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校舎の靴音【第一部】  作者: 翠川
第三章 冬の午後の教室で

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第二話 沈黙の理由

 

 リエさんはいろいろな理由で責められていた。


 自分もやられたから。

 悪口を言っていたから。

 性格が悪いから。


 けれど今思えば、どれも本当の理由ではなかったのだと思う。

 理由なんて、あとから作られたものだ。


 いじめを正当化するために、みんなが口にした“言い訳”のような言葉。

 誰もがその言葉を信じたふりをしながら、

 心のどこかで――自分が標的にならないことに、ほっとしていた。


 教室の隅で、彼女たちの笑い声が響くたび、

 私はその音が、どこか遠くの世界から聞こえているように感じた。


 笑いというよりも、空気を切り裂くような音だった。


 窓の外では、冬の日差しが白く傾き、

 教室の床に長い影を落としていた。


 その光の中に立つリエさんの姿は、いつも小さく見えた。

 彼女が下を向くたび、髪が顔を隠し、

 声がその奥に吸い込まれていった。


 私は、何もできなかった。

 ノートをめくる音の向こうで、誰かが小さく笑う。


 そのたびに胸の奥が冷たくなるのに、

 言葉は喉の奥で凍ったままだった。


「見なかったことにする」――それが、いちばん楽な生き方だった。

 あの頃の私は、ただ、毎日をやり過ごすことで精一杯だったのだと思う。


 当時も今も、あの沈黙が正しかったのかは分からない。

 声を上げたところで、何が変わっただろう。


 けれど、あのとき一度でも名前を呼べたなら――

 その一言が、少しだけ何かを変えていたのかもしれない。


 そんな後悔が、今も胸の奥でかすかに疼く。


 ◇


 進学の時期になり、リエさんは他のメンバーと違う高校を選んだ。

 それは偶然ではなく、恐れと距離を取るための選択だったのだろう。


 今になって思う。

 リエさんの選択の裏には、怖れと後悔の両方があったのかもしれない。


 なぜなら、かつていじめる側にいたのは、リエさん自身だったからだ。

 誰かを傷つけた手が、めぐりめぐって自分を叩く――

 そんな形で、あの日々は終わっていった。


 けれど、本当の終わりは、きっとあの時ではなかった。

 いじめる側も、いじめられる側も、

 みんな心のどこかで同じ沈黙を抱えていた。


「何も言わなかった自分」を許せないまま、

 大人になっていったのだと思う。


 それぞれが胸の奥で、小さな音を立てながら。


 時折、あの頃の夢を見る。

 放課後の教室、窓際の席、白い光。


 誰かの笑い声が遠くで響き、私はまた言葉を失っている。

 目を覚ますたび、胸の奥でその音が静かに揺れる。


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