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第三話 無難な未知との遭遇

 昭和のいつか。どこかの世界。季節は春。


「うん。多分、異物を送り込んでくる奴らのいる世界だね、ここ」


 え……。


「地球のどこかじゃないの?」

「ここは地球じゃないよ。それは確実。異物は次元を超えてやってくる話をしたでしょう? つまりここは異次元」

「……別の世界……なぜわかるの?」

「北尾君とかね、アレらと同じ匂いが漂ってる」

「匂い」

「私の嗅覚はすごいんだよ。ここまで匂いが濃いってこと、地球じゃありえないからね」

「そうなんだ……」

「地球の人口と同じぐらい奴らがいたら、こんな感じかな」

「そんなに?」


 河野が平然としているので、つられて僕も少しづつ落ち着いてきた。


「……僕達は地球に帰れるの?」

「それは可能だよ。あいつらと同じように私達だって移動はできる」

「あ、そうか」

「当てがないことはないかな。そんなに難しいことでもないと思うよ」

「……」


 少しだけホッとする。


「私がついてるから安心して。霧丘君を守るから」


 それ、男女逆だろうと再び心の中で言いかけたけど、僕はただの男子高校生。サバイバルの知識どころか、武道の心得なんて体育の授業でやった剣道ぐらいだし、腕力も並。野生の獣にだって勝てる気しない。


「とりあえずどうするの?」

「人がいるところ、集落とか街を目指そうよ」

「そ、そうだね。でもここ……」


 見渡す限りの大森林、ずっと続いているように見えるから途方もなく広いんだろう。


「何とかなるよ。ね? 歩こう。ほら」


 河野が俺の手を取り歩き始める。


「あ、おい、あー、うん」


 河野の手を振り払おうとして思い止まる。そうさ、どうせここじゃ誰も見ていない。恥ずかしくない。それにこんな場所で二人きり、独りじゃないってことを実感させてくれる河野の手の温もりが今は安心できた。


 これで河野が普通の美少女だったらいいんだけどなぁと思いつつ歩いていくと、渓流沿いに出た。静かな流れ、川底の石まではっきり見える。清流ってやつだ。

 飛び越えるのは無理がある川幅で、歩いて渡るには難しそうな深さに見える。


「見て、向こうに道があるよ」


 河野の言う通り、対岸には小径が見えた。文明の気配だ!


「ほんとだ。じゃ人里に繋がってるかも。向こうへ渡らないと」

「慌てなくてもこのまま川沿いに歩けばいいかな」

「ああ、うん」

「ふふっ。霧丘君とデートしてるみたい」

「そんな冗談言える河野の神経が羨ましいよ」

「褒めてる?」

「皮肉で言ってるんじゃないよ」

「ふうん。あ、人だ」


 河野が指さす遠くに小柄な人影が見えた。怪物と遭遇しなくてホッとしたのもあり、僕は自然と足早になる。


 同い年ぐらいの女の子がいた。髪も瞳も明るいブラウンでアジア人とは違う顔つき、服は……古い洋画で見たような古くさい格好だ。木の蔓で編んだ籠を二つ提げている。

 その子はニコニコして僕達を迎えてくれているけど、警戒心が全くないな。田舎の人だからか?


「◼️◼️◼️◼️!」

「ん?」

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️?」

「え、え?」


 何語だ? 英語じゃないしドイツ語やイタリア語、フランス語でもなさそう。近所のプラモ好きお兄さんが見せてくれた第二次大戦のビデオでその辺はある程度知っている。


「あ、あのわかる?」


 ダメ元で問いかけたが、その子は首を傾げて困ったような顔になる。やはり通じていない。


「ま、当然ですね。でも大丈夫よ霧丘君。コミュニケーションは言語より身振りや手振りで伝わる割合の方が大きいから」

「ほんとかぁ?」

「ほら、やってみて」


 河野に背中を押され、僕はやぶれかぶれで身振り手振りで説明を試みた。

 僕達は遠くから来たこと、何もわからなくて困っていること、助けがいること。


「そうそう、その調子」

「……わかる?」


 何となくだが彼女は分かったというような仕草をして、自分の後ろを手で示して歩き始めた。ついてこいってことかな?


 その子、仮の名前としてハイジと命名する。だってそんな服だし。

 僕達はハイジの後に続く。


「霧丘君のコミュニケーション能力は上々ね。さすが見込んだ通り」

「なんだよ。褒めても何も出ないぞ」

「君はそういうの得意そうだなと前々から思っていたよ」

 

僕の何を見てそう思ったのだろう。


「この子さ、仮名だけどハイジと呼ぶ」

「アルプスの少女ですか? 確かにそんな感じね。ふふっ」


 やがて一軒の家が視界に入ってきた。木造で白っぽい土の壁。まさにアルプスにありそうな建物だ。ハイジは僕達に入るように手を振ってきたので、玄関から中へ入る。


 中はリビング風な部屋で、大きめなテーブル、椅子が置いてあり、ハイジによく似た顔の女がいた。二十歳ぐらいかな? ハイジ姉と命名。お母さんじゃないよな?


 ハイジはハイジ姉に何事か言うと、彼女も笑顔になり、僕達に椅子へ座るよう促した。僕も河野も腰を下ろす。


 ハイジがキッチンらしきところでお茶を淹れ、僕達に笑顔で差し出した。茶を出してもてなす、こういった作法は普遍的なのかな。


「あ、ありがとう」


 通じなくても礼は伝えた方がいいだろう。紅茶とも緑茶とも違う味だけど美味しかった。

 よし自己紹介だ。僕は自分を指さして『キリオカ』、河野を指して『コウノ』と繰り返す。


 ハイジの顔がパッと明るくなり『キリオカ、コウノ』と僕達を交互に指さして発音した。名前を伝えるのに成功だ。そして自分を指して『カーノン』、ハイジ姉を指して『ホウ』と言う。仮称ハイジの役割は早くも終わった。


 今度は他の人はいないのかを手振りで質問すると、ホウは首を振る。どうやら家はここだけらしい。人里離れた辺鄙な土地か。その一軒家に姉妹が二人だけ? 親御さんはいないのかな。


 カーノンは河野の服、つまり高校の女子制服に興味深々なようだ。触っては手触りを確かめている。見れば姉妹の服は麻袋っぽいゴワゴワな生地、河野のブラウスを触っては感心したような表情になっている。


 気がつくと夕陽が差し込み、夜が近いと気づいた。姉妹はキッチンへ行き夕飯の支度を始めた。田舎の爺さん家にあるようなカマドに薪を焚べて、大きな鍋を乗せた。中華鍋みたい。


 それから鉈っぽい包丁で野菜を切り刻む。僕は二人のそんな姿をぼんやり眺めていると、不意に河野が耳打ちしてくる。


「霧丘君に残念なお知らせです」

「え? 何?」

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