第二十九話 白い薔薇と狐
昭和のいつか。どこかにある高校。季節は冬。
「霧丘はさ、バレー部の助っ人になるといいかもな」
体育の授業中、いきなりこんなこと言ってくるのは山本。我が親友にして悪友だ。
掛け声やボールの跳ねる音、隣のコートから女子の歓声がエコー付きで響く体育館。
自然と話す声も大きくなる。
「え? なんでだよ」
二つのクラス合同で男女に分かれてバレーボールの最中、端っこに僕と山本は座っていた。
「お前さ、運動神経ヘボそうなのに時々すごいことやるやつだねどさ。さっきの試合、お前ポイントゲッターじゃないか」
「たまたまだよ」
見た目的にスポーツマンと程遠いのは自分が一番よく知っている。
「あんなスパイクやサーブ決めておいてか? バレー部の長田とかもびっくりしてたぞ」
山本の言うことは本当で、今日はサーブを打てばすごい回転がかかったボールになるし、後列からのバックアタックも決まった。
なので僕は少し気分がいいのも事実。
「男子バレー部は深刻な部員不足だし」
「それ初めて聞いたぞ」
山本は中学でバレー部だったからバレー部の長田とも親しい。
「真面目にやってた部員が三人も来なくなったんだと」
「そんなことになっていたのか。でも無理だよ。もうすぐ三年だぞ?」
「それぐらい今日の霧丘は冴えてるってこった」
と言って山本はニンマリ笑った。
ボールが床に激しく叩きつけられた音、女子達の悲鳴に近い歓声。
見たら万代がスパイクを決めたようだった。
山本に『どう?』って感じの顔を向けてくる。
「お前の彼女、相変わらずすごいな」
中学の時、山本に誘われて女子バレー部の試合を見に行ったことがある。万代は他の女子に比べて別格で“女戦士”に見えたんだ。
この称号は内緒。言ったら殺されかねない。
「高校に入ってすぐかなりしつこく勧誘されてた」
「部活より山本との時間を選んだもんな。あー冬なのに今日は暑い暑い」
内心では素直に羨ましいと思う。
「霧丘だって河野が」
「それは違うんだって」
「見ろよ」
山本が指差す方を見たら、河野が超人的な動きでボールを拾った瞬間だった。
「河野選手、ピンチをチャンスに変えるスーパープレイ。おっと我がクラスの万代選手も負けじとスパイク。おーっと、河野選手が華麗なレシーブ。解説の霧丘さん、今のプレイ、いかがですか」
実況アナウンサーぽく喋っているが、ボソボソ声の山本。僕も山本の中継ごっこに付き合うことにした。
「万代選手の長身から打ち出される強烈なアタックを華奢な体格で受ける河野選手、逸材ですよ」
「それにタレント並みの可愛らしさですよね、霧丘さん」
「そーですねー。万代選手もなかなかの美形です。おっと、ネットを挟んでの攻防! あーっ!」
河野が他の女子と接触して突き飛ばされる形になり転ぶ。
「おい! 頭を打ったぞ」
女子の悲鳴、そして駆け寄る体育教師。集まる女子達。
男子もプレイ中断し成り行きを見守ってる。
「河野は保健室へ連れて行く。お前達はそのまま続けろ」
大男である体育教師がそう言って河野を抱いて体育館を出ていった。
「大丈夫かな。変な転び方したよな」
「あ、ああ」
確かに変だった。頭から倒れるなんて。
どうしよう。
河野のことだから大丈夫だって思いと彼女を心配する気持ちが一緒になって渦巻いてる。
「霧丘、授業終わったら保健室へ行けよ」
「……お、うん」
言われなくても行くさ。
その時。
また誰かの視線を感じた。
誰?
見渡すもそれらしい生徒はいない。気のせいかな。
僕は自覚している以上に動揺しているみたいだ。
その後のことはよく覚えてない。
保健室へ駆け込むと、ベッドで寝ている河野とその脇に立つひとりの女子。京人形みたいな顔立ち、頭の上にある赤い髪留めが目立つ。
「霧丘君、いらっしゃい」
微笑むその女子は見たことあるけど、名前が思い出せない。
「えっと……河野は?」
「今はお休み中よ。保健の先生も病院に行くほどじゃないって」
「そ、そうなんだ。良かった……」
「彼女だもん、心配したよね?」
「あ、え、何?」
「仲良いでしょ? 霧丘君と河野さん」
「あ、いや、後ろの席だし」
「ほんと不思議。君は普通の人間のはずなのに」
なんだって?
今この子は何を言った?
微笑んだまま彼女は語りかけてくる。
「やっと見せた反応を感知して転移させたら霧丘君だったから、あの人も驚いたでしょうね。そうだったでしょ?」
それは一瞬のことだった。
保健室じゃなくて、前に見たコンクリートの部屋。
河野は床に寝ている。
「どうして君と河野さん、同じように感知できるのかな」
そう言うと女子の顔、半分がまるでバナナの皮みたいにペロリと剥がれた。
「うあっ」
僕は後ずさる。そして反射的にポケットの中にある“それ”を握りしめた。
顔の中味は白い花びら。それが顔だったものに成り変わり、薔薇の花みたいに変化していく。
こいつ!
あの黒薔薇と同じ。
「ここ、向上館高校ってね、知能がそこそこの若い人間が集まってくるから同胞を増やすのに最適なのよ」
どこから声を出しているのかわからないそいつは変わらない調子で話し続けた。
「河野さんに効果あったから、当然君にも」
!
首筋に鋭い痛みが走ると同時に身体が痺れてきた。
僕はあの時の河野と同じように頭から床へ倒れ込む。ぶつけた頭の痛みを感じることもなく、ただただ動けない。
「河野さん用なのに効果あるね。君、人間なの?」
「……」
白薔薇は僕を見下ろすような姿勢で尋ねてくるけど、痺れて口がきけない。
「喋れないよね? 頭に直接聞くから」
白薔薇はしゃがんで僕の顔を両手で掴む。心なしか口調に喜びがのっている。
痛み。
あの激痛がまた僕の脳を襲う。
その時だった。
白薔薇の首に巻き付く黄金色の腕?
「霧丘君、ナイスだよ」
白薔薇の後ろから覗いたのは山田さんだった。顔も金色の毛で覆われている。
「さーて。あんたは生け捕りにするから」
ニコッと笑う山田さん、それが覚えている最後の記憶だ。




