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カマキリ

軛の銃弾

作者: MAGA

苦しみを感じる暇なんか――与えてたまるか

Fase1


話の途中で――

スマートフォンから、天然パーマの咳き込む声が響いた。

ちくしょう、ワクチンも打ったのによ。

まんまと宿代わりにされたぜウイルスの野郎によぉ――


宿代わりて。

そんな事を考えながら、見ていた動画を中断させられた僕はスマートフォンを持ち直す。

時間は休日の昼下がり、場所は自分の部屋のベッドの上だ。


それでな伊庭(いば)、引き受けて欲しい事があるんだが――

そこまで話して、桜木(さくらぎ)さんは再び咳き込んだ。

思いっきり罹患(りかん)してるじゃないすか、無理したら駄目すよ桜木さん。

おとなしく寝とかないと――


騒がしくて五月蠅(うるさ)くて面倒ごとを持ち込んでくる困った人ではあるのだが――

やはり知り合いが流行病(はやりやまい)(かか)ったとなると心配ではある。

それに――出歩いて他人に伝染(うつ)されても困るし。


治ったらでいいじゃないすか、第一、僕一人で何とかなるような事でもないんでしょ、だって僕――()えないんすから。


んなこた(わか)ってるよ、だから、他をあたってるんだよ。

え、そうなんすか、じゃあ、なおさら僕の出番ないじゃないすか。

いや、それがそうでもなくてな――なにしろ時間が――

そこで再び咳き込み始めた天然パーマに、僕は呆れたように言った。


とりあえず――おとなしく寝ててくださいよ、治ったら詳しく話聞きますから。

無理すると、長引きますよ――


天然パーマはまだ何か言おうとしていたが――

僕はスマホの画面をタップした。


少しだけ、ほんの少しだけ可哀想(かわいそう)な気もしたが――


無理はよくねえっすよ――

僕はそう呟いた。


Fase2


ごめんね伊庭くん、今日は予定あるんじゃなかったの?

そう尋ねる汐見(しおみ)さんに、僕は満面の笑みで応える。

いやあ、大した用事じゃないから、大丈夫だよ、そもそも僕一人じゃできない用事だったし。

そう?よかったあ、一人で観るのもつまんないなと思ってさ、ありがとうね。

汐見さんは、相変わらず涼しげな目元をして笑った。

いやあ、かわいいなあ――


天然パーマから電話を受けた翌日の日曜日、僕は汐見さんと映画館へ向かっていた。

女の子に映画に誘われるなんて滅多にないことだ。

当然テンションも上がっているのだ。

汐見さんの見たがっている映画が怪獣映画なのが引っかかると言えば引っかかるが、僕も嫌いな方じゃないし、まあ問題ないじゃろ。


ねえ伊庭くん、ポップコーン食べよっか?

うん、食べよう食べよう、どのフレーバーがよいかのう――


その時の僕は――なんだか妙なテンションで汐見さんとのデートを楽しんでいた。


この後――何が起きるかも知らずに。


Fase3


面白かったねえ、あれ、全部CGなのかなぁ。

だろうねえ、でもさ、僕は昔の映画の、ミニチュアみたいなのも好きだけどな。

あぁわかる、あれも、いかにも怪獣映画って感じがしていいよねえ。

しかしアレだね、ギャローン相変わらず強かったね。

あたしもそう思うよ、空飛ぶようになったらもう、手がつけられないよねえ――


黄昏時(たそがれどき)の街を、僕と汐見さんは映画の感想を言いながら駅へと歩いていた。

時間が()つのが早いのが――ひどく惜しい。


送ってくれてありがとうね、楽しかったね、また行こうね――汐見さんはひらひらと手を振りながら、駅の改札口に消えていった。


笑顔で手を振り返しながら、僕は今日のデートの楽しさを反芻(はんすう)する。

そのまま、最高の気分のまま、僕は家路についた。

否、つこうとした。

その時――



随分――楽しそうだったわねえ。



後ろから低い声をかけられて振り返ると――


腕組みしたまま仁王立ちしている少女がいた。

長い黒髪が風に(なび)く。

駅を照らすLEDの逆光でよく見えないが――

ガスコンロの火みたいな目が見えた気がした。


お、老久保(おいくぼ)――


老久保(おいくぼ)美咲(みさき)という名のこの少女は、天然パーマと同じように視えないモノを如何(どう)にかするために動いている。

使う獲物(えもの)も、鎌というどこか間抜けさが漂う僕とは違ってリボルバー型の拳銃という――本人のイメージにぴったりの物騒なモノだ。

そしてなにより――恐い。


お、いくぼ、さん――どしたのこんな所で。

いったい何時(いつ)から――


――ギャローンだって、空くらい飛びたいわよ。


わりかし前から居た。


Fase4


珍しい事もあるもんだねえ――

(さび)れた古書店のカウンターに座った先生は、湯飲みを包み込むように持ってそう言った。


どういう――意図(いと)があるんでしょうか、送る事なら、彼でもできることです。

いえ、彼と、蟷螂(カマキリ)の二人がいれば、ですが――

そう私が問うと、先生は苦笑しながら呟くように言った。


それがねえ、流行病に罹ったって(おっしゃ)ってるんだよぅ。

だから出歩くわけにはいかないって。

だけど、猫を放ってはおけないって仰ってるんだよぅ――


猫――


私の脳裏に、あの日の記憶が浮かぶ。

忘れたいと思っていた(いや)な出来事――


それでねえ、蟷螂を寄越(よこ)すから、そちらのお嬢さんの力を貸していただけませんかと、こう仰るんだよねぇ、どうするかねぇ、美咲ちゃん――


つまり、私が蟷螂の目に――

桜木の代わりになる、ということですか。


私は思わず溜息を吐いた。

あの二人と絡むと――どうも私はペースを狂わされてしまう。

というより――無駄口ばかり叩く割に、あの二人の息が妙にぴったりなのが腹立たしい。

歯軋(はぎし)りの回数が増えて(あご)が痛くなるし(ろく)な事がない。

普通なら秒で断るところだが――


私の心を見透(みす)かすように、先生は言った。

美咲ちゃんも気になるんでしょ、たぶん、あの猫だよぅ――

行っておあげよ――

それに、正確にはね――


そこで先生は悪戯(いたずら)っぽく微笑むと、


()()()()()()()()力を貸していただけませんか、って仰ってたからねぇ。

きっとあたしじゃないものねぇ、と笑った。


あの天然パーマ野郎――


歯軋りしそうになるのをぐっと(こら)えた。

顎が痛くなるからだ。

深呼吸して落ち着きを取り戻すと――私は先生に言った。


判りました、行ってきます――


Fase5


桜木さんから、依頼て――

外灯が(とも)り始めた公園のベンチに座った僕が思わず聞き返すと、ブランコに乗っている老久保は小さく(うなず)いた。


半分、黒くなり始めてるみたい。

完全に黒くなる前に、送って欲しいって――


黒くなる、の意味が(わか)るようで(わか)らないが――よろしくはないモノになるというニュアンスだろう。

でも、それさ――


わかってる。

桜木とあなたとでやれば済む話、って言いたいんでしょ。

でも――知ってるでしょう、彼は今、動けないのよ。


それがそうでもなくてな――なにしろ時間が――


桜木さんは――そんなことを言っていた。

いつも騒いで、何なら(はしゃ)いで視えないモノの所へ行く人なのに――何だか焦っていたように思えたが、そういうことだったのか。


でもさ老久保さん、一体何が黒くなりかけ――

そう聞きながら老久保の方を向いた僕はぎょっとした。


ブランコの上の老久保が――立ち()ぎをしている。

しかも結構な勢いで、前へ後ろへと髪を靡かせながら風を切っている。


えええ、大丈夫なのかそれ――

僕がそう思う間もなく――


っらあっ、と小さく叫びながら、老久保はブランコから飛び降りた。

いや、らあっ、って。


砂を散らしながら地面に着地した老久保は、息切れしながら呟いた。

わたし、だって――視たくは、ない、けどさ――


いいよ老久保さん、息が楽になってから(しゃべ)ればいいじゃあないか。

それと――


それと老久保さんさ、ブランコさ、スカートの時は――

立ち漕ぎしない方がいいよ。


老久保は慌ててスカートの(すそ)を払うと、ゆっくりと僕の方を向いて――


見られたところで――減りゃしないわよと、鬼のような眼で言った。


いや君がそれ言ったら(まず)いだろ。


Fase6


家の庭に、よく来てたの――


老久保さん、そう言ってましたよ。

僕がそう言うと、スマートフォン越しに桜木さんが(いぶか)しがっているのが判った。

そんじゃ何か、俺ん家に来てたあいつは――老久保さんの家にも行ってたのかな。

そうかもしれないっすけど――同じやつかどうかは判りませんね、被害にあった猫の数は――片手じゃきかないらしいすからね。

吐き気がするぜおい――

そう言って、天然パーマは反吐(へど)のかわりに大きなくしゃみをした。


矢で――撃たれてた。

瀕死の状態で、家の庭にいたの。

庭にいるところを撃たれたのか、それとも――

撃たれて帰ってきたのか判らないけど――


天然パーマのところへよく来ていたという猫と、老久保の家に居着いていたという猫の特徴は一致する。

どちらも額に白い(ぶち)のある黒猫だったそうだ。

その猫が――矢で射殺(いころ)されたという。

犯人はもう捕まったそうだが――数日前、天然パーマは()()()()()()らしい。


半分黒くなってたからな、普通じゃない死に方をしたんだろうとは思ったんだけどよぉ。

それで――斬ろうとしてたんすね。

僕がそう言うと、桜木さんは嘆息(たんそく)した勢いで咳き込んだ。

おぉ――飼ってたわけじゃねえけどな、放っておけねえって思ってな。

同じような事を、老久保さんも言ってましたよ。

考える事は同じだな――それで、受け取ったか?

ええ、老久保さんから――でも何すかこれ。

僕の(てのひら)には、老久保から渡された小さな包みが握られている。

お守りみてえなもんだよ、愈々(いよいよ)となったらそいつを使え、投げつけてやれ。

投げつけるお守りって何なんすか、もしもし、桜木さん――

派手に咳き込む音がして、会話が中断する。

大丈夫なのか、天然パーマ。


そういうわけだから、後は頼んだぞ伊庭、老久保さんと上手くやってくれ――ああ、それから――


桜木さんは少しだけ声を落として言った。


なるべくだがよ――あの子には撃たせるなよ、同じ猫だったとしたら――(こく)だ。


いや、そりゃそうっすけど――

僕の言葉を(さえぎ)るように、通話が途切れた。


Fase7


その日の夕刻――

今は使われていない古びた倉庫の入り口で、僕と老久保は息を(ひそ)めていた。


ホントにここに逃げ込んだのか――そう尋ねると、老久保はスマートフォンを取り出しながら言った。

先生が仰るんだから、間違いないわ。

それに――確かに反応がある。

老久保は(かざ)したスマートフォンの画面を見ながら呟いた。

スマートフォンに写っている画面は――僕が見ると普通の風景画像だ。

老久保の言う先生や桜木さんや、老久保本人には、また違うモノが視えるのだろう。


中にいるのは――桜木さんと老久保の家に居着いていたという猫だという。

否、正確には猫だったモノだが。

老久保自身も――その猫を少なからず可愛がっていたようだった。


あのさ、老久保さん――

何?

僕の呼びかけに、老久保は銃の弾を確認しながら返す。

中に居る猫さ、君に――(なつ)いてたんだろ。

一瞬だけ動きを止めて――老久保は瞑目(めいもく)した。

――ええ、そうね。

大丈夫なのか。

大丈夫よ。

そうか。


老久保は――きっと大丈夫じゃない。

なんとか至近距離まで近づいて――後ろからでも構わないから、斬るしかない。

僕の考えを知ってか知らずか、老久保は銃の弾倉を元に戻しながら呟いた。

このままにしとくのは――もっと嫌だもの。

倉庫に入っていく老久保の後に、僕も(あわ)てて続く。

たいして広くはない倉庫の中はがらんとして薄暗く、屋根に開いた大きな穴から灰色の雲が(のぞ)いていた。

入り口で身を伏せ、倉庫の(はし)から端へとスマートフォンを動かす老久保の手が右隅のあたりでぴたりと止まる。


あそこに――居る。

かなり――大きい。


がちゃり、と撃鉄(げきてつ)を引き上げると同時に、スマートフォンが大きく動く。

気づいた、走ってる――


スマートフォンの動く方向に向かって駆けながら、僕は大振りに鎌を()ぎ払った。


どうだ――

老久保を見ると、今にも泣き出しそうな顔でスマートフォンを見つめている。


こっちに――来ないで――

老久保の声が聞こえた。


鎌の一撃は――外したのか。


来ないでったら!

老久保の叫びと共に、続けざまに銃声が響く。

(あて)るつもりはなかったのだろう、スマートフォンは再び倉庫の奥へと向けられた。

猫だったモノは――老久保の威嚇射撃(いかくしゃげき)で奥へと再び追いやられたようだ。


老久保さん、弾は――(あた)ったのか。

僕の問いかけに、老久保は(かぶり)を振った。

中途半端に――(あて)られない。

一撃で――仕留めなきゃ。


老久保の考えていることは、なんとなくだが――伝わった。

矢で撃たれた猫は――瀕死の状態で発見された。

すぐには――死ねなかった。


だから今度は。

せめて、苦しませずに――


老久保が向ける銃口が右へ左へと彷徨(さまよ)う。

銃撃を恐れて、逃げ回っているようだ。


お願い、動かないで――

焦燥(あせり)の色を隠せないまま、老久保が(うめ)くように呟く。

()い子にしてて――

お願いよ――

ゾ――


老久保は何か言いかけていたが、それよりも早く僕の手が動いた。


猫が苦しまないのも大事だけどさ――


君が苦しんでるじゃないか。


天然パーマから託された包みを破るように開けると、中身を倉庫の奥へと投げつけた。

本当に投げつけることになるとは――思ってもいなかった。

放り投げられたソレは、小さなボールが付いた羽のように見える。

あれは――


猫じゃらし――?


倉庫の奥でぽとりと落ちたそれを見て――

桜木さん、あんなので猫と遊んでたのかよ。

一瞬だが、僕は如何(どう)でもいいことを思った。


Fase8


使い古された猫じゃらしを見て――猫は動きを止めたようだ。


老久保もスマートフォンを動かす手を止めた。

そのまま、画面に写っているであろう黒い影を見つめている。


――泣きそうになるのを、必死で(こら)えているように見えた。


老久保、さんさ――

荒い息を()きながら、僕は老久保に声をかける。


この、猫さ――僕が斬ってもいいけど――

君が送ってあげた方が――いいんじゃないかな。


顔を上げた老久保と目が合った。

相変わらず長い(まつげ)だなあ、等と呑気(のんき)な事を思っていなければ――やってられない。


老久保さん家によく来てたんだろ、じゃあきっと――いや、きっとかどうかは全然判らんけど、なんとなくさ――

老久保さんが送ってあげた方が、喜ぶんじゃないかな――


再び画面に視線を戻した老久保の眼から――大粒の涙が(こぼ)れはじめていた。


Fase9


ぎり、と歯軋りの音が頭に響いた。

変ね、桜木や伊庭くんの側にいるといつも歯軋りしてるのに――それとは全然違う。


私は深呼吸をすると――岩筒女(いわつつめ)の弾倉をスイングアウトした。

そのまま銃口を上に向けて、弾丸を床に落とす。

かちゃかちゃと音を立てて、低純度の散鋼(ちりはがね)で出来た弾丸が落ちていった。

銃を持ったままの左手にスマートフォンを持ち替えると、私は胸元のポケットから一発の弾丸を取り出した。


苦しみを感じる暇なんか――与えてたまるか。

これ以上――与えてたまるか。


岩筒女に弾丸を滑り込ませると、私はゆっくりと弾倉を元に戻す。

落ち着け――この弾丸なら――

咲雷(さくいかずち)なら。


画面に映る猫は――じっと猫じゃらしを見ているようだ。

桜木の記憶を――思い出しているのか。

何よ、私の事も思い出しなさいよ――

大好きだったんだからね――


大きく息を吸い込んで撃鉄を起こすと――私は丹田(たんでん)から(のど)へと呪言(じゅごん)を吐き出し始めた。


天裂(あまさ)く 岩割(いわか)つ 常世(とこよ)片割(かたわ)れ――


もう、歯軋りの音は聞こえない

この子を――送ってあげなきゃ


菊理之姫(きくりのひめ)(まお)すには ()()(ひと)しく(くびき)なり――

黄泉竈食(よもつへぐい)の (くさび)なり――


痛かったね

もう大丈夫だからね


千裂(ちびき)の岩に ()かたれよ――


気をつけてね

迷わずに行くんだよ


産屋(うぶや)の (ほろ)ぶを――


ばいばい、ゾラ――


――()(きざ)



銃撃の瞬間――閃光が(はし)った。


Fase10


銃を落として、呆然(ぼうぜん)と立ち尽くす老久保に――

僕は、おずおずとハンカチを差し出した。


何の根拠もないから、気を悪くしないでほしいんだけど――

やっぱり、喜んでると思うよ。


そう言うと、老久保は涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま僕を(にら)んだ。


卑怯(ひきょう)でしょ、こんな時に――そんな事言うの。

受け取ったハンカチを顔に押し当てると――

ようやく老久保は声を上げて泣いた。


灰色の曇り空に――

少女の嗚咽(おえつ)がゆっくりと吸い込まれていった。


Fase11


綺麗(きれい)星空(ほしぞら)の日に、初めて来たのよ。

そうか、それで――名前がゾラか。

隣を歩いていた老久保は、ぴたりと歩みを止めた。


変な名前だと思ったでしょ。

いやいや、思ってないよ、つうか君、全方向に怒りすぎだろ――

怒ってはないわよ。

いや眼が怒ってるんだよ、いいじゃないか、いい名前だよ、ダリの恋人みたいで。

それはガラよ。

知ってんのかよ。

お宝鑑定団で見たもの。

君もアレ見てんの。

いいじゃない、見たっ、て――


声が途切れたので振り返ると、老久保は空を見上げていた。

夜から――晴れみたいね。

確かに、雲が引いて瑠璃色(るりいろ)の空が覗いている。

星が――見えるといいんだけど。

空を見上げたまま、老久保が呟く。

見えるだろ、見えるよ――僕はそう返した。

正確には、そうあってほしいと思っただけなのだが。


ねこ座だって見えるだろ。

ねこ座ってあるの。

いや知らんけど。

何よ、適当ね。

調べるか。


僕はスマートフォンを取り出したが――野暮(やぼ)な気がして検索するのを止めた。


まあ、いいか――あっても無くても。

あることにすれば――いつでも見られるからなあ。


瑠璃色の空の向こうに、星が輝いている――ような気がした。


Fase12


――ここでいいわ。


冨塚駅(ふづかえき)に着くと、老久保はそう言って駅の構内に歩き始めたが――途中で足を止めてこちらを振り返る。


あ、そうだ、一応だけど――気をつけた方がいいわよ。

何が、いや、何に。

私もあなたも、(はた)から見たらただの銃刀法違反だからね、早く帰りなさいよ。


僕は思わず溜息を吐いた。

わかってるよ、君も早く帰りなよ――

そう言って駅に背を向けて歩き出す。

なんだかすげえ疲れた、早く帰って寝よう、いや、その前に、一応天然パーマに――


ねえ、伊庭くん――


背後から聞こえた声のトーンが、いつもより高かったものだから――

それが誰の声か判らなかったくらいだ。


振り返ると、老久保がこちらを見ていた。


あのさ、あの、ありがとう――助けてくれて。


駅を照らすLEDの逆光でよく見えないが――

老久保は笑顔でそう言ったようだった。


お、おぉん――


面食らってそんな声しか出せない僕に背を向けると――

老久保は颯爽(さっそう)と駅の構内に消えていった。

()()う人々の中に立ち尽くしたまま、僕は独り()ちた。


あの子も――笑うことあるのか。


Fase13


そうか上手くいったか、よかったよかっ――待て、今何て言った、笑ってた?

お前がだろ、え――老久保さんが?

嘘だろ、あの子笑うのかよ。

よっぽど嬉しかったんだろってお前、おまえ――


スマートフォンの向こう側で天然パーマが驚愕(きょうがく)している(さま)を想像して、僕は思わず吹き出した。


どんな顔をしているのか見られないのが――ひどく残念だった。





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