表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
校舎の靴音【第一部】  作者: 翠川
第二章 曇り硝子の教室で

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/10

第三話 冷たい水の音


 田辺さんは、そんな私に苛立ちを隠さず、黙ったままリエさんの机を拭いた。

 その動作は丁寧だったが、どこか強ばっていた。

 そして無言でバケツの水で雑巾を洗った後、雑巾を干しに行ってしまった。

 その背中が教室の出口を過ぎるまで、私はただ立ち尽くしていた。

 何かを言おうと口を開きかけたが、結局、声は出なかった。


 一人残された私は、そのバケツの水を使う気になれなかった。

 バケツの中には、濁った水がゆらゆらと揺れていた。


 私はどうしたらいいのか分からず、重たいバケツを抱えて水を捨てに行った。

 足元の靴音が、やけに響く。

 廊下の奥では、別のクラスの笑い声が遠くに聞こえていた。

 それが、どこか遠い世界の音のように感じられた。


 蛇口から流れる冷たい水で、静かに雑巾をすすぐ。

 水がバケツの縁に当たって跳ねる音が、心臓の鼓動と混ざり合うようだった。

 まるで、何かを責められているような気がした。


 水面に浮かぶ泡が、少しずつ消えていく。

 その泡のひとつひとつが、言葉にならなかった思いのようだった。


 胸の奥がざわざわして、鼻の奥がツンとした。

 気を抜いたら涙がこぼれそうだった。

 でも、泣くのだけは嫌だった。

 ――ここでは泣かない。

 そう自分に言い聞かせた。


 けれど、洗った雑巾を干す手は震えていた。

 誰かがそれを見ていたら、どう思うだろう。

 そんなことまで気にしてしまう自分が、情けなく思えた。


 その日からしばらくの間、田辺さんは私に対してよそよそしかった。

 何度か誤解を解こうと思ったが、結局、言葉にはできなかった。

 言い訳にしかならない――そう思った。



 当時も今も、あの日の選択が正しかったのかは分からない。

 ただ、あの冷たい水の感触だけは、今でもはっきりと覚えている。

 流れる水の音の中に、あの日の私の沈黙が、まだ残っている気がする。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ