第九話 彼女とキャンプ
昭和のいつか。どこかの世界。季節は春。
「よしっ! これで完成だね」
「なるほどなぁ」
河野が僕に色々と指図して、倒木や落ちてる木の枝を集め、それを組み合わせる。
連結は蔦を使って縛り、形になったら葉がついた木の枝を被せていく。
そうやって小屋が完成した。なんとなく大昔、縄文時代やアマゾンに住む部族の住居っぽい。
「河野ってすごいな」
「そんなことないよ。さてあとは食糧っと。罠を仕掛けるより、私が狩った方が早いかな」
僕は確信する。河野なら熊でも猪でも仕留めるだろうと。
「私は狩りをしてくるから、霧丘君は焚き木を集めておいてくれる?」
「うん。わかった」
「なるべく乾いてて、硬めの木がよく燃えるんだよ」
「そ、そうか。頑張るよ」
こうして僕たちは別行動をして、一時間ほど後にそれぞれの収穫物を持ち寄った。
「わっ!」
思わず声が出た。河野が鹿のような動物を担いできたからだ。
「血抜きも完璧。捌くから、霧丘君は見ない方がいいよ」
僕は動物の解体なんて見たことないから、河野が気遣ってくれる。
「あ、ああ。石でカマドを作るよ」
あ、火はどうやって点けるんだろう?
そんな疑問を思いつつ、僕は父親と一緒に川釣りに行った時、河原で焚き火する時と同じ石のカマドを用意した。
あとは焚き付け用の小枝、枯れ葉や木の皮を小山のように盛り付ける。
僕の背後では何かを切りつけるような音がしているけど、深く考えないことにする。
それより焚き木を集めている時に気づいたこと。下腹部、肝臓に矢が刺さったというのに、痛みを全く感じない。それどころか体の調子がすごく良い。あちこち歩き回って焚き木となる木の枝を何往復もして小屋に運んだけど、全く疲れていない。
河野の一部を移植された恩恵だろうか。
「準備できたよ」
河野の声に振り向くと、大きめの葉っぱを敷き詰めた上に、肉の塊がいくつも転がっていた。血の海を想像していたけど、見当たらない。
「串に刺して食べようね」
「あ、火はどうするんだよ?」
「任せて」
言うが早いか、彼女は小枝と小枝を擦り合わせた。僕の目には見えないスピードで。
河野の手がブレたかと思うと、次の瞬間には小枝は煙を上げていた。
それをそっと焚き付けの上に載せるとパッと炎が上がり、すぐに燃え始める。
なんという手際の良さ。僕は彼女の一連の仕草を眺めていると、子どもの頃、大工さんが作業するのを飽きもせず眺めていたことを思い出した。あの時と同じ、ほんわかとする感じ。
「どうしたの?」
いきなり河野が振り向いた。
「あ、うん、手際がいいなって」
「褒められちゃいました。へへへ」
おいおい、なんて可愛い顔するんだよ。
まるで、まるで……あ、ダメだ。落ち着け自分!
「さっ、焼いて食べちゃおうよ」
河野が慣れた手つきで肉塊に木の枝を刺していく。
「こういうこと、よくやるの?」
「うーん、たまに?」
「やってるんだ」
「前にね、山の中に逃げた異物を追跡した時にね」
あ、そういうことか。
「あいつらもさ、知恵が回るから」
「人間と変わらないものな」
「私達が見つけ次第に処理しているけど……、全部が全部補足できないんだよ」
「それなんだけど、この世界の誰が送り込んでるんだ?」
「それがわからないの。ずっと前に拘束して尋問したけど、そもそも彼らも知らないのよね」
「じゃあ、工作員みたいなものでもないってこと?」
「うん。地球へ送られてきたから、とりあえず生き延びようとしてるだけって感じ」
「そうなんだ……」
「霧丘君、同情は禁物だよ。異物と君たちは決して相容れないから」
ドキッとした。心を見透かされてようだ。
「君たち普通の人が持つ道徳とか倫理、例えば『人を殺しちゃいけない』なんて考えは一切通用しないから。分かり合えることは全然ないの」
ゆらゆらと燃える焚き火を見つめながら、僕は考える。果たして割り切れるものだろうか。
「あ、もう焼けたみたい。はい」
差し出される肉は美味しそうだ。
「塩とかないから、そのまんまの味だろうけど」
「調味料なしなんて初めてだけど」
僕はかぶりつく。牛肉とも豚肉とも違う、あえて例えるなら鶏肉に近い淡白な味。
「意外と美味しいよ」
「そう? じゃ私も」
しばらく僕らは無言で肉を次から次へと焼いては食べ続けた。
高二の冬休み。
僕は後ろの席の美人さんと原始的なキャンプをしている。