ひととひと
陽子に呼び出されるのは、これで何回目になるのかは知らない。
毎回断らずについて行くのが悪いのかもしれない。
大衆居酒屋は煙草の臭いがキツい。
今どき分煙がなってない店なんか流行らないよ、と言いたいところだが、年々肩身が狭くなって行く喫煙者達の溜まり場になって逆に繁盛してるらしい。
ぶっちゃけ私は喘息持ちだからほんとにキツいけど、陽子の奢りというので我慢してる。
月末で金が無いと知ってて呼び出すのは断れないから狡い。じゃあちゃんと貯めとけよ、って話だけど、それができる人間が少ないから世の中は回ってるんだよ。
「で、今回は何があったの?」
毎度の如く、向こうから呼んできたのに口火を切るのは私が先だ。聞くまで話してくれないからしょうがない。目の前の陽子は、目を真っ赤に腫らせながらやけ酒を呷っている。
酒癖悪いし、そんなに呑めないから、どうせ翌朝に
「二日酔いでまじ死ぬ…おねがいポカリかってきて」
ってLINEが来るけど、止めるのはもう諦めた。
どうせ止めてもこの子は呑むから。
奢ってもらう分、ポカリくらい惜しくない。それに今日は最悪ゲロ吐かれても大丈夫な服を着てきてる。
前回は仕事終わりのスーツのまま行ったら、帰りにゲロを吐かれた。クリーニング代は奢って貰った手前、なんとなく言い出せなくて自分で払った。翌日陽子は、吐いたことを覚えていなかった。だから今回は、しっかり対策をしてきていた。
呑んで気が済むなら好きに呑めばいい。
真っ赤な目を擦り、鼻を啜りながら、陽子は口を開いた。
出てくるのは毎度お決まりの彼氏の愚痴だ。一度も会ったことがないのに、何度も聞いているせいで私は陽子の彼氏のことをよく知っている。
定期的に喧嘩しては、大泣きしながらやけ酒して私に愚痴るのを繰り返してるくせに、一向に別れる気配がない。
自分の人生に直接関係ない人の情報なんかで脳のリソースを割きたくないのに、定期的に反芻させられるせいで嫌でも記憶に刷り込まれていくのが怠い。
さっさと別れりゃいいのになって思うし、何度もそう言ってるけど、なんだかんだで別れない。
馬鹿だなーっていう心の声は、口から出る前にだし巻きとウーロンハイで飲み込んだ。
そんな陽子に、内心怠いなって思いながらも毎回深夜までこうして付き合ってる私にも刺さるから。
馬鹿だなって解ってても、なんだかんだ離れられないというか、環境を変える勇気がないのは一緒だ。
奢って貰える、という理由で毎回律儀について行くけど、なんだかんだ陽子の財布事情は知ってるから、私が高い酒も刺身盛りも頼まないことを陽子は知っている。
だから私を毎回呼びつけるんだろう。
私はそれをかったりいなと思いながら、誰かから頼って貰えているという小さな優越感がなんとなくあって、だから翌日二日酔いで死んでる陽子にポカリを持って行く。
陽子もその毎回愚痴っている彼氏に対して、そんなもんなんだと思う。
毎回泣こうと、愚痴ろうと、その彼氏といることで陽子の中で何か満たされるものがあるのだろう。だから、何かしらの均衡が崩れない限りは、別れることはないんだと思う。
例えば、私がここでこの店で一番高い刺盛りを頼むとかしたら、その均衡崩れるのかもしれない。まぁしないけど。
私がそれをしない理由と似たような理由が陽子とその彼氏を繋ぎ止めているんだろうな、と思いながら、私は揚げ出し豆腐をつまんだ。
陽子はおしぼりで鼻をかみ、愚痴り続ける。
私はそれにいい感じのリズムで相槌を打ちながら右から左する。酷く聞こえるかもしれないが、ちゃんと聞いて言葉を返すだけ無駄なんだからこれで丁度いい。
どうせ何を返しても、「でもぉ〜…」か「だぁってぇ~…」が返ってくる。
ストレスを最小限に抑える努力をした結果こうなった。私の知り合いに、どんな人の話でも真剣に聞けるタイプの人間がいるけど、本当にすごいと思う。その人を見てると、「ただ人の話を聞くことができる」というのも立派な才能だと思う。
「ゆうくん(彼氏)がもっと大人だったらよかったのに。」
陽子はそれを何度も繰り返し言う。
毎度毎度、陽子がそれを言う度に私は、「ねー」とか「それなー」と返しながら、(でも、そのゆうくんが今の陽子が望む姿をしてたら、多分陽子とゆうくんは出会ってなかったんだろうし、付き合ってなかったと思うよ。)という言葉を酒で飲み込む。
私だって、もっと陽子が大人だったらよかったのに、と思ったことは何度もある。だけど、陽子が陽子じゃなかったら多分私は陽子と友達になれなかったんだろうなと思う。
大学時代、なんかの打ち上げで参加した酒の席で仲良くなった陽子は、最初っから酒癖悪かったし、それを介抱したおかげで打ち解けた。レポートは何度も手伝ったけど、陽子のコミュ力のおかげで私も色んな人と関わる機会を得た。
あの頃はそれが楽しかったし、今もまぁ、多少怠いけど悪くはない。
それでもおそらくいつかは、陽子が陽子で、私が私だから、という理由で私達の友情は終わるんだろうし、それと似たような理由で陽子とゆうくんの関係も終わるんだろうなとは思う。
人が人と付き合い続けるためには互いに変化する必要があると思うけど、それと同じくらいに変化しないことも大事なんじゃないかなって思ったりする。
うまく言えないけど、変化しなきゃいけない部分と変えちゃいけない部分があって、変えちゃいけない部分が変われないから、今私たちは出会って一緒に居るんだろうなって思う。
でも、生きているとその一緒にいるために変えちゃいけない部分っていうのを変えないと自分が自分のままで居られなくなるときが来たりする。
そういう変化が来たときに、きっと今の均衡が崩れるんだろう。
あくまでこれはただの私の自論だけど。
お決まりの流れは相変わらずで、潰れる前に受け取っていた陽子のお金で支払いを済ませ、お釣りと住所のメモと一緒に陽子をタクシーに乗せて解散になった。送っていく余力はない。今回はしっかり準備もしてきたけどゲロは吐かれず終わった。
コンビニで明日届けるためのポカリを買った。
陽子を帰す前に買って渡さなかった理由は、どうせ今日渡しても目を覚ました時に全部飲み干して、明日またLINEが来るからだ。
そんで、数日以内にゆうくんと仲直りした、ってLINEがきて、2ヶ月と経たないうちにまた喧嘩して呼び出されるんだろう。
なんとなくだけど、まだこれを繰り返す気がしている。
空には綺麗な月が浮かんでいた。
秋が傾いて、冬の足音を微かに感じる。
人恋しいと感じながらも、独りで居たい欲が勝る。
と、せっかく感傷に浸ってるときに、空気が読めないどっかの店のキャッチが声をかけてくる。
この神経で生きてられたら人生楽しそうだよな、と思いながら、「すみません急いでます。」と言って足早に去る。
幸い、引き際を弁えられる礼儀は持っていたようで助かった。
けど、ここで押してくるくらい無神経な奴のほうが、彼らが生きてる世界では出世していくのかもしれない。
別のキャッチに捕まらないように、話しかけんなよオーラを出しながら足早に飲み屋街を抜けると、情報量が一気に少なくなって、寂しさが増した。
どっかで多分鈴虫かなんかが鳴いている気がする。ただの耳鳴りかもしれないけど、鈴虫だと思ってたほうがなんか風流でいい気がする。
冬の香りを微かに纏った夜風が、私のそんな考えと酔いとをゆっくりと覚まして行った。




