表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

03

 煌びやかな照明。美しい衣装。優雅な音楽。

 あちらこちらで話し声と笑い声が飛び交う場所、それがここ、イルストン宮である。

 イルストン宮は、アンセルス城の離れにある宮の1つで、王家主催の舞踏会で利用されることが多い。


 今日開催されている理由は、さしずめ建国記念日といったところだろうか。なお、城下でも建国祭という名の祭りが数日にわたって開かれており、先日ミレーヌと共に街に下りたのも、ミレーヌがこの建国祭に参加したいと言ったからだ。


 ちなみに、ミレーヌは普段から頻繁に街に下り、自分の足で歩き回っているけれど、それは貴族としては珍しい部類である。

 貴族は基本的に、街に下りても馬車で移動する。私も普段は、その1人だ。自分の足で市井を歩くことはせず、目的地に着くまでは馬車を降りない。

 しかし、建国祭の時期だけは、自らの足で歩く貴族が増える。それくらい、城下の建国祭は国民全体にとって魅力的な催しなのだ。


 正直、建国祭とはつまり、前王家が滅ぼされ、現在の王家が生まれた日を祝うものであるため、私にとって由来自体はあまり喜べるものではない。

 確かに自分たちが滅ぼされたのは当然のことであったと思っているけれど、だからといって、たとえ前世とはいえ、自らの死を喜ばれていい気はしない。


 とはいえ、私がマリアベルとしての生を歩見始めた日も同じ日であり、家族も含めた屋敷の者にとっては、マリアベルが奇跡の復活を果たし、健康になり始めた喜ばしい日である。

 めでたい日だと、市井とは別の理由で笑う家の者を見ていると、塞ぎ込んで過ごすのも……と思い始め、なんとなく周囲に流されながら過ごしているうちに、いつの間にか心にある程度決着をつけられるようになっていた。

 年月とは、ただ経るだけでも重要な意味を持つものである。


 ーーーと、そんなことをつらつらと考えている私は随分と暇そうに見えたのだろう。気を利かせた紳士のような人が近づいてきた……が。


「久しぶりですね、オーリンズ嬢」

「ええ、カールス様。お久しぶりでございます」


 どうやら、紳士の皮を被った面倒な人だったらしい。声をかけられたことに内心舌打ちする。

 

「本日の装いも素敵ですね。あなたのような方が壁の華を決め込むのは勿体ないとしか言い様がない。ぜひ私とーーー」

「あら、お上手ですね。けれど、少々風に当たりたい気分でして。お気遣いありがとう存じます」


 相手の言葉を遮って、ふふ、と上品に見えるよう計算づくした笑みを浮かべる。

 明らかに自分の言葉を潰されたというのに、相手も全く変わらない穏やかな笑みを浮かべているので、外から見れば穏やかな雰囲気を漂わせているかのように見えることだろう。


 アリオット・カールス。男爵家の長男である彼は、一年ほど前から、こうやって私にしばしば声をかけてくる。

 それなりに整った容貌で歯の浮くような台詞をサラリと口にするため、一部の令嬢からは人気を集めているようだが、彼の目的を知る私としては、特に心を動かされない。

 もっとも、彼の目的などは私だから分かる、などという奇特なものではなく、少し考えればすぐに分かるようなものだ。


 彼の家、カールス男爵家は、3代前に男爵位を賜った、貴族社会で見れば『新しい』家である。カールス商会という平民の立場から成り上がり、男爵位を授かったのは立派であるが、『商家』として成り上がれるのはここまでだろう。これ以上になろうとすれば、大貴族に目をかけられるしかない。


 その一番近道の方法として、大貴族の御用達商会になる、というものがあるけれど、世の中そう簡単なものではない。カールス家のように身分をお金で買った商会というのは他にもいくつかあり、大貴族の御用達的立ち位置には既に彼らがついている。

 もちろん、どの商会の商品を使うかは大貴族の自由意志で決められるため、そこに付け入る隙がないわけではないが。

 ただ、そもそもの話、男爵家風情が大貴族に直接商品を売りこめるはずがない。そんなことをすれば、貴族社会からは爪弾きにされ、国内で商売をすることさえまかり通らぬこととなるだろう。


 では、どうすればよいのかというと、大貴族まで話を繋げられる人間と繋がりを持てばよいのだ。

 そして、そんないわゆる便利的立場として見定められたのが私だったというわけである。


 私の家、オーリンズ伯爵家は、財産的な意味では伯爵家の中間あたりに位置する家だが、歴史の長さは伯爵家の中でも5指に入るほどのものがある。なので、侯爵家や公爵家といった大貴族とも、家として仲良しというほどではないが、それなりに繋がりを持っているのだ。

 しかも、私は婚約者がいない。私くらいの歳の伯爵令嬢ともなると、まあまあの割合で婚約者がいるものだが、いない。

 これに関して、一応理由はあるけれど、大して深くもない理由だ。それに、別に今すぐ婚約者が欲しいわけでもあるまいし、いない事実自体はどうでもいい。


 そもそも、カールスのような新興男爵家が伯爵家の娘に軽々しく声をかけるなど、友人でもなければ無礼ともとれる行為である。そして彼と私は決して友人ではない。

 つまり、私にとっては不躾な上に迷惑だ。


 もしかしなくとも、カールスは自分の容貌に自信を持っており、そんな自分に褒められて喜ばない令嬢などいないとでも思っているのだろう。けれど、彼にとっては残念なことに、私の心は彼くらいの容貌では反応しない。

 なんといっても、私の前世の容姿は美の女神の使いと見紛うほどのものだったのだ。美しいだけの女であったが、裏を返せば美しさだけは圧倒的かつ本物であった。


 ーーーなどと、明らかに会話を終わらせようとする態度を示しているはずなのに、カールスは私の前から動かない。そこまで我が家に利用価値を見出してくれている点だけはありがたいが、……さて、どうお別れするべきか。

 普通に移動しただけでは着いてくるだろうし、かといって邪魔だとはっきり告げるのは貴族らしくない。どうにか上手く撒けないか……と考えていると、


「マリアベルーっ」


 突進する気かと思うほどの勢いで近づいてきた人影が、目の前になってようやく自分の勢いに気づいたかというようにピタリと止まる。けれど案の定、勢いを完全に止めることができず、前につんのめってしまった。


 予想ができていた私は、そんな人物に手を差し伸べて、


「どうしたの、ミレーヌ。令嬢がそんなに走るものではないわよ」

「……っありがと、マリアベル。でもごめん!それどころじゃないのよ、こっちに来て!」


 私の手を支えに使ったかと思うと、すぐに体勢を立て直して、今度は自分の方へと私の手を引く。

 焦っているらしい心を言葉通り全身で表現するその様子を見て、一体何があるのだろう、と疑問と少しの不安を抱くものの、この場を離れるためには渡りに船のような誘いである。


 状況についていけずに呆然とするカールスへ優雅に笑ってみせて、令嬢らしく礼をする。


「申し訳ありません、カールス様。私はここで失礼いたします。どうか私のことはお気になさらず、お楽しみくださいませ」


 直訳すると、『もう私に声をかけないでくださいね。私以外のご令嬢とお話でもダンスでもお楽しみになって。というかむしろもう二度と話しかけるな』である。

 もっとも、これは私の気持ちであり、カールスに伝わるかどうかは定かではないが。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ