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第一話 彼女の正体

 昭和のいつか。どこかにある高校。季節は冬。


 二学期の最後の日。長い長い終業式が終わった。

 長くなったのには理由がある。校長の話だ。

 要約すると『二学期は家出した女子生徒が三名、学校始まって以来の不祥事。交友関係はよく考えろ。高校生の本分である学業に集中しろ』というもの。


 家出した女子のうち一人は隣のクラスだったな。創立は昭和初期の女子校で、戦後からだいぶ経ってから共学になったうちの高校。

 大人しい校風で地元には知られていて、非行なんて全く縁がない。まぁだからこそ大事件てわけだ。


 僕は『家出』と言う言葉が遠い世界の出来事、それこそ映画やドラマでしか知らない非現実的なことに感じられ、大して気にしなかった。まぁ他人事さ。


 それよりひたすら式が早く終わることを願い続ける。それより学校が終わってからのことで頭がいっぱいだ。


 式が終わり各クラスでのホームルーム。担任が校長の話を繰り返す。それが終わると同時に教室を飛び出して、珍しく雪が舞う中を急いで自転車を走らせる。


 市立図書館へ滑り込み、SF小説を読み耽る。これが僕の幸せな日課。

 昨日の続きを読み始める。人間を殺し姿形や記憶を複製してその人に成り替わる宇宙生物が、街を乗っ取っていく話だ。

 ある日、自分の家族や知り合いが中身の違う生物になる……映画にもなったこの小説、かなり怖い。


 読み終えたところで顔を上げたら、窓の外はすっかり暗くなっていた。街灯に照らされた雪が闇の中を白く舞っているのは幻想的だと思う。


 閉館ギリギリの時間まで粘り、明日は朝から来ようと考えつつ自宅へと急ぐ。


「ただいまー」

「山本君から何度も電話があったわよ」


 母親が告げる悪友の名前、はて何の用だろうと思った途端に電話が鳴った。


「はい、霧丘です」

『おいおい、ふざけんなよ! レコードは!』

「山本、いきなりなんだ?」

『レコードだよ! レコード! 今日返す約束だろう!』


 予想通り電話の主は悪友の山本。今日彼に借りたレコードを返す約束があったのを思い出した。


「う……ほんとすまん! 忘れてた」


 我ながらうっかりにも程がある。


「忘れてたじゃないよ! 明日の朝には彼女が来るんだぜ? そんでもってあのアルバムを一緒に聴く予定なんだぞ。俺の大事なデート、どうしてくれるんだよ! すぐに持ってきてくれよ』


 山本は彼女と仲良くレコード鑑賞するのが休日デートの定番だ。羨ましくないぞ。本当に。


「すまん! 学校で返そうと思って、教室に置いたままだわ」

『お前のおっちょこちょいは今に始まったもんじゃないが……』

「……」

『わかってるよな? すぐに取りに行けよ?』

「え……学校へ?」

『当たり前だろ。あのアルバム、洋子も楽しみにしてるんだよ』


 洋子とは山本の彼女である。


『お前は洋子を悲しませたいのか?」

「そんなことないけど……」


 仕方ない。悪友のためだ。


「晩ご飯食べたらすぐに取りに行って、その足でお前ん家へ持って行くよ」

『十時には寝るからそれまでに持って来れるな?』

「うん、それは余裕だ」

「絶対だぞ!」

「わかった」


 山本とは中学からの付き合いでヘヴィメタルを愛する同志。僕と違って小遣いとバイト代の全てをレコードとオーディオに注ぎ込む。貴重な輸入盤まで気前よく貸してくれる山本に僕は頭が上がらない。


 今は六時半。我が家から高校まで数分、そこから山本の家までも数分。

 雪が積もってしまう前に急いで済ませたい。夕飯を飲み込むように腹へ収めると、マフラーと手袋で完全武装。

 その姿を見て母親が怪訝な顔になる。


「ちょっと、どこ行くの?」

「学校へ忘れ物したから取りに行く」

「おっちょこちょいねぇ。気をつけて行くのよ」

「行ってきまーす」


 玄関を飛び出して自転車に飛び乗る。

 発進! 第一目標・高校! 第二目標・山本の家!


 すでに雪はやんでいる。わずかに積もってる雪が月明かりを反射してぼんやりと明るい。

 十分もかからず到着、閉ざされた正門を乗り越え、土足のまま校舎の中へ。急いでるんだ、緊急ということで。


 夜の闇に包まれた学校は不気味だ。どこも真っ暗で、月明かりと消火栓の赤いランプだけを頼りに廊下をゆっくりと歩く。ライトでも持ってくればよかったなと思ってた瞬間。


 人の話し声が聞こえる! 心臓が軽く跳ね、足を止めて息を潜める僕。

 声の主は男だ。


 人のことを言えたもんじゃないが、夜の学校で何してるんだろう。

 今ひとつ聞き取れないので、足音を忍ばせ、声のする方へ近づく。声がしているのは僕が目指す教室らしい。


「だからさぁ、俺の彼女になれって。なぁ」


 この声、隣のクラスの北尾達也だ。校舎の裏でタバコ喫っている現場を見たことある。少しツッパリ風の優男で、いつも女子を連れて歩くやつだ。進学校に来てツッパリなんてどんな冗談? 僕はその手の奴らが本当に嫌いだ。


「何度も言わせないで。その気はないよ」


 え?

 この声……河野文香(ふみか)じゃないか! 僕の後ろの席でクラスどころか学年でも五本の指に入ると言われている美人さん。

 僕は密かにクラスメイト全員に勝手な称号をつけているが、彼女の称号は“孤高の美人”。


「だってよ、お前、こうやって呼び出したら来たじゃないか。嫌じゃないんだろう?」

「すごい自信家ね」


 すごいな北尾。夜の教室に女子を呼び出して告白とか。僕は想像もしたことない。


「違うのかよ」

「うん。君と付き合うんじゃなくて、別の用事ならあるかも」

「へっ? 何だよ、それ」


 河野は誰とでも気安く話すし、誰にでも親切だ。僕が落とした消しゴムを拾ってくれたり、忘れた宿題を書き写させてくれたりもする。


 でも。なぜ“孤高”という言葉が似合うのか。それはクラスの誰とも決して馴れ合わないからだ。誰にも心を開いてないというか。


「北尾君と私が付き合うなんてありえないから」

「何をっ!」


 河野は誰にも心を許さない、そんな確信があった。根拠は何となくだけど。


「じゃ、どういうつもりで来たんだよっ!」

「……」

「何とか言えよ!」


 北尾は怒鳴り声になり、机や椅子がぶつかり合う物音。北尾が動いたらしい。


「やっ!」

「おとなしくしろよ! お前もさ……」


 二人は激しく揉み合ってるようだ。

 まいった。

 忘れ物を取りにきてとんでもない現場に居合わせちゃった。しかもそう親しいわけでもない二人。早く終わって出て行ってくれよと思う。


 人が倒れたような音がしてそれっきり静かになる。北尾が河野を押し倒したのか? うわぁ。頭の中にドラマや映画のそういうシーンが浮かぶ。

 河野は口ではああ言ってたけど、北尾のこと満更でもなかったのか?

 同級生の男女が……なことしている場面に出くわすなんて……僕はなんて不運だろう。


「はぐっ」


 北尾が小さく呻いたような声を上げる。同時に錆びた工具の匂い――鉄錆のような――が鼻をつく。

 僕は好奇心が抑えられなくなって、そっと窓の方へ近づく。そしてそっと中の様子を覗いてみた。


 窓から差し込む月明かりだけが頼りの暗い教室。薄らと白く見えているのは女子の制服だ。

 教卓の前あたり。

 河野の背中と彼女の長い髪だけが見える形だけど、あの音は何だ? 水気のあるものが擦れ合うような音。経験ないけどキスしている音じゃないのはわかる。


 不意に川のせせらぎみたいな音がしたかと思うと、彼女は立ち上がり、いきなり僕の方へ向き直る。


「わ!」


 思わず声が出た上に、尻餅をついてしまう僕。


 暗闇に浮かび上がる色白で整った顔。見間違いようがない。河野文香(ふみか)だ。


 ブラウスは乱れ、下着(ブラジャー)と白い腹部が丸見えだ。

 僕は反射的に目を逸らし、視界の端に河野をおさめる。彼女は恥ずかしがるどころか、隠そうともしていない。ただ無表情なまま僕をじっと見つめるだけ。大きな瞳に感情が全く見えない。

 鉄錆の匂いは相変わらず鼻を刺激し続けている。


 僕は開き直って立ち上がり、教室へ一歩だけ入る。そして意を決して河野に声をかけた。


「あ、あ、や、やぁ」

「霧丘君、こんな時間にどうしたの?」


 河野は普段聞いたこともない無機質な声で訊いてきた。


「や、山本に借りたレコードを、つ、机の中に忘れたんだ。それを取りに来たんだよ」

「そうなんだ」

「そしたら話し声が聞こえて」

「……」

「聞くつもりじゃなかったんだ」


 さっきから頭が目の前にある現実を認めるのを拒否している。 

 けど、これ以上は無理だ。見えないフリをやめ、河野の足元に散らばるジーンズやスニーカー、ブルゾンへ視線をうつす。


 ───北尾はどこに行った?


「見られちゃった……でも困ったな……」

「そ、それ、北尾の服だよな? あ、あいつはどこへ行ったんだ?」


 考え込む河野を問い詰めるが、彼女はそれには答えず独り言を呟いていた。


「記憶処理……ううん、霧丘君にはやってほしくないなぁ」


 僕をチラリと見る。


「でも見られちゃったし……」


 今度は天井を仰ぐ。


「……お母さんに怒られちゃうね」


 目を瞑る。そして左目だけ開けて再び僕を見た。


「でも、霧丘君ならいいかなぁ」


 河野は胸の下の方へ手のひらをゆっくりと持っていく。思わず僕は一歩、後ずさる。


「今ね、北尾君を消化してるの」


 頭の中が一瞬、真っ白になった。


「え? な、何……消化?」

「まずね。北尾君は違う次元からやってきた侵略的生物なの」 

「は? 何それ」


 なんだ。何をいっている?


「放っておくとね、彼は次々と人間を違う生き物へと作り変えていくの」  

「え……は?」

「うまく正体を隠していたから確証を掴むのが遅れたけど、彼と付き合った女の子は三人とも人間とは別の生き物にされてしまったわ」


 言葉として認識できるが、僕は河野の言っていることに理解が追いつかない。


「やがてはこの学校、次はこの街に人間がいなくなるところだったのよ」


 彼女は何を言っているのか。


「その北尾君を私が処理したってわけ。わかるかなぁ?」


 処理した? 北尾を? 消化って言ってたな。つまり食ったのか!


「わ、わか、わからないよ!」


 侵略的生物って何だ?

 それを食った河野は何者なんだ? 怪物か? 或いは宇宙人? 妖怪?

 僕も食われるのか?

 に、逃げないと!

 頭の中を色々なものが高速で駆け巡る。『北尾は人間じゃないが、それを処理、つまり食べたと言う河野も人間じゃない?』と混乱している僕。それでも彼女から目を逸らせないでいた。

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