第三十八話 黒い太陽
昭和のいつか。どこかにある街。季節は冬。
前回のあらすじ。テレビを見ていた人達が異常になる、この現象は日本中で起きた。
学校は休校、まずは買い出しに行かないとと思った時。
眠っている母親を起こそうとした時だった。
重い、まるで地響きのような音が耳に飛び込んでくる。
「地震か?!」
でも揺れは感じない。リビングのサッシを開けて外を見ると、空がおかしなことになっているのに気がついた。
「な、なんだあれ?」
距離はわからない。
空のずっと上の方に黒く光るもの。
ちょうど太陽のポジネガを逆にしたらあんな感じだろうか。
まるで“黒い太陽”だ。
音は上から降ってくる。
黒い太陽はゆらゆらと瞬き、不安定な感じで、でもあそこにしっかりと存在している。
「あら! 私ったら寝てたの?」
振り返ると母親が起きていた。
「学校はどうしたの?」
のんきに尋ねてくる母親に僕は慌てて説明する。
「なんかさ、テレビ見ていた人がおかしなことになる事件が日本中で起きたんだよ」
「え? それは大事件じゃない!」
「母さんは気を失ったけど……」
「何? この音」
あの黒い太陽から聞こえる音に母親も気づく。僕は外を指差し告げた。
「見てよ。空に黒い太陽が浮かんでる」
「……うまいこと例えたわねぇ」
「とにかくラジオつけよう」
「テレビは?」
「こんなことあったから怖くて……」
テレビをおかしな顔で凝視していた母親の顔を思い出す。
ラジオは緊急ニュースを勢いよく吐き出した。もちろんあれが何かわかる人なんてない。
チャンネルを次々と変えると、アナウンサーも“黒い太陽”と言っていたので受ける印象は皆同じらしい。
「どうしよう?」
困った顔で母親が言った途端に電話のベルが鳴った。
「父さんかしら?」
母親が受話器を取ると、案の定父親だった。北海道へ長期出張している父親はテレビを見ない人だ。無事なことにホッとする。
「父さん、しばらく帰れないって。国鉄も飛行機もまともに運行してないから」
受話器を置いた母親は少し不安げな顔だ。こんな表情は初めて見た気がする。
「だろうね。僕らの無事を知ったなら、父さんも安心さ。ねぇ母さん、スーパーに品物があるうちに食べ物とか買いに行こうよ」
「そ、そうね。インスタントものや缶詰買っとかなきゃ」
出かける仕度をしている母親を横目に、僕は先に玄関から出る。
向かいの家が目に入る。
誰もいないようだ。
山田さん、そして河野、河野(影武者)のエミリさん、みんな大忙しだろう。
彼女らの無事を祈らずにはいられない。
なんとなく黒い太陽を見上げていると、あの地響きのような音が不意に止んだ。
それまで陽炎のように不安定だった輪郭が、はっきりとする。
そして。
何か、としか言いようがないもの、が降ってきて、僕は家の中へ入ろうとしたんだ。
耳元で「ごめんなさい。せめてあの子の元へ」と誰かの囁きが聞こえたかと思うと、僕は意識を手放した。
暗くて深い闇。




