第二十七話 変化した日常
昭和のいつか。どこかにある高校。季節は冬。
隣の家に招かれた後は、特に何事もなく冬休みは終わった。
休み中に僕が宿題以外でやったこと、それはヘヴィメタルのレコードをガンガン聴きつつ、新作マンガを描いた。
僕の場合、パッと思いついたテーマを基軸にストーリーを大雑把に決めて、細かいことはあれこれ考えずに描き始める。
ストーリーや設定を詳しく決めてしまうと、なぜか満足してしまい、描けなくなるのだ。こればかりは僕の性分だから仕方ないと諦めている。
いつものようにケント紙にペンで描かず、真っ白な自由帳に鉛筆で描き殴った。こういうのは小学校以来だけど、とにかく完成を急ぎたかった。
ひとり自室にいると、あの夜の校舎で河野に出会ってから経験したを次々と思い出してしまう。
下着が見えている河野、異界の化け物姉妹、刺さった矢、黒瀬君と優子さん、ヒロア君とセルア皇女、あの怪獣、巨人になった河野、ドラゴン、山田さんや柚木さん、瑛子さん。
普通の生活じゃまず経験できないこと、会うこともなかっただろう人達
最初こそ、それらの出来事をすんなり受け入れていた気でいたんだ。
でも違ってた。
日が経つにつれて、その影響は僕の頭の中で徐々に膨れ上がり、今更ながら動揺しているんだ。
だからとにかくマンガを描くことによって心の整理をして落ち着きたかった。
朝早くから夜遅くまでかかってラストまで描き上げた。こんなこと初めて。
休憩は食事とトイレ、それとレコードをひっくり返す時のみ。面倒だけどやっぱりカセットテープの音質じゃ気分が乗らないから。
ストーリー?
僕好みの『近未来に人類が種として云々〜』なんだけど、やっぱり影響されている。メカの出番が減って、異星人の代わりに妖怪や化け物を登場させてたり。
それと……女性キャラ全員に河野の面影があるので、慌てて描き直す。
「幼年期の終わり」を下敷きにしているのが丸わかりだけど、一日で描いたにしてはそこそこかな。
三学期初日。始業式後のホームルーム。
名前を伏せたまま担任から話があった。また生徒の一人が家出したと。
北尾のことだ。
内心ドキッとしたけれど、僕の顔に動揺は出てなかったと思う。
クラスメイト達が動揺しざわつく中、そっと後ろに振り返る。河野と目が合ってにこりと笑顔を返された。
ホームルームが終わると山本のいるクラスへと向かった。
「お、霧丘」
山本は帰り支度の最中で、その手に自由帳を渡す。
「新作だ。読んだらいつも通り回してくれ」
僕の描いたマンガは山本を起点に何人かの友達によって回覧される。小学生の時からずっとこうだ。
「鉛筆描きじゃん」
自由帳をパラパラとめくりながら山本が聞いてきた。
「うん。早く描きあげたかった」
「そうか。家でゆっくり読むわ」
と言いつつ、山本はページをめくる手を止めて一点を見つめる。
「ふふん。女体の描き方がまた変わったな。これモデルは河野だろ」
山本が指差した女キャラ。
うっ。
否定できない。
「べ、別に」
「誤魔化すなよ。どう見ても河野の似顔絵だぞ」
「なになにー?」
「げ! 万代!」
「何よ『げ!』って。失礼な」
後ろから覗いてくるのは背が高い女子、万代。山本の彼女だ。
「あ、霧丘君のマンガだ。見せて見せて」
「ダメダメダメ。女子は読むの禁止」
「えー?! どうして」
頬を膨らませ口を尖らせる万代。ぶりっ子してもダメなもんはダメだ。
「女に読ませるために描いてない」
「ふ〜ん。そんなこと言ってエッチなマンガなんでしょ?」
「違うわ。SFだよ」
「えー? 私結構そういうの見るよ」
「いいか山本。万代には見せるなよ」
「へいへい」
「絶対だぞ」
「霧丘君のケチ」
山本に念押しして、万代の非難を背中で受け流し、僕は自転車置き場へと向かった。なぜかそこに優子さんがいた。
「あ、ゆ、佐藤さん」
「ふふっ。優子でいいわよ」
「いや、校内でそれは無理ですって。佐藤さん、大人気らしいし」
「らしいって変な言い方」
「だって僕、佐藤さんと同じ高校だなんて知らなかったんですよ。聞きましたよ、有名人だって」
こうして見ると佐藤さんはすごい美人だ。異界にいた時の彼女は髪がちょっとボサボサだったし、化粧っ気も全くなかった。今目の前にいる彼女の髪はさらさらだし、制服もすごく似合っていて全然印象が違う。
「そんなことより、どう? 落ち着いた?」
「あ、はい」
「攫われた件は聞いてる。無事で良かったわ」
「はぁ、ありがとうございます」
「黒瀬君もすごく気にしてたから」
「よろしくお伝えください」
「どう? 河野さんと仲良くしてる?」
「は、ま、まぁそこそこ」
「あの子に優しくしてあげてね?」
「あ、はぁ……」
「何かあったら遠慮なくあの子と山田さんに言うこと。約束できる?」
「……はい」
「そう。良かった。じゃ、またね」
小さく手を振りながら去っていく優子さんを見送りながら、僕は急いで自転車にまたがる。
目指すは市立図書館。読書タイムだ。
全力疾走で図書館の駐輪場へ滑り込むと、そこに河野が立っていた。
「霧丘君!」
「ど、どうして?」
「護衛だよ」
「そ、そうか」
僕はそそくさと図書館の入り口へ向かった。河野と二人きりのところをなるべく誰にも見られたくない。
「あ、待って」
河野に追いつかれないよう早足で歩く僕は、嬉しいとも困ったとも言えない妙な気分だった。




