第十一話 僕は部外者
昭和のいつか。どこかの世界。季節は春。
「黒瀬先輩! 佐藤さん!」
河野が駆け寄ったのは二人の男女、どことなく兵士風の服装をした方だった。河野の知り合いみたいだ。
「河野だったんだ」
「はい。黒瀬先輩達もここへ飛ばされたんですか?」
「ああ。下手うってしまってね。で、彼は?」
黒瀬と呼ばれた男が僕の方を見ながら河野に訊ねる。日本人で確定だ。
「クラスメイトの霧丘君です。ちょっと色々あって彼を巻き込んじゃって……」
「はぁっ? おいおい」
「ごめんなさい」
「ちゃんと説明しろ」
河野が話している横で、もう片方の男女――日本人ぽい男と外人ぽい女――が、僕を見ながら会話している。外国語みたいな、僕の知らない言葉。こっちは現地の人?
「災難だったわね」
優子と呼ばれた子が僕を気遣ってくれる。声も綺麗だな。
「あ、まぁ、はい」
少しドキドキしてしまった。全員、河野や僕と同い年ぐらいに見えるけど、彼女は何となく年上っぽい。
すると外人ぽい子と話してた男が僕に日本語で話しかけてきた。
「霧丘君でいいかな?」
「……は、はい」
何だろう。彼も年上みたいな印象だ。質問してみた。
「日本人なんですか?」
「あ、まー、うん、そうだね、先に自己紹介しておくよ。俺はヒロア。彼女はセルア」
外人ぽい子はセルアさんって言うんだ。何となくそうした方がいいと思って、僕は頭を下げる。すると彼女はヒロア君に何か告げる。それに対してヒロア君が何か答えると、彼女は微笑んだ。あ、お辞儀の習慣がないのかな? こっちの人みたいだし。
河野と話を終えた黒瀬君が心底申し訳なさそうな顔で謝罪してきた。
「霧丘君、すまない。俺の身内が君を異常なことに巻き込んでしまった。君の親御さんもさぞかし心配していることだろう」
あ。
どうして。
今の今まで。
親のこと忘れてたんだろう?
そうだよ。
今頃大騒ぎしてるはず。
家出だと思われて……ないだろうな。親との関係は良好だ。むしろ誘拐でもされたと思って母さんなんか取り乱してそう。どうしよう。
そう考えた途端に足腰の力が抜けて、座り込む。
「おい、大丈夫か?」
黒瀬君が僕を支え、立たせてくれた。
「あ、いや、親のこと思い出しちゃって。はは」
情けない声しか出ない。
「ヒロア、どこかゆっくりできるところへ頼む」
「とりあえずさっきのマルハス郊外の山へ戻ろうか」
周りの景色が針葉樹の森の中から、海が見える見晴らしの良い場所へと一瞬で変わった。瞬間移動、テレポーテーション!
すごい!
ヒロア君は超能力者らしい。
「ここへ座ってくれ。優子、お茶セット持ってきてるよな?」
「ええ。すぐに淹れるわ」
河野が作り上げた小屋と同じようなものがそこにあって、僕は木の枝を重ねたところへ座った。
優子さんがリュックから何やら取り出して火を着けている。彼女の仕草がすごく優雅で茶道部の女子を連想した。
「どうぞ」
全員に木でできたお椀が配られる。
「わぁ。優子さん、紅茶ですか?」
「こっちにある茶葉で似た感じのものよ」
河野が珍しくはしゃいでいるのを眺めつつ、一口飲む。ほんとだ。砂糖を入れてない紅茶っぽい。美味しいな。
「落ち着いたかい?」
ヒロア君が話しかけてきた。
「う、うん」
「それじゃ、ちゃんとした自己紹介をして、俺達がどういう状況にいるか説明させてくれ」
「あ、うん」
「霧丘君はSFとか読む?」
「読むよ。好きなんだ」
「おおそうか! なら理解はしやすいかな。質問はその都度してくれたらいい」
ヒロア君が話してくれた内容は、河野との出会い以上にぶっ飛んだものだった。
・ヒロア君は魔導士といってさっきのテレポーテーションを始め、魔導(超能力)をいくつも使える。体の方はこっちで作られたクローン、それに日本から魂を呼び出して入れられたそうだ。日本での誕生日を聞いたら僕より二つ年下だった。
けれど彼は僕達がいた昭和より未来、平成という年号の時代の人らしい。
既にわけがわからないよ。
「質問いいかな」
「はい、霧丘君」
「魔導って超能力みたいなもの?」
「そういう解釈でいいさ。魔法みたいなものさ」
・セルアさんは皇女。皇帝の娘! うわ。偉い人だ。頭を下げてて良かった。この世界の人。彼女はドラゴンに変身できる! ドラゴン……龍?
けど彼女は自分の国から命を狙われていて、それから逃れるためにヒロア君達と霊峰ってとこを目指している。
・黒瀬君と優子さんは、河野と同じ、つまり異界から侵入してきた異物――妖怪みたいな奴ら――を排除する仕事をしていた。
それで河野や僕と同じように、敵によって二年前、ここへ飛ばされてきた。
彼らは傭兵となって今までここで暮らしていた。すごい。
・優子さんは吸血鬼! うわぁぁ。本物なんだ。……あれ?
「質問!」
「はい、霧丘君」
「今、太陽が出てるけど……優子さんは吸血鬼なのに平気なの?」
「ふふ。黒瀬君もヒロアさんも同じこと聞いてきたわね」
優子さんが笑うと黒瀬君とヒロア君も神妙な顔で見合わせ「だってなぁ……」とこぼす。
「霧丘君、フィクションの吸血鬼と実際はかなり違うんだ。話を進めていいかい?」
「あ、はい」
「あー俺も十五歳だし、もっとくだけていいよ」
「え、でも、ヒロア君は……」
僕より年下とはいえ、生きていたのはずっと未来だし、その時は大人だったわけで。
「そっか。うん。いいよ、無理強いするつもりはないから。じゃ、続けるね」
・黒瀬君と優子さんは霊峰にいるドラゴンの力を借りて、地球へ帰るつもり。ドラゴンはすごい力を使えるんだそうだ。彼らを護衛として雇って、その目的を聞いて、彼らを手助けすることにしたヒロア君とセルアさん。
ここまで聞いて大体のことはわかった。まるで小説が映画みたい。
「それで霧丘君、君と彼女も黒瀬達と一緒に地球へと送り返す」
「で、でも、それってできるの?」
「実は、その方法のあてはあるんだ。だから心配はいらないよ」
自身に満ちた顔でヒロア君は言うけど、そうなんだろうか……。
「質問!」
「はい、河野さん」
「ヒロアさん、帰還の方法を知りたいです」
「気になるか……」
ヒロア君が少し考え込む。
「まっ、いいか。今俺の中にさ、河野さんもよく知っている、瑛子さんだっけ? 彼女と同じ存在がいるんだ」
「神様ですか!」
「聞く限りじゃ、その瑛子さんは土地神だけど、こっちのは少し違う。この世界に儀式によって強制的に降ろされたんだ」
「なるほど」
「でもドラゴンの力を借りれば、君達を帰還させることはできるって言うんで」
突然、ヒロア君の顔つきが変わった。
「うふふ。任せてちょうだぁい」
声も女の声に。
「よろしくお願いします」
河野がぺこりと頭を下げたけど、黒瀬君の変化に僕はびっくりして声が出ない。
黒瀬君は河野をじぃっと見つめてこう言ったんだ。
「面白い生まれなのね、あなた」
「はい!」
見ただけで河野が人間ではないってわかるんだ。
すっとヒロア君の表情が元に戻る。
「不意打ちでやるなっての。邪神め」
え? 邪神?
「あーいや、俺がそう呼んでるだけで、邪悪な存在でもないよ」
僕は不安そうな顔をしたんだろう、ヒロア君がフォローを入れる。
「そういうわけで、霧丘君、君だけは早く向こうへ返さなきゃならない。だから明日には霊峰へ行くことにする。もう危険な目には合わないから安心してほしい」
「あ、はい。よ、よろしくお願いします」
僕は思い切りお辞儀した。
セルアさんが何か言って、ヒロア君が言い返してる。気になるな。
「あの、セルアさんは何て?」
「あー、うん、君の反応が初々しすぎて、その、好ましいってさ」
微笑むセルアさん、すごく可愛い。映画女優になれそう。
「桃色空間の発動を検知しました」
急に河野がそう言った。
「え? 何?」
「霧丘君、落ち着いて」
そう言って僕に腕をからめてくる。
「な、何だよ突然。僕は落ち着いてるよ」
「私はお母さん譲りの検知能力があるんです」
河野が変なこと言う。
「あらあら」
今度は優子さんが……ニヤけてる。
「ま、セルアさんはかなりの美人だし、普通の男子高校生なら当然の反応だよ」
黒瀬君まで……。皆、何か誤解してる?
「さっ、若者を揶揄うのはそこまで。まずは腹ごしらえしておこう」
「ヒロアさん、さっき私達がいたところに、肉がそこそこあるんです」
「お? そうか。霧丘君も育ち盛りだもんな。じゃ取ってくる」
そう言った途端、ヒロア君の姿が消えた。えっと魔導だっけ、便利だな。
すぐに肉を手にしたヒロア君が、何事もなかったように現れた。
「これかな?」
「それです」
「じゃ、夕食はシチューにしようか」
わいわいと話しながら、僕達は夕食の準備に入った。僕と黒瀬君はカマド担当だ。
やがてシチューが出来上がり、車座に座って夕食タイムとなった。林間学校みたい。
それぞれ雑談をしている中、僕は人間って驚くことに慣れていくんだと思った。
普段の生活では想像さえしなかった出来事を次々と経験した僕。
それを話すと黒瀬君が笑いながら言った。
「俺もそうだったんだよ。でも霧丘君、君は俺達がしていることに関わってはいけないんだ」
「それはどういう……」
「河野とクラスメイトとして仲良くするのはもちろんいいよ。でも河野に見学を頼んだって?」
「あ、うん。知った以上は知らんふりするのは気が咎めるっていうか……」
すっと真剣な顔になる黒瀬君。
「霧丘君がそう考える気持ちもわかるよ。でも危険なんだ。こうやって異界に飛ばされたり、ね?」
「……」
「君は普通の人間。河野がそばにいても守りきれないことは必ず起きる」
黒瀬君に見つめられ、僕は俯いてしまう。
「だから君には、まっとうな高校生活を送ってほしいんだ」
「……」
「俺はもう後戻りできないから、なおさらそう思う」
「……考えてみます」
「これだけバタバタした後だから、落ち着いてからでいいよ。河野にも言い聞かせるから」
「それについてはすみませんでした、黒瀬先輩」
河野がしょげている!
「いいさ、お前も故意にしたわけじゃないから。今後は気をつけてくれればいいよ」
「はい」
「一人で対処せず、いつでも仲間を頼れ。守るべき対象を巻き込まずにすむように」
河野に言い聞かせる黒瀬君から、怖いぐらいの圧迫感が漂って、それは僕にも伝わる。
彼らが日頃向き合っていることの重大さを、僕は改めて感じたんだ。




