第二十一話 僕の事情
昭和のいつか。どこかにある街。季節は冬(僕らは冬休み)。
洋食喫茶と楽器屋が合体した店シューベルト。
アンティークな調度品と内装でシックな雰囲気の店内。洋食喫茶シューベルトはデートに使うカップルが多い───これはこの街の当たり前。
そんな店内で僕は悪友の山本と彼女の万代によって取り調べを受けている。
「ねえ、霧丘君。どうして黙ってるの? 河野さんと付き合ってるんでしょ?」
そう問いかける万代の目は……そう、まるで鷹や鷲のようだった。
その目に恐怖した僕は心の中で彼女の称号を『ノッポのバレー女子』から『猛禽類万代』へと変更した。
「付き合ってないよ。山本が面白がって言っただけ」
そう答えたら万代の目は容疑者を睨む刑事の目になった。
『猛禽類万代』から『女刑事万代』に変更。
「へえ? 自転車に二人乗りする仲なのに? おかしいなぁ」
万代の口元がゆっくりと微笑む形態へと変わる。
「前から霧丘君って、河野さんを目で追ってたし」
「はっ? 何言ってんの。そんなわけないだろ」
そんなのいつ観察してるんだ。
『女刑事万代』から『スパイ衛星万代』へ変更。
「霧丘君、わかりやすいもん。君のクラスにバレー部の子がいるでしょう? 木暮めぐみちゃん。彼女もそう言ってたから」
「……なんだそれ」
思った以上に僕が河野を観察していたことに気づかれていたらしい。
「あーわかった、わかったよ。はいはい。確かに見てたよ」
「ほらやっぱり。あ、でもね」
「何だよ」
「霧丘君の目は恋をしている目じゃない……ね」
「え? 何だそれ」
「今はまた違うけど、以前見かけた霧丘君が河野さんに送る視線は……何だろう」
「マンガのためだろう?」
そこで山本が口を開いた。
「えっ? 何それ」
万代はびっくりして山本の方へ振り向く。山本は意気揚々と話し始めた。
「霧丘のマンガに出てくる女キャラってさ、指摘したことあるけど“男の体の胸が膨らんでる”感じだった」
……その通りだよ。指摘された日のことは今でも覚えてる。
「それで俺は『エロ本でも買って写生しろ』ってアドバイスしたんだよ」
「ふんふん」
万代が前のめりになって聞いている。やめてくれ。
「それがさ、二年になってから変化し始めて、細身の女キャラばかりになった。その体型は霧丘の後ろの席を見てすぐわかったよ」
やめてくれ!
「河野そっくりなんだ。だからあの子をモデルにしたんだろうってピンときた」
図星だから何も言えない。山本のやつ、マンガを描かないくせに見る目だけはあるからな。だか一番に山本に読んでもらうんだけど。
「そうなんだぁ〜。霧丘君、モデルにするってことは河野さんが好みってことだよね?」
「い、いや別に」
万代、まるで喜んで尻尾を振りまくる犬みたいに見えてきた。それぐらい嬉しそうである。
「ねぇ、そのマンガ、今度私にも見せてよ」
「謹んでお断り申し上げます」
「えーなんでぇ?」
万代は頰を膨らませ僕に抗議する。
「女子向けじゃないSFだから。『ソラリス』や『幼年期の終わり』とか興味ないだろう?」
「それマンガ?」
「いや小説だ。そういうマンガを描いてるんだよ。女子にはお勧めしない」
「ふぅん。でも見たいな」
「ダメなものはダメ」
「あはは。照れてる照れてる」
「霧丘、意地張ってないで小夜に見せてやれよ」
「ダメだって」
万代はグイグイくる性格だ。僕は彼女が少し苦手とするタイプ。二人とも別のクラスで良かったよ。
「恥ずかしがることないよ。今度さ、四人でどこか行こう。いつもさ部屋でレコード聴くばかりで退屈してたんだ」
「な! 小夜! お前そう思ってたのか」
「いつもいつもじゃ飽きるってこと。一緒に街を歩いたりしたいもん」
「かーっ! 分かってないな。そんなことしてみろ。誰かに見られたりしたら、学校中で噂になるぞ」
僕も山本に賛成。登下校を仲良く一緒にしたりして『私たち付き合ってまーす』アピールを公然とするなんて、僕は絶対やりたくない。
「山本君、そんなにイヤなの?」
「当たり前だ。なぁ霧丘」
「うん。万代さん、僕もそれはイヤなんだ」
「二人とも根暗ねぇ」
「皆が知ってるカップルが二人で話していたとするだろ? それを離れたところから他のやつらが『ほら! あれあれ』って感じで指さしたり、くすくす笑いながら見るわけだ。俺はあれに耐えられん」
以前山本と二人で話したことだ。こういうところで僕と山本は意見が合う。
「そうなの? ね、霧丘君も?」
「うん。あの空気感、苦手だな」
「そんなに気にしなくていいのに。私は平気」
女は強いというか、万代は男前な女子だと思う。僕は今になって山本と彼女が付き合ってる理由がなんとなくわかった気がした。




