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後ろの席の美少女(プレデター)に恋をする  作者: はるゆめ


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第二十話 楽器とレコードも売っている洋食喫茶

 昭和のいつか。どこかにある街。季節は冬(僕らは冬休み)。


 河野が笑う。

 河野が真剣な顔をする。

 河野が悲しそうな顔をする。

 次から次へと変化する表情を見せる彼女を僕はただ立ち尽くして見てる。

 遠くからはキーボードを大胆に取り入れたプログレハードロックが聞こえてきて……。


「山本君から電話よ! 冬休みだからっていつまで寝てるの」


 母親の声で夢から覚めた。

 寒い。

 ノロノロと布団から出て階段を下りていく。


「もしもし」

「霧丘、シューベルトへ行こうぜ」

「何だよ、朝っぱらから」


 シューベルトは商店街の入り口にある洋食喫茶兼楽器屋という変わった店だ。


「話したいことあるから。何なら河野も呼べよ」


『河野』。

 その言葉が出た瞬間に心臓のリズムが乱れた。


「なんで河野……」

「十時に楽器店の方でな。待ってるぜ」


 いつものように一方的に喋って山本は通話を切る。シューベルトでレコードを買う時、いつも山本は僕を誘う。僕はうんざりして受話器を置くと洗面所へ向かった。


「冬休みだからって河野さんとデートばかりしちゃダメよ」

「何だよそれ。山本とシューベルトに行くだけだし」

「あの子は成績いいから。あんたは違うでしょ」


 そうなのだ。山本は学年トップクラス。僕は数学と化学、物理が足を引っ張り……やめだ、やめやめ。


 十時前。シューベルトの楽器店側へ入るとまず目につくのはそれらしい格好のバンドやってる高校生や大学生。彼らはギターが並べてあるコーナーで話し込んだり、手に取って弾いたりしている。

 彼らを横目に奥のレコードコーナーへ行くと山本が物色中だった。


「おぅ早いな」

「十時だって言ったのお前だろ」

「……」


 山本は僕を見ると神妙な顔になった。どうした?


「何だよ、気色悪いな」

「あ、いやぁ。霧丘、雰囲気変わったな」

「え?」


 内心ドキリとする。


「ふぅん。彼女ができたからか。そうかそうか」

「アホなこと言ってないで早く選べよ」


 山本はゆっくり吟味してからレコードを買う、衝動的に買う僕とは対照的だ。


「ふぅん。見ろよ。今のメンバー最後のアルバムだ。まーたメンバーチェンジを発表したからなー」


 ヘヴィメタルのトップに君臨するバンド。ワールドツアーで世界中を回り、音楽に詳しくないやつでもその名は知っているバンド。

 出たばかりの新譜を手にして山本は僕を見た。


「山本がそれ買うなら、僕はこれだ」

「霧丘はそれ好きだよな」


 僕が選んだのはイギリスの新進気鋭、ヒットチャートの常連となったバンドのアルバム。パンクロックの技法を取り入れた曲作りはそれまでの“叙情性”を削ぎ落とした。


 イギリスは日本と違って制度としてではない階級性がまだ生きている。音楽雑誌のインタビューでそう語ったのは、僕が買おうとしているバンドのリーダーだ。


『イギリスでは大工の息子は大工、酒屋の息子は酒屋にしかなれない。ビッグになろうと思ったらサッカー選手になるかバンドで成功する以外に選択肢がないんだ』


 日本も士農工商という身分制度があった江戸時代。それは遠い昔になった昭和だけど、緩やかにそれは残ってると思う。


 例えばサラリーマン家庭の僕が医者になろうと思ったらまず無理だろう。私大の医学部なんて年間の学費が数百万って話だし。我が家にそれが出せるとは思えない。


 僕の将来。実のところ何も考えてないんだよなぁ。漠然と大学へ行くもんだと思ってるけど、父親と同じサラリーマンだろうか。


「何だよ考え事か? レジ行こうぜ」


 つい考え込んだ僕を山本が急かす。レジには髭が似合う店長が僕らに笑顔を向ける。


「毎度ありがとうね。向こうで山本君の彼女が待ってるよ」


 向こうとは店長の奥さんがやっている洋食喫茶のことだ。


「はい。あ、霧丘に彼女ができたんですよ」

「ほお!」

「バカっ、山本! 変なこと言うな」

「霧丘君、彼女は来てないの?」

「彼女じゃないです」


 僕は支払いの済んだレコードを掴むと洋食喫茶側へと急ぐ。


「毎度ありがとう。ごゆっくり」


 店長はニコニコ、山本はニヤニヤ。


「待てよ霧丘、そんなに慌てるなって」

「お前が余計なこと言うからだよ」


 そんなやり取りしつつ、ドアを開ける。


「いらっしゃいませ」


 店員の女子がいた。あれ? 見たことある子だな……誰だっけ。


「あちらでお客様がお待ちです」


 山本の彼女が座る奥の席を指し、僕らを案内する店員。少なくとも山本のこと知ってるのか。


「やほー。霧丘君。ふふっ」


 山本の彼女、万代(ばんだい)小夜が、向かいの家のおばさんみたいな顔して待っていた。


「……」

「あれ? どうしたの?」

「霧丘のやつ、照れてるんだよ」

「そんなんじゃないよ」


 河野のことはとっくに伝わってるんだろう、脚色されて。

 僕と山本はコーヒーを注文。早くも帰りたい気持ちでいっぱいになる。これから記者会見みたいになるのが予想できたからだ。


 万代(ばんだい)小夜は山本と同じクラスの子で、すらっと背が高い元スポーツ女子だ。中学の時はバレー部だったが、高校では帰宅部になった。


「霧丘君、河野さんと付き合ってるんだって?」


 堪えきれない感じで万代(ばんだい)が聞いてくる。

 芸能リポーターかよ!

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