ペルソナ
頷くしか能のない首など、どこかに捨て置いてしまえ。是々非々。そんな体たらくでは空集合も泣いている。戸を蹴りつける音がする。あれはいつぞやの首。浮かんでいるのは青い風。リュックサックから落ちた駄菓子。群生するオシロイバナ。長い長い髪がほつれてからまっている。太陽も翳りを見せ始めた。草花と太陽と首を見分けることなど朝飯前だ。あれ、一体何が違うんだろうか。上手く思い出せない。島の近くに住んでいる亀はどっちを向いていただろうか。ぼとぼとと蝋の垂れる気配がする。屋根裏のクリームパン。きっかり三等分されたびん。ガラスにヒビが入ってきた。透明な面が段々と白く濁っていく。ついに見えなくなってしまった。仮面をゆっくりと取り外す。首ごと外れそうになってしまい焦る。仮面は重厚な音を立てて机の上に置かれた。
丑三つ時から開店するお面屋さん。あれは良かったなぁ。薄闇の中にぼんやりと浮かび上がる白い仮面。何とも言えない笑みを浮かべている。店の看板に出会って肝を冷やすのはここぐらいなものだ。手探りで店の入り口を探し当てる。身体を入り口に押し込むようにして入っていく。店の中は外観からは考えられないほど明るい。店主はデュラハン。首なしの怪物だ。聞くと、近々仮面舞踏会が開催されるらしく、その準備に集まった人達で大盛況らしい。しかし、信じられないほど店が広いので人っ子1人見当たらない。何度も訪れているが未だに自分以外の客に出会ったことがない。奇怪至極な仮面の数々。所狭しと並べられた仮面。かと思えばまばらに設置されたものもある。ガラスケースに厳重に保管されたもの。天井にも床にも置いてある。半分だけ埋まった仮面。少し欠けた仮面。真っ平らな仮面。仮面の木。仮面が生えてくるのだ。今回探しているのは浮かぶ仮面だ。店主は両手で数えられるほどしか見かけたことがないらしい。ふらふらと動き回り他の仮面と喋ることもあるそうだ。その姿はまさに異様そのもの。姿を見た他のお客さんによると、血の気が止まるような、生気が吸い取られるような出来事だったという。たまたま落ちていた仮面を手に取ったところ、それが浮かぶ仮面であった。急に喋りかけられて腰が抜けてしまったという。視界が明滅し、上手く呼吸ができなかったと言っていた。周りの重力が強くなり地面に叩きつけられるようだったとも。仮面はその後しばらくふよふよ浮いて周りの仮面と話した後どこかへ行ってしまったという。気になる。一度でいいからお目にかかりたいものだ。その日、日が昇るまで探したが結局見つけることは出来なかった。探している最中に見かけたお気に入りの仮面を自分の仮面と交換し店を後にした。
ふと窓に目を見やると自分の顔が写っていることに気づく。どこかで見たことのある何とも言えない笑みを顔に貼り付けて。はて、どこで見たのやら。デジャブ。仮面屋の看板だ。いやしかし。仮面の下が仮面だなんて。そんなマトリョーシカみたいな構造になっているなんてにわかには信じ難い。釈然としない気持ちで晩御飯の支度にかかる。あれ、あんなところに仮面なんて散らばっていたか。首は落ちていたかもしれないが。首と仮面といえば、以前奇妙な噂を聞いたことがある。ある人の首を調べたところ、無数の浮かぶ仮面の積み重ねで構成されていることが確認されたと。浮かぶ仮面を一枚一枚取り外して行ったら後には何も残らなかったと。そんなはずはない。根も葉もない噂だと当時は一蹴していた。急に不安になって顔をベタベタと触る。繋ぎ目がないかどうか鏡を見てつぶさに確認する。大丈夫だよな? そんなことある訳ないよな? 机の上にはひとつの仮面が置かれている。そんな状況だからか知る由もなかった。机と仮面の間にはかすかに、しかしはっきりとした隙間があることなど。