第三十三話 若人の関心事はひとつ
昭和のいつか。どこかにある高校。季節は冬。
前回のあらすじ。
河野の代わりにお姉さんが河野(影武者)となって学校に来た。教室で手作り弁当を手渡してきて僕は困り果てた。
午後の体育。
千五百メートル走のテストだ。
いつもならサッカー部員と陸上部員のトップ争いなんだけど、今日は違った。
僕が、なんと、四分を切るタイムでぶっちぎりの一位になってしまった。
走り出してから変だった。全然疲れない。息も上がらない。
その気になれば何時間でも走れる気がした。
体育教師は変な顔しながらも僕を褒めて『お前さえ良ければ陸上部入らないか?』と言ってきた。
冗談じゃない。二年の三学期に部活へ入るわけがないので断った。
僕はこの教師が苦手だし。
プロレスラーみたいな体格の体育教師、こいつに限らず体育界系はどうも苦手なんだ。
サッカー部と陸上部の視線を避けてグランドの端へ行き、地面に座り込んだ。
他の組が走ってるのを眺めていると近づいてくるのが一人。
「霧丘、やっぱり河野の弁当パワーだよな?」
山本がこれ以上ないぐらいの笑顔でやってきた。
「関係ないよ」
「お前、なんのかんの言いながら河野との仲を深めてるじゃん」
「……」
「どうした? 河野のこと、好きじゃないのか?」
「嫌いじゃない」
「告白とかしてないのか」
「するわけないだろ」
「ふ〜ん。霧丘は好きな子のこと言わなかったもんな、今までは」
本当のことを言うと小学生の時に淡い初恋をしたことがある。
けどそれは思い出したくもない結末を迎えた。山本はもちろん、誰も知らない。
それ以来僕は恋をしていない。二度とごめんだ。
「冬休み前、レコードを一緒に返しに来た時からそうじゃないかと思ってたんだぞ」
そうだ。
あの日僕は河野の正体を知ったんだ。
「だからそんなんじゃないんだって」
「じゃどういう関係なんだ?」
「……。クラスメイトかな」
「霧丘、お前自覚ないだけなんじゃないの?」
「それはない」
「ま、その辺はゆっくり俺の家で聞くよ。小夜も来るって」
「えっ! 万代が!」
「なんだよ、いやなのか」
「だって女刑事みたいだし」
「ぶはは! なんだよそれ」
山本は文字通り腹を抱えて笑い転げた。
放課後、後ろに座る河野(影武者)に『弁当箱、洗って返すから』とだけ言うと、自転車置き場へと走った。彼女は何か言いかけてたけど。
山本の家へ着き、自転車をとめ玄関へ。
「あら霧丘君、いらっしゃい。お母さんは元気?」
山本のお母さんだ。うちの母親と仲が良い。
「はい、元気すぎるぐらいです」
「彼女できたんだって?」
「ブホッ」
思わずむせる僕は母親達の情報伝達の速さに驚いた。
「あ、その、なんでもないです」
逃げるように山本の部屋へと入った。
「霧丘く〜ん」
「待ってたよ」
「え?!」
山本の部屋には万代、そして木暮めぐみがいた。小暮は同じクラスのバレー部女子だ。
「女子バレー部は練習しないのかよ」
「あー、えっとね、エースが抜けたから……」
「ねー。顧問もなんか投げやりで」
「え?」
万代の語ったことによると、家出して行方不明になった生徒、二組の女子はバレー部のエースアタッカーだったそうだ。
「そうだったんだ」
本当のことを知っている僕は平静を装う。
「そんなことより今日はたっぷり聞かせてもらうから」
「ねー」
息のあった万代と木暮。
「ふふ。河野さんのお弁当、美味しかったよね?」
ニコニコしながら問いかけてくる木暮めぐみ。この子も万代と同じぐらい背が高い。万代との一番の違いは胸がかなり大きいことだ。
「見てたのか……」
「みんな見てたよ」
「げ……」
「もう付き合ってるんだよね?」
今度は万代が訊いてくる。
「違うんだって」
「えー? 手作り弁当を作ってくれるのに?」
「霧丘、もう素直に白状しろ」
山本がとどめとばかりに乗ってくる。
「今日の千五百メートル走、ダントツの一位。ラブラブパワーだよなぁ」
「え? そうなんだ!」
「霧丘君、短距離はともかく走るのは苦手だったよね?」
目を輝かせて聞いてくる女子二人に圧倒される。
「練習とかしたの?」
「してないよ。するわけない」
「じゃなんで?」
「たまたまだよ、たまたま」
「えーそんなことあるかなぁ」
僕は一分でもこの場から早く立ち去りたくなった。
「あのマンガ見たら河野さんへの気持ち、丸わかりよねー」
「ねー」
「何! 木暮も読んだのか?」
「うん。皆でワイワイと。あ、松多さんだけ最後にゆっくり読んでたね」
「だね」
女子バレー部で回し読みされてたのか。
「河野さんが出てたもんね」
「うんうん。そっくり」
「霧丘、諦めろ。あれは誰がどう見ても河野だよ」
「……」
その後、山本のお母さんが紅茶やお菓子を出してくれて査問会は一時休憩となる。
「霧丘君、この前も体育で活躍してたし」
「だよねー。あのサーブとか男子バレー部でも難しいよ」
「特訓でもした?」
「するわけないだろう。スポ根マンガじゃあるまいし」
「女子達みんな注目してたよー」
「うん。ヒーローじゃん」
「やめてくれ、頼むから」
女子二人による猛アタックは続く。
「霧丘さ、冬休みが終わってから少し変わったよな」
紅茶を飲みながら山本が呟くように言うと万代も木暮も同意した。
「なんて言うか……目つきが変わった?」
「雰囲気がね、カッコよくなったというか」
「なんなんだ、お前ら。もう帰るぞ」
「だって本当だもん。霧丘君のこと見ているクラスの子、増えたよ」
「……は?」
木暮の発言に僕は固まってしまった。
冗談だよな?
「女子に興味なさそうだった霧丘君が、河野さんと良い雰囲気出してるし。みんな気づいてるって」
「はぁぁ。そういうの本当に苦手なんだよ、僕は」
木暮にきつく釘を刺しておく。
「霧丘、モテモテじゃんか」
「違うだろ。芸能リポーターみたいに絶えずネタを追っかけてるのさ、ヒマだから」
「うわー辛辣ぅ」
口をすぼめて万代が呆れたような顔になる。
「とにかく僕のことは放っておいてくれ。山本、今日はな、あの本を借りに来たんだ」
そう言って僕は本棚にある一冊の本を指さす。
「あ、それか。いいよ」
山本が最近すごく面白かったと言っていたSF小説だ。男が死んだ恋人を生き返らせようと宇宙人と取引きする物語。
前はそんなに興味持てなかったけど、今は無性に読みたくなった。
「来週には返すから。じゃな」
「えっ! 霧丘君、もう帰るの?」
「ゆっくりしようよー」
「万代、木暮、言うまいと思ってたけど、その座り方、スカートの中が見えてるぞ」
「え?」
「うそっ!」
慌てて制服のスカートを抑える女子二人を尻目に、僕は逃走。
後ろから『見えてないって。お前ら霧丘に騙されたんだよ』という山本の声を聞きながら。
帰宅してからも大変だった。
「あら? 台所で何してんの? え? その弁当箱、どうしたの?」
という母親の追求をかわしながら、河野の弁当箱と箸を高速で洗うと、ふきんで綺麗に水滴を拭き取り家を出た。
向かいの家のチャイムを押す。
案の定、河野(影武者)が顔を出す。
「これ」
「そのまま返してくれてよかったのに。美味しかった?」
「それはまぁ。けど今後はなしで頼みます」
「遠慮しなくていいのよ?」
「遠慮じゃなくて困るんです」
「そうなの? 文香から君は購買でパンを買うことが多いって聞いたから」
「周りに見られて大変なことになってるんで。護衛はありがたいんですけど、こういうのは遠慮します」
「そう。わかったわ。それと」
こんな表情、河野はしない。真剣な顔で河野(影武者)が囁くように話し始めた。
「千五百メートル走のことは聞いたわ。君、変わりつつ、いえ変わったのよ」
「え?」
「文香が君に細胞を移植したでしょう? おそらく筋肉や骨格、神経組織にも及んでいるの」
痛みの記憶。
異界で矢を射かけられ、僕は重傷を負った。そして僕を救おうと河野が自分の細胞を移植して助けてくれたんだ。
「わかりやすく言えばスーパーマンになりつつあるわね。ベースが人間だから怪物ってわけではないけど、オリンピック選手並みにはなると思う」
なんだって?
「だからね.体育の授業ではセーブしておきなさい。目立ちすぎるの良くないから」
「……はい」
「それとお弁当には柚木が調合したものを入れたの。やつらに感知されなくなるものをね」
「え?」
「君を攫った個体がいたでしょ? ああいうことが二度とないようにって」
あのコンクリート部屋へ僕を攫った黒薔薇。
『反応は確かにある。感知精度に間違いはないはずだが……。おい』
『我々の同胞を消して回っているのはお前だろう?』
確かにやつはそう言った。
「それなら事前に言ってくださいよ……」
「ふふっ。その方が君が喜ぶと思って」
「クラスのからかい対象になるのはちょっと……」
「いいじゃない。君達の寿命は短いのよ? 青春を謳歌しなきゃ。ね?」
そう言ってウインクする河野(影武者)、いやエミリさん。
「とにかく弁当は困ります」
この人、柚木さんと同じだって言うのに全然違うな。
「若い子は遠慮なんかしないで。ね?」
「はぁ。それじゃ失礼します」
強引に別れを告げ自宅へと帰る。どうも調子狂うな、あの人。
次の日、僕はもっと驚き、そして困ることになる。




