第十五話 記憶上映会
昭和のいつか。どこかにある町。季節は冬。
案内された部屋は旅館の大広間みたいに広く、煤けた柱に古びた畳、何だろう父親の実家、田舎のじいさんの家みたいな懐かしさがある。しかも外から見た家と大きさが合わないんだけど。
そこにいたのは三人。黒瀬君と優子さんが笑顔で迎えてくれた。
「黒瀬さん! 優子さんも!」
河野が駆け寄ろうとしたが、すぐに柚木さんに引き戻された。
「霧丘君のことが先よ」
「あっ、はーい」
黒瀬君が僕を気遣うように話しかけてきた。
「霧丘君、体調はどうだい?」
「う、うん。大丈夫だよ」
自然と優子さんの隣にいる女子に目が行く。髪の長い綺麗な子だ。
そんな僕の視線に気づいたんだろう、黒瀬君が紹介してくれた。
「妹の瑛子だよ」
「霧丘さんですね。兄がお世話になりました」
丁寧にお辞儀されて僕は恐縮してしまう。
「あ、いや、世話になったのは僕の方で……」
この子が神様なんだな。それにしても綺麗だ。黒瀬君の周りには美人ばっかだな。
少し羨ましいけれど、彼の境遇を考えたらそうでもないかと思ったり。
「あのぅ霧丘君、君の記憶を覗かせてほしいんですが……」
「え?」
柚木さんがおそるおそる尋ねてきた。
「あ、もちろんプライバシーに関わる部分には決して触れません。この子と君が出会って以降、何があったのか君の視覚映像で確認させてほしいんです」
「……ど、どうぞ」
すっと山田さんが僕に近づくとニコッと笑う。
「痛くも苦しくもないから安心してね」
そこからの記憶が曖昧で、まるで夢を見ているみたいな気分になったんだ。
気がつくと僕はひとりで霧の中にいて、テレビのような画面が浮かび上がってくる。
夜の教室で偶然河野と出会ったこと。
彼女の正体。
自転車のライトに浮かび上がるトレンチコートの男。
赤い光。
いきなりの異界。
カーノン、ホウ姉妹との遭遇。
胸に短剣が刺さった河野。
ホウの襲撃。
河野が撃退。
あぁそうだった。まるでモンスター映画みたいだったな。
「ちょっとストップ」
「はいよ」
柚木さんと山田さんの声が、どこからか聞こえてくる。
「これは……ショッキングな体験してるわね。文香、霧丘君のメンタルサポートは適切にしたの?」
「え、ええっと。特には」
困ったような河野の声。姿は見えないけれど、しょんぼりしてる河野が想像できる。
「もう、この子は。山田さん、霧丘君はどう?」
「大丈夫だよ。安定してる」
「じゃあ続けてください」
そして変わり果てたカーノンが襲ってきた光景。裸の河野が迎え撃った。
そして河野の首が切り飛ばされて……僕は木片をカーノンの頭に突き刺した。
「山田さん、止めてください」
「オッケー」
再び柚木さんと山田さんの声。
「ちょっと文香! 霧丘君を危ない目にあわせて!」
「ご、ごめんなさい」
「彼の身を隠しておけば良かったでしょう!」
「は、はい……」
うちの母親みたいに怒る柚木さん、そして声がどんどん小さくなる河野。あぁこの二人、本当に母娘なんだなと実感する。
「霧丘君はどう?」
「安定してるよ。意外と肝が据わってるのかなぁ」
「ショックを受けてない?」
「うん」
「じゃ、続けてください」
そして兵士に襲われたこと。
矢が刺さったこと。
今もはっきりと思い出せる痛いというより熱い傷、そんな僕を河野が助けてくれた。
大きく跳んで、矢を抜いてくれて、その後……僕は気を失ったんだ。
目覚めた後に河野がもじもじしながら告げたのは、僕の肝臓を治すために彼女の細胞を移植したってこと。
「緊急処置としては仕方ないけど……山田さん、霧丘君の様子は」
「びっくりするぐらい平然と受け入れてるねー」
「そんなに?」
「この子、意外と大物かもねー。霧丘君、目覚めてね」
すっと夢から覚めるような感覚とともに、意識がはっきりした。布団に寝かされている。
覗き込むように、河野、柚木さん、山田さん。後ろには黒瀬君、妹さん、優子さん。
「霧丘君、今のは山田さんの幻術なんだ」
「幻術?」
「彼女は狐だから、こんな技が使える」
「記憶の上映会みたいな?」
「上手いこと言うね! にゃはは」
また言った。山田さん、変な言葉遣いするな……。
「とにかく文香が巻き込んじゃってごめんなさい」
柚木さんに頭を下げられる。
「霧丘君、まず風呂に入ってくれ。さすがに少し匂う」
「えっ?」
「俺たちはもう入ったんだ」
黒瀬君が目配せすると瑛子さんが襖の向こうを指し示す。
「あちらです」
「は、はぁ」
「その間に服と自転車は用意しておきますよ」
柚木さんがニコリと笑いながらそう言った。よその家で風呂に入るなんて初めてだ。
「じゃ、じゃあ」
「私も一緒に」
「待ちなさい。もう」
ついてこようとした河野の首根っこを柚木さんが捕まえる。
「この懐きよう……どうしたのかしら」
「あれじゃないか。お年頃とか」
「ふふふ。自然な成り行きかも」
「にゃはは。いいねぇいいねぇ」
皆が何やら話し込んでいるが、僕は案内された風呂へと向かう。
初めての檜風呂。僕は、久しぶりの入浴を堪能した。




