筆頭じゃない」


 え、侯爵家!? あの人、そんな凄い家の生まれだったのか。


 いや。よく考えればそれくらい名家じゃないと、実家の財産だけで何年も研究できんわな。


「……イケる。侯爵家なら、交渉次第で私の婚約相手に出来る!」

「へ? 姉様?」

「父上だって、私にちゃんと社交界に出て欲しいはず。婚約者を今のバカ男から、ジュウギ・ウェットにチェンジする交渉はイケそう……!」


 侯爵家出身の、頭が良いクールイケメンと聞いて何かスイッチが入ったらしい。


 ……男のことになると、すぐ興奮するんだから。


「後は、ソイツが本当に賢いクールイケメンかどうかね!」

「ははあ」

「私をジュウギの前に案内しなさい。見定めてあげる!」


 姉上は大興奮して、鼻息を荒く立ち上がり、


「そいつが私より賢いのか、試してやろうじゃないの!」


 期待に目を輝かせ、まだ見ぬ『ジュウギ』を妄想していた。


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