第六話 人間として
昭和のいつか。どこかの世界。季節は春。
ものすごい悪夢を見た。
けれど河野に起こされ、彼女が用意した朝食を食べているうちに夢の内容は曖昧になる。河野の料理はプロ主婦である我が母親と互角である。
「で、これからどうするの?」
詳細は覚えてないが、元いたところへ帰れないかもしれない、そんな不安が見せた悪夢ではなかろうか。
「うーんとね、もう少ししたら助けが来ると思う」
「助け? 誰が?」
「神様かな」
「神様?」
理解が追いつかない。
「河野は神様と知り合いなの?」
「うん。土地神様だよ」
「い、いるんだ」
「うん。夢の中でね、もうすぐ助けるからってお告げが来たの。だからそんなに心配しなくてもいいよ」
僕はホッとする。こんなわけわからない異界に、河野と一緒なのは……少しだけ、ほんの少しだけ嬉しいけど、あの化け物姉妹のようなのに出会いたくない。
そんなこと考えながら部屋を見渡す。暖炉に焚べられた薪が爆ぜる。
あの姉妹は山姥の如く、ここで人を……。それを思うと食欲が失せてきて、この家から出たいという気持ちが湧き上がってきた。
「な、なぁ河野、早くここを出たいんだけど」
「そうね。霧丘君は怖い思いしたよね」
主に目の前の“孤高の別嬪さん”が原因だけど。いくら可愛い顔をしていても、彼女は人間じゃない。でも……妖怪みたいな連中を倒してくれているわけで、悪いやつってわけでもない。
あーだめだ! 昨日から変なことが立て続けに起きたから、うまく考えられないよ。
「さっきから次々に変な顔してるけど、どうしたの?」
そう言って微笑む河野は……言い過ぎかもしれないけど天使に見えた。
「あっ、いや、ちょっと心の整理を、さ」
「そうだね。ほんとなら霧丘君は知らずに済んでたことばかりだもんね。改めてごめんなさい」
いきなり頭を下げる河野。
「君を巻き込んじゃった」
「あっ、いや、その、河野も狙ってやったわけじゃないし……」
「君が傷ひとつ負わなくて良かったよ」
……昨夜は文字通り踏んだり蹴ったりだったけどな、お前によってと思うけど、僕を助けるためなのは理解している。
「その……聞いていい?」
「なぁに?」
「あの、北尾みたいなのや、ここの姉妹みたいな化け物はどれぐらいいるんだ?」
「あー。気になるよね。私が処分したのは今年になって五人。他の仲間が片づけたのも合わせて、十五人ってとこ」
「僕たちの街って人口どれぐらいか知ってる?」
「十八万ちょっとだよ」
えっと、一パーセントをずっと下回る、のか。
「でもあいつらは巧妙に活動してるから、一気にってわけにはいかないのよ」
「そうなんだ」
「北尾君が良い例だね。彼はプレイボーイだったから、付き合う女の子を怪物に変えてたんだけど」
あ、河野がそう言ってたな。
「ここにいた人喰いみたいに人を食べるわけじゃないし、正体を探るのに苦労したの」
「ど、どうやって見つけたの?」
「私の仲間に、あ、その子は狐なんだけど絵が上手な子でね。観察力が凄いの。仕草とか癖とか、とにかくその人物が見せるほんの些細な違和感を見つけて、特定していくわけ」
「へぇ、それは凄い」
「霧丘君も観察するのが好きな方だよね?」
「え?」
「よく私の胸とか見てるでしょ?」
「ば、ち、違うよ」
なんてこった! 面と向かって言われると恥ずかしさで死にたくなる。
「私は気にしてないから」
「僕は時々マンガを描くんだ。そ、それでデッサンの為に見ることもある。む、胸ばかり見ていたわけじゃないよ」
「霧丘君がマンガを? 読んでみたい」
「人に見せるようなものでもないし、女子には向かないSFだぞ」
例えば山本など、中学の時から仲良かった男子たちには見せているけど。『お前の描く女って、男の体に胸がくっついてるだけ。エロ本見て練習しろ』と山本からは酷評されてる。
「えー見たいなぁ。ね、向こうへ帰ったら読ませてね?」
「……勘弁してくれ」
SFに登場してもおかしくない存在の河野に僕が描いたSFマンガを見せる……悪夢だ。去年ぐらいから「幼年期の終わり」に影響されまくったのを描いてるからなぁ。
「そんなこと言わないで、霧丘君。お願い?」
手を合わせて頼んでくる河野は、それはもう可愛いけど……。僕はふと閃いた。
「じゃあ、僕の言うことを聞いてくれたら」
「え? なぁに?」
「あのさ、これからさ、河野が、その、怪物を退治する時に、遠くからでいいから見学させてよ」
実際に目の前で起きた出来事は、どれも映画やテレビ、小説のようなフィクションとは違って、“現実だ”という衝撃があった。
「え? 霧丘君、そんなことがしたいの?」
「じ、自分でも変なこと言ってるのはわかる。けど! 自分が生活しているすぐ隣で、河野が、その、戦ってるというか、頑張ってることを知ったから……。もちろん手を貸すとかできないけど、せめて見ておきたいんだ」
別に良い格好したいわけじゃない。河野に守られてる人間の一人として、知らん顔したくないだけだ。
「うーん。それは仲間に相談してみないと、だけどね」
「その仲間って、みんな河野と同じ?」
「ええとね、もちろん同類もいるけど、さっき言った土地神様、その他には狐、猫とか。もちろん悪い妖怪じゃなくてね」
「結構いるんだ……」
「頼れる仲間たちなの」
次の瞬間、僕と河野の体が白い光に包まれる。どこか懐かしい感覚の。