第十話 誰?
昭和のいつか。どこかの世界。季節は春。
河野と森の中でキャンプ生活、その二日目。僕達は朝から焼肉だ。今のところ食材はこれだけだから仕方ない。針葉樹林は豊かな森じゃない。
「河野」
「何かな?」
「風呂入りたい」
「あー」
「陽も高くなってさ、暖かくなったから。川で体を拭きたい」
昼間はそこそこ暖かいけど夜には冷える。でもさすがに……。それとトイレも行っておきたい。地面に穴掘るトイレだけどね。
「じゃ、あっちの小川に行こう。その前に」
「ん?」
「霧丘君にひとつ知っててほしいことがあります」
「あ、うん」
河野が改まったように向き直るものだから、僕もかしこまる。
「まだ人の科学じゃ測定されてないけれど、人の目からある種の電磁波、えっと不可視の光線が出ているの」
「……あ、視線を感じるってやつ?」
よく聞く話だ。僕も経験ある。
「そう、それね。で、霧丘君の安全のために言うと、見つかってはいけない状況になった時、それを思い出してほしいの」
「うん。わかった」
「人よりもずっと敏感な生き物もいるからね」
レディーファーストってことで先に河野が、続いて僕が川で体を清めた。ここの季節が冬じゃなくて本当に良かった。
あの家から持ち出した布切れが大いに役だったけど、髪を乾かすのは無理だった。自然と乾くのを待つしかない。不思議なのは河野の長い髪はサラサラしていた。どうやって乾かしたんだろう。
河野が犬や猫がやるように頭を回転させて水切りしているイメージを思い浮かべつつ彼女を見てしまう。
「なぁに?」
思い切り気づかれてしまった。
「あ、えっと、肉以外も食べたいかなって」
「ああー、そっかぁ。そうだよね。霧丘君は育ち盛りだもんね」
それはお前もだろうと心の中でつっこむ。
「ごめん、採ってくるのは河野任せなのに」
「ううん。栄養のバランスは大事なことだよ。よし。今日は二人で出かけようよ。さ、出発」
そう言うと河野は僕の手を引っ張り、軽快に歩き始める。彼女の背中、ブラウスに空いた穴から白い肌がチラチラと見えているけど、傷らしきものは見えない。
昨日、河野が庇ってくれなかったら、僕に矢が刺さっていた。怖い。
日本じゃ警察官が無抵抗な犯人をいきなり撃ったりしないけど。ここでは躊躇なく矢を射掛けてきた。
───すぐに死ぬこともある、
そう思ったら背中に冷たいものが走るのを感じた僕は、河野に握られた手を少し強く握り返した。
こうして河野と僕は森の中を歩き回り、食べられそうな木の実や草をたくさん集めた。毒味は河野がする。彼女が言うには食べたら有毒かどうかはすぐわかるそうだ。
半分は毒有りだった。
翌日。そろそろシャンプーで髪を洗いたいと考えながら、小屋の外へ出た途端。
誰もいなかったはずなのに、いきなり男女四人が現れた。
「ひっ」
情けない声を出してへたり込む僕。
男二人と女一人は日本人そっくりの見た目、残る女の髪は白、いや銀と黒が混ざってて、顔つきも他三人と違って西洋人っぽい。あと胸が大きい。
「霧丘君? どうしたの?」
小屋から出てきた河野がすぐに彼らを認めると、急に笑顔になった。
「黒瀬先輩! 佐藤さん!」
え?
知り合い?




