第三十七話 あくまで前座だった
昭和のいつか。どこかにある街。季節は冬。
前回のあらすじ。テレビを見て異変を起こした街の人々を治して回った。
朝一で連絡網の家から電話で休校の知らせが来た。
テレビは怖いのでラジオをつけると、正気を失った人々についてのニュースが繰り返し流れてくる。
“テレビの光が原因の集団ヒステリー”だと報道されていた。医師会の偉い人が受診の必要はなく、安静に寝かせておくのがいいと喋ってる。
眠りこけたままの母親。昨夜父親から電話があり、職場に泊まったから、交通網が復旧したら帰宅するとのこと。
「母さんは気持ちよく寝てるから心配しないで」
父親に安心するよう伝えて受話器を置いた僕は、昨日のことを思い出す。
昨日、受け持ち分の家を全部回った後、例の屋敷へと戻った。
そこで王戸さんは「お疲れ様でした」の挨拶もそこそこに、慌ただしく違う街へと移動していった。
瑛子さんに「危ないこと頼んでごめんなさい」と謝られ、僕は手を振って否定。
「前と違って白薔薇相手でも怖くありませんでした。前に柚木さんに言われたことが関係していますか?」
と僕は尋ねてみた。
「ええ。それによってあなたは兄さんや文香ちゃんと同じ、私の神気を溜め込みやすい体質になっています」
「?」
黒瀬君や河野と同じ?
「邪なモノに打ち勝つことが出来るようになったのです」
「は、はい」
僕は内心で喜んだ。もう河野に守られるだけじゃなくなったから。
「でも」
そんな僕を戒めるように瑛子さんは続けた。
「今回は人手が少しでも欲しかったので霧丘さんに頼んでしまいましたが、今後は私たちに任せてください」
少し浮かれた気分の焚き火は、バケツで水をかけられたみたいに鎮火した。
「……はい」
「霧丘さんは、本来あのような存在と関わるべきじゃない人です」
「……わかりました」
「兄さんからのお願いでもあるんです」
「黒瀬君の……」
心当たりはある。あの異界で彼は僕の身を案じて忠告をしてくれたんだ。
「護衛ですが、私の分身をひとり派遣します」
「分身? あ」
前に見たことある幼女かな。
「もう既にいますよ」
「えっ?」
僕が周りをキョロキョロと見回すと、降って湧いたように幼女の姿が現れた。
巫女さんのような格好、瑛子さんの面影がある。瑛子さん、幼い頃はこんな感じだったのかな。
「この子は姿を消してあなたのそばに控えています。言葉は話しませんがこちらの言うことは理解していますから」
瑛子さんの言葉にコクコクと頷く巫女幼女。
「じゃ、よろしく」
僕が挨拶すると、ニコニコしながらお辞儀した。
「この街や各地での異変は収束しましたが、東京、名古屋、大阪のような大都市圏ではまだ混乱は続いています。アレらが何をしようとしているのかわかりませんが、どうかお気をつけて」
見惚れてしまうような笑顔で僕を家へと帰してくれた瑛子さん。
神々しい雰囲気を纏う瑛子さんは、あらためて神様なんだなと思わされる。
帰宅してすぐに山本へ電話する。幸い電話は通じているようだ。
「霧丘か!」
「そっちは大丈夫か」
山本の元気な声に僕は安堵する。
「ああ。朝飯食べてた時の記憶がボヤけてて。気がついたら寝てたんだ」
「身体は何ともない?」
「おう。むしろ温泉入ったみたいに身体の疲れが全部とれた感じだよ」
山本の家は僕の受け持ちじゃなかったけど、元に戻した方法は同じだと思う。
つまり神様のありがたい力で祓ったわけだから、霊験あらたかってやつ?
「うちは母親が変になってたけど、今はぐっすり眠ってる」
「お前はテレビ見てなかったんだな」
「うん。寝坊してたから助かった」
「ラジオ聞いたか?」
「ニュースだろう」
「怖いよな、集団ヒステリー。目から入る刺激で人がおかしくなるなんて」
「うん」
もちろん山本に本当のことは言えない。
「小夜や木暮も無事だってよ。河野もか?」
「あ、うん。無事だよ」
不意に聞いた名前に心臓が軽く跳ねる。今、河野はどこかで黒瀬君たちと何かをしているから、僕は知りようもないけど。
でもきっと無事さ。
「そうか。早いとこ食べ物やら買いに行った方がいいぞ。この混乱で店に品物がまともに入ってくるとは思えないからな」
「そうか、そうだよな」
テレビを見る。
この行為に職業や年齢は関係がない。
工場で働く人、トラックの運転手、国鉄の運転士、スーパーの店員、それに警察や自衛隊もだ。
ということは日本中が大混乱だ。
石油ショックの時にトイレットペーパーの買い占め騒ぎがあったじゃないか。
生々しい記憶が蘇る。
そうだ。うかうかしていられない。母親を起こして買い出しに行かないと!
そう思って母親を起こそうとした瞬間、僕はさらに驚くことになった。




