02
マリアベル・オーリンズ。アンセルス王国の伯爵家の娘として生を受けた私は、つい先日誕生日を迎え、16歳となった。
薄い茶色の髪に、若干緑がかった同じ色の瞳。整ってはいるが、これといって目立った特徴がない故に、印象にも残りにくい顔立ち。
黙って座っているだけで絶賛された前世とはほとんど違う容姿だけれど、私は前世よりも良いと思っている。なぜなら、人と気軽に話せるからだ。
美貌とは一種の暴力であると、私は思う。あまりに美しいものを見ると、人は言葉を失い、行動を止めてしまうのだ。そして、ある人はその美しさに忌避を覚えて身を離し、またある人はその美しさに渇望し心を狂わせる。
私は前世でそのどちらもを経験しており、そのどちらにも碌でもない思い出がある。
だから、今世の容姿のような、整っているけれど目立たない程度の容姿が一番良いと気に入っているのだ。人に過剰な好意も畏怖も抱かれないこの容姿が、生きていく上で一番ちょうどよいのだろうから、と。
「ねえ見て、マリアベル。これ、とっても可愛いと思わない?」
興奮したような声に、思考を止めてミレーヌの視線の先を辿ると、なんとも言い難いネックレスが目に入ってきた。
研磨された形跡はなく、大きさも全く揃っていない歪な石が連なり、ちょうどその真ん中あたりに、異様に存在感のある木彫りの熊らしき動物の顔が鎮座している。もはや、3歳児が作ったと言われてようやく納得できるくらいの出来栄えで、正直、熊かどうかさえはっきりしない見た目の一品だ。
正直、これを可愛いというミレーヌの気持ちは、ほんの少しも分からないし、そもそも分かりたいとも思わないけれど、そこは個人の自由だと思うことにする。
「ミレーヌはこれが気に入ったの?」
「うん!とっても素敵。わたし、これ買おうっと」
輝くような笑みで宣言したミレーヌに、周りで商売をしていた人も、商品を見ていた人も、もはや売っている露天商本人もギョッとしたような目を向けた。……いや、売ってる本人がびっくりするってさすがにどうなの?
「……お、お嬢さん。本当にこれでいいのかい?」
信じられないものを見るような目で尋ねる露天商に、ミレーヌは大きく頷く。そんな彼女の姿に、何か思うところがあったのだろう。露天商が別の商品を勧めようとする。
けれど、ミレーヌは頑として受け入れることなく、結局、代金を支払ってネックレスを手にいれた。
果たして彼女の払った額が、商品に対して妥当であったのかは謎であるけれど、こんなに晴れやかな顔をしているのだ。まあきっと良いのだろう。
驚愕の表情を浮かべる周囲を置き去りに、鼻歌を歌い出しそうなミレーヌに手を引かれながら、私はその場を離れる。しばらく喜びに満ち溢れた彼女の顔を見ていたが、ふと疑問に思い尋ねてみた。
「ミレーヌ。あなた、そのネックレスはいつ使うの?」
仮に、近々開催される舞踏会で使うと言われた時は一応止めよう、と考えていると、「うーん、」と首を傾げた後、
「そうねえ、今度の舞踏会で着けようかな。いいと思わない?」
「いいえ全く。むしろやめた方がいいと思うわ」
即座に否定すると、えー?と不満気な声を上げられた。
「どうして?こんなに素敵なのに」
「逆に聞くけれど、ミレーヌはこれと似たデザインのネックレスを身に着けた御令嬢を見たことがある?」
「……ない、かなあ。だから素敵だと思ったんだし」
「そうね、私も見たことがないわ。だから、もしミレーヌがこのネックレスを着けるとしたら、珍しい分きっと目立つわ。ミレーヌは舞踏会で目立ちたいの?もしそうなら、これ以上止めないけれど」
そこまで言うと、ううん、と首を横に振られる。
「目立ちたいわけじゃないよ。……そんなに目立つ?」
「とても。私以外の意見を知りたいのなら、あなたのお母様にも聞いてご覧なさい」
キッパリと言い切ると、ミレーヌは分かったというように頷く。
私としては、むしろなぜ目立たないと思ったのかは激しく疑問である上に、そもそも前提として令嬢が着けるようなデザインではないと思うのだけれど、さすがにそこまでは言及しなかった。
だって、いくら世間一般の意見と同じだと確信していたとしても、それはあくまで私個人の意見であり、押し付けてはならないものだろうから。
「そっかあ。まあ、別に舞踏会以外でもいいもんね。ね、マリアベル。舞踏会楽しみね!今回はあの第一王子殿下と第二王子殿下も出席なさるらしいもの」
にこにこと笑うミレーヌに、「……そうね、」と笑みを返す。
現在8歳の第一王子と5歳の第二王子。幼いながらも王族としての自覚を持ち、アンセルス王国の未来を背負う者として民に愛され、期待される存在である。
前世の私とは全くもって違う存在であり、事実、これまでの人生で何度も何度も前王家との差を教えられてきた。今の王族は前の王族とは全然違う、と一体何度耳にしてきたことだろうか。
前王家が滅んだのは、今から11年前。つまり、このマリアベルが5歳の頃だ。
マリアベルは、生まれた時から身体が非常に弱く、何度も何度も命の危機に陥っていたらしい。伯爵家という、貴族の中でもそれなりに裕福な家に生まれたおかげで、平均より随分と高いレベルの治療を受けていたはずなのに、だ。
前王家が滅んだその日、マリアベルは過去最悪の状態であった。両親は娘の死を覚悟し、3歳年下の弟は泣きじゃくっていたらしい。とうとう心臓の動きも呼吸も止まり、医師がご臨終だ、と伝えようとしたその時、マリアベルの心臓がドクリと鼓動した。
それはちょうど、前王家の王女フィオレンツィアが亡くなった時間と同じであった。
奇跡の復活に、屋敷中の者が歓喜に沸き、医師は過去に例がないと驚愕した。
けれど、多分それは、奇跡の復活などではなかったのではないか、と私は思う。きっと、その時、5歳までのマリアベルは確かに亡くなったのだろう、と。
私がマリアベルになったのは、憑依なのか生まれ変わりなのか、それはよく分からない。
そもそも、考えたところで正解が分かるものでもないはずだ。だから、私もこれ以上のことは考えないようにしている。
私がただ願うのは、マリアベルとしての生を、今度こそ命の限り生きられるようにしたい、ということ。そんな、簡単で難しいことを、ただただ望んでいるだけだ。