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校舎の靴音【第一部】  作者: 翠川
第三章 冬の午後の教室で

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第三話 冬の午後の教室で

 

 卒業してから、同窓会でリエさんの姿を見た人はいない。

 呼びかけが届かなかったのか、それとも、届いても来なかったのか。


 私もまた、あの頃の記憶が強すぎて、参加したことがない。

 あの頃の記憶が、いまも心の奥で音を立てているからだ。

 時間がいくら過ぎても、あの教室の空気は、なぜか心の中で凍ったままになっている。


 あの頃、学校全体がいじめの問題でざわついていた。

 クラスの出来事が噂になり、先生たちは慌ててアンケートを配った。

「見聞きしたことがあれば、何でも書いてください」と言われても、

 みんな白紙を出した。

 私もその一人だった。


 沈黙は、もう習いすぎていた。

 言葉よりも、黙っているほうが安全だと、誰もが知っていた。


 教室の窓から差し込む午後の光は、いつも白く冷たかった。

 机の脚が床を擦る音、廊下を行く靴音――

 そのすべてが、今も耳の奥に残っている。


 ◇


 それから何年も経って、ふとした瞬間にあの頃の風景がよみがえる。

 新しかった学校の廊下を歩く夢を、いまでもよく見る。

 長い影、誰かの足音。

 その音は遠くから近づいてくるようで、

 振り返ると、誰もいない。

 ただ白い光だけが、静かに廊下を照らしている。


 時々思う。

 あの教室で過ごした時間は、本当に終わったのだろうか。

 私の中では、まだ何かが続いている気がする。


 話せなかった言葉、呼べなかった名前、

 そして、あの日の沈黙。

 それらが重なり合って、いまも心のどこかで小さな音を立てている。


 ◇


 あの冬の午後の教室で、私たちは確かに同じ時間を過ごしていた。

 机の脚が床を擦る音、廊下を行く靴音――

 そのひとつひとつが、あの季節の記憶を運んでくる。


 誰のものだったか思い出せない靴音が、

 今も耳の奥で静かに響いている。

 それは、過去と現在の間で鳴り続ける音。

 もう戻れない時間の、かすかな残響。


 冬の光が窓を照らすとき、

 私はあの頃の教室を思い出す。

 そこにいたすべての人の沈黙が、

 ひとつの祈りのように、静かに重なっていく。


 誰も悪人ではなかった。

 ただ、誰も勇気を出せなかっただけなのだ。


 ――あの午後の光の中で、

 私たちは確かに、同じ場所に立っていた。


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