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「お見合い、ですか?」

「ええ。もちろん、マリアベルが遠慮したいと言うならお断りするけれど」


 どうかしら、と首を傾げるお母様に、私は停止していた思考を回し始める。


 婚約の話が出たのはこれが初めてというわけではない。歴史は長く、財政状況も悪くない伯爵家の娘だ。黙っていても縁談は持ち込まれてくる。

 何度か申し込んできた家の子息と会ったこともあるけれど、……その全てを断ってきたから、今に至るまで婚約者がいない状態が続いている。

 両親は、ことごとく断る私に理由を問いただしたことは一度もなく、また、両親から婚約者候補を紹介されたこともない。

 だから、こうやって母から提案されたことは意外だった。とはいえ、理由を聞いたら、なるほどと思ったけれど。


「あんなに必死に頼まれたら、断り難くてね。せめてマリアベルに聞いて欲しいと、カトリーナに言われたのよ」


 困ったように笑って言われた言葉に、そうですか、と返す。


 カトリーナ。お母様がそう呼ぶのは、ヴェンツェル公爵夫人の名前である。

 夫人は侯爵家の出であり、母の生家と縁が深かったらしく、2人は幼少期から親しかったらしい。

 今でも度々お茶をする仲であり、ーーー今回の話は、そのお茶会でお願いされたようだ。


 それにしても、夫人も相当切羽詰まっているらしい。お母様にまで話を持ってくるということは、そういうことだろう。


 ヴェンツェル公爵家の御子息といえば、社交界でも有名な存在であり、もちろん私も知っている。

 別に、悪い意味で有名なわけではない。むしろ、良い噂ばかり聞くような人物だ。そんな人であればすぐに婚約者が出来そうなものだが、ーーー事実、婚約の申し出は大量にあったそうだーーー彼には婚約者がいない。

 その理由として囁かれているものは、大抵が信用ならないものであるけれど、1つ、もっともらしいものがある。私も、多分、これは本当だと思う。

 お見合いの最中、必ず彼は質問をするらしい。

 質問内容は毎回違うようだ。それでも、彼は毎回、見合い相手の令嬢に質問をする。そして、それに答えたところでお見合いは終了し、後日、お断りの手紙が送られてくるそうだ。


 とある事情もあって、初めは、現公爵夫妻も本人の心に任せていたようであった。しかし、彼があまりにも断り続け、一向に婚約せずに今に至っているため、これはさすがに、と本腰を入れて動き始めたらしい。

 とはいえ、彼と年齢の近い令嬢は、大抵が婚約済みである。公爵家という家格に合うような家柄の令嬢はなおさらに、だ。


 彼より下の、私くらいの年齢でも、伯爵家以上の子息令嬢は大半が婚約者持ちである。子爵家や男爵家の令嬢はまだ婚約していないこともあるけれど、それも時間の問題だ。

 だから、母親同士が仲が良いということを別にしても、私に話がくることは理解できないわけではない……けれど。

 実際に現実になると、この心情をどう表現すればよいのか分からない。


「マリアベル?」


 返事をなかなか返さなかったからだろう。お母様が伺うように私を見る。

 さて、どうするか。自分の心に問いかけてみるものの、結論は出てこない。けれど、このまま黙り続けているわけにもいかない。

 それならば、とお母様に目を向ける。

 ……彼の婚約者に自ら立候補した御令嬢さえ断られ続けているのだ。私が断られないはずがないだろう。


「お会いするだけ、なら」


 頷いたのは、断られると高を括っていたからか。

 母が困った顔をしていたからか。

 夫人から話があったことを意外に思ったからか。

 理由は分からない。

 分からない、けれど。

 最後の理由が答えだと、心が囁いた気がした。



 美しく整えられた庭園。

 爵位に相応しく立派な邸宅。

 案内の者に従うがまま歩く私の脳裏には、先ほどの光景が映し出される。


 お母様を通して挨拶くらいはしたことがあったけれど、私自身はあまり関わりのなかったカトリーナ公爵夫人。馬車を降りてすぐに手を取られ、今回の話を了承したことへの感謝と、息子が見合いを断っても変人の言うことだと思ってどうか気にしないでくれ、と言われた。


 お母様から話を聞いた時も思ったけれど、随分と夫人は気を揉んでいるようだ。私は勢いに飲まれるように頷くとともに夫人を少し気の毒に思ったが……同時に、記憶の中の夫人の姿とは全く異なる姿に、どうしても違和感を拭えなかった。


 けれど、それについてどうこう言うことはしない。あの時とは時が違い、お互いの立場も違う。だから、夫人の態度が違うのも当然であって、『マリアベル』としての私にとっては、いま目の前の夫人こそが、本物であるのだ。


 ーーーそう考えているうちにも、どうやら目的地に着いたらしい。

 案内してくれた侍従から声をかけられ、私は足を止める。少し離れたところで誰かが立ち上がる音が聞こえて、同時に小さく震え始めた自分の手に、内心苦笑した。


「レイラス・ヴェンツェルだ。今日はわざわざ足を運んでいただき、感謝する」


 耳触りの良い低音。あの頃よりも低くなった声に、時の経過を感じる。


「マリアベル・オーリンズと申します。本日は、お招きいただきありがとうございます」


 身に染み付いた礼をとる。もっとも、彼の前でこうするのは初めてだけれど。


「どうか顔を上げて欲しい。……今日はよろしく頼む、マリアベル嬢」


 彼の言葉に、ゆっくりと顔を上げる。かけられた言葉と、目の前に立つ彼の姿に、私は揺れそうになる心を無理やり押さえつけた。

 浮かべた笑みが、発した声が、どうかいつもどおりでありますように、と願う。


「こちらこそ、よろしくお願い申し上げます。……レイラス様」

 

 ーーー拝啓、かつて婚約者だったあなたへ。

 初めて名前を呼ばれたと、気づけた私は愚かでしょうか。


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